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第7章:物語はわたしが紡ぐ(3)

 やがて迷宮は一本道になり、時を経ても尚白さを保つ壁に変わる。

 あっ、まさにこの描写、「わたし」が書いたぞ。


「ニナ!」


 わたしは思わず上ずった声をあげていた。


「この奥に、『ソロモンの火壺』があります!」


「はいっ、かしこまりました! フンヌオオオオオオオ!!」


 突如ニナが身を屈めたかと思うと、雄叫びを迸らせ、筋肉モリモリの太腿を目一杯上げて、全力で駆けてゆく。速い速い。揺れる揺れる。わたし振り落とされそうなんですけど!?

 がくがく首が振れるので、舌を噛まないように必死になるわたしを背負ったニナは、しかし『ソロモンの火壺』の納められた聖堂に踏み込んだ途端、ぴたりと足を止めた。

 更には、細かく身体が震えるのが、わたしにも伝わってくる。

 なんだどうした? ニナの肩越しに覗いたわたしは、息を呑んだ。


「おや。これはこれは。まさかお二人もここに辿り着くとは、思いもよりませんでしたよ」


 嫌味な時のシノ声が鼓膜を叩く。

 ニヤニヤ顔でこちらを向く、ヒョロ男の『物語に憑く悪魔』。その足元でへばっている赤髪の人物は……鹿某の姿のケージか。

 そして、聖堂の奥の壁にかけられた、何も映し出さない銀の鑑。


『ソロモンの火壺』


 壺と言いながら、その実は鏡の形をしているのである。


「本当は、僕だけがここに辿り着ければ良かったんですよねえ」


 くるくる。くるくる。両手を広げてやけに楽しそうに回転しながら、嘲る声で『掟知らず』は歌うように宣う。


「『聖女』の名の下に悪魔を封じる策を求めて、リバスタリエルへ。皇帝の血をもって扉を開き。あとは」


 チョンパ。首を斬る仕草をしてみせる。


「邪魔者が居なくなった所で悠々と、僕より下位の悪魔をどんどん召喚して、東の大陸(エス・レシャ)を混乱に陥れるつもりだったんですがねえ」


 直後。

『掟知らず』の姿がその場から消えたかと思うと、突然、浮遊感が訪れる。

 気がついた時には視界が逆転して、わたしはニナの背中から引き剥がされ、『ソロモンの火壺』の前に投げ出されていた。

 痛い。足を捻った時より痛い。そりゃ、受け身の取り方も知らない素人の上に不意打ちだったんだから、全身めちゃくちゃ痛い。

 だけど、その痛みが引っ込む間も待ってもらえず、首根っこをつかまれて。

 どん、と。

『ソロモンの火壺』の鏡面に身体を押しつけられた。


「予定は変わったけれど、まあ、良いでしょう」


『掟知らず』の顔が凶悪に歪む。


「『アーリエルーヤ』を依り代に悪魔を召喚する。それを『聖女』ニィニナが止める。根本的な筋書きは、変わらない」


「アリエルお姉様!」


「やっ、やめやがれ! このクズ野郎!」


 ニナが、ケージまでもが、必死の形相で叫んでいる。それを嘲るかのように、わたしの首を締めつける『掟知らず』の手の力は強くなる。


 ああ、ここまでなのかな。

 諦めの雲が漂ってくる。


 結局「アーリエルーヤ」は、破滅フラグを回避しきれずに、死んじゃうのかな。


 必死になり続けた事、全部、全部、無駄だったのかな。


 あー、最後にせめて、イルに会いたかったな。声だけでも聞きたかったな。

 また飛雄くん声で、「ルーイ様」って呼んで欲しかったな。

 目を閉じても、ぽろり、とまなじりから零れるものは止まらない。


「ルーイ様!!」


 あー、マジで幻聴が聞こえるとは、いよいよお迎えが近いかな? しかもいつになく必死な声だぞ。贅沢な幻聴だな。


 ……って。ハイ!?


 思わず、閉じていた目を開いたわたしの前で。

 短剣の煌めきが走った。

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