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迎撃ホワイトデー

 ホワイトデーも近づいてきたある日、阿蘇さんから連絡がきた。


『藤田に報復しようと思うんだけど』


 事情はわからなかったけど、藤田さんへの信頼より阿蘇さんへの信頼のほうが余裕で勝ったので「手伝いますよ」と返信した。その時の僕は大学にいたので、夕方に近くの喫茶店で会うことになったのである。

 何があったんだろう。そういえば一ヶ月前、藤田さんが阿蘇さんに手作りバレンタインチョコをプレゼントするんだと息巻いていた。あの時によっぽど酷い目に遭ったのかな。

 そんな僕の予想は見事に的中した。

「バレンタインデー、藤田に毒を仕込まれて3日間腹を壊してた」

「お疲れ様でした」

 喫茶店にて。向かいに座る苦々しげな阿蘇さんの言葉に、僕は両手を合わせた。これは犠牲になった阿蘇さんと、素材になったチョコレートの無念を思っての行動である。

「ひでぇんだぜ、アイツ。とんでもねぇ失敗作を囮にして、俺に手作りチョコ食わせてきやがった」がりがりと後頭部をかき、阿蘇さんは言う。「まずヤベェ失敗作を出してさ。さすがに俺が拒否ったら、『それじゃあ今年は市販にするか』って言いながら綺麗にラッピングされたチョコを出してきたんだよ。普通のチョコだと思うじゃん。食ったら劇物なんだわ」

「結局どっちも藤田さんが作ったものだったと。小癪な人ですね……」

「しかもそれを責めようと思ったら、アイツ涙目になって『阿蘇がオレのチョコ食べてくれた! 嬉しい!』って付け入る隙もない勢いで大喜びしやがってさ。結局うやむやになった」

「阿蘇さんがちょっと甘いのも問題だと思いますよ」

「言うようになったなぁ、景清君」

 だけど毎年のことなので、藤田さんには今回限りで手作りチョコをやめてもらうべく手痛い報復を考えているとのことである。……うーん、うまくいくかなぁ。

 不安そうな僕に気づいたのか、阿蘇さんは笑って軽い調子で言った。

「まあ俺も簡単だとは思っちゃいねぇよ。実際、俺が考えた案じゃさっぱりだったからな」

「たとえばどんな案を?」

「まず、俺も劇物を作って藤田に贈ろうと思ったんだが……」

 ふわりと甘い匂いが漂う。阿蘇さんが手元にあった丸い缶を開けたのだ。中を覗くと、ぎっしりとおいしそうなクッキーが詰まっていた。

「このとおり。無難においしいクッキーが量産されて終わった」

「阿蘇さん、食べ物を粗末にする人許しませんもんね」

「その理論でいくと、藤田は極刑レベルなんだがな」

「あの人も悪気はないんです。ちょっと愛と我欲が優先されるだけで」

「そうだな……それに俺が完食すれば無駄にならなくて済む話だし」

「阿蘇さんって、藤田さんと食べ物が絡むとちょっと様子がおかしくなりますよね」

「言うようになったな」

 となると、食べ物を使った報復は除外したほうが良さそうだ。代わりに精神的な報復方法を考えないといけないのだが……。

「そもそも藤田さんって、やりすぎると凹んで帰ってこなくなりそうな危うさがありますよね。悪口とか意外としっかり真に受けるというか」

「アイツ、あのスタイルでメンタルがデリケートなの罠過ぎるだろ」

「そういうところが優しい人である所以なのかもですね。なのでここは食べ物を使わず、かつ藤田さんのメンタルに影響を及ぼさない程度に精神的な報復をしていきましょう。落とし所としては、最終的に藤田さんが『どっひゃ~! もう手作りチョコなんてこりごりだよ!』って言う感じで」

「昭和のマンガか? にしても、マジクソややこしいな……。考えるのが面倒くさくなってきた」

「多分ですけど、毎年その流れで阿蘇さんがなあなあにしてきたから、未だに藤田さんがのさばってるんだと思いますよ」

「正しいけど、言い方が害虫に対するソレ」

 ここで僕らが注文したパフェが運ばれてきたので、食べながら引き続き考えることにした。でも藤田さんとおいしいパフェを天秤に乗せたら、パフェが勝つのは自明の理。僕らの話し合いは、脇道に逸れまくりながら夜まで続いた。




~一方曽根崎の事務所~


藤田「曽根崎さん、頼みますよ。助けてくださいよ。そろそろヤバいんですって」

曽根崎「身から出た錆だろ。謹んで承れ」

藤田「だって今回のバレンタイン、阿蘇がめちゃくちゃキレてたんですよ! 目に見えて怒ってくれたらそこで発散されるけど、逆に怒り損なったらずっと腹で煮えたぎらせてるようなヤツなんです! 絶対報復がある……!」

曽根崎「そこまでわかっててなぜ毎年劇物を送りつけるんだ」

藤田「手作りチョコをプレゼントしてるだけなのになぁ。結果だけ見ると毎年阿蘇が腹壊してるってだけで」

曽根崎「なぜその結果から学ばない。というか、どうして私に相談しに来たんだ。まだ景清君に相談するほうが助力を得られるだろ」

藤田「怒り狂った阿蘇は限りなく怪異に近い」

曽根崎「だからそこまでビビリ散らかすぐらいなら……ん、誰か来たようだな。藤田君、出てくれ」

藤田「ええ~、バイト代出ます?」

曽根崎「私への相談料から差し引いておいてやる」

藤田「マジすか、何卒クーリングオフを……ん? 外、誰もいませんよ」

曽根崎「いたずらかもしれんな」

藤田「こういう面構えのビルにピンポンダッシュする人いるんです? あれ、階段を駆け上がってくる音が……」

ガチャッ

阿蘇「へい藤田! ハッピーホワイトデー!!」

藤田「阿蘇!?」

景清「デー!!」

藤田「景清!? ……あっ酒臭い! だいぶ飲んでるな、二人とも!」

阿蘇「いい夜だな! こんな夜にはお返しをくれてやる!!」

藤田「お返し!? 何を……けばぶっ!!」

阿蘇「見たか! これがバレンタインデーのお返し――パイ投げだ! しかも本物のパイは使わず化学製品的な泡を使用しているので、俺に罪悪感はない!!」

景清「ない!!」

藤田「罪悪感って何だよ! 前見えねぇ!」

阿蘇「そしてこれは家で作りすぎたキムチ。置いとくわ」

藤田「アザス」

阿蘇「とにかく、これに懲りたら二度と俺に劇物を食わすんじゃねぇぞ!! わかったか!!」

景清「わかったか!!」

藤田「さっきから景清が下っ端仕草しかしてないね? つか今日ホワイトデーじゃなくない!?」

阿蘇「よし、気が済んだ。付き合ってくれてありがとう、景清君。お礼に今から飲み直すぞ!」

景清「ぞー!」

バタン

藤田「……」

曽根崎「な、いたずらだったろ」

藤田「いたずらってそういう意味だったんですか? くそっ……」

曽根崎「クリームは掃除しとけよ。しかしだいぶ堪えたみたいだな」

藤田「うう……これからはちゃんと味見するようにします。だってこんなことされちゃあ……!」

曽根崎「おや、パイ投げでそこまで――」

藤田「オレの親友と甥っ子が二人で楽しそうなサシ飲み見せつけてくれやがって!!!! こんなのダブルNTRも同然だろ!!!!」

曽根崎「そっちかー」

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