2/3は柊ちゃんの誕生日
一度藤田さんに指摘されたことがあるのだが、僕はどうも自己肯定感が低めらしい。そうはいっても、これが普通なんじゃないだろうか? 自分のことが大好きで、何から何まで自信たっぷりという人なんて僕は見た――。
「景清ー! 今日は素晴らしい日よ! なんたって、アンタがとっても慕ってるボクの誕生日なんだから!」
めちゃくちゃ見たことあったな。謹んでお詫びの上訂正申し上げます。
事務所のドアから踊るように入ってきたのは、自他ともに認める絶世の美女、柊ちゃんである。自分のことが大好きで、自らの美しさに自信たっぷりな人だ。今日は彼女の誕生日で、当然のように僕も祝ってくれるものだと思っているらしい。
そのとおり! 現に僕は今、柊ちゃんへのプレゼントをラッピングしているところだ!
「あら。それってボクへのプレゼント?」
そして目ざとい柊ちゃんである。慌てて体全体でプレゼントを覆い隠す僕に、柊ちゃんはかわいらしく頬を膨らませてみせた。
「何よ、隠さなくたっていいじゃない」
「だって、せっかくなら綺麗に包装して贈りたくて」
「まあ、お気遣いありがとね。でも……」
柊ちゃんの目線が、床に転がるくしゃくしゃの紙へと移る。形のいい眉が慰めるような八の字になった。
「……その、無理しなくていいのよ?」
「お気遣いありがとうございます! すいませんねぇ、不器用で!」
「ほら、私の言ったとおりだろ?」ここでひょっこり会話に割り込んできたのは曽根崎さんだ。実はさっきからずっと、デスクの向こう側で事の顛末を見守っていた。「包装は意外と難しいんだ。店員に頼んでやってもらうべきだった」
「それだと追加料金が発生するんです。200円」
「端金だろうが」
「でも曽根崎さんの事務所にあった綺麗な紙をもらえば追加料金が発生しないんです。0円」
「ケチすぎる。もし私が用紙代を請求したらどうするつもりだったんだ」
「その場合はあんたの今晩の食卓から一品消えますね」
「命を握られている……」
大げさだ。それにしても、柊ちゃんが依然変わらず僕のお腹の下から目を逸らさない。なんとかして別のところに気を向けたいと考えていると、また勢いよくドアが開いた。
「ハッピーバースデー、柊ちゃん!!」
藤田さんだ。
「俺もいます」
阿蘇さんも来た。
「いい心がけね。アンタ達のご想像どおりボクはここにいるわ! 思う存分お祝いしてちょうだい!」そんな二人の客人に、柊ちゃんは実に嬉しそうである。が、曽根崎さんはしかめっ面だ。それどころか、面倒くさそうにシッシと藤田さんたちに手を振った。
「なんだって君たちはうちの事務所に集まるんだよ。ここはいつから君たち御用達のファミレスになったんだ?」
「確かに、ソファとテーブルとキッチンとトイレがあるわね」これは柊ちゃんの発言。
「水はセルフサービスだが」阿蘇さんの発言。
「景清という最高のウェイターがいる!」藤田さんの発言。
「貴様らときたら、皮肉のひとつも解しないのか」そして吐き捨てる曽根崎さんである。「とにかく、ここはファミレスじゃない。ましてや動物園でもないんだ。騒ぐならすぐ追い出すからな」
「ウキーッ! ウキウキッ! ウキーッ!」
「忠助、藤田君の翻訳を頼む」
「〝誰がおサルさんだ! 心が傷ついたから慰謝料を請求する! バナナでな!〟」
「サルじゃねぇか」
こんな状態だけど、藤田さんも阿蘇さんも柊ちゃんをお祝いする気持ちは本物だ。藤田さんは大きめの、阿蘇さんは手のひらに乗るサイズのプレゼントボックスを用意していた。
「大きなつづらと小さなつづらってとこかしら?」
二人のプレゼントを見比べて、柊ちゃんは満足気げに微笑む。その例えだと、藤田さんの箱からはおばけが出てくることにならないか?
予感は的中した。
「まあ! ニャミニャミのぬいぐるみ(1/20スケール)!?」
藤田さんの箱から出てきたのは、魚かうなぎみたいな見た目をした巨大な妖怪のぬいぐるみである。……え? これで1/20スケール? 今の時点で柊ちゃんの身長より長いけど?
「妖怪じゃないわ! アフリカのほうにいる神様よ! 蛇か竜か魚のね!」
「失礼しました」
とにかく日本ではちょっとレアなUMAらしく、柊ちゃんはめちゃくちゃ喜んでいた。
「まだだ」そこでずいっと小箱を差し出したのは、阿蘇さんだ。「柊、誕生日おめでとう」
「ありがとう! 開けるわね」
「ああ。きっと喜んでくれると思う」
「えっ!? こ、これって……!」
柊ちゃんの目が輝く。そういえば、したきりすずめの話だと、小さなつづらを選んだら金銀財宝が出てきたんだっけ。まさか、阿蘇さんからのプレゼントもそういう……?
「ニャミニャミのメタルリングじゃないの!!」
ニャミニャミのメタルリング!?
……あ、ほんとだ!! ニャミニャミ様の胴体? の部分が指に巻きつくデザインになってる! なんだこれ! どこで売ってんだ!
「やだ……ほんとに嬉しいわ。二人とも性格は結構アレな部分があるのに、どうしてボクのほしいものだけは手に取るようにわかるのかしら……」
失礼なことを言いながら、柊ちゃんはニャミニャミぬいぐるみとニャミニャミリングをぎゅっと胸に抱いている。心から感激しているのはいいことなのだけど、この流れで僕のプレゼントを渡すのはかなり気が引けた。どうしたって、僕のプレゼントは二人のプレゼントに比べると見劣りがするからだ。
「……景清。ボク、あんたからのプレゼントもほしいわ」
だけど柊ちゃんは、僕の心を見透かしたかのように微笑んだ。
「もしかしてだけど、ボクがあんたのプレゼントを喜ばないと思ってる? だとしたらきっぱりと否定させてもらうわ。ボク、ずっと楽しみにしてたの。景清は、どんなことを考えながらボクのプレゼントを選んでくれるのかしらって」
「それはそれですごい自信ですね」
「あったりまえでしょ。ボクってば景清の心もしっかりキャッチしてるんだから!」
すごい自信である。でも、的外れではないと思う。
「だからなんだって嬉しいわ。もちろん物自体も嬉しいけど、どうしてそのプレゼントを選んでくれたかって気持ちが一番ボクは嬉しい!」
……そこまで言われてしまっては、プレゼントを渡さないわけにはいかない。僕はおずおずとくしゃくしゃの包装紙を差し出した。
「……え? どうしたの?」
「プレゼント……包んでたんですが、やっぱりうまくできなくて。キャベツみたいになりました……」
「あ、本当ね! 何重にもくるまれた中にちっちゃい箱があるわ! まるで包装紙から生まれてきたみたいでかわいいわね!」
「無理して褒めなくていいですよ」
――その後、柊ちゃんが僕のプレゼントを喜んでくれたかどうかは、言うまでもないだろう。
ちなみに曽根崎さんは柊ちゃんに執拗にねだられ、その場で1万円を入金していた。情緒がなさすぎてびっくりした。




