ゲイ春! ~新年パーティーとオカマと僕~
お正月――。年神様を迎え、厳かな気持ちでその年の安寧無事を祈る日。日本人の心にも根付く大切な風習だ。そんな日を、僕は曽根崎さんのマンションで迎える……
のだとばかり思っていたけれど。
「ンあけましておめでとゥ~ッン!!!!」
「やだぁ~!! 右から黒豆、栗きんとん、数の子、えび、マッチョ!! よりどりみどりねぇ、アタイはマッチョからいただくわ!!」
「除夜の鐘を乗り越えたアタシたちにもう恐れるものは何もないってコト! 竹槍よこしなさい! おケツにぶっ刺して愉快な門松になってやるわ!」
「ダメよ、めでたい席にブサイク過ぎる! 数日待ちなさい! しめ縄のおみかんが朽ちたら代わりに結わえてやるから!」
ここは、ゲイバー『暴発』。以前恐ろしい怪異事件が発生した際に、重要な情報を提供してくれた店である。スタッフはみんな気のいい人達ばかりで、事件を解決したあとにはゲイバーのママじきじきにねぎらいのパーティーまで開いてくれたほどだ。が、僕はママであるチルティさんに性的に食べられかけたので警戒している。
そして今日、僕はここに、曽根崎さん、阿蘇さん、柊ちゃん、藤田さんと一緒に訪れていた。
どうして。
「君が賑やかな正月に憧れがあると言っていたから」(by曽根崎)
「景清君がここに連れてこられると知ったから」(by阿蘇)
「ヒマだったから!」(by柊)
「正直お店の子とワンナイト狙ってたから」(by藤田)
「僕が憧れたのは親戚一同が集うわいわいしたお正月であって、迎春ゲイバーは完全に想定外なんですが!」(to曽根崎)
「阿蘇さん、阿蘇さん……! ありがとうございます……!!」(to阿蘇)
「ヒマだったからですかー! なら来ちゃいますね、柊ちゃんは!」(to柊)
「狙うなー! ね、ね、狙うなーーーー!!!!」(to藤田)
だが僕がどれほど声を枯らしてツッコもうが最早意味はない。なぜならこうしている間にも、お店の皆さんはチルティさんの指揮のもと着々と和太鼓の準備を進めているからだ。ゲイバー『暴発』は、知る人ぞ知る和太鼓の名手なのである。
照明が落とされる。勇ましいシルエットがステージ上に姿を現した。響くのはチルティさんの野太い声。
「さあイくわよ、オカマ共!! 腹に気合いお入れ!!」
「オス! ママ!!」
「ちなみに夜のアタシはメスよ!!」
聞きたくもない豆知識と共に演舞が始まった。それは息を呑むほど圧倒的で、胸を揺さぶって……。僕は、束の間ゲイバーにいることすら忘れてしまっていた。
だが、演舞が終わると同時に現実が帰ってきた。
「わっしょい! わっしょい!」
漢らしい掛け声が曽根崎さんめがけてやってくる。と思ったら曽根崎さんが連れ去られてしまった。
「うわー」
「曽根崎さーん!!」
「わっしょい! わっしょい!」
犯人の名前はパオパイパイ、色男好きの熟女(?)である。泡を食った僕は急いで阿蘇さんのもとに向かった。
「まずいです、阿蘇さん! このままじゃ曽根崎さんが皮も残らず平らげられます!」
「落ち着けって。大丈夫だよ、景清君。あいつもあれで昔は遊んでたし」
「そうなんですか!?」
「だから君は君の身を守ることに専念しな」
そう言って微笑む阿蘇さんの手では、シロップさん(筋肉好き)と藤田さん(性的人類愛者)がそれぞれアイアンクローされていた。なお、右手がシロップさんで左手が藤田さんである。藤田さんを利き手で攻撃していないのは、せめてもの優しさだろうか。そんなことないな、足も踏んでるから。
「ぐぐぐっ……でもアタシ諦めない!」シロップさんが食いしばった歯の隙間から声を漏らす。「だって阿蘇ちゃんの胸板と腹筋に挟まれるのが、アタシの新年の抱負だから!!」
「なんて素晴らしい抱負だろう」それに答えるのは目下同じ環境の藤田さんだ。「高ランクの雑誌への論文掲載を目標としていたオレの抱負が霞んで見える」
「アンタその趣味でインテリなの!?」
「ギャップってやつだよね。ワンナイトどう?」
「ンごめんなさい! 胸筋で第二ボタンを二メートル吹き飛ばしてから出直してきて!」
そういや前回もフラれてたな、藤田さん。意外と相手にされないことも多いのかもしれない。
一方、柊ちゃんはガタイのいいメロンさんと泣き虫のポロリさんとテーブルを囲んで話していた。
「アンタ男なの!?」一際大きな声をあげたのはメロンさんだ。
「んで性自認は女と。はぁ~、うちで働きたいとか言うんじゃないわよ。アタイらおまんまの食い上げになるから」
凄むメロンさんだが、柊ちゃんはケラケラ笑って返した。
「心配しなくて大丈夫よー。ボクが好きなのは女の子だもの。ゲイバーじゃ働けないわ」
「んあっ!? それじゃただの男じゃないの!」
「やだぁっもうっ! メロンは時代遅れねぇ!」メロンさんの発言に身を乗り出したのは、前回柊ちゃんを目の敵にしていたポロリさんだ。
「柊ちゃんはそういう人なの! 見なさい、どっからどう見ても女の子でしょ!? 体を魔改造してるアタシよりよっぽどぐぎぎぎぎ」
「おいポロリ、醜い嫉妬が漏れ出てるわ」
「うるさいわね、メロン! とにかく今は個人を重視する時代なのよ! いち早く社会からはみ出したアタシ達こそ、枠組みに囚われないその子を一人の人間として見られないでどうするの!」
「むむ……それは、そうね」
「そうよ! それに……」
ポロリさんはたっぷり溜めて、メロンさんに言い放った。
「こんなクソ美人が男好きだったら、アタシたちのパイ全部奪い取られて終わりよ! 競合しないなら温かく迎えて一生女好きでいてもらわなきゃ!」
「それ言わなきゃいい話で終わったのになぁ」
「あら! ボクは気にしないわ! だってそれがポロリだもの!」
「ん゛ん゛~~~っ! アタシ生まれて初めて女に友情感じちゃいそう!! 違う、感じてる!! アタシポロリ、女の友達できた!!!!」
相互理解が……発生している……。何よりなことだし、柊ちゃんのコミュニケーション能力には驚かされるばかりだ。
それにしても賑やかな店である。見ているだけで元気をもらえる。見ているだけで十分だ。
「そうは問屋がおろさないワ……」
「あ゛ーーーーーーーーーー!!!!」
チルティさんに後ろからぽんと肩に手を置かれ、恐怖のあまり叫んでしまった。
しかし流石はゲイバー『暴発』のママ、特に気を悪くした様子もなく「どっこいしょ」と僕の隣に座った。
「あけましておめでとう、いちごみるくちゃん……」
「竹田です。あけましておめでとうございます」
「早速ワインを開けましょうか。大丈夫よ、度数えげつないもん選んでるから」
「大丈夫じゃない要素しかなかったんですが?」
ワインは丁重にお断りした。チルティさんはふぅと艶やかに息を吐くと、テーブルにしなだれかかった。
「さて、今日はどんなご相談に乗りましょうか。夜、考えすぎて頭が重たくなっちゃう話? それとも、妻子がいる年上のあの人に叶わぬ恋をして花占いにもすがっちゃう話?」
「別に妻子がいる人に恋とかはしてないですが、そうですね……。あ、素朴な疑問なんですが、和太鼓やってて近隣のお店から苦情来たりしませんか?」
「ほんとに素朴な疑問ね」
チルティさんは不満げに唇をすぼめたが、ちょっと考えたあとに口を開いた。
「正味な話、苦情は来るわ」
「やっぱり?」
「お隣のスナックのママからだったんだけどね。相手も話してるうちにヒートアップしたのか『そもそもなんで太鼓なんだ、意味わからん』って言ってきて。あの時ばかりはアタシもバチクソにキレたわ」
「そうですか……」
「まあ素敵なムードの時にドコドコ太鼓の音が聞こえてきたら『お祭り?』って心が浮き立っちゃうのはわかる」
「スナックのママさんの怒りどころはそこじゃないと思いますが」
「だからね、アタシも対策を施そうとしたの。ゲイバー『暴発』を完全防音仕様にする……。幸い費用面では問題なさそうだったから早速着手しようとしたわ。でも、できなかった。今度はお客さんから苦情が入ったの。『マジでおっかないからやめろ』って」
「確かに完全防音仕様を売りにしたゲイバーは怖いですね」
「結局、ちょっとだけ防音するってことでスナックのママの合意をゲットしたわ。めでたしめでたし」
「解決してよかったです」
やはり夜の街で和太鼓を響かせるのは難しいようだ。だけど本当に和太鼓演舞だけは見事なものなので、たとえゲイバーは潰れてもこの技術は続いてほしいと思った。
「……ねぇ、いちごみるくちゃん」
さきほどより幾分かしっとりとした声で、チルティさんが僕を見る。繰り返すが僕は竹田景清だ。
「なんだか、前に会った時より明るくなったみたい。何がアナタを変えたのかしら? いいえ……誰が、かしら」
そう言ったチルティさんの目は、自然に店内を巡った。パオさんの魔の手から逃れひらりひらりと逃げる曽根崎さん、阿蘇さんに三角絞めをくらっている藤田さん……の隣でセコンドをしているシロップさん、元カレの酷さに泣き崩れるポロリさんを慰める柊ちゃんと叱咤するメロンさん……。
チルティさんは、ふっと小さく笑った。
「きっと、あの子達の存在がアナタを変えたのね」
「ええと、そうですね……半分ぐらいはそうかもしれません」
「あの人達が羨ましいわ……。だって、アナタを笑顔にできるって、アナタの心に住まわせてもらってるってことだもの」
チルティさんのウインナーに似た指が僕の顎に触れる。真っ赤な口紅を引いた唇から舌が覗いた。
「……ねぇ、いちごみるくちゃん。アタシもぜひあなたのハートの中に忍び込みたいわ。今夜アタシのベッドでその×××を×××して」
「おーっと逃走経路に障害物が」
「ぷぎゅる!!」
突然現れた曽根崎さんの飛び膝蹴りがチルティさんの脇腹に入った!! 悶絶するチルティさんを横目に、曽根崎さんは冷たい顔だ。
「何か踏んだか?」
「チルティさんを……いえ、なんでもないです」
「そうか。ならば飲み直すとしよう。隣いいか?」
「はい、どうぞ」
持ち込みOKだと言われていたので、自宅から持ってきたポテトチップスの袋を広げる。するとそれにつられて藤田さんや他の人も集まり始めた。
なるほど、親戚じゃなくても大勢でのお正月っていいものだ。僕は阿蘇さんに作ってもらった安全なカクテルを飲みながら、楽しい時間を過ごしたのであった。




