知人の絶世の美女が鬼と化したので対処します・後編
曽根崎さんの決まり文句 (のようなもの)が炸裂するやいなや、またぐよんと地面が波打った。アスファルトの下に巨大な生き物が蠢いているかのようだ。ただの地盤沈下ではこうならないと思う。
「ふむ、時間がないようだ」
言葉の割に悠長な口調で言うと、曽根崎さんは柊ちゃんに体を向けた。
「先に一般人の避難を優先させるべきだろう。柊ちゃん、忠助と共に救助に向かってくれ」
「わかったわ! 案内なさい、忠助!」
「あいよ。ここに来るまでに何箇所か目星をつけてきたから急ぐぞ」
「ええ!」
柊ちゃんは大きく頷くと、阿蘇さんのお腹に手を回し抱き上げる。それから強く地面を蹴った。
およそ人間では考えられないほどの跳躍に僕は息を呑む。……柊ちゃん、また力が増してない?
「さあ景清君、我々はこの事件の原因を潰しに行くぞ」
「原因ですか? だったら柊ちゃんはここにいたほうがよかったんじゃ……」
「いや、先にやっておかなければならないことがある」
不穏な風に曽根崎さんのもじゃもじゃ頭が揺れている。彼はこちらをチラと見ると、僕の不安を見透かしたかのように片方の口角を吊り上げた。
変形した地面をえっちらおっちらと乗り越え、僕と曽根崎さんはある場所に来ていた。細い路地の奥まった場所。誰からも忘れ去られたみたいにひっそりと佇む高さ五十センチほどの鳥居だ。
けれど中にあるのは不揃いな数個の石だけである。先程から続く地震で崩れてしまったのだろうか。
「違う。これは何者かによって壊されたんだ」
眉間に皺を寄せたまま、曽根崎さんは鳥居の前にしゃがむ。
「壊されたことによって、周辺を通る龍脈(仮)が乱れた。この龍脈(仮)とは地中を巡るパワーと呼ぶべきもので、滞ったり淀んだりすると理屈はわからんがよくないことが起こるんだ」
「説明ありがたいんですが、(仮)とは?」
「厳密にいうと龍脈じゃないんだよ。だが理解してもらいやすいから暫定で龍脈と表現している」
「科学者の苦肉の策みたいですね」
「とにかく調べた結果、この近辺は昔から事故発生率に不自然な偏りがあるとわかった。大きな建物ができた直後は事故が多くなり、しかしある日を境にまったくといっていいほど起きなくなる。なぜか? 龍脈(仮)の流れを知る者がおり、都度こうして魔術を施すことで気の流れを操ってきたからだ」
「魔術――。つまり、曽根崎さんみたいな解決人がいると?」
「いた、と言うのが正しいかもしれない。今も生きているとは限らん」
「でも、それがどうして柊ちゃんの鬼パワーアップに繋がるんです? 柊ちゃんはこれを壊すような人じゃないですよ」
「ああ。彼女は純粋に巻き込まれただけだろう」
曽根崎さんはスマホを取り出し、僕に突きつけた。表示された地図にぐねぐねと引かれた赤いラインが龍脈(仮)を示しているらしい。赤いラインからは、今僕らがいる場所あたりで青いラインに枝分かれしていた。
「青のラインは、ここが壊されたことによって乱れた龍脈(仮)の気だ。ほうぼうに散らばっているが……見ろ。ある一点で一度合流している」
「はい。あ、まさかここに……!」
「そう。柊のスケジュールを確認したところ、この日この場所の喫茶店でお茶したとあった」
「ってことは柊ちゃん、偶然龍脈(仮)が乱れたタイミングに偶然お茶してたせいで、集まってきた龍脈(仮)パワーを一身に浴びてああなったってことですか!?」
「ザッツライツ!」
「なぜ鬼の姿に!?」
「様々な仮説が考えられるがありあまったパワーが内に収まりきらなかった結果額の一部と犬歯を成長させたかそもそも本人が強いに違いないと思っている姿が具現化した可能性が」
「わかんねぇってことですね!」
そうならそうと早く言えばいい。僕が呆れていると、曽根崎さんは白い手袋をはめて一本のしめ縄のようなものを取り出した。
「それじゃ、今から処置をする」
「お願いします。えっと、龍脈(仮)を元の流れに戻すんですよね?」
「ああ。君はこの縄で自分と私を囲い、揺れでズレが生じないよう押さえておいてほしい。これは結界になり、君と私に龍脈(仮)の影響を及ぼさせない」
「わかりました。曽根崎さんは一体何を……」
「見ていればわかる」
僕の作った結界に問題がないことを確かめ、曽根崎さんはバラバラになった石に目を向ける。大きく深呼吸をすると、平べったい石を手に取った。
「八頭地点の楔は順番が逆だった。ならばここでは……」
その目は怪異に対峙する時同様に真剣だ。きっと彼は、再び正しく石を積み上げようとしているのだろう。しかし石の大きさや形は不揃いで、揺れはおろか多大な集中力を要することは容易く想像できた。
縄に添えた手にぎゅっと力をこめる。それでも、曽根崎さんはやり遂げようとしているのだ。たとえどんなに人知を超えた事件であろうと、彼は知力を尽くしひとつひとつの事実を積み上げて解決にいたらせる。〝怪異の掃除人〟。その名に間違いはないのだから――。
「よし」
そんな彼がポケットから出したのは小さなチューブ。
目を凝らす。ラベルには『石材用超強力接着剤』と書かれていた。
「……」
僕の困惑をよそに、曽根崎さんは平たい石の表面にべったりと液剤を塗りつける。ベチャッと石の土台に乗せたあと、体重をかけて強く接着させ、二個目の石に取り掛かった。
「……」
……知力を、尽くし……。
「あの……曽根崎さん?」
「なんだ」
「この石の像を作った人って、接着剤は使ってませんでしたよね」
「だから壊れたんだろうな」
「セメダ◯ンはズルでは?」
「怪異は潰したもん勝ちだ。ズルとかない」
現代技術をいかんなく利用し解決にいたる。これこそ怪異の掃除人なのである。
曽根崎さんが最後の石を積み終えた数分後には、嘘のように揺れが収まっていた。アスファルトはぐちゃぐちゃになっているけど、これ以上地震は起きないのだ。いずれ元どおりに修復されるだろう。
「景清! シンジー!」
明るい声に顔をあげる。柊ちゃんだ。しかし返事をしようと準備していた僕の喉は、彼女の姿を見た瞬間「ヴェ」と妙な音を発した。
ツノは最後に見た時の二倍の長さになっており、髪は艶をいっそう増している。けれど特筆すべきはその体躯だ。普段は僕より低いぐらいの彼女の身長は、いまや二メートル近くにまでなっていた。
「お、そっちもうまくいったようだな」
阿蘇さんが柊ちゃんの後ろからひょっこり出てくる。貴重な光景だ。
「こっちもどうにか避難に一区切りはついたよ。見せてやりたかったぜ。こいつの大活躍」
「北に助けを求める声あれば行って瓦礫をどけてやり! 南に泣き叫ぶこどもあれば行って背負って空中十回転半ひねり!」
「そのお子さん洗濯機の洋服みたいになってません!?」
ひとまず個人でできる災害対応は終わったとのことである。だったら、残る問題は柊ちゃんの鬼化だけだ。
だがこれも、曽根崎さんには解決の目処がついているらしい。柊ちゃんを見上げながら曽根崎さんは顎に手をあてて言う。
「要するに、君の体にエネルギーが蓄積し増幅している状態なのだと思われる」
「増幅? ボクそんなのした覚えないわよ」
「救助中、『もっと力を!』などと思わなかったか?」
「思ったわ」
「それだ。人間の全身には緻密に血管や神経が走っている。地中よりよほどエネルギー発生効率がいいんだよ」
「そういうもんなのね」
多分半分ぐらいは口からでまかせじゃないかな。感心する柊ちゃんの隣で僕はそう思った。
「よって、元に戻る方法は単純だ。エネルギーを逃がしてやればいい」
「なるほどね。どうすればいいのかしら」
「なに、難しいことじゃないよ。ほらこれ」
ニヤリとした曽根崎さんが柊ちゃんに手渡したのは、枡。木製の一合枡だ。
中にはみっちりと大豆が詰まっていた。
「……シンジ。まさか……」
「そうとも。この時期に鬼となればやることはひとつ」
「鬼は外、福は内!」
――こうして曽根崎さんは、またひとつ怪異を掃除した。
けれど後日、道路の修復中に割れたアスファルトの隙間から真新しい煎り大豆がいくつも出てきた謎だけは、誰も解決しえないのだろう。
知人の絶世の美女が鬼と化したので対処します・完




