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迎える言葉
藤田直和の誕生日短編
「おかえりなさいませ」
オレの帰る場所にいつも満ちていたのは、おぞましいほどの陶酔だった。
虚ろな目で、恍惚とした声で。彼ら彼女らは口々に「おかえりなさいませ」をオレに浴びせる。それが煩わしくなり始めたのはいつの頃からだろう。まるで汚泥のようにオレの体にまとわりつき始めたのは。
だからその言葉を嫌っていた。オレは一目散にだだっ広い施設を横切り、一人になれる場所に向かっていた。
なのに。
「おかえり」
狭い部屋に満ちた晩御飯の匂いと、窓から差し込む夕日の赤。だいぶ古い型のキッチンの前に立って、オレを振り返るアイツのせいで。
「んだよ、返事は?」
そいつがいることが当たり前になってしまった、今の日々のせいで。
「……ただいま」
こんなにも、清浄な言葉に変わっている。愚かにも単純にも、そう思うのだ。




