とある雨の日に
曽根崎と景清。傘を忘れた曽根崎の話。
雨が降っていた。
電車から降りたばかりの曽根崎は、パラパラと雨の振る空を見上げ舌打ちをした。
タクシーを呼べば濡れずに済むだろう。しかし、その為にここで何分か待たなければならないのは幾ばくか面倒に思えた。
いっそ走って帰ってしまおうか。そんなことを考えていたのであるが……。
暗い雨の中、少しずつ近づいてくる見覚えのある影に目を見張る。それは、自分の事務所でアルバイトをしている青年であった。
「ああ曽根崎さん! やっぱり傘持ってなかったんですね!」
パチンと弾けたような声に、反応が遅れた。何も言えないでいる内に、彼は曽根崎に自分の頭上にあった傘を差し出す。
「念の為、駅に寄ってみて良かったです。これどうぞ。僕には折り畳み傘があるんで」
「あ、ありがとう」
「天気予報ぐらい見てくださいよ。夕方から雨が降るって言ってたでしょう」
そう言いながら、景清は鞄の中から折り畳み傘を出そうとする。ふと曽根崎は、景清の体が駅の屋根から出ていることに気づいた。彼のことだ、雨宿りする人が多数いる駅に入るのを無意識に遠慮しているのだろう。
曽根崎は一歩踏み出し、彼に傘を傾けた。
景清は、傘を探すのに夢中で、雨が自分の肩を叩かなくなかったことに気づかない。
「……あった。よいしょ」
景清が折り畳み傘を取り出し、広げる。それに合わせて、曽根崎は持っていた傘を自分の頭上へと戻した。
少し小さめの傘を掲げ、景清は曽根崎を振り返る。
「ではお疲れ様です、曽根崎さん。ご飯は事務所のテーブルに置いていますんで。傘は明日取りに行きますね」
「うん、ありがとう」
「……あれ」
青年は、目敏く曽根崎の肩に視線をやる。それから、訝しげな顔をした。
「ちょっと濡れてるじゃないですか。ちゃんと差さないと風邪引きますよ」
景清の指摘に、曽根崎は無表情に首を傾げてみせたのだった。




