邪神殿(1)
今、テレビや新聞などのメディアで帝都都民の関心の的の一つに挙げられるものといえば、帝都の地下で発見された古代遺跡ではないだろうか。
発見から1ヶ月ほど経つこの遺跡のニュースは、一時は話題性を失い身を潜めていたが、ここ最近また世間を賑わすようになった。それはなぜか?
それは、遺跡の調査に向かった考古学者やトラブルシューターが相次いで行方不明になり、その人々を捜索するために派遣された人探しの専門家のマンサーチャーまでもが行方不明になってしまったからだ。
この事件を受けて報道各社はこぞってこのニュースを取り上げ、遺跡での取材合戦が繰り広げられることになったのだが、今度はその報道陣の中でも行方不明者が出るという最悪の事態になってしまった。
しかし、行方不明者が出れば出るほど帝都都民の関心は高まり、それに比例して報道各社の取材合戦は熱を帯びる結果となっていった。
時雨はこの日、こたつで『独り』お茶とみかんをしながらTVで古代遺跡関連のニュースを見ていた。
「あぁ、このニュースまたやってるんだ。ふ〜ん、今度は人がいなくなっちゃったのか」
「行方不明になっちゃった人の数はもう100人以上になるそうよぉん」
「!?」
びっくりしたお茶を片手に時雨は凄い勢いで後ろを振り返った。
「はぁ〜い時雨ちゃん、お元気してた?」
時雨の目の前には、スラリと伸びた美脚を見せ付けるかのようにモデル立ちをした今日も派手な法衣を着たマナが立っていた。
派手な法衣といっても彼女曰く、魔導士の”正装”服らしいのだが、時雨は”盛装”服でしょ、といつも思っていた。しかし、それを口にしたことは一度も無い。もちろん理由はあとが恐いからで、その思いは一生時雨の口からは発せられることはないだろう。
「どっから入って来たの?」
時雨はもっともな質問をマナに投げかけてみた。
「テレポートして来たのよぉん」
「こういうのって不法侵入っていうんじゃないの?」
「堅いことはいいっこなしよぉん」
時雨の目線がマナの足元に注目し、それから彼は茶を少し喉に通して言った。
「でさぁ、何しに来たの『土足』で?」
「帝都地下の遺跡に今から行くわよぉん」
「はっ!?」
マナの言葉に時雨は驚きと戸惑いを隠せなかった。
「ちゃんと聞えてたでしょ、早く仕度して行くわよぉん」
「訳不明、なに言ってるの?」
いきなり現われて遺跡に行くと言われても、時雨にはその訳も理由も全くわからない。
それにマナが土足で現われたのはそれほどまでの急ぎの用事なのかと時雨は少し考えたが、マナは平気で人の家に土足で上がるタイプの人間なのだと結論付けた。
腕組みをしたマナは時雨を促すようにこう言った。
「紅葉ちゃんにも行ってみろって言われてたでしょ」
「そういえばそんな事もあったような、なかったような……ってなんでそんな事知ってるの!?」
確かに時雨には紅葉に遺跡に行ってみろと言われたような記憶がある。だが、そのなことよりもなぜマナがそのことを知っているのかということのほうが時雨にとって不思議でたまらなかった。
お茶を飲みながら時雨が疑問に首を傾げていると、突然どこからか男の声が聞こえた。
「私が彼女に伝えたからだ」
「!?」
時雨がバッと前を振り向くとそこには紅葉の姿があった。
「何で紅葉までいるの……いや、それよりもどこから入って来たの?」
「それは、国家機密の研究に関わる事なので述べる事はできんな」
「はぁ、意味不明だよ」
頭を抱えて悩む時雨をマナは彼の襟首を掴んでこたつから引き出そうとする。
「時雨ちゃん、早くいくわよぉん」
「ま、待ってよ、せめて剥きかけのみかんを食べてから」
時雨はこたつにしがみ付き必死に抵抗する。
「寒いから出たくないというのが本音であろう」
紅葉の鋭い指摘が時雨の胸に突き刺さる。
「ドキッ……違うよ、起きたばっかりでいきなり出かけるなんて言われたから」
その言葉にマナの鋭い指摘が直ぐに入る。
「起きたばっかりって、今午後の3時よぉん」
それに続いて紅葉が皮肉を少し込めていう。
「そうか、寒いという理由の他に低血圧というのもあるわけだな」
「それだけじゃないわ、めんどくさがりっていうのもだわぁん」
「なんだよ二人していきなり人の家に押し掛けてきて出かけるとか言っていきなりボクの事外に連れ出そうとしたりなんかしちゃってさぁ人の都合なんて二人とも生まれてから今まで考えた事ないでしょいつもそうなんだボクのこと散々振り回したあげく……あぁーっもういいよ!!」
時雨は今の言葉を息継ぎ無しで不満をたっぷり込めて言った。が紅葉とマナにあっさりと返されてしまった。
「気が済んだが?」
「じゃあ早く出かけるわよぉん」
「はぁ、もういいよ」
時雨の全身の力が一気にガクンと抜けた。
時雨は結局二人に『強引』に連れられて古代遺跡の入り口まで来てしまった。
遺跡の入り口の前には学者や警察、そして報道陣でごったがえしている。
「はぁ……」
時雨の気分はかなりブルーだった。
「何でボクがここにこなくちゃいけないの?」
肩を落とし暗い顔をして時雨は紅葉を上目遣いで見た。そんな時雨を紅葉は冷ややかな目で見てこう言った。
「この遺跡で行方不明者が出たというニュースは知っているな」
「あぁ」
時雨は気の無い返事を返した。
「昨日付けで私がここの調査の総指揮をすることになった」
「それで、何でボクが呼ばれなきゃいけないのさ」
マナが突然二人の会話の間に割り込んできた。
「あたしと時雨ちゃんは紅葉ちゃんのサポート役として雇われたのよぉん」
「雇われたって、紅葉がボクらを雇ったの?」
「推薦したのは私だが、雇い主は別にいる」
「誰?」
「帝都政府だ」
時雨の顔つきが険しくなる。
理由はわからないが時雨は帝都政府のことをあまり良く思っていないらしい。
「まぁ、古代遺跡の調査となれば当然だろうね、ってそんな話ボク聞いてないよ」
「今、初めて言った」
今の紅葉の言い草は”それがどうかしたか?”という感じだった。やはり紅葉は自己中心的で他人の都合など考えていいないようだ。
「はぁ……」
ため息を付き、いつものことだと時雨は諦めることにした。
遺跡の入り口はビルとビルとの間にある空き地にある。
新たにここに建てられる筈であったビルは地下10階地上2階建てのビルであったため、工事の際地面を深く掘り進めなくてはならず、その際にこの地下遺跡を発見するという結果に繋がったのだった。この地下遺跡は外界との空間軸が異なっているようで外層面積に比べ中は異常なまでに広いとの専門家たちの報告結果が出されている。
時雨たちは簡易巨大エレベーターに揺られていた。身体が小刻みに揺れ、下へと降って行く――。
ガタンという音を立てエレベーターが地面に到着した。
「おおっと」
時雨があられもない声を出しながらバランスを崩した。
「行くぞ」
紅葉は時雨のことなど構いもせず足早に歩いて行ってしまった。
「紅葉ちゃ〜ん、待ってぇん」
マナは空を飛んで彼を追いかけた。
彼女は急いでいる時などは自らの足を使わず空を飛んで目的地に行く。彼女曰くそっちの方が早くて疲れないかららしいのだが、普通は空を飛ぶというのは魔力を多く消費するため大きな疲労を伴うものであり、普通の魔導士ならば足を使うと疲れるからなどという理由でこの術は使わない。そのような理由で彼女がこの術を使えるのは彼女の持つ底を知らぬ魔力のおかげであって、彼女だからできる芸当と言える。
遺跡の中は迷路のように道が入り組んでいて、トラップも多く仕掛けられている。トラップが仕掛けられているということは、この場所に人を近づけない為と考えるのが必然的だろう。では、なぜ人を近づけないようにしているのか、遺跡には何があるというのか?
遺跡の中はほのかな光で溢れている。それは遺跡自体が微かな光を放っているためである。この遺跡にある壁や天上などはそれ自体が光っている、その理由は壁などに使われている岩に含まれる成分がこの遺跡全体に発せられている強い磁場と反応して輝いているのだと遺跡に入った専門家たちは言っている。
少し遺跡の奥へと進んだ所でマナはある物を見つけた。
「あらぁん、こんなところにいかにも押して下さいって感じのボタンが」
そう言いながらマナは壁に付いているボタンを押そうとする。
「ま、待って!」
時雨が急いで止めに入ろうとするが間に合わなかった。
「えいっ」
マナの人差し指がボタンを強く押した。辺りが静まり返る――。
「あらん、なにも起こらないわ」
マナの言葉に対して紅葉は当たり前だというような顔をして、眉をぴくりと上げて言った。
「入り口付近のトラップの大半はすでに解除済みだ」
「はぁ、よかった」
時雨は安堵のため息を付いた。しかし、マナは少し不満そうだ。
「つまんないわねぇん、あ〜んなことやこ〜んなことが起こるの期待してたのにぃ〜」
「期待しないでよそんな事……っあれ?」
時雨はある異変に気付いて辺りを見回す。
「どうしたのぉん?」
マナはまだ異変に気付いていないらしい。
「紅葉がいない」
「ウソぉん!?」
紅葉の姿が忽然と消えてしまった。二人は辺りを見回すが紅葉の姿はどこにもない。紅葉は何処へ消えてしまったのだろうか?
「これが今ここで流行ってる神隠しってやつかしらぁん」
マナの言い草は明らかに他人事ごとだった。紅葉のことなどどうでもいいのか、それともただ単に自己中心的なだけなのだろうか?
ため息を付きながら時雨は困った表情をしてマナを見つめた。
「マナが変なボタン押すから」
「紅葉ちゃんが入り口付近のトラップは解除してあるって言ってたじゃない」
そう言ってマナは再びボタンを押した――。
「ほら、何も起こんないじゃない」
「だからって、そう何度もボタンをむやみに押すのやめてよ。もし何か起こっ……」
話の途中で時雨の姿がマナの前から忽然と消えてしまった。
「あっ……時間差だったのねぇん」
少し考えた後マナはボタンをもう一度押してみることにした。
「ぽちっと」
――時間差でマナの姿がその場からパッと消えた。
マナは何も無い小部屋の中央に立っていた。
どうやらあのトラップは人をあの場所とは別の場所にテレポーテーションさせてしまうものらしい。
「あらぁん、みんないないわねぇん」
マナは辺りをぐるりと見回した。
部屋には何も無い、窓もなければドアもない、四方は壁で囲まれており、本当に何も無かった。
「出口がないわねぇん、ということは、他のみんなは別の場所に飛ばされたって事かしらぁん」
そう、あのトラップは一度に一人ずつ別々の場所にテレポートさせることにより後から追おうとした者を全員はぐれさせるというじつに巧妙で手の込んだ意地の悪いトラップであったのだ。
少し考えたマナは壁を叩きながら移動して出口が無いか調べたが見つからなかった。そこで仕方なく彼女は魔法で壁に穴を開けることにした。
彼女は右手を壁に向けると手のひらから魔弾と呼ばれる魔力を結晶化したものを発射した。
放たれた光が壁に当たると同時に厚い岩でできた壁は音を立てて崩れ落ち、直径3mの穴がぽっかりと口を開くと、彼女はそこから部屋の外へと移動した――。
薄暗い廊下を歩く時雨の肩はぐったりとたれ、足取りはとても重く、それを反映するように表情は今にも自殺してしまいそうなくらい憂鬱な顔をしていた。
「はぁ、だから押すなって言ったのに」
歩いても歩いても何処までも何処までも続く直線の廊下を彼はただひたすらに歩いていた。
「みんなどこにいるんだろう」
彼の右手にはひも状の物が握られており、その先端にはひし形の宝石らしき物がぶら下がっている。これは彼の得意とするダウジングである。探しているモノに反応して宝石がその場所を指し示してくれるというものなのだが――。
「どうも反応が鈍いな、この遺跡のせいかな」
この遺跡の調査記録によると方位磁石や連絡機器は特殊な電波が出ているため使えないとの報告がある。
「せめて、この真っ直ぐな道を出たいなぁ」
彼は結局かれこれ2時間ほどこの真っ直ぐな道を歩いてた。
「はぁ、どこまで続くんだろこの道、こっちの方もぜんぜん反応してくれないし」
前方の道は薄暗く、どこまで続いているのか検討もつかない。
彼はひもにぶら下がった宝石を見た。
「!!」
時雨の頭にある考えが浮かんだ。しかし、それは今までここまで歩いてきたという努力を全て水の泡にする恐ろしい考えであった。だが彼はそれを実行に移した。
時雨は勢いよく後ろを振り向いた。
「あっ……やっぱり」
振り向いた先にはなんと、5メートル先くらいのところに鉄の扉があった。
時雨は2時間以上もの間、同じ道を永遠と歩かされてしまうループトラップとは知らずに歩かされていたのだった。
「はぁ……早く後ろ振り返ればよかった」
時雨はため息を付くとドアを開け中に入って行った。




