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魔剣士(3)

 現在ここにいるワルキューレの人数は3名、それに加えて帝都政府のエージェントが2名。女帝の護衛をしているひとりのワルキューレを除き、帝都にいるワルキューレ全員がここに集結している。

 ワルキューレに加えて、ここには帝都政府のエージェントも召集されている。エージェントの数は全員で13名、だがここにいるのは2名だけである。2名しか来られなかったのではなく、あえて2名しか呼ばなかったのであるその理由は相手と戦う気が帝都政府にはないからだ。

 帝都政府は殺葵のしようとしていることを止めようとしていないのだ。むしろ、協力しようとしているようにも思える。その真意は何か?

 魔人の如き禍々しい気を放ち散らしながら、殺葵は地面を踏みしめ帝都タワーに近づいて行く。その殺葵が通る道を作るようにして、ワルキューレたちやエージェントたちが左右に分かれる。

 時雨は激怒した。

「なんでみんな奴を止めないんだ!? あいつはこの帝都タワーを壊す気なんだろ!」

 村雨を構え、時雨は殺葵にひとり果敢にも立ち向かって行った。彼を止める者は誰一人としていなかった。皆、傍観者に徹しているのだ。

 光の粒子が村雨の切っ先からほとばしる。剣と剣が噛み合い光が弾け飛び、時雨と殺葵は互いを睨み合った。

 殺葵は剣を片手で持ち、時雨の放った剣技を受け止めたのだ。それに対して時雨は両手で剣の柄を力強く握り締め、腕が震えている。力の差は傍目からも歴然としていた。

 爆風が巻き起こり、時雨の身体が大きく後方に飛ばされた。殺葵が剣で時雨の身体を押し飛ばしながら舞ったのだ。

 地面に膝を付く時雨にマナが駈け寄ろうとしたが、マナの身体はファウストの手によって静止させられた。

「私たちは手を貸してはならない。上の許可が下りるまで見ていることしかできない」

 マナはファウストに反論しようと彼の顔を見上げた。すると、ファウストは歯を喰いしばりながら鋭い目で殺葵を見ていた。

「お師匠様……」

 小さく呟きマナはその場に押し留まった。ファウストもまた自分と同じように助けたいのを我慢しているのだから。

 が、ファウストは堪え性ではなかった。

「……敵を目の前にして、この大魔導士ヨハン・ファウストが黙っていられるわけがないだろう!」

 疾風の如く速さで低空飛行しファウストは殺葵に向かって行った。

「お師匠様!」

 マナの静止もファウストの耳には入らないようだ。

 光り輝く妖刀を構え直し時雨は殺葵に向かって行こうとしたのだが、その後ろから猛スピードでファウストが時雨を抜かして行った。

「ナイト!」

 大声を出したファウストの背中から白い蒸気が立ち上がり、それは甲冑を纏った半透明の騎士へと変わったファウストは体内に幾つもの精霊を封じ込めて置き、それをいつでも自由に操ることができるのだ。

 輝き煌くナイトはレイピアの切っ先を殺葵に向けて猪突猛進して行く。

 剣を振りかざし殺葵が舞うと同時に風の刃が巻き起こり、ナイトに向かってその刃を向ける。だが、風の刃は甲冑によって防御され、ナイトは臆することなく突き進む。

 殺葵の唇が少し緩んだ。

「妖刀殺羅の糧となれ」

 残像を残しながら殺葵が素早く動く。殺羅の切っ先は一直線にナイトに突きたてられた。

 殺葵の放った剣技は甲冑をも貫いた。だが、ナイトのレイピアもまた、殺葵の肩を貫いていた。

 レイピアを伝って紅い鮮血が地面に滴り落ちる。しかし、無表情な殺葵の口は嗤っている。

 ナイトの身体が突然ぐしゃりと潰れるように縮み、妖刀に吸収されてしまった。殺葵の言葉通り、ナイトは妖刀殺羅の糧となり、そして殺葵の力となった。

 レイピアによって空けられた肩の穴が見る見るうちに塞がっていく。傷口は完全に塞がってしまった。服が破れているくらいで傷痕は全くない。

 背後からの気配。殺葵は妖刀を横に振りながら後ろからの攻撃を防いだ。

「甘いな時雨。剣の腕が落ちたのではないか?」

「さぁ? 記憶喪失で昔のことなんて知らないよ」

 相手との間合いを取って再び攻撃を仕掛けようとした時雨を大声でファウストが静止させた。

「退け時雨!」

 巨大な翼を持つ半透明の女性。新たなファウストの精霊だ。

 伝説のセイレーンのような容姿を持ったその精霊は、声にならない咆哮を高らかにあげた。音の塊が空間を歪ませ波打たせ、殺葵に襲い掛かる。

 音の壁は円筒形の筒のように殺葵の身体を封じ込め、その壁は殺葵の身体を押しつぶそうとする。だが、殺葵は余裕だ。

 風が唸り声をあげ、妖刀殺羅の刃が音の壁を粉々に砕いた。その時に音はまるで硝子の壁が粉々に砕けるような音だった。

 精霊の次の攻撃が殺葵に襲い掛かる。

 翼をはためかせた精霊の翼から、幾本もの羽根が剣のように発射された。

 妖刀殺羅は唸り声をあげた。それはまるで妖刀が生きているかのような唸り声だった。そう、殺羅は自らの糧を欲しているのだ。

 放たれた羽根は全て妖刀によって防がれて、殺羅の糧となってしまった。

 精霊は怒りの感情を露にして殺葵に向かって行ことしたのだが、それが不意に止まった。止めたのはファウストの意志ではない。妨害者が現れたからだ。

 法衣を身に纏った女性――ファーアが精霊の前に立ちはだかったのだ。

「ファウスト、もう十分でしょう。お気がお済みなったのなら、これ以上相手に『力』を与えるようなまねはなさらないでください」

 精霊はファウストの身体に戻って行った。そのファウストの表情はとても悔しそうだ。だが、このまま戦っていても、あの妖刀をどうにかしない限りは、相手に力を与えるだけである。

 フィーアの身体が霞んだと思った刹那、フィーアはすでにファウストの横にいて、彼の耳元で小さく呟いた。

「エージェントのライセンスを一時的に剥奪いたします」

「…………」

 いつものファウストならば、ここで皮肉の一つも相手に言うのだが、今回はここで押し留まった。しかし、ファウストの頭の中ではある考えが浮かんでいた

 再び戦いは一対一の戦いになった。時雨VS殺葵、それは村雨VS殺羅の戦いでもあった。

 村雨が大きく殺葵の頭上に振り下ろされる。だが、殺葵の方が早かった。

 腕を上げ隙のできた時雨の腹に殺羅が突き刺さる。切っ先は柔らかい肌を突き、背中を貫いた。

「ぐはっ……」

「儚いな、時雨よ。おまえは何故そんなにも衰えてしまったのだ……」

 妖刀が抜かれ血が噴出し、時雨は地面に膝を付き倒れた。

 友を斬り、その力を吸収した殺葵は再び帝都タワーに向かって歩き出した。その歩みを止まる者は誰もいない。誰もが傍観者に徹しているのだ。

 殺葵の足が帝都タワーの目の前で止められた。帝都タワーを見上げ、そして、彼は殺羅を地面に突き刺した。すると、地面が大きく揺れ、コンクリートにひびが入り、帝都タワーが倒壊しだしたではないか!?

 殺羅は鍵の役目をしていた。その鍵を差し込むことによって、地脈のエネルギーに影響を与え、帝都タワーを倒壊させたのだ。

 ワルキューレたちはタワー倒壊の被害を最小限に留めるために、帝都タワー全体を結界によって封じ込めた。これで破片や煙が外に出ることはない。

 帝都タワーは瓦礫の山となり、殺葵はこの場から姿をくらませた。誰も殺葵を追うものはいない。だが、なぜ帝都政府は殺葵の横暴を見過ごすのか?

 殺葵の目的とは? 帝都政府の目的とは、いったい?

 ワルキューレたちが撤収する中、マナは地面に倒れている時雨のもとへ駈け寄った。

「時雨ちゃん、大丈夫かしらぁん?」

 声をかけても返事がない。揺さぶってみると、少し反応があった。

「ちょっと、キツイ……」

 声が出せるようであれば、重症ではあるが、時雨にしてみれば今までの経験上、軽い怪我に属すると言える。時雨はそれほどまでに修羅場をいくつも掻い潜って来たのだ。

「時雨ちゃん、あたしは仕事が残ってるから行くわねぇん」

「……薄情者」

「あらぁん、何か言ったかしら?」

「……いえ、別に」

 時雨を残しマナは本当にこの場を去ってしまった。普通の人間ならば取らない行動だが、マナは普通ではない。

 残された時雨は青空を見上げた。

「あはは、青いな。……ちょっと、意識が朦朧としてきた」

 腹を抑えながら時雨はよろめきながら立ち上がると、ふらふらと危ない足取りで歩き出した。そして、ぼやく。

「あいつら全員、薄情者だ」

 あいつらの中には帝都政府の人間も入っている。


 死の淵を彷徨いながらも時雨は自らタクシーを拾って、病院へと急いだ。車中での時雨の記憶はほとんどない。彼が覚えていることといえば、川の向こうの綺麗な花畑で金髪の美女が自分を呼んでいたくらいだ。

 タクシーは帝都一の異質な病院――帝都病院の前で止まった。

 時雨はタクシーの運転手に肩を借りながら病院の中に入り、ケチな時雨はチップを上乗せしてタクシー料金を払い、運転手と別れた。『肩を貸して』くれたタクシー運転手が、今の時雨には救いの神のように思えたのだ。ちょっとしたマナたちへの反発心である。

 担架に乗せられ、時雨は手術室へとすぐさま運ばれた。その手術室は特別な手術室で、この病院の院長のみが使用する手術室だ。

 手術台の上に乗せられた時雨にはひとりの看護婦が付き添っている。彼女は時雨に優しい態度で察してくれて、止血の処理を素早くやってくれた。今の時雨にはまさに白衣の天使に見えている。

 が、肝心の院長が来ない。時雨が普通の人間であれば、とっくに出血多量で死んでいるほど待たされている。実際は輸血をされているので血は減らないが、それでも傷口はまだ開いたままだ。

 あまりにも遅い院長に対して、時雨を小さな声で吐き捨てるように呟いた。

「……ヤブ医者」

「何か言ったか時雨?」

 ぎょっとした時雨の視線の先には院長が立っていた。

 この病院の院長の名は蜿。白衣と白いフードに身を包み、顔には仮面を被っている。この院長は素顔や素肌を人に見えることが全くないのだ。

 不気味な格好をした院長の仮面の奥からくぐもった声が聞こえる。

「少し体調が優れなくてな……」

 蜿の息は少し荒いように思える。それは仮面をつけて息がしにくいわけではなく、ここに来る前にあることをして来たからだ。

「医者が体調悪くて、どうするのさ?」

「うるさい、患者は黙ってやがれ」

 蜿の左手が時雨の腹にかざされた。この行為は通称『スキャン』と呼ばれており、蜿は左手を何かにかざすことにより、その内部を読み取ることができるのだ。

「綺麗な切り口だな」

 そう呟くと蜿は次に右手を時雨の腹にかざした。すると傷口は一瞬にして塞がってしまった。蜿の右手には傷を癒す力が宿っているのだ。

 大きな息をついて蜿は床にあぐらをかいて座り込んでしまった。

「身体がだるい、クソッ、あの程度の治療で立てなくなっちまった」

 『右手』による怪我の治療には体力を多く消費する。だが、普段の蜿ならば今と同じ治療を100回行ったとしても平気だ。今日はいつもと違うのだ。

「どうしたの、今日はだいぶ息が荒いけど?」

 体調を回復した時雨は手術台から飛び降りると蜿の顔を覗き込んだ。

「おまえには関係ないことだ」

「……ケチ」

「うるさい、健康な奴はさっさと病院を出てけ。さもないとメスで切り刻むぞ!」

 医者の発言としてはチグハグであるが、蜿とはこういう人間だ。

「はぁ、じゃあね」

 時雨は呆れた顔をして手術室を自らの足で出て行った。

 残された蜿は自らの足で立ち上がることもできなかった。

「おい、院長室まで肩を貸せ」

「はい?」

「肩を貸せと言ってるだろ、耳が悪いのかおまえは!」

 院長が他人の力を借りるなどそうあることではなかった。立ち上がれなくて看護婦を借りるなど前代未聞名ことである。

 あまりのことに看護婦は自分がなにを要求されているのか最初は呑み込めなかったが、すぐに慌てた表情をして蜿に肩を貸した。

 看護婦に肩を借りて歩く院長の姿を見て、この病院のスタッフは皆丸い目をして凝視してしまった。そして、誰もが思った、この帝都に何か大きな事件でも起こるのではないかと……。

 帝都に起きている異変。そのことに気づいている者はまだ少ない。

 神威神社と帝都タワーの全壊。このニュースは帝都民を震撼させるニュースではあるが、所詮は他人事であった。

 帝都では、生物兵器が逃げ出し帝都警察と大攻防戦をすることや、犯罪者たちが銃を乱射するなどよくあることだ。ビルが何者かの手によって破壊されることもある。それが今回は神威神社と帝都タワーで起きたに過ぎない。

 だが、これはまだ序章でしか過ぎない出来事であった。帝都は確実に闇に包まれようとしていた。

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