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許嫁は土地神さま。  作者: 夙多史
第一巻
33/39

五章 困ったときの神頼み(5)

 ――成人……起きろ……成人……。

 ぼんやりとする頭の中に小和らしきロリボイスが響いた。

 ――起きろ……成人……。

 いやいや、今けっこういい気持ちだからあと三十分くらいこのまま寝かせ――

「起きろと言っているだろ! 祟るぞ!」

「ぎゃふっ!?」

 後頭部に炸裂した得も知れない衝撃に僕の視界が真っ白にフラッシュした。

 一気に覚醒した意識で首をもたげると、目の前では銀髪碧眼の少女がムッとした様子で僕を睨んでいた。彼女の片手は軽く持ち上げられていて、細くて白い指は手刀の形に揃えられている。ああ、僕は脳天かち割りチョップで乱暴に起こされたってわけね。

「――ってなにするの小和! 痛いじゃないか!」

「お前が呼びかけても起きないからだろ!」

「だからって頭にチョップはないんじゃないの! 馬鹿になったらどうするのさ! もうっとこう、優しく体を揺すったりほっぺにチューしてくれてもよかったんだよ」

「だ、だだだ誰がするかボケェ!」

 二発目のチョップを顔面に食らいました。お星様が、お星様が僕の周りを飛んでるよ。

「あ、それはそうと気がついたんだね。よかった。どこか痛いところとかない?」

「相変わらず気持ち悪いくらい復活の早い奴だな。お前の中にある神気のせいかもしれん」

 言われてみればそうかも。十年前に白季小和媛命に救われてからというもの、僕は他の人よりも若干ながら傷や病気の治りが早くなった。それは身体を鍛え始めたからかなってこれまでは思ってたけど、そうか、神気の影響の方が強かったのか。

 実際に今も石段を転げ落ちた痛みは割と引いている。時計を見ると夜中の十一時で、帰ってからまだ数時間しか経ってないのに……あ、そうか、僕は彩羽が帰った後も小和の看病しててそのまま寝ちゃったんだ。

「それより早く手を放せ。いつまで握っているつもりだ」

 とそこで僕もやっと気づいた。小和のチョップを下してない方の手を僕はぎゅっと握りしめていたんだ。さっき見た変な夢はこれのせいだとか?

「ご、ごめん。で、ホントに体は大丈夫なの?」

「ああ、わたしは大丈夫だ。成人、お前が守ってくれたからな。一応、その、ありがとう……とでも言っておいてやる」

「なんでそんな偉そうなのかはわかんないけど、お礼の言葉は素直に受け取っておくよ」

 小和が照れ臭そうに顔を背けるので、僕はやれやれと苦笑しながらなにか飲み物でも持ってこようと立ち上がった。

 すると、小和は慌てたように振り返った。一人にされるのが不安、そんな小動物的な目をしていた。

「ま、待ってくれ成人! えっと、あの、話したいことがある。わたしの記憶のことだ」

 踵を返しかけていた僕は寸前で踏み止まった。ただの話なら飲み物を持ってきてからでもよかったけど、内容は小和の記憶。つまるところ前の白季小和媛命についての記憶だ。その件は一秒だって早く聞きたい。夢で見たことも気になるしね。

「思い出したってこと?」

「というより、夢を見たのだ」

「夢? 小和も?」

「ん? も、とはどういうことだ?」

 僕は小和に叩き起こされる寸前まで見ていた夢のことを伝えた。すると小和は神妙な顔になり、思案するように顎に手を持っていく。

「うむ。その夢はわたしも見た。恐らく〈輪帰〉する前の古い記憶だと思う。だが、それはわたしの見た夢の一部に過ぎない。また忘れてしまわないうちに、お前には全て伝えておきたい」

 夢ってだいたい起きて十分もすれば曖昧になるよね。そこは神様も同じなんだろうか?

「あれはわたしがまだないすばでーだった頃」

「その前置きは激しくいらない気がするよ」

「う、うるさい本当なのだから言わせろ祟るぞ!」

 超高速で赤面して喚く小和。確かに前の白季小和媛命はナイスバデーだったけれども。緋泉加耶奈御子様にも引けを取らないボンキュドカンだったけれども。

「それで、ナイスバデーの頃の小和がどうしたの?」

「ぐ、なにやら皮肉めいて聞こえるな。……まあいい。夢の中のわたしは、人間だった」

「!」

 人間。加耶奈様も小和が元は人間だったと言っていたけど、どうもそれは本当らしいね。そう考えれば小和の『人間らしさ』にも納得がいく気がする。

 僕の見た夢では小和はもう土地神だった。てことは、これから語られるのはそれ以前の記憶だろう。

「信じられないかもしれんが、わたしは小国の姫だったのだ。生まれながらにこの髪と瞳、そして奇跡の力を持っていて、恐れる者もいれば聖女だと讃える者もいた」

「奇跡の力って?」

「人々の信仰がわたしに集まっていたからだろうな、人間だった頃からなぜか神気を操れたのだ。わたしはその力で人々の傷や病を癒したり、時には飢饉から村や町を救ったりもしていた」

 まるで夢の話じゃなく、記憶そのものが戻ったように小和は語る。

「わたしの力は、どうやら『命』を司るらしい」

 小和は自分の掌を静かに見詰めた。『命』を司る神様、か。だから医者も諦めたあの状態の僕を救えたんだね。幽霊を成仏させたこともその力の特性ゆえだろう。

「ある時、わたしの力を知った他国がわたしを手に入れるために攻め込んできたのだ」

「これはまた、ずいぶんと漫画的な展開になったね」

「いいから黙って聞け! 冗談ではないのだぞ!」

 怒られた。うん、ちょっと緊張感が足りなかったかな。自重しよう。

「弱小だったわたしの国は当然抗えるわけもなく、簡単に攻め滅ぼされてしまった。わたしは他国に捕らわれることはなかったが、数人の従者と共に落ち延びる結果となった。その落ち延びた先がここ、今の白季町だ」

 だいぶ話が繋がってきた。どうやって、はこれから語られるだろうけれど、小和はそこで本当の神様になったんだ。

「この地の人々は異形で異能を持つわたしを受け入れてくれた。だがほどなくして、この地は流行り病に侵されてしまった。従者には止められたが、わたしは放っておけなかった」

「神気の力で治したんだね」

「いや、自国を攻め滅ぼされたことで弱まったわたし力では全てを救うことは不可能だった。ついでに力を使ったせいでわたしの居場所が敵に悟られてしまい、追手がやってくるのも時間の問題だった。わたしにはもう、逃げる力もなければ隠れる場所もなかった」

 ごくり。僕は無意識のうちに固唾を飲んでいた。内容は簡略化されているものの、小和の表情が本気だったからだ。

「だから、わたしは即身仏となることを選んだ。落ち延びたわたしをよくしてくれたこの地を、永久に守り続けるために」

 即身仏……って、ミイラのことだよね? 現代じゃ自分からそうなろうなんて考える人は自殺志願者にもいない気がするよ。他人のためにミイラになる。小和、君ってとんでもない聖人だったんだね。

「そうして神格化されたわたしは、気がつけばこの地を守護する土地神となっていたのだ」

 どうやらミイラから土地神となった過程は前の白季小和媛命にもわからないみたいだ。本当に『気がつけば』なんだろう。

「恐らくだが、わたしの即身仏はまだ存在していると思う」

「え? どこに?」

「あの自縛霊のいた屋敷の、地下だ」

「――ッ!?」

 あの日本屋敷の地下だって?

 じゃあ、あそこにいた地縛霊が守っていたものは仏壇じゃなくって……。

「成人、掘り返そうなどと思うなよ」

「お、思わないよ。それこそ罰当たりじゃないか」

 小和のミイラなんて見たくない。だって小和は僕の目の前で土地神として存在してるんだから。

「ミイラの話は置いといて、これで小和が人間だったってことは明らかになったね」

「ついでにお前も見たという夢こそ、以前のわたしが〈輪帰〉を選んだ理由だろうな。緋泉の神の属神となってしまえば、白季町の繁栄はまずありえないから」

 とっくに緋泉加耶奈御子に負けていたはずなのに、それでも白季小和媛命は諦めてなかった。

 今の白季町を見ればわかる。僕に似た男は願い半ばで力尽きたのだ。そこで白季小和媛命も諦めてしまえば、二人の願いはどちらも叶わなかったことになる。

 負けず嫌いなんだ、白季小和媛命は。

「約束のため、か。それで土地が滅んじゃったら元も子もないのに」

「まったくだ。我ながらそう思う」

 小和は苦笑した。

「思うが、最後の賭けだったのだろう。それでどうにもならなければ、あとは今のわたしの判断に任せるつもりだった……そんな気がする」

「小和の答えは決まったの?」

「わたしは――」

 小和はしばし逡巡すると、僕の顔をちらりと見て――意を決したように、はっきりとこう告げた。

「――属神にはならない」

 彼女の蒼い瞳はこれっぽっちも揺らぐことなく、強い意志の光を宿していた。

 加耶奈様の属神にはならない。なんとなくだけれど、小和はそう言うんじゃないかと思っていた。

 だからこそ訊きたい。その選択をした理由を。

「どうして?」

「わたしが奴の属神になったところで、神社が取り壊される運命は変わらない。神社は現世と神界を繋ぐ場所。それがなくなればわたしはこの世に存在できなくなる。お前の許嫁ではなくなってしまう。二度と、会えなくなる。そうなってしまうのは、嫌だ」

 小和の瞳が次第に潤んできた。まだ少しの時間しか一緒に過ごしてないけれど、僕だって小和と永遠に離れ離れになるなんてごめんだ。だって、小和はもう僕の家族だから。

「だが、属神ではない今ならまだ覆せる。社が壊される前に、それを防げるほどの信仰を集めることさえできれば。昔のわたしが交わした約束など知らんが、今のわたしも最後まで諦めるつもりはない」

「でも小和、それは――」

「わかっている。これはわたしの我がままに過ぎない。だがな、わたしはわたしの勝手を通すぞ。残された短い期間内を死にもの狂いで抗ってやろう」

 全てを理解した上で小和はその選択をした。それなら僕に異議はない。あっちゃいけないんだ。

「だから成人、力を貸してくれ」

 手を差し伸べてくる小和。ここで僕が手を取らなかったら、そんな不安が表情に滲み出てるよ。僕の答えはとっくに決まってるのにね。

「もちろんだ。だって僕は小和の許嫁だよ?」

 優しく包み込むように、僕は小和の手を握った。瞬間、不安が晴れたのか、小和はひまわりのように顔を輝かせた。可愛いなぁ。

「ただし、どうしてもダメそうなら加耶奈様の属神になるんだよ。僕と小和のわがままで白季町を滅ぼしたくはないからね」

「うむ。そんな事態にはさせないが、約束しよう」

 僕と小和の小指が絡まり合い、確かに繋がった。


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