19,真の褒賞
「ナンナ。大きくなったな。俺が最後に会ったのは、お前が三つの頃だった。昔から、リィナに似ていると思ったが、そっくりで驚いたぞ。
変わらないなあ。その眼……水色にうっすらと金の縁がある」
この人が、お父さん。
私はまじまじと見つめた。輝く眼だけ、母が語った彩と一緒である。
「……お父さん……」
マントが落ちてきて、私を大きく父が包み込んだ。
「ずっと、ずっと、会いに行けず、苦労をかけた」
「お母さんは……」
「言うな。知っている。十年前、やっと一区切りつき、一時帰還した。真っ先にお前たちのいるはずの村へと寄ったのだ。だが、家はもぬけの殻。お前たちが村を出たと聞いた。
大方、追い出されたようだったな。俺も、リィナも、身寄りがないからな。金だけでもと送っていたつもりだったが、いつしか途絶えていたようだったしな。
お前たちがいなくなった村に用はない。すぐに追った。
俺が見つけたのは、リィナの遺体だけだった。すでに日数も経ち白骨化し、俺が贈ったネックレスがなければ、彼女だと気づかなかっただろう」
「お母さんは、やはり魔獣に殺されていたのね。
母さんが、逃げてと言って。私はただただ、逃げただけだったの」
「怖かったろう」
「……うん……」
「……母さんの墓は立ててある。今度、一緒に、行こうな……」
「……はい……」
頬を涙が伝う。
息を吐いた。団長がお父さんなら、私は……、どうなるのだろう。
聖女として、団長に嫁す、そう言われてきた。でも、この人が、父だとしたら……。
「ナンナは、どうやってここにたどり着いたんだ」
「魔獣から逃げおおせた私はとある村の村長のお嬢さんに助けられて、そこで十年働いて過ごしたの。
その村に突如ダレン様が現れて、魔力があることを見つけられ、拾われて、こちらに来たの」
「……ダレンか。あいつは、都と前線を行き来していたからな。そうか、ダレンが見つけたのか」
父は噛みしめるように、そうか、そうかと繰り返した。
「私は、どうなるのでしょう。
聖女として団長に嫁すように言われていたのです。
団長が、お父さんなら、私はいったいどうなるのかしら……」
「ナンナの希望はあるか? 俺でできることがあるなら、なんでもしてやるぞ」
なんでも?
本当に。
「なんでもって、なんでも」
「ああ、なんでもだ」
私は息を深く吸った。
心音は静かだった。
「お父さん、私は、ダレン様が好きです」
抱きしめていた父がぴくっと反応した。腕に力がこもり、苦しくなる。
「どうされたの」
「……いや、してやられたな、とな……」
「……はい?」
「あいつ、この一か月、妙な動きをしていると思ったらなあ。祭典前に文官に戻る手続きやら、何やら慌ただしくしていると眺めていたら、こういうことか……」
わななく父の声が悔しそうである。
「ナンナには関係ないことだ。二十年経っているのだ、それぐらいのこと想像し、受け入れられないではないが……、しかしだなあぁ、あのダレンか……」
父が一人言葉を噛みしめる。意味がよくわからない。
「後は、俺に任せておけ」
父は私から身を離し、肩に手を置いた。
振り向き、王と宰相に向かって宣言した。
「すべての褒賞を、ありがたく受け取る」
会場中がざわめいた。
「国領地の一部を伯爵領とし、俺はそこに屋敷を立てて住まおう。自領に定住し、余生を過ごすことを約束する」
宰相と思しき男性の目がきらりと光る。
「譲位可能な伯爵位を与えてくださると言うことは、俺の子々孫々をも貴族として迎え入れていただけるということですな」
王がゆっくりと頷いた。
「王よ。我が願いを叶えてくださり誠にありがとうございます。
生き別れた我が娘を、聖女ととして保護していただいていたとは、前線におりました身では知る由もありませんでした」
「うむ」
王はすべてを知っていたとばかりに応える。
会場のざわめきはさらに深くなってゆく。
ここに集まった大半の者が、聖女が団長に嫁す、ものと思っていたはずだ。それが一変し、生き別れた娘との再会へとすり替わった。
「心より御礼申し上げます」
父は跪き、王に礼を示す。
水を打ったような静けさが場を包んだ。
時の経過がゆっくりである。私はただただ、立ち尽くす。ダレン様がまっすぐに前を見ていた。
「人生の半分以上を騎士として過ごし、前線に立ち続けた。
ひいては、娘に婿を迎え、今後は自領にて余生を過ごしたい」
ざわざわと再び会場がさざめく。
「王よ。お許し願えるだろうか」
「許す」
「ダレン!」
父の声が会場を切った。
「はい」
「お前は男爵家の四男だったな」
「はい」
「お前を、娘の婿として迎え入れる」
私は何が起こっているのか分からなかった。
「王よ。我が娘の婿として、男爵家四男であるダレン・スウィフトを迎えることをお許し願いたい」
「許す」
「ダレンよ。お前への褒賞は、わが娘だ。異論はないな」
私は、展開について行けず、ふらりとして倒れかけたところで、背後から差し伸べられたミザリーの手によりかろうじて支えられた。
「あの男、やってくれたわね」
ミザリーが苦々しくつぶやいた。
聖女が団長の娘だというサプライズ以外、式典はつつがなく予定通り進行した。
俺がこの一か月暗躍した意味はあった。
もし晴れの舞台で、聖女を嫁すと言いながら、団長の娘であると判明した場合、宗教上禁忌とされる近親婚にあたる。聖女が娘であると隠さねばならなくなり、かつ、王が娘を父に嫁がせたという罪を被ることになる。
式典の場で王に落ち度があってはならない。
式典の場で王に落ち度がないように宰相以下文官は細心の注意を払わねばならない。
故に宰相の言葉を、『褒賞に聖女を』という文言にし、嫁す、という言葉を除いた。
団長が彼女が娘であると気づかなかった場合、後に宰相が彼女が娘であると明かす予定ではあった。
ここ数年、俺の文官としての仕事は、団長に褒賞を受け取らせ、かつこの地に留め置く褒賞をさぐることだった。俺は必要な仕事を成した。
聖女ナンナの先行きをも含めて。
団長からしてみれば、やっと見つけた娘をかっさらわれるわけだ。面白くないことこの上ないだろうが、俺は最高に気分が良い。
「なに、にやけてんのよ」
顔には出していない感情を読み取った同期の声が飛んできた。
腕を組んだ同期のミザリーが怒りを称えた両眼にて睨みつけ立っていた。
「よう」
久しぶりとばかりに手を挙げた。
その手に向かって、ミザリーが拳を飛ばし、俺はその拳を掴んだ。
「やってくれたわね。このクソ男」
ふっと楽しくなる。
「今まで癒しを与えていた聖女が団長の愛娘だと知れば国民の人気も上々だ。お前が築いた下準備のおかげだな」
嫌味にしかならない礼だ。それぐらい分かっている。
「……目の上のコブがいない間に、水をあけてやろうと思っていたのに、この一月で何をしてくれるのよ!」
ミザリーは本気で怒る。彼女はずっと俺の二番手だった。
「お前の出世欲に俺は興味ないよ。俺はナンナさえ手に入れれば満足だ」
ぽんと拳を返し、俺は彼女の前を立ち去った。




