18,騎士の矜持
俺こと、ダレン・スウィフトは、村で保護した聖女ナンナを愛している。
聖女として迎え入れた時点で、聖女を騎士団長の褒賞とする案が採用される可能性が高いと分かっていた。彼女が行くであろうルートは定められていた。
俺は騎士であり官吏でもある。十年前に両方の試験にトップ合格した。誰もが官吏を選ぶと思っていたところで、俺は蹴って騎士になった。ただ、若かっただけだ。騎士団長への憧れもあった。
試験結果を知る文官最上位の宰相が俺に目をつけた。俺は騎士として前線に行きつつ、彼らの体のいい犬になった。騎士団長は俺の立場を理解しつつ、適当な距離を保ち、重用した。
官吏から見ても、団長から見ても俺は便利だ。双方の調整役である。
宰相はこの国に団長を縛り付けるためのあらゆる方策を考えていた。
団長はこの国に未練はなく、自由になりたがっていた。
双方の意見が拮抗していることは数年見てきて知っていた。
今回最後の前線で、俺は団長と話した。数年かけて築いた信頼の結果だ。
『団長は、なぜ褒賞を拒むのです。いい加減、俺も打つ手なしだ』
酒の席における軽口のつもりだった。最後の最後。団長がポロリと本音をこぼした。
『俺には妻がいる』
『団長に? そんな話、聞いたことないですよ』
『昔のことだ。もう妻は死んだ。だが、娘はいる』
『では、娘さんと暮らされるんですか……。いや、団長は俺の知る限り独身であったはず』
『表向きはな……。妻が幼馴染の平民だったために、認められていなかっただけだ。官吏どもは見通しが甘いんだ。すぐに魔獣との闘いは終わると思っており、俺をからめとるため貴族の娘と結婚させようと、妻の存在を黙殺した』
『それは、また……。さっさと認めて……』
『人質にでもしていれば良かったのにな』
『それを言いますか、ご自身で』
『俺からして見たら、人質にしてもらっていた方がありがたかったよ』
『なぜです』
『俺が行けぬ間に妻と娘は故郷の村を追い出され、妻は魔獣に殺され、娘は行方不明だ。
俺はもう、この国が、うんざりだ』
暗がりの中、焚火に揺られた団長の眼に魔力の証が揺れた。
その後、魔獣の最後の抵抗に合い、俺は大けがを負うことになる。命の危険をはらむなか、やっとの思いで、都まで俺は運ばれた。
息をするのも苦しかった。肺に入り込んだ瘴気が俺を内部から焼いていた。死ぬ。本当に、そう思っていた。
どれだけの時間が経過したか分からない中で、ナンナの指を喉に、胸に感じた。瘴気のうずきが一気に消えた。息が楽になった。食事もとれるようになった。
毎晩、ナンナは俺を癒してくれた。
俺は彼女が団長に嫁す聖女だと知りながら、彼女とのひと時の関係を楽しんでいた狡い男だ。前線に行く前『すまない』と告げる以外、逃げ道はなかった。彼女に合わす顔もなく、早朝、早々と出て行った。
そんな俺を、彼女が癒す。
深い苦しみの中、ナンナの手は俺を癒し続ける。彼女がそばに寄り添い、体も心も楽になっていった。
貴族が聖女を妾に向かえる理由はこれかと理解した。こんな癒しを与えられるのなら、自分だけのものとし傍にも置きたくもなるだろう。
ナンナは俺が意識がないものとし、過去を語った。母が魔獣にやられたであろう件まで、団長の話と被った。まさかと思った。彼女が、団長の娘か?
『この魔力は父譲りです。
ダレン様の魔力の証は、金なのですね。私の何色なのでしょう。母は父の魔力は何色か……、三色見えたと言っていたわ。
水色と、赤と、金。三色が重なるように滲んで、光っていたそうです』
水色と、赤と、金。俺が焚火の前で見た団長の眼の輝きと同色だった。
俺は確信した。ナンナこそ、団長の娘だと。
ある夜、俺は掛布の中に彼女を招いた。入るかどうかは、五分五分だった。
中に入ってくれた彼女を抱き寄せる。ぬくもりをしっかりと受け止めた。
『私ね、騎士団長の褒賞にされるんですって』
誰にも言ってはいけないことを彼女が俺にささやいた。
俺は、たくさんの意味を込め『すまない』と呟いた。
その時、決心した。俺は、犬としてやってきたすべてかけて、彼女を手に入れることを!
俺は今、玉座の間にいる。
玉座に王が座し、その足元より長く扉まで赤い絨毯が伸びる。
絨毯の上には、王と向かい合うように騎士団長が立つ。
左右には、宰相を筆頭に高官や高位貴族が並んでいる。
俺はさらに後方、王座の間の扉近くに、三人の副団長の一人として立っている。
宰相が、団長への褒賞を読み上げている。爵位、領地、報奨金、あらゆる好条件が並べられる。そして、最後に満を持して、「褒賞に聖女を」と高らかと宣言した。
王座の右手に垂れたいた幕が開かれた。長らく待っていたであろうナンナが現る。彼女は予定通り、素顔を見せ、教育を受けた静かな表情で場を見つめる。
高官も、貴族も、無反応だった。ただ聖女が団長に嫁された、と思ったのだろう。
団長だけ一人戦慄いている。肩を震わせ、その横顔は今まで見たこともない驚愕の色を見せた。
俺は拳を握った。
俺は勝った。
団長に勝てることなどないと思っていた。今後も、勝てなくてかまわない。今、この瞬間だけでいい。俺は勝つべき時に、勝利した。
私は、開かれた幕から数歩前に進んだ。事前にそうするように言われていたからだ。私は、ただただ、この場に立つ姿をダレン様に見られていることに耐えなくてはいけない。
騎士団長と思しき男性が、赤い絨毯の上に立っていた。
えらい方々が並ぶなか、彼だけ、飄々とし、俺には関係ないとばかりに、憮然としていた。
ああ、この人に嫁すのか……。私は脳裏でぼんやりとそう思っていた。
団長と目が合うと、突如その表情が崩れた。肩を震わせ、見開かれた目を持って私を凝視する。
団長が、つかつかと私の方に近づいてくる。場、全体がざわめいた。団長の行動に驚いている。私は何が起こっているか分からず、周囲に視線が滑った。その視界の端に、ダレン様が映る。
目の前に団長が立ちはだかり、ダレン様の姿が消えた。
「……リィナ……」
それは母の名だった。
「……あの、それは……、母の名です」
万感の笑みが広がる。
「……ナンナ……」
団長が、まだ名乗りもしていない私の名を呼んだ。
「……なぜ……」
団長が、広いマントを広げて、私を包みこむ。
暗がりの中で、わずかに漏れる光を頼りに、彼の目を見た。
魔力を宿す眼が光る。それは三色だった。
水色と、赤と、金。
「……お父さん……」




