71.和解
◼️前回までのあらすじ◼️
七夕イベントに参加するためにイベント会場に到着した真雪に一本の電話が入る。
その電話は楓先輩からのもので、合流したいとの事だった。
楓先輩と合流した真雪達、そこにいたのは楓とその幼馴染でありオールスターバトルで一悶着あった相手、女王・姫野宮冴華その人であった。
「Snowとアカネとは久しぶり、ですね。私の事、覚えてますか?」
先程までの京都弁でおちゃらけていた雰囲気と打って変わって、凛とした雰囲気を纏い姫野宮 冴華が挨拶をする。
「あ、あぁ、女王……」
朱音ちゃんは驚愕の表情のまま呆然としている。ガクガクと膝が震えており、立っているのがやっとの状態だ。頭の中に様々な想いが渦巻いているのだろう。
そんな朱音ちゃんの様子を見て、私は慌てて朱音ちゃんの肩を支える。
先程までの明るい雰囲気から一転、朱音ちゃんの表情は血の気が引き青ざめている。やはりオールスターバトルでの一件が朱音ちゃんの心に深い傷を刻みつけてしまっていたのだろう。
私は睨む様に女王に視線を向けると「覚えてますよ。貴女も私との約束、覚えてますか?」と強い口調で質問を返す。
その私の刺々しくも感じる対応に美月ちゃんは「ちょっと、真雪ちゃん⁉︎」と戸惑い、楓先輩はやはりこうなるかと苦笑を浮かべた。
「もちろん覚えているとも。その約束を果たすために私は楓に無理を言ってこの場を設けてもらったんだ」
女王は力無い笑みで私の問いに答えると、ゆっくりと私に――いや、私が支える朱音ちゃんに歩み寄ってきた。
「あ、あの、女王。すみません。私はあの時――」
目の前に立った女王に、朱音ちゃんは慌てて声をかけるが、その言葉を女王が首を横に振って遮る。またしても自分の言葉が拒絶されてしまうのかと朱音ちゃんの顔に絶望の色が浮かぶが、次に取った女王の行動がそれを覆した。
「あの日は全て私が悪かった。
すまなかった。心からお詫びする――」
女王が深々と頭を下げる。朱音ちゃんは状況を理解できずに目を見開いている。
「後でフーから君のことを聞いた。君が私の熱狂的なファンであることを――私に感謝の言葉を伝えようとあのバトルに参加したということも。
慣れないプロの世界で知らず知らずに心が追い詰められていたようで、心の拠り所を幼馴染にしか見いだしていなかった。あの時の私は周りが何も見えていなかった。私を支えてくれていた君みたいな大切なファンを蔑ろにしてしまっており、高校生プレイヤーを見下してしまっていた。
私の心無い態度と言葉で君を傷つけてしまった。申し訳ない。今思い返すと私は最低な人間だった。軽蔑されても仕方ない行いをしたと反省している。それでも私からの謝罪を受け入れてもらえるとありがたいと思っている」
再度、深々と頭を下げて言葉を続ける。
その言葉を聞いて、朱音ちゃんの瞳から大粒の涙が溢れた。何か言おうとしているのだが、しゃくりあげる様な嗚咽で言葉にならない。
「許すも何も、朱音ちゃんは貴女のこと軽蔑なんてしてないですよ……」
代わりに答えたのは美月ちゃんだ。今にも落としそうになっていたパンの入ったバスケットを受け取り、代わりにハンカチを差し出しながら女王に告げる。
「朱音ちゃんは今も昔も貴女のファンなんです。あのバトルの後に朱音ちゃんが悔やんでいたのは『貴女の望みを自分が絶ってしまったのではないか』『貴女に恨まれたりしてないか』でした。
この涙も貴女に感謝の言葉が届いたことに対する嬉し涙だと思います。
ですから、そんなに自分を卑下せずに、顔を上げてください」
その言葉を受けて女王は顔を上げる。その瞳に映るのは、泣き笑いになっている朱音ちゃんの姿だった。
「また私は難しく考えすぎてたのかもしれないな。あんな態度をとってしまったのだ、私は嫌われていて当然と思い込んでいたのだが……」
自虐的な苦笑を浮かべた女王に、楓先輩がやや乱暴に帽子を被せ「だからアンタは何事も重く考えすぎだっていうんだ。とりあえず、アンタは有名人なんだからそろそろ顔を隠せ」と背中を叩く。
「はぁー、もうフーちゃんには敵わんなぁ」
女王はいつもと変わらずに接する幼馴染の態度に吹っ切れたような表情を見せる。
「とりあえず、自己紹介の続きだな。ウチの学校の後輩達の紹介だ。
サイドテールの元気っ子が、『アカネ』こと榎崎 朱音。
隣の猫毛で弱々しそうな子が『Snow』こと柊木 真雪だ。
そして、三つ編みの知的そうな子が大鍬 美月だな。ゲーム内では『ルナ』だ」
楓先輩が私達を紹介する。その紹介を聞いて、やっぱり私は弱々しく見えるのか、と少し落ち込みながらも、軽く頭を下げて挨拶する。同じように隣で美月ちゃんが頭を下げている。
「朱音に真雪に美月ね。よろしゅうね」
ポニーテールを解いて、髪を帽子の中に収めながら女王が言葉をかける。緊張が解けたのか、京都弁が混じっている。
「ところで、Snow――いや真雪ちゃんと言った方がいいかな、貴女にも伝えたかったことがあるのだが――」
女王が私に視線を向ける。
「は、はい。何でしょうか?」
朱音ちゃんの一件があり、すごくひどい態度を取っていたかもと思い返して、怒られるかもと身構える。
「そんなに身構えなくてもええよ。色々と強くは言われたが、そこは気にしていない。むしろ、フー以外にガツンと私に意見してくれる人が周りにいなかったのが問題だったのかもしれない……
真っ直ぐに私に対して怒りをぶつけてくれた貴女には、むしろ感謝していて、それを伝えたかったんよ。
オールスターバトルまでの私は視野が狭く、自分の事しか考えられない小さな人間やった。多分あのままだったら成績は残し続けられたかもしれないけど、どこかで人気も人格も破綻していただろうと思うんよ。それを気づかせてくれた君に、本当に感謝している」
まっすぐに感謝の言葉を伝えられて、私は戸惑ってしまう。あの時私は朱音ちゃんを泣かせた女王を許せずに、怒りのまま闘ってしまった。格闘家にあるまじき乱暴な闘いだったため、自分としては恥ずべき試合だった。
「あの……」
「ん?」
「あの試合。私は怒りに任せて礼儀を欠いた闘いをしてしまいました。そして、先程の態度も目上の方に取る態度ではなかってです。
こちらこそ、すみませんでした」
私は頭を下げて謝る。
「ふふふ。まさか私が謝られるとは思っていなかったわ。
その謙虚さ誠実さが君の強さの源なんやな…… あのバトルで私は上には上がいると思い知った。けど、私も負けたままでは終われないからな。互いに前回は悔いの残るバトルというのなら、次に闘う時は正々堂々と闘って、つぎは勝っても負けても悔いの残らないものとしよう」
女王は拳を私の前に突き出す。私は相手の意図を察して「はい」と答えて、その拳に自らの拳を当てる。
「もちろん、次は負ける気はないけどね」
不敵に笑う女王に、私も「こっちも負ける気はありません」と返した。
「ふっ、ははははは。弱気に見えて、負けず嫌いな様だな。正直言って、今の私にそこまで強気で言い返せるのは、プロのタイトルホルダーかフーちゃんぐらいだ」
「いや、アタシをそこに入れるな」
「ふふふ、ははははは……!」
女王の笑い声に、ちょっと恥ずかしくなって「あうぅ」と声を漏らした。そんなに大胆な物言いだったかな……?
「私が伝えたかったことは全て伝えたつもりだ。これからどうする、フーちゃん?」
「ああ、そうだな。用事が済んだなら一年達の時間を邪魔するわけにはいかないから、解散するか……?」
うむ、と腕を組んでそう提言する楓先輩に、「あのっ!」と朱音ちゃんが声をかける。どうやら涙は止まった様だ。
「先輩方が迷惑じゃなければ、このまま一緒にイベント、回りませんか?」
朱音ちゃんは勇気を持って聞いてみた。
「アタシは構わないが、サエはどうだ?」
「私はかまへんよ。むしろ、私は生涯のライバルとなり得るSnowの正体を知れるいい機会になるし、一緒にいれるとなるとこちらのメリットの方が大きいと思うんやが? ええんかな」
楓先輩に訊かれた女王はクックックと幼馴染同士でしか見せない様な悪戯っ子っぽい笑みを見せて答える。
なんだか、最初に会った時の印象と大分違うな……
最初に会った時は張り詰めた様な、強さを突き詰める孤高の剣士ってイメージだったけど、普段はこんな感じなのかな? それとも先程言ってたみたいに、私とのバトルでなにか吹っ切れたのかな。
その言葉に楓先輩は「うーむ」と悩むが
「どうぞ、どうぞ。真雪のこと丸裸にしちゃって構わないので、是非一緒に行きましょう!」
朱音ちゃんは私の後ろに回って、私を突き出す様に軽く肩を押して見せる。
「ちょっ、朱音ちゃん」
私が慌てていると「ふふふ、やっといつもの朱音ちゃんに戻ったわね」と隣で美月ちゃんが微笑んでいる。
ちょっと、美月ちゃん助けて、と視線を送るが軽くスルーされてしまった。
「風祭先輩達ってお腹空いてませんか?
もし良かったら真雪ちゃん家のパンがあるので、折角公園に来たので芝生の上でランチとかどうでしょう?」
嬉しそうに美月ちゃんが提案する。
「そう言われると、少々お腹がすいてはいるな……」
「そうね……」
楓先輩が軽くお腹をさすり、女王も同意する。
「ですよね。ですよね。真雪の家、めちゃくちゃ美味しいパン屋なんですよ。楓先輩も女王も一緒に食べましょう」
憧れの女王を目の前に、とても嬉しそうに朱音ちゃんが言葉を重ねる。
「じゃあ、その言葉に甘えるか」
「分かりました。では、私が一走りして場所を確保してきますね!」
そう言って走り出そうとした朱音ちゃんを女王が「ちょっと待って」と止める。
「どう、しましたか?」
「私の事、女王と呼ぶの、ちょっと恥ずかしいからやめて欲しいかな。冴華でいいよ」
「えっ…… はい! 冴華さん」
「ああ、そっちのがしっくりくる。では、場所取りを任せたよ、朱音」
憧れの相手に名前で呼ばれて、顔を満面の笑みとすると、凄い勢いで芝生ゾーンに朱音ちゃんは駆け出すのだった。




