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第23話 最悪のタイミング

「ハノファード! 貴様、私をおちょくるとはいい度胸だ。この死に損ないが!!」


 憤怒のため、犬のように吠えるジークのクソ野郎。奴は苛立ちは相当なようだ。鋭い目をさらに険しくし、歯が折れるのではないかと思えるくらいに歯軋はぎしりをしている。


「ほう、昔よりも随分とやるようになったではないか?」


「ぬかせ、私は力を手に入れたのだ。もはや、貴様など足元にも及ばぬほどの力をだ。あの魔女ルクレツィア程度ではない。真に力を持つ魔術師を何人も吸収してきたのだ」


「それは穏やかではないのう。じゃが、ブランシュタットの小倅よ。お主がどれだけの魔術師を吸収しても儂にはかなわんよ」


「ふふふ、そんな減らず口がいつまで聞けるかな。私は貴様らを取り込み。今宵、さらなる力を得て人を超えるのだ! まずはそこにつくばれ、ハノファード!!」


 その瞳には殺意、口元には見るものを恐怖に誘うような鋭い犬歯。そんな人外の域に達したような男が姿勢を低くして駆け出す。


 腰から抜いた片刃の曲刀であるシミターを素早く取り出し、伯爵に切りかかった。すかさず伯爵は残った腕で剣を持ち応戦するも奴の力が化け物じみていたのだろう。伯爵は馬から飛ぶように落ちる。


「やはり、老いたな力がまるで入っていないぞ! それ、これで終わりだ!」 


 剣を捨て、残った腕で受け身を取る伯爵にジークの野郎は飛びかかる。その姿は獲物を前にした肉食のクリーチャーと言われても判断が付かないような狂気に満ちた目をしている。


「ハノファードだけではないぞ? 我を忘れるな! いかづちよ、その雷鳴を轟かせよ!!」


 そんな人をやめたような化け物に親父は魔術を叩き込む。


「フロイデンベルク! だが、遅いわ。全てを飲み込み、そして、消し去れ! 混沌の暗闇!!」


 あの野郎は伯爵に飛びかかっている最中であるにもかかわらず、急にフロイデンベルク公爵である親父の方を振り向き、早口で詠唱すると襲ってきた雷撃を消失させる。そして、口元に嘲るような笑み。まるで、お前などいつでも殺せると言わんばかりに。


「おい、儂の剣も忘れてもらっては困るぞ」


 いつの間にか剣を拾っていた伯爵が鋭い突きをジークに放つ。奴はシミターを立て、首元に来た伯爵の突きをはじき返す。しかし、伯爵の突きをうまく捌ききれなかったのか剣がジークの頬をかすめる。


「おのれ、ハノファード! 一度ならず、二度もオレの肉体を傷つけるとは!!」


 先ほどの攻撃のお礼だと言わんばかりに猛烈な上段から伯爵に斬り付けた。それを伯爵はバックステップでヒラリと回避する。


「新緑の魔力よ。新たなる大地の恵みをもたらせ!!」


 さすがは帝国最強と呼ばれた魔術師だ。伯爵が下がった瞬間を見逃さずにドンピシャのタイミングで魔術を放つ。


 大地からすごい勢いで成長する植物がジークに目がけて伸びていく。魔術によって急成長した植物がジークを襲う。


「煉獄の炎よ、我の前に再現されよ!!」 


 その植物を地獄の業火で消し炭に変え、ジークはハノファード伯爵と親父を睨む。


「ハッハハハ、ブランシュタットの小倅の癖に思ったよりもやるではないか」


「オレをその名前で呼ぶな!!」


 ジークの奴はその名前で呼ばれたことがよほど嫌なようだ。顔を歪めながら歯ぎしりをしてやがる。


「本性が現れてきたのう。主はその方が似合うわい。猫を被ったクソッタレタ敵の本性を剥き出しにさせる。これほど面白いことはないわい」


「我もその意見には同意しよう」


「うるさい奴らだ! 減らず口もそこまでにしろ!!」


 そう言って、二人に魔術を放つジーク。帝国最強の魔術師である親父と旧ヴァルデンブルク最強の男であるハノファード伯爵を相手にしてジークの奴も良く健闘している。むしろ、ここまで健闘できる男がいるとは驚きだがこのままでは…


「親父もフリッツおじさんも既に年を取りすぎている。もう呼吸が厳しいのか肩で息をしているのが見えるぞ。いつまで体力が持つかわからないな」


 これはオレも彼らに助成するべく参戦せねばなるまい。奴をこの手で葬るために…


「おい、どこに行くんだ! まさか、あの激しい戦闘の中に行くのか? やめておけ、足手まといになるだけだぞ!!」


 そう思い馬から飛び降りる。オレはレオナードの引き留める言葉を無視して駆け出した。出来れば自らの手で奴を殺し、葬り去りたい。妻の仇を己の手で成し遂げたい。その一心でだ。


「ああ、もうこいつらはちょこまか、ちょこまかと! ええい、鬱陶しい。この雑魚どもが!!」


 オレが馬から降りて伯爵たちに加勢しに駆けていたら伯爵たちの攻撃に苛立ったジークの叫び声が聞こえてきた。


「ああ、もう、いらん。お前らの力など無くても誰も単体ではオレに既にかなわんのだ。めんどくさい。全てを薙ぎ払ってやろう。おい、そこの兵士」


「はい、ヴァルデンブルク公爵様、何かご用でしょうか」


「ああ、いいからこっちに来い」


「わかりました。えっ!?」


「その命、捧げてもらうぞ!!」


「ぐぁあああああああああ! 痛い、苦しい。イタイ、クルシイ!!」


 ジークは駆け寄った兵士を掴むなり、何かに押し付ける。いや、先ほどは隠蔽魔術で見えていなかったのだろう。白い円錐形の物体が徐々に浮かび上がってきた。


 そして、円錐形の物体に人間が押し付けられると身体が徐々に黒い物体になっていくのが見える。


 一度、オレはそこで瞼を閉じて、深呼吸。あれは錯覚だろうか? 生きた人が魔導具に取り込まれるだなんて…


 ありえない。ありえないことだ。よし、確認しよう。オレは視覚に入ってきたおぞましい光景が錯覚であることを祈りながら目を開けた。


「公爵様のご乱心だ!!」


「手! 手がこっちに向かってくる!! た、助けて!!」


 ジークの部下たちだけではない。伯爵や親父の部下たちも入り乱れた悲鳴、怒号、怨嗟が聞こえてくる。阿鼻叫喚とはこのことかもしれない。


 白い円錐形の物体から伸びる手のような物が辺りにいる人間を次々と黒く蠢く物体に変えていく。オレも伸びてくる手を避けながらクソ野郎がいる場所に向かう。


「ゴミどもめ。今までは地位や名誉がもらえると思って、甘い砂糖に群がる蟻の様だったのに。自らが餌になるとわかると蜘蛛の子の様に散るんだな。まぁ、雑魚どもを餌に強者を倒せるなら本望だろう」


「酷いことをしよるな。人をなんだと思っているのだ!!」


 ジークのあまりのおこないに激高した伯爵が怒鳴りつける。実に部下を大切にしているおじさんらしいな。


「いつまで自分は関係ないと余裕でいるのやら。彼らは尊い犠牲になったのだ。私が新しく作る国の礎となるためにな。よし、溜まったぞ。さぁ、皆殺しにしてやる!!」


「ハノファード、強い禍々しい魔力を感じる。念のためにいつでも防壁を展開できるようにしておけ!!」


「わかっておるわい。やれやれ、若いとせっかちでいかんのう」


 親父を見て笑いかける伯爵。先ほどまで敵として戦っていたのにこの2人は何という連体感を作り出しているんだ。いや、今もまだ和睦してないから敵同士のはずなのだが…


「さすがはフロイデンベルクだ。この魔導具の力を感じ取ったか。覚えているか? お前たちの兵士が突然に消失しなかったか? あれはこの魔導具で焼却してやったのだ」


「や、やはり、あれは貴様がやったことであったか!」


 親父がジークの言葉を聞いて激昂しているな。よし、ようやく、着いたぞ。たいした距離もなかったがオレがここに来るまでえらく長く感じたわ。


「そうだ。冥土の土産話ができてよかったな! さぁ、お喋りの時間は終わりだ! 消えろ!!」


「ジーク、貴様を殺しに…」


 あのクソ野郎と親父たちの会話が聞こえる。オレはそれに割って入ろうと声を上げた。


「えっ!? リリアちゃん!? 嘘だろう!!」


 親父がオレの声に反応して振り向いたと思ったら、辺りが急に先ほどように白くなる。白く、白く、シロイ。


 ジークの野郎の魔術が発動したようだ。どうやら、オレは最悪のタイミングで来てしまったようだ。辺りが白で染まっていく…

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