第1話 フタリの使者
亡くなったと思っていた王の帰還。その報告は瞬く間に近隣まで広まったようだ。今では城下で暮らす民ですらその話題でもちきりになっているらしい。
だが、別にそのことは戦況に劇的な変化を齎すものではなかったようだ。それもよく考えると当たり前のことかもしれない。なぜなら、既にジークは伯爵の居城の攻略に乗り出しており、戦況は逼迫しているのだから。
いや、そうではなくても、ヴァルデンブルク王を殺害したことで、今の地位についているジークにとっては、ヴァルデンブルク王を名乗っている人物をなにがなんでも殺し、偽物であったとしないと立場上まずいからな。
はてさて、ジークの奴はここから、どのような手をうって来るだろうか。
「陛下、使者との面会の時間でございます」
思考に耽るオレを伯爵の部下の声が現実に戻す。オレは彼に鷹揚に頷き、簡易の王座の横に立つ伯爵に視線を運ぶ。
「緊張する必要はないのじゃ。どうせ、降伏勧告じゃろう。打ち合わせ通り、黙殺じゃよ」
茶目っ気たっぷりの微笑みをオレに向け、ウインクをした後に真面目な顔を取り繕う伯爵。
そうこうしているうちに重い扉がゆっくりと開き、ジーク軍の兵士が頭も垂れずに書状をひらき、文章を急に読み始める。
「反逆者であるハノファード伯爵。既にこちらは貴公の城を包囲し、いつでも陥落させることが出来る状態である。民を盾に取って隠れるのは…」
漆黒の髪をした細身長身のカマキリの様な男が抑揚のない声で、淡々とそう語りだしたと思ったら、
「無礼者が! 陛下の御前であるぞ!!」
と伯爵の部下が挨拶もせずに書状を読み上げる使者に怒号を飛ばす。いや、うん、そうだよな。そりゃ、叱責するわ。だって、オレって、一応は王様だよ? それが挨拶もされないなんてさ。可笑しいよな。
「無礼? 失礼ながら、私はジーク閣下からハノファード伯爵に書状の内容をお伝えするように言われただけです。それに偽王などは、どうでも良いではありませんか」
心外だと言わんばかりに細い目をさらに細めて伯爵とその部下に顔を向ける。国王を偽物呼ばわりで、完全に無視するとはイイ度胸だな。
「フン、この痴れ者め。まったく、そんなくだらないことを儂に伝えてどうしようと言うのじゃ? 儂はここに居られる陛下の命に従う家臣に過ぎんのじゃぞ」
「なにをおっしゃっているのかわかりませんね。まぁ、良いです。ハァ、ゴチャゴチャとくだらない話で本題からそれると否なので、単刀直入に聞きますが伯爵は降伏する気はないのでしょうか?」
伯爵の言葉に驚愕の表情を一瞬だけ貼り付けた使者の男は直ぐに調子を取り戻したのか伯爵にそう質問をし始めた。フム、この期に及んでオレの存在を完全に無視するつもりらしい。やはり、ジークの立場としては、どうあってもオレが偽物でないと困る訳か。いや、そりゃ、そうだよな。
「陛下、この無礼者をどのようにしますかのう?」
オレの存在を無視続ける使者をチラリと視線を動かした後、伯爵はわざとらしくため息を吐いた。そして、敢えて彼はオレの発言を促してきた。
それはなぜかって? この場でオレの方が伯爵よりも重要であり、王であるオレの意見こそが絶対だと使者に認識させるためだ。
「フム、この余を見てそのような態度を取れるとはな。余も舐められたものだ」
「まったくじゃ。やはり、ここは力の差を見せつけてやるべきかと思うのじゃが、いかが致しますかのう?」
愉快そうに笑いながら同意をしてくる伯爵にオレは、
「もちろんだ。ジークには借りがあるからな。コイツの無礼は無視できても、アイツをここで捻り潰さなきゃな」
と言って微笑み返した。すると使者の男が慌てたように、
「捻り潰す? バカな! この偽物は戦力差も考えれないのか! ま、まさか、伯爵もそのようなご意向ではないでしょうね?」
と言った後、伯爵に圧力をかけたいのか急に睨みつけだした。ああ、そんな、バレバレなことをしてもさ。本当に無駄無駄。どんなに鋭い眼光もさ。海千山千と経験豊富な伯爵にとってはまったく意味をなさない。それに貴様のような急いで取り繕ったような睨みつけじゃ伯爵はビクともしないよ。
「儂はここに居られる陛下の家臣じゃ。陛下のお考えに従うのみじゃよ。じゃが、仮に陛下が居られなくてもこの程度の戦況は簡単にひっくり返すことができるがのう」
そう言って、ニヤニヤ笑い出す伯爵を見た使者は急に、
「ふ、フザケたこと。致し方ない。ここで両方とも死んで…」
と言って、諦めたような素振りをした後、懐から短剣を取り出し、オレに駆け寄ろうとした。クッ、使者に刺客みたいなことをやらせるとはジークの奴は相変わらず狡いな。オレは咄嗟に立ち上がり、身構えたが、
「伯爵、いつの間に!!」
と奴が悔しがる通り、オレの前に来るよりも早く伯爵が鞘から長剣を取り出して、奴の首元に剣を突き立てていた。
「儂の前でオイタはダメじゃぞ? 陛下への反逆罪でこの場でこ奴は処刑じゃな」
「良い。返してやれ」
冗談めかして軽くそう言う伯爵にオレは微笑みながらそう言った。すると、使者は汗を拭うように手を額に動かした後、すぐに、
「クッ、助かったとは思わんぞ。この偽物め! では、伯爵、失礼させて頂く」
と言って、退席しようとした。そのため、オレは、
「ああ、それとジークによろしく言っておいてくれ。余が貴様にも、余が味わった地獄を見せてやるとな」
と言って、微笑んでやった。すると使者の男は一瞬だけ怯んだ後に今度こそ失礼すると言って足早に去っていた。
「ふふふ、相変わらずだな」
オレは使者を見送った後、伯爵を称えるために、口を動かした。すると伯爵は、
「フォフォ、お褒めに預かり光栄ですじゃ。さて、次が本題じゃの。気合を入れ直すかのう」
とイタズラ好きの子供のような笑みをした後、次の使者に入っているように部下に指示を出す。
まぁ、当初の予定通りだ。もともと、使者を生かして返す予定だったのだ。そう、伯爵は最初から奴を殺す気がなかった。今回のことで本当にヴァハドゥール・ド・ヴァルデンブルクの姿をした者が伯爵の下にいるということをジーク軍に伝えさせることが重要だからだ。
さてと、ジークからの使者のことを考えるのはここら辺でやめよう。それよりも、次に来る人物の方が重要だ。彼を説得できるかが今後の戦況に大きく影響するからな。失敗は許されない。上手く綱を渡れると良いのだがな。
「陛下、どうやら、彼らが来たようです。面会なさいますか?」
オレはそう言ってきた伯爵の部下に再び鷹揚にうなずいた後、扉が開かれる。そして、そこには1人の男がいた。その男は、
「陛下、お久しぶりでございます」
と言って、オレの前に来るなり、頭を垂れる。そう、こいつはこの如何ともし難い戦況を覆すかもしれない軍勢と関わりがある重要人物である。
「良い。面を上げよ」
そう何を隠そうオレの許可を受けて面を上げた男の正体はヴァルデンブルク解放戦線のアルフレッドであった。




