は:発破をかけたら・・・
オレには、中学時代からの親友と呼べる野郎がいる。
小っ恥ずかしいから、絶対本人には言わないし、言われたことも無いけど、多分向こうもそう思ってくれていると思う。・・・多分。
オレは小学生の時にちょっといろいろあって、はっきり言って可愛くない、性格の悪いガキだった。女のクセに自称が「オレ」なのも、周りのすべてに反抗したくて仕方がない時代の名残だ。そのまま中学に上がったオレにとって、現親友、祐二との出会いは、いろんな意味で衝撃的なものだった。
その後いろいろとあって、いつの間に友達になっていたわけだけど、偶然とはいえ志望高校が一緒だった時も、志望大学が同じだった時も、バカなオレを合格に導いてくれたのは、間違いなく祐二の功績だ。
その親友に相談があると呼び出されて、いつもの通り、祐二のアパートに行った。
学部こそ違うけど同じ大学で、アパートも近く、普段から行き来しているから、勝手知ったる他人の家だ。
いつも通り手土産代わりにコンビニで適当に買ってきたつまみを食べつつ、ゆっくり飲みつつ奴の話を聞くと、案の定、今回も「恋のお悩み相談」だった。
大学に入ってすぐの頃に一目惚れして、以来、定期的にこの恋のお悩み相談は開催されているんだが。
話が長いうえに、酒が入っているせいでだんだんループしてくる。
いかに彼女が素晴らしいかと拳を握って力説してるが、それもう5回は聞いたから。
どれだけ惚れ込んでいるか、はもう10回くらい同じことを言っているし。
どうしたらこの想いが彼女に伝わるのか、という煩悶に至っては、20回超えたんじゃないだろうか。
最初はしっかり聞いていたけど、同じ話を何度も繰り返されると、さすがにいい加減、飽きてくる。
そもそも、大学に入ってからすぐに恋に落ちたらしいのに、一年たってもまだ話しかけられてないって、どんなシャイボーイだ。
いい加減、同じ話のループを断ち切り、新たな展開に持ち込むべく、ちょっとけしかけてみることにした。
そんなに好きなら思いの丈をぶつけて来い、と。
自分もいい感じの酔っ払いだからこそ言える無責任なけしかけに、裕二が酒を吹き出しそうになって、目を白黒させているけど、とりあえず、これでループからは脱出できたはず。
怯んだ裕二にさらに畳み掛けてみることにした。
「だからさ、ここでそんなにうじうじ悩んでいたって、何にもなんねぇじゃん。男なら当たって砕けて散って来いよ」
「砕けるどころか、散るのか俺は」
明るく、軽く言ったオレの言葉に、祐二はものすごく嫌そうな顔で、コップの酒に視線を落とす。
あ、しまった。
いつもの祐二なら、無責任なこと言うな! って切れると思ったのに。よっぽど悩み抜いているのか、ネガティブ思考に陥っているのか。落ち込ませるつもりじゃなかったんだけど。
「散って、腐って、養分になりゃいいんじゃね?」
ここで謝るのもおかしいし、とりあえずさらに軽い感じで言ってみる。
コクってダメだったら、それはそれで次の恋のいい養分になると思うし。そういう意図を込めたのが分かったのか、祐二の眉間に皺が寄った。
「言っとくけどな、次なんかねぇぞ。絶対、これが最初で最後だ、俺には分かる」
「『俺は絶対女に惚れたりしねぇ、ありえねぇ』って豪語してた新人類どこ行った?」
オレのツッコミに、祐二がぐっと詰まる。そりゃそうだろう。これはこいつの口癖で、中学、高校時代に耳にタコが大量生産されるほど聞かされてきたんだから。
祐二は自他ともに認めるゲイだ。
おバカなことに、多感な中学時代にカミングアウトしたせいで、こいつの周囲は常に騒がしかった。親にはまだばれてないらしいけど、学校中に知れ渡っていたし、そういうお誘いも結構あったし、恋人(男)もいた。
高校では、いわゆる腐女子の皆様の熱視線に耐え切れず、女嫌いになったせいか、口癖の出現率がめちゃくちゃ高かった。
ふふん、と鼻で笑ってやると、いささか不機嫌になって、コップの安酒を煽る。おお、いい飲みっぷり。
荒っぽく焼酎のお湯割りを作る祐二の手の動きを見ながら、ついでにオレもコップを空けて、祐二の方に押し付ける。
ムスッとしたままながら、何も言わずに注いでくれるあたりが、祐二らしくてちょっと笑った。
「まぁ、最初で最後かは別としてさ。性癖超えて惚れるなんて、すげぇと思うよ」
注いでもらった酒の分くらいは真面目なアドバイスをしてやろう。
「その子、ストーカー予備軍のお前調査だと、まだフリーらしいけどさ? そんなすげぇいい女が、恋愛ラッシュのキャンパス生活で、いつまでフリーでいてくれるんだろうな?」
大学生活に慣れるので手いっぱいだった一年はフリーでいてくれたらしいが、二年になれば、周囲に目が向くのは当然。
ただでさえでも、今の季節は春。
恋の季節だ。
「相手がお前のこと知らねぇんじゃ、候補にすらなれねぇんだぞ? 最初で最後だって言うなら、もっと必死になれよ」
「・・・告って逃げられたら、終わりじゃねぇか」
でた。
祐二の「石橋叩き過ぎ」。
学校では自信満々の俺様タイプで通っているけど、実はめちゃくちゃ小心者だ。
ありとあらゆる準備や根回しを徹底的にやって、安心できる状態にならないと動きださない、石橋を叩きまくって壊れないと安心するまで渡らないほどの慎重さ。そんなことをしている暇があったら、とっとと渡れよ、とオレは思う。
だから、オレはいつも通り、馬鹿にしたように笑ってやった。
「逃げられたくらいで終わるんだったら、それでいいんじゃね?」
一生に一度の恋だってんなら、一度や二度逃げられたくらいで諦めてんじゃねーよ、バカ。
言外に込めた発破に気づいたのか、気づいてないのか、祐二はしばらくじっとオレを睨んでいたけど、やがて、ふっ、と息をついた。
「・・・・・・なるほど。じゃ、そうするか」
祐二が吹っ切れたように、犬歯をみせて笑う。
気分が浮上したらしい。
小心者な癖に、一度腹を決めたら、速攻の男だ。
明日中にその彼女に告白なりなんなりするのだろう。
「よし、そうと決まったら乾杯だ! 祐二の健闘を祈って、乾杯~!」
酔っ払いのテンションで無理やり祐二にコップを持たせて、割れそうな勢いでぶつける。
その後も酒(焼酎)を飲みながら、前向きになった祐二とどうやって彼女を落とすか、明け方近くまで話し込んだ。
彼女が出ている昼前の講義で隣の席になって、それとなく話しかけて、ノートを写させてとかなんとか言って、とにかく二人でランチに持ち込んで。ついでにバイト先にも偶然を装って出現して・・・。
って、笑うな、おい! ベタすぎ? 上等だろうが。何? 意外すぎる、だ? うるせえな、どうせオレは人生と彼氏いない歴が同じ長さだよ、童貞ならぬ処女だよ、しょじょがろまんちっくなであいにあこがれてなにがわるい!
祐二へ接触方法を手ほどきしていたはずが、なぜか途中から記憶がなく。
「あー。オレもかれしほしーな、こんちくしょう!」
「・・・じゃ、俺で手を打てば?」
「ゆうじいがいの、ろまんちっくなおとこでおねがいします!」
自分が何を口走ったのか知らないが。
オレは。
「・・・この、馬鹿が」
祐二の地雷を、踏んだらしい。




