そ:創造主の宝物 ~サイド・本郷~
管理画面でミナの動きを見ていた本郷は、一瞬の間のあと、腹を抱えて爆笑した。
「あー、そうきたか!」
まさか、必須イベント内で“主人公の行動不能”があったとは。
画面に映し出されているミナの呆然とした顔が、非常に笑いを誘う。
笑いすぎて腹筋が痛い。
画面の中で、行動不能に陥ったミナが顔を真っ赤にさせて怒り狂っている。
「俺だって知らなかったよ。先にストーリー知っちゃったらつまらないし。・・・いやいや、知ってるでしょ? 最初に決めた設定は変更が効かないって。・・・せめて変身後の時間は短縮してあげるから、さっさと復活の呪文唱えなよ」
笑いが収まらないまま、手に持った熊のキーホルダーを通してミナに話しかけると、ものすごい勢いで反論される。
それをのらりくらりとかわすと、ついに地面に両手をついて落ち込みのポーズになってしまった。
確かに、ちょっとこれは、気の毒かも。
別に罰ゲームもどきな復活の呪文を設定したのは、ミナにこの世界を楽しんでもらうためのちょっとしたスパイスのつもりだった。
まさかこんな形で効くとは、予想の範囲外だ。
興味深い。
ホンカイに検索させると、今ミナが遊んでいる世界は、独自のストーリーラインをいくつも併せ持ち、臨機応変に変化していた。
ミナが魔法剣士を選択したからこのストーリーラインになったのであって、他にも職業によって無数のストーリーが用意されている。
ただし、世界が世界として動き出したのは、これが初めてだった。
「プレイヤーなきゲームは眠る、か」
知らないうちに世界として完成していたこの世界は、本当にゲームのような世界だった。それゆえに、外部からのプレイヤーがいなければ、世界は動かない。
だから、これまで俺の世界リストからもれていた。
今回はたまたま「今年発生させた世界」で検索したから引っかかったが、そうでなければ、ずっと忘れ去られたまま、眠り続ける運命だっただろう。
ミナがいたから、世界が生まれ、世界が動く。
現実世界の時間で約10年前、はじめてミナに自分の作り上げた世界を見せたときから、ミナはずっと俺が作った世界で遊んできた。
最初は、とても単純な世界。
水と土と空気と太陽があり、植物と海が存在するだけの世界。
それに「あれを足したい、これがほしい」とミナが注文をつけてきて、思いがけない不思議な空想世界が出来上がった。
その後も次々と新しい世界を作り出し、そのたびにミナと一緒に探検したり、遊んだりしてきた。
本当は、ミナがまだ足を踏み入れていない世界は、無数にある。
時の動きから切り離したこの管理者の世界で、俺は数え切れないほどの世界を作り、壊してきた。
ただし、ミナが遊んだ世界は、その記録を含めて全て保存してある。
またいつミナが遊びたいといってもいいように。
また行きたいね、といってもいいように。
「遊ぶものなき世界は、世界に非ず」
それまで、たった一人でたった一つの世界を作ってきた。
そこに、ミナが加わっただけで、創造は桁違いに伸びる。
ミナは本当に楽しそうに遊ぶから、その楽しむ姿が見たくて、本郷の世界創造も滞りなく進んで行く。
「ミナがいなかったら、俺はホンカイだけ作って満足していたかもな」
『それは困ります』
独り言のつもりが、ホンカイが反応してくる。
「困るか?」
『困ります。他世界の管理は私にとって、非常に興味深い事象です』
仕事が減って喜ぶと思って聞き返すと、不満げな声が返ってきた。こいつもだいぶ感情を覚えるようになったらしい。
『それに、ミナさまがいなければ、“ホンカイ”は存在していなかったでしょう』
それもそうだ。
初めて作った世界に“ホンカイ”という名をつけたのは、ミナだ。
本郷と皆川を足した名前。
二人の宝物だから、といって笑っていたっけ。
その名によって“ホンカイ”という独自の意識体が構築されたのは、ずいぶん時間がたってから。
その意識体を“ホンカイ”と最初に呼んだのもミナだった。
「不思議なことにさ、ミナがいると、世界が広がるんだよな」
『はい。ミナさまが“ホンカイ”内に滞在中は、拡張率が約184%増加します』
ミナがいると、世界が広がる。
それは、俺が作った世界だからなのだろう。
「俺たちが世界を作るには、ミナは不可欠。そうだろう?」
『はい』
本当は、現実世界を忘れさせて、ずっとこちらの世界に留めておきたいとさえ、思う。
いつか必ず、そうすると決めているが、まだその時ではない。
画面の中で、やけくそになったミナが復活の呪文を唱えて、美少女戦士の衣装に切り替わる。顔を真っ赤にさせて地面に丸くなってしまうのを見ながら、意外と似合っていることに驚く。
「・・・これ、お前の趣味だろ?」
『良くお似合いです』
しれっ、と答えるホンカイに苦笑を浮かべ、ミナが復活の呪文を唱えるところから変身してうずくまるまでを永久保存する指示を出す。
「あ。いうまでもないけど・・・」
『もちろん、ミナさまには秘密です』
にっこりと笑う気配に、だんだん俺に似てきたか? と思いつつ、衣装がもとの魔法剣士に戻ったものの、ぶち切れたミナが魔王退治のルートに猛然と突入していくのをニヤニヤしながら眺めていた。
世界は、まだまだ、遊びつくせない。




