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迷宮惑星  作者: ミノ
第09章 タイグロイドの章
82/120

02 日当り良好

光導板の動力に疑問を持つものは多くいます。

どこからエネルギーの供給を受けて数千数万エクセルターンの長きに渡り光り続けるのでしょうか?


一説によると、迷宮の外から光を集めて輝いているといいます。

ところで、迷宮の外とは何なのでしょうか?



――”からくりの君”ブラヴァの言葉

 ヴァーミンはビィにとって絶対に相容れない敵であって、そのヴァーミンを撃退できる能力の持ち主はどこに行っても重宝される。


 ストロースがそういうビィであることを目の前で見せられたキネゾノ蜂窩ハイヴの住人は、総出で彼女の歓待を始めた。人口も少なく、戦闘要員としてヴァーミンの魔の手を打ち払うことのできる実力者は限られている。手厚くもてなして損はないのだ。


「それで、あんたどこから来はったん? タイグロイド(ここ)の言葉とちゃうから、他所よそさんのビィやろ?」


 世話焼きの初老女性からの矢継ぎ早の質問にストロースは困り顔の笑みを浮かべた。いちいち応えるのも面倒だが、その女性は蜂窩ハイヴの首長らしく無碍にもできない。


「”渡り”よ。カウラスからの」


「ほへえ、カウラス」


 首長や他の住民は一様に驚きの声を上げた。が、そのうち半分くらいは知ったかぶりで、カウラスがどこにあるどんな迷宮なのかピンときていない――という表情だった。


「ほんで、何をしにこんなとこまで?」


「ちょっと人探しをね」


「ひとさがし?」


「ええ。わたしの連れなんだけど、一緒にこの迷宮に転移した後、どこに行ったのかわからなくなっちゃって。その子を探してるの」


「そらえらい災難でしたなあ」


 首長の初老ビィは我がことのように何度もうなずいて、協力できることがあればなんでも言うてな、とストロースの膝に手をおいた。


 ストロースは意外なほど気安いスキンシップに戸惑うも、これがタイグロイド(こっち)のやり方かと考えなおした。


「何かあたしらにできることがあったら言うてな? ちいちゃい蜂窩ハイヴやから、できること言うても限られてるけど」


「ありがと」


 素直にうなずき、ストロースは彼女らの厚意に甘えることにした。


     *


 ネコゼミはタイグロイドにおいてはポピュラーな迷宮生物だ。


 手のひらに収まるサイズの羽の生えたネコのような生き物で、独特の鳴き声を上げ、機関樹の樹液をなめて生きている哺乳類である。


 同じセミでも、セミ型のヴァーミンとは生態が全く異なる。


 ヴァーミンはみな嗜虐心を満足させるためだけにビィを痛めつけ、殺し、食料にして、強姦すら働く。時には同類のヴァーミンもその犠牲者になるがそれは生殖行為ではない。彼らは”金剛環こんごうかん”という一種の3Dプリンタによってこの世に出力・・されるからだ。


「あのセミのヴァーミンは風物詩みたいなもんやな。暑くなる季節にどこかから這い出てきて、ビィの血ィ吸いに来よる……ああこれ、飲んどき」


 ケーフという名の女首長は頭の上のクーラー菅笠スゲガサをいじくりながら氷入りの炭酸蜜水をストロースに勧めた。


 甘くて、冷たくて、最高の一杯を一気にあおると、ストロースは生き返る心地だった。


「それで、誰を探しとるんやて?」


 ストロースがひと心地ついたところを見計らって、ケーフが切り出した。


「子供……です。ほら、ちょうどあそこに立ってるくらいの背丈の」


 指さされたのはまだ成体前の小柄な少女だった。自分に興味を向けられたことを察してか、ストロースたちが腰掛けている屋根付きベンチの方へ小走りにやってくる。


「ウチ、見てへんよ? 同い年くらいの子おったら気づかんはずないもん」


 よく日に灼けた少女の名はロコといい、いかにも活発で健康的なビィだった。


 キネゾノ蜂窩ハイヴは9本の機関樹ジェネレータツリーを中心に周囲にささやかなプラスキン精製畑がある程度の小規模なもので、幼齢のビィが遊びに出られる範囲はたかが知れている。その代わり、中に誰か見知らぬビィが入り込めばすぐに気づかれるはずなのだという。


「じゃあこの蜂窩ハイヴのあたりは通らなかったってことか……」


 ストロースは脱力してため息をついた。手元のグラスが空になっているのを見て、水滴のついたそれをピタリと頬に当てた。光導板の強い光に当てられた肌には何よりも心地いい。


「念話とかは通じへんの?」とロコが大きな目をまばたかせて言った。


「まあね。念波がずっと届かなくて」


「それやったら……」


 ロコとケーフは互いを見合わせ、「もしかしたら”虚空庭園”に行ってるのかもしれんわ」


「コクウテイエン?」


 奇妙な言葉の響きに興味を惹かれ、ストロースは前に身を乗り出した。


「せや。聞いたことないか? ああ、他の迷宮から来たんならしゃあないか」とケーフ。


「あんな、虚空庭園いうてな、すごいんよ」とロコ。


「どんな場所なの?」


虚空そらにな、お庭があんねん」


 ロコのまるで要領を得ない説明にストロースは苦笑し、自分が義兄や師にまだ幼かった頃どんな風に接していたかを思い出して、わずかにノスタルジックな気持ちになった。


「ロコ、お前は黙っとき。しゃあけど、そう説明するしかないんやけどな。虚空に……真空空間に庭があんねん」


「真空中に……?」


「せや。普通に空気があるとこでは育たへんモンとかが生えてんねんけどな。そこいらへんにおったら、なんや真空を維持するための力場フォースフィールドがどうたらでな。念話が通じんようなっとんねん」


「なるほどね」


 ストロースはグラスをトレイに戻し、眉間をわずかに緊張させた。カラン、と氷がグラスの中で転ぶ。


「大体わかった。飲み物ありがとう。それじゃ」


 それだけ言い残し、ストロースはキネゾノ蜂窩ハイヴから去ろうとして立ち上がった。


「あら、もう行きはるの? 一晩くらいおったらどやの」


 ケーフのタイグロイド訛りはまるで我が子に語りかけるような温かみがあって、ストロースはサイバーグラスを掛けようとしていた手を止めた。


 ありがたいけどこちらも急ぐから――と言おうとしたが、蜂窩ハイヴの住人たちはストロースの関係ないところで歓待の準備をしていたらしく、風呂や宴会の準備をしているらしいことが雰囲気でわかった。


「おねえちゃん、一晩か……それが無理でもお昼時間くらいエエやろ?」


 ロコがストロースの袖を引いた。ほんの少し話しただけだが、どうやらストロースのことをすっかり気に入ってしまったらしい。


 ストロースは長く細く息を吐いて、「それじゃあ……一晩だけお世話になろうかな」


 ケーフも、ロコも、苦笑いするストロースの様子を見て笑顔を浮かべた。しわのある笑いとロコの愛らしい笑い声で、ストロースは肩の力を抜いた。


 ――断るよりこの辺りの地理を聞き出すのが無難……かな。


 わざわざ自分にそんな言い訳をしてまでキネゾノ蜂窩ハイヴのもてなし受けることにしたストロースだったが、もっと単純にここ数ターン炎天下のもとを歩きすぎ、体力的にも限界が来ているという理由もある。


 そうこうしている内に旅塵を落とすための風呂が用意されたと聞いて、ストロースは軽く浮足立った。風呂にはいるのが大好きなのだ。


     *


 高機能ジャケットとタイトパンツを脱ぐと、ストロースの肢体があらわになった。背丈は平均より少し高い程度で、豊かな胸と腰まわり、そこから脚に続く線は見事なものだ。


 手短に体を洗って浴槽に身を浸すと日に灼けた箇所にぴりぴりと引きつった痛みがある。が、湯船に溶けた樹液の効果で軽度のやけどはすぐに手当され、風呂を上がる頃には赤くなった肌もすっかり元に戻っていた。


     *


 それから出された食事も満足行くもので、機関樹の若葉を刻んで樹脂油で揚げたフライや、白根ホワイトルートの汁物、一本の機関樹からわずかしか採れない赤果肉のハンバーグなど、どれも美味だった。めったに訪れない旅人の歓待とはいえ、随分とチカラが入っている。

 

     *


「引き換えに、っちゅうんはアレやけども……」


 案の定、交換条件を持ちだされてストロースは唇の端を歪めるにとどまった。何を求められるのかはおおよそ察しがついている。ケーフの補佐に付いている副首長か何かを務める男が、「この蜂窩ハイヴ、あんまり他所さんからビィが来ることものうてな」


「早い話が、遺伝子プールに”新顔”がほしいって?」


「まあ……早い話がそういうこっちゃ」


「別に構わないよ」


 ビィは通常、男女間のセックスでの妊娠率が極端に少ない。なぜかといえば九分九厘のビィが”胎蔵槽たいぞうそう”という人工子宮に満たされた”生命の素”から生まれるからだ。機関樹から採取される生命の素には、その蜂窩ハイヴで暮らすビィの遺伝子がプールされていて、死んだビィからは遺伝情報を還元して次代につなぐというしきたりがある。これは迷宮内の蜂窩ハイヴではほとんど全てに適用されている風習――というより、多様性維持のための切実な行いである。


 ストロースはためらいなくナイフを使い、指先からポタポタと血のしずくを垂らした。


 これで共同体の外――しかも別の迷宮の遺伝子がプールに加わることとなる。


「じゃあ、わるいけど誰かその虚空庭園までのマップ、わたしのデバイスに転送……ん?」


 言いかけて、ストロースはまた袖を引かれた。ロコだった。


「ウチ!」


「え?」


「ウチが案内したるわ、おねえちゃん!」


「案内、って……」


 ストロースは困惑して、人垣の中にケーフの姿を探した。


「ああ、その子な。お庭によう行ってるから、道案内なら一番やで」


「やで!」とロコは嬉しそうに飛び回った。


「でも、危険はないの?」


「その子がひとりで行き来できるくらいやからな。それに簡単にヴァーミンは近づかれんようになっとるし。なにより……」


「なにより?」


「その子、アンタにようなついとるさけ、相手になってくれへんやろか?」


 ストロースは額を押さえた。


 ――子守しないといけないのが増えてどうすんのよ。


「あの、やっぱりそれは」


「ほな、頼むで」


「やったぁ! おねえちゃん、一緒に行こや。ウチちゃんと案内できるよ?」


 ストロースはもう一度頭を抱えた。


 キネゾノ蜂窩ハイヴのビィは概ねおおらかで気持ちのいい場所だが、こちらが断る雰囲気を伝えにくい。ようするに押しが強いということだろう。


 結局、ストロースはロコの言うままに先導され、蜂窩ハイヴを後にした。


「大丈夫かなあ……」


「大丈夫大丈夫! な? はよ行こ、面白いもんいっぱいあんねんで」


 ストロースはチカラの抜けた笑みを浮かべ、その”面白いもの”がせいぜい”安全なもの”であるように祈った。


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