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迷宮惑星  作者: ミノ
第01章 カウラスの章
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07 老人と腕

迷宮とは何だ、という問いに誰が答えられるだろう。

誰も知らない理由によって、迷宮は様々な資源を隠している。

なぜかを思索することもできるだろうが、それよりも水質浄化装置の触媒を掘ってくるほうが有用だ。


――ネーウス迷宮のとある労働者の言葉

 レティキュラムの老人たちの落胆ぶりときたら、ひと言では表せない。


 三人しかいない若者を送り出して帰ってきたのはひとりだけ。フラーとジョン=Cの死はニューロだけでなく老人たちにとってもショックだった。彼らにとっては若者たちが唯一の希望だ。それは目的を果たすかどうかは関係ない。孫をいっぺんに失った気分。それそのものだろう。


 ニューロは謝った。他にどうすればいいのかわからなかった。


     *


 ニューロは簡単な経緯と、レティキュラムまで同行してきたエリファスについて説明した。


 最古老が死に、新しい指導者的立場に収まった古老のひとりは目を潤ませながらニューロの言葉を聞いた。


 お前も辛かっただろう、と慰められ、ニューロの心は余計に痛んだ。


     *


 電源ユニットは停止していた胎蔵槽を蘇らせ、さっそく次世代のビィを生み出し始めた。


 誕生するまでどんなに期間を圧縮しても1エムターンはかかる。


 それから成体まで成長するのに10エクセルターン。


「じゃあ終わりの危険ネ」


 エリファスが肩をすくめた。


「いくら胎蔵槽動いても、ここ、戦力ない等しい。ヴァーミン。すぐ来るカノウセイ」


 強い訛りの言葉だったが、老人たちもニューロもその意味をすぐに察した。


 つまり――ヴァーミンがレティキュラムへの本格的侵攻を考えているならば、新世代が生まれて人口が増える前に襲撃され、対抗できず攻め滅ぼされてしまうということだ。


「そうだとして、我々にどうしろと……?」


 困惑する最古老代理に対し、エリファスはもう一度肩をすくめ、否定のジェスチャーを見せた。手の施しようがない、というように


 溜息がレティキュラム全体に覆い、空気を重たくさせた。


     *


 ささやかな療養所で傷の手当を改めて受けたニューロは、やはり右腕は一生動かせないかもしれないと言われ、途方に暮れた。戦闘よりも機械いじりが好きなニューロにとって片腕が使えなくなる意味は大きい。


「もう機械化プラグド手術しかないかもねぇ」と医者スキルを持つ老婆ビィは言った。


 ニューロも薄々プラグド手術を受けるのはやむを得ないと思っていた。なにしろ肩がえぐられて根本からちぎれかかっていたのだ。治すには胎蔵槽に使われている生命の素に浸かっての処置をしなければならないが、胎蔵槽はいままさに新たな生命を育んでいるところだ。生命の素を回すことはできない。


 そうなればプラグド化もやむを得ない。問題は、レティキュラムにはプラグド手術を施す術者も素材も残っていないということだ。


「私、一応スキルあるから、素材マテリアルさえ揃えれば。できる、できない、半々だけど」


 エリファスがそう言ったが、材料を揃えるためにはまた迷宮に降りてどこかでそれを手に入れなければならない。いまのニューロには、そしてレティキュラムにそんな余裕はない。


 背に腹は代えられず、ニューロはエリファスに頼み込もうとした。しかしその前に最古老代理たちがエリファスに頭を下げた。この街を守るのに協力してくれるか、さもなくばニューロのプラグド手術の素材を取ってきてくれないか、と。


「んー、でもそれ焼け石冷却。どっちにしても、ひとりふたりでヴァーミン対抗無理ヨ、大群が来たら。それより私、レティキュラム(ここ)放棄推奨」


「しかし、何百エクセルターンも我らが過ごしていた故郷なんだ。そう簡単に切り捨てるわけには」と最古老代理。


「全滅必至、ヨ?」


 エリファスは控えめに言ったが、街の老人たちからは絶望のざわめきが漏れ聞こえた。


「……ニューロ、お前の意見を聞かせてくれないか」


 最古老代理にそう言われ、ニューロはどう返すべきか迷った。


「……結局、時間の問題だよ。いまから人口を増やそうとしても間に合わない。もしヴァーミンたちが悠長であっても、やっぱりヴァーミンのほうが数が多いから……僕たちじゃ太刀打ち出来ない」


 静寂がレティキュラムを包んだ。


 知恵者で、実際に街を守ることのできる若きビィ、ニューロがそう答えた以上、そうなのだろう。老人たちの活力が目に見えて落ちていく。運命に抗うには彼らの魂は年月を重ねすぎている。


 状況の打破を思いつく者は誰もいなかった。


     *


 ――参ったな。


 ニューロは自分の体のことも忘れてれて胎蔵槽の前に立ち、途方に暮れた。


 ヴァーミンが何もせず攻めてこない、という前提で考えない限り、レティキュラムの街も、いま目の前で形成されつつある新生児も守ることはできないだろう。せめてフラーとジョン=Cがいてくれれば、多少でも道は開けたかもしれないが……。


 右肩が熱を持ち始めた。クスリと門術ゲーティアが切れてきたに違いない。やはり損傷が大きすぎる。腕を根本から切断するか、それともまだ細胞が生きている内にプラグド化するか、どちらかしか無いだろう。


 気持ちはプラグド化に傾いている。しかしそのための素材マテリアルがないというのは八方ふさがりというものだ。


 迷った結果、ニューロはエリファスにプラグド化の素材を取ってきてもらうよう頼むことにした。命の恩人なのにこちらから頼み事ばかりするのは気がひけるのだが、他に方法は思いつかない。


 ニューロは決心し、胎蔵槽の前から離れた。


 胎蔵槽が収められている建物から外に出て、ニューロはびくりと立ち止まった。


 そこには街の老人たちがいた。


 古びたボディアーマーをまとって、武装した老人たちの集団が。


     *


「無茶だよそんなの!」


 ニューロは思わず叫んだ。振動が伝わって、右肩がジクリと痛む。


「おじいちゃんたちだけで迷宮に潜るなんて、そんなの!」


 老人たちは頑なだった。20数人の探索者集団はニューロの制止を振り切って街を出て行った。ニューロのプラグド化手術に必要な素材を探すために。


「こうするしかない――という判断だ。ニューロ、我々年寄りにも意地があるんだ」


 最古老代理はそう言って苦笑いした。目は本気だった。


「お前や客人を向かわせるよりも、我々が無理を押してでもお前の新しい腕を探しに行く。迷宮生物と出くわすかもしれないが、あれだけ人数がいれば何人か食われても大丈夫だ」


 老いた探索者たちはそうやって死ぬ覚悟を固めていた。本当に最悪の場合、レティキュラムを放棄することになったとしても数を半分ほど減らして置いたほうが身軽でいい、とも最古老代理は言った。やはり目は本気だった。


 ニューロはもうどうしようもなく、片手で頭を抱えた。


「ムチャクチャ。だけど一番ゴウリテキ」


 エリファスはプラグド特有の不思議な光を放つ瞳でニューロを見、肩をすくめた。


「もう運がプラスマイナスどっちの世界。私、生き残る方法一番高い選ぶヨ? でもそれまではチカラ、あなたレンタルするけど」


「……ありがとう。エリファスのほうが僕の恩人なのに」


「ふふ、落ち着いたら返せナ」


 エリファスの笑い顏は優しくて、ニューロは泣きそうになった。だが泣かなかった。探索者隊が戻ってくる――戻ってきたらの話だが――までに、レティキュラム全体で何をすればいいのか、最古老代理たちと決めなければいけない。それが自分の役割だ。


 ニューロもまた覚悟を決め、ほとんど感覚のなくなっている右の二の腕をなでた。


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