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迷宮惑星  作者: ミノ
第03章 シープの章
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06 発掘砲

白河の甘き流れに魚住まず

元の冷たき石壁いしぞ恋しき


――甘波を歌った詩句(作者不明)

 謎の白い男の手にかかり、ベルは掴まれた胸ぐらからじょじょにチョコレートと化していく。


 それが全体に広がればどうなるかはすでに思い知らされている。全身が菓子状態に陥り、二度ともとに戻すことができなくなるのだ。


 しかし、白い男を切り裂いたウルのマルチブレードはその刀身をマジパンに変えられ、全く剣の用をなさなくなってしまった。


「ウル君! ベル君の方を引き離すんだ!」


 手を出しかねていたセーブルが叫んだ。


 ウルはその声に頭が真っ白のまま飛び出し、白い男を無視してベルを後ろから羽交い締めにした。パリパリと音を立てて、チョコレート化した服が砕けてしまう。もしこれが肌から筋肉に進行していれば……。


「ウル君! ソイツの動きは止めた!」


 再びセーブルが叫び、ウルはわずかの瞬間唖然とした。動きを止めた?


 おそらくは月光の門を開いての精神攻撃で足止めしたのであろうと推測し、ウルはマルチブレードに未練たらしく残っていた刃の成れの果てを切り離した。そして柄頭をひねり、プラズマセイバーを展開する。マルチブレードの名のごとく、複数の種類の違う刀身を展開できるのだ。


 セーブルの言うとおり、白い男は細かい泡を傷口からこぼしたまま動きが止まっている。その理由を問うている暇はない。


 ウルはこれまで教えられてきた剣術と門術ゲーティアを全てミックスさせ、一呼吸の内に高熱の刃で白い男の全身を細切れにした。実体剣では傷口を塞げるらしい白い男も、バーナーで焼き切るが如き攻撃には耐えられず、地面にグズグズの泡の塊になって沈黙した。


「ベル! ベル! 大丈夫!? 早くその服を」


 この世の終わりが間近にせまったようにウルは叫んだ。


 ベルは応える代わりにふんすと気合を入れた。その途端、太陽の門から吹き出した炎がベルの身体を包み込んだ。


「ベル!?」


「大丈夫。心配しないでウル」


 燃え盛りながらもベルの声は穏やかだった。


「菓子化したのは服だけだったみたい。そこから広がるのを防ぐためには、っと」


 火だるまのベルはこともなく立ち上がり、自らを覆っていた炎のベールを脱ぎ捨てた。


「へへーん、どう? 傷ひとつないでしょ」


 自慢気に腰に手を当てて胸をそらしてみせるベルだったが、ウルは真っ赤になって顔を背けた。


 ベルは燃えカス(・・・・)だけを身にまとったほとんど全裸状態になってた。菓子化する服を門術ゲーティアで焼き払ったせいだ。


 あっと叫んで前を隠すも、ウルはもう全部見てしまっただろう。


 ウルになら見られても構わないとはいえ――もうお互い成体なのだ。


 やっぱり、少し恥ずかしい。


     *


 ベルが予備の服に着替えるのを待って、ウルが切り出した。


「セーブルさん、さっきあの白いやつの動きを止めたみたいですけど」


「ああ、そうだね」とセーブル。


門術ゲーティアで止められるものなんですか? もしそうなら、ゴアテスたち全員が菓子状態になるなんてちょっと考えられなくて……」


「君の疑問はもっともだ」


 そう言うとセーブルは一度白い男の残骸を指さし、そこからシグムント蜂窩ハイヴの主機関樹を指差した。その先には、主機関樹に寄りかかって眠り続ける子羊の姿があった。


「テレパスに関してはエキスパートだといっただろう? 私が門術ゲーティアをかけたのはあの白いヒト型――クリームマンとでも呼ぼうか。それではなく眠れる子羊だったんだ」


「んー……よくわからないんだけど」とベル。


「クリームマンを創りだしたのは、間違いなく『連理れんり』に寄生している大本の大世界羊オウィス・ムンディスだ。私はそこで眠っている子羊の方にテレパスを仕掛けて、世界羊の夢を妨害したんだ」


 甘波の全ては世界羊が引き起こしている。羊の夢が現実に侵食し、物体の組成を変えて菓子化させているからだ。


 クリームマンもそのひとつで、甘波が届かない高台や内陸地に入り込む工作員のような役割をしているらしい――とセーブルたちは分析していた。


 一方で眠れる子羊も夢を見て、現実を侵食することでビィを無理やり働かせている。


 二匹の夢は、どうやら互いに干渉するらしい。現実を変えようとする力の押し合いと考えれば理解できる現象だろう。


 そこでセーブルは子羊の夢を門術ゲーティアで捻じ曲げ、クリームマンの動作を止めるよう強制したのだ。現実を侵食して生まれた怪物を、さらに侵食して無力化した。それがセーブルの行った門術ゲーティアだった。


「じゃあ、この小さい羊を利用すれば世界羊の夢を邪魔するか……」とウル。


「目を覚まさせることだってできるんじゃない!?」とベル。


「いやあ、それができているなら私たちがとうに済ませているよ」


「ああ……それもそうですね」


「落胆するには早い。思い出してみたまえ、子羊はシグムントの住民を操って何かを発掘させようとしている。それがいったい何なのか、はっきりしたことは分からないが、私は大世界羊への何らかの対抗手段ではないかと思っている」


「対抗手段?」


「ひとつにはあの『船』だ」


 セーブルは倉庫に収められた大きな人工物のほうを見た。海も湖も存在しないシープ迷宮の住人には、船という概念自体が馴染みが薄い。 


「私たちが調べたところ、あの船には甘波を無効化する素材が使われているらしい。つまり、そのままクリームの海に進水しても」


「菓子化されない?」


「そういうことだね。そして子羊は、もうひとつ何か別のものを掘り出させようとしている」


「それも何らかの……何ていうか、対甘波(かんぱ)装備みたいなものだと?」


 ウルがそう言うと、セーブルは無言でうなずいた。


 セーブルがダイセツ蜂窩ハイヴから少々強引に人員を引っ張ってこようとした理由をウルはようやく理解した。セーブルは少しでも早くその対甘波装備を発掘して、甘波を止められないか模索していたのだ。


「なんだかそんなのだまし討みたい」


 ベルが不服そうに唇を尖らせた。


「そう言わないでくれ。私だって必死なんだよ」


 セーブルの整った顔に苦悩が滲んだ。やや胡散臭くもあるこの男の、それは本心なのだろう。ウルはそれを信じた。


「わかりました。僕たちも手伝います。その、眠れる子羊の夢に巻き込まれないように」


「ありがとう。キミたちの力を借りられるのは頼もしい。何が掘り出されるのか見当もつかない状況だが、協力者はひとりでも多いほうがいい。正気を保ったままの、という意味だがね」


 セーブルはそう言って握手を求めてきた。


 ウルは積極的に、ベルはウルがそうするなら仕方なく、という感じでその手を握り返した。


     *


 発掘されたのは『大砲』だった。


     *


「ええと、つまりこれはどういうことなんですか?」


 ウルは5ターンほどの重労働にやや憔悴した風体で言った。


「なんとも言えないが、間違いないのは『船と大砲』はセットになっているということだ」とセーブル。


「それって、あの船に大砲を乗っけるってこと?」とベル。


「おそらく。いや、間違いなくかな。船と大砲、双方に接続用のパーツが含まれている。あとで子羊とテレパスで対話を試みてみるが、十中八九あの船でクリームの海に乗り出せ――と答えるのではないかと私は推測している」


「一体何のために?」


「決まっているだろう」


 そこでセーブルは、面白いいたずらを思いついたかのような子供っぽい表情を示した。


「世界羊の夢を覚ますのさ」

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