10 閂破り
謎を求める探索者は、みな謎の向こうに消えていくことを本望としているようだ。
だから世代を重ねてもビィは探索に身を投じることをやめない。
ビィとはそうしたものなのだ。
――”百年の旅人”ペザントの言葉
どこから来てどこへゆくのか――。
ビィは胎蔵槽から生まれ、ヴァーミンは金剛環から生まれる。
迷宮の中で互いに相反するふたつの種族。
ヴァーミンはビィを食らう。
だからビィはヴァーミンを殺す。
それは迷宮惑星で連綿と続く自然の摂理に思える。ビィはそれを受け入れ、ヴァーミンもおそらくそれが当然のことであると考えているはずだ。
敵対し、接触すれば必ず血の流れるビィとヴァーミンの宿命は、それゆえに住処を分けて自己防衛の備えをするか、あるいは進んで相手の領地に攻め込み、先手を取って攻め滅ぼすかのいずれかを選択させてきた。
では、ミ=ヴ迷宮の都市コイリングはどうだったか。
300エクセルターンの長きに渡ってヴァーミンがビィを奴隷化するという状況はおそらく極めて稀だろう。
もしかしたら、12大迷宮全てを探しても一か所しかないかもしれない。
それを確認する術はなく、迷宮は謎を隠したまま沈黙を続ける。
300エクセルターンの、いびつな同居はふたつの種族に何をもたらしたのか?
ゲインとラトルが今から目にする光景に、あるいはそのヒントがあるかも知れない。
*
主機関樹に住むアリ型ヴァーミンたちは、寄生虫となっていた。
コイリングを睥睨する支配者たち、地位の高いアリの貴族が豪奢な部屋で居丈高に振る舞うさまを想像していたゲインはあっけにとられた。
彼らは、蛆虫とヒトとアリを混成したような、芯からおぞましい姿になっていた。
*
主機関樹は外からは一本の樹木のように見え、花からは蜜酒や食料が、花粉からはポーレンスティックが造られ、それ以外にもビィの集落のあらゆる面で利用される樹状共生体である。
半ば生物で、半ば建築物。ビィの生活共同体は主機関樹を中心に保たれ、主機関樹を育んでいくことで発展していくといっても過言ではない。胎蔵槽と並んで、ビィにとっては最も神聖視されている。
コイリングはもともと大都市であるがため、主機関樹も非常に大きく、中に住んで生活ができるほどだった。ヴァーミンに寄って陥落する300エクセルターンより以前には、一部のビィが――おそらくは共同体の重要人物が――暮らしていたはずだ。
だからゲインは、ヴァーミンがそれを横取りする形で利用しているものとばかり思い込んでいた。ゲインが接触した奴隷たちの話を聞く限り、奴隷たちもまたそのように考えていたようだ。
現実は違った。
主機関樹の内部には一抱えほどもある血管のようなパイプが縦横に走り、それらの内部にはドロドロの何かが脈打ちながら流れ、そしてあちこちの壁に半ば一体化したヴァーミンの変容体に接続されていた。
変容体はアリのような、蛆虫のような胴体にのっぺりしたヒトの顔が貼り付き、すっかり退化した前肢が枯れ枝のようにぶら下がっている。点々と、おそらくは10体以上がそうした状態で眠るように生きているようだった。
探索者として迷宮に眠る驚異と触れてきたゲインでさえ、こんな吐き気のするような物体は見たことがない。
「ねえゲイン、あれ」
おそるおそるラトルが指さした先には、ほとんど壁画のようになっている変容体のコロニーがあった。
その醜悪さはゲインをして一瞬たじろがせるほどだった。
壁一面にグチャグチャに混ざり合った数体分の変容体が貼り付いて、渦巻く血管から何かの供給を受けて脈打っている。生きているように、死んでいるように、眠るように。
「なんなのこれ……こいつら、ヴァーミン?」
「おそらくな」
ラトルに対して答えたものの、ゲイン自身はっきりとそう言えるだけの材料があったわけではない。ヴァーミンの成れの果てだとしても、なぜこうなったのかは理解の範疇を超えている。
ものは試しにと変容体の一匹に蹴りを入れたが、尻から黄色いあぶくを垂れ流しただけだった。どんよりと薄膜に包まれた目はまばたきもせず、焦点もあっていない。不意に眼球が痙攣したり口を開け閉めするだけで、そこには何の意志も活力も見いだせなかった。
「見て、ゲイン」
「どうした」
「このパイプみたいなの、ホラあそこ。主機関樹の壁に直接つながってる」
ラトルの言う通りだった。血管状の生体パイプは主機関樹から、おそらく樹液にあたるものの供給を受けている。
「樹液の栄養を吸収して、それだけで生きているのか……不要な手足を退化させて?」
自問するゲインだが、確証は持てない。足元に転がっていたヴァーミンの死体を見て舌打ちした。まともに生きている個体を殺しすぎた。屍体からは話を聞き出すこともできない。
「ねえ、これどうするの? 主機関樹がこんなのじゃ、奴隷が解放されたってこの都市まともに住めないよ?」
さて。
ゲインは小首を傾げた。
――俺はここでどうすればいいんだ?
特に考えを決めてきたわけでもない。ただビィの共同体だった場所から邪魔者を排除できれば何でも良かった。ヴァーミンを皆殺しにできるならそれでいいと思っていた。
それがこの目の前の状況だ。
ヴァーミンとはいったい何なのか。
ビィの命である主機関樹と胎蔵槽を弄んで、ビィを奴隷化して、その先にあるのがこの寄生虫なのか?
ヴァーミンの目的は何だ?
ぐちゃぐちゃになって壁に張り付いて生きることか?
それが楽だからそうするのか?
そのためにビィの共同体を襲うのか?
何ひとつ確かなことはわからなかった。
では、いまここで自分は何をすべきなのか。
深くため息をつき、ゲインは再び壁画のように貼り付く変容体の群れを見た。
瞬間、何もかもを飛び越えて決断した。
「ラトル、下がっていろ。今からここを焼き払う」
「焼き払うって……ここ主機関樹だよ!? こいつらと一緒に燃えたりしたら……」
「構わん。奴隷たちがここで暮らしたいというのなら、一からやり直す方がいいだろう」
「そんなこと……!」
「ラトル」
「……うん」
「いうことを聞いてくれ。お前は……」
「……あたしは?」
「お前は、俺の両腕なんだろう?」
*
ゲインはありったけの霊光をつぎ込んで『太陽の門』を開き、口から灼熱の閃光を放ってヴァーミン変容体を主機関樹の内部ごと全て焼き払った。
主機関樹は燃え上がり、コイリング全体にも飛び火し、大火となった。
生き残りのヴァーミンも燃え、あるいはゲインとラトルに始末され、あるいは蜂起した奴隷たちに押し包まれて死んだ。
奴隷たちは力を合わせて消火にあたり、協力し、互いを鼓舞し、指揮系統が自然と生まれた。
彼らはもう奴隷ではなく、自分で自分の未来をつかみとる本来のビィへと戻っていた。
300エクセルターン。
長きに渡った暗黒の年月は、その日全てが瓦解した。
*
ゲインとラトルはいつの間にか姿を消した。
都市の再建の旗頭などに担がれてはたまらない。
ラトルはその意見に思うところがあったが、従った。ゲインはきっと都市のリーダーなんて向いていない。自由に、感情のままに生きるのが似合っている。
それに、自分のことを『両腕』だと言ってくれたことが嬉しかった。
ゲインのお世話がしたい。ゲインにもっといろんなことを命じられたい。ゲインに尽くしたい。束縛されたい。
ラトルは自分の中の尺度よりも、自分の中の女を取った。
そうすることが、ポーレンスティックを吸っている時と同じくらい幸せに思えた。
*
ゲインは己に問いかける。
本当にすべてを焼き払ってよかったのか。
探索者としての立場から言えば、决断が速すぎたことは否めない。
あのおぞましい光景の意味と理由を解き明かす前に灰燼に帰すような行為は、むしろ批判されてしかるべきだ。
だが、ゲインはやはりあの時きっぱりと燃やしてしまうべきだったと思った。
ゲインはヴァーミンと主機関樹とをつなぐパイプで起こっていることを見てしまった。
あの時パイプを通っていた液体は、主機関樹からヴァーミンへではなく、ヴァーミンから主機関樹へと流れていたのだ。
汁を吸っていたのはヴァーミンではなく、主機関樹だったとすれば――。
ゲインは己から目をそらす。
本当は真実を暴かなければいけないのだろう。
それを放棄したことを、残りの生涯ずっと後悔するかもしれない。
自分は逃げてしまった。主機関樹が、300エクセルターンもの間、ヴァーミンを飼っていたかもしれないという謎に対して。どう言い繕ってもその事実は覆せない。
だがコイリングの奴隷たちが新生活を始めるにあたって、あんなものを残しておくわけにはいかなかった。未来に進もうとするビィたちに明け渡すべきモノではない。自分ひとりが胸の中にしまっておくほうがいい。よちよち歩きの元奴隷たちに闇は不似合いだ。
それでも――いつか謎に向きあう日が来るだろう。
理屈ではない。探索者としての魂がそれを確信していた。
*
ラトルのホームタウンに寄って、細々と準備を整えてからゲインは旅立った。
筋金入りの探索者である彼には、まだ見ぬミ=ヴ迷宮の広さを味わうことが何よりも重要なのだ。
その隣にはラトルがいた。
ゲインは迷った末、ひとりではなく彼女を同行させることにした。
危険なのは間違いないが、ラトルが幸せそうなのでそれも構わない。
*
ゲインはありったけの憎悪を吐き出してツケを支払わせた。
コイリングを解放し、ビィの元へと取り返した。
確かなことはそれだけだ。
だからいま語るのはここまでにしておこう。
”閂破り”ゲインの伝説は、まだ始まったばかりなのだから。
ミ=ヴの章 おわり




