第143話 そしてすべてが
…………魔女様? どこに魔女様が?
そう思って辺りを見回してみても、どこにもローズ様の姿はない。
それに、呟いたアイの瞳がまっすぐ見ていたのは魔王だった。
……まさかあの魔王が、ローズ様だとでもいうの……!?
そんな時だ。
ユーリ様が剣をまっすぐ構えたかと思うと、刃がかつてないぐらいまばゆく光り出したのよ。そして空に向かって光を放ったと思った次の瞬間、光は白い鎖となって魔王の右足に巻き付いたのだ。
「グガァァアア!!!」
痛みをともなうのか、魔王が今までよりさらに大きく吠えた。鎖に右足を取られた魔王ががくりと手をつく。その手にも、ユーリ様の放つ聖なる鎖が巻きついた。
そこからは一瞬のことだった。
左手、左足、左右の翼。そして、黒竜の首に鎖がどんどんと絡みついていく。やがて全身を縛られた魔王は、ドスゥウウン! と大きな土埃を立てながらその場に倒れたのだ。
「やったわ! あとはとどめをさせば……!!!」
一瞬、私は期待に目を輝かせた。
けれどすぐに思い直す。
……とどめを刺してしまって、いいの……!?
先ほどのアイの言葉が引っかかっていた。
もしあの魔王が、黒竜が、ローズ様だというのなら……。
「グゴォオオオオオオ!!!」
だが魔王もそう簡単にやられなかった。
ありったけの力で暴れ出したかと思うと、ブチッ! と力技で鎖を引きちぎったのだ。
さらにブチッ! ともう一本鎖が千切れる。魔王はそのまま自由になった巨大な前脚を、ユーリ様めがけて振り下ろした。
「ユーリ様!!!」
私は叫んだ。
どんなに戦いに疎い私でもわかる。
あの前脚が直撃したらユーリ様の命は――ない。
「いやああああ!!!」
ドォオオン!!!
――けれど魔王がユーリ様を潰すことはなかった。
見れば、魔王とユーリ様の間には、防御癖のような白い結界が浮かんでいた。その結界の下で、ユーリ様が歯を食いしばって剣を構えている。
よ、よかった……!
私は安堵のあまり、へなへなとその場にへたり込んだ。
「おい! 空から何か飛んでくるぞ!」
そこに誰かの叫び声が響いて、私は釣られるように空を見た。
ゴッ!!! とすさまじい速度で飛んできたのは細身の竜……ワイバーン!?
黒竜の加勢に来たのかもしれない!
「ユーリ様!!! 逃げてくださいませ!!!」
ユーリ様はワイバーンに背を向けている。このままでは、背中から直撃を受けてしまう!
そう思った次の瞬間、私の横を黒い何かがサッと通り抜けていった。
「……っ!?」
「しょこらっ!!!」
アイが叫ぶ。
……え? しょこら?
しょこらって、あのショコラ?
でも……どう見てもあれは巨大な魔物よね? 黒い獅子みたいな……しかも翼が生えて、尾に蛇がいるわ!
黒獅子の魔物は、猫のような俊敏な動きでワイバーンに飛び掛かった。そのまま二匹はごろごろと回転しながら地面を転がり、かと思うと獅子が太い前脚でワイバーンを抑え込む。
もしかして、ユーリ様を助けてくれたの……?
その隙に、ユーリ様がギィン! と剣を振り払う。弾かれた魔王がよろめき、その一瞬をついてユーリ様がまた鎖を放つ。
「グォオオオオオオ!!!」
ふたたび拘束された魔王が咆哮を上げて地面に転がった。
心臓が、ドッドッと早鐘を打つ。
ユーリ様の剣なら、きっと魔王の首を落とせるはず。離れたところでは、ワイバーンがまだ獅子ともみ合っていて乱入してくる気配もない。
ユーリ様も同じことを思ったのだろう。
すばやく魔王の体によじ登ると、首めがけて刃を振り下ろそうとした。
その時。
そばで見ていたアイが、かつてないほどの大声で叫んだのだ。
「パパ、だめーーーーーーーーーーーーー!!!」
その声はユーリ様にも届いたのだろう。
驚いた表情で顔を上げている。
「どうしたの、アイ!?」
私がアイにそう尋ねた時だった。
――ふわりと花びらが舞い落ちるように、空から甘い声が降って来たのだ。
「さぁアイ様、行きますよ。あなたならできるんでしょう?」
えっ!? 誰!?
驚いて見上げると、そこにいたのはリリアンだった。
いえ、正確には角と小さな翼を出し、サキュバスの姿となっているリリアンだ。
「リリアン!?」
叫ぶと、気づいたリリアンがにこっと微笑む。それはこんな緊急時とは思えないほど、柔らかで美しい笑みだった。
「おねえちゃん! アイをつれてって!」
「わかったわ」
リリアンがアイの脇の下に手を差し込む。
そしてアイの小さな体ごと、リリアンの体がふわりと浮き上がった。
そのまま翼を羽ばたかせて、リリアンはアイを連れてユーリ様のいる方向へと飛んでいったのだ。
「ま、待って! 何をする気なの!」
私は転げるようにして後を追った。
魔王はまだぐぐぐ……と首を持ち上げようとしていたものの、既に頤にもユーリ様の鎖がきつく巻き付いている。
やがて諦めたのか、魔王の頭がドスン……と力なく地面に落ちた。それでも、血走った赤い瞳は無言でこちらを睨み続けている。
そんな魔王の前に、ふわりとリリアンが着地する。もちろん、アイも一緒にだ。
「アイ!!!」
私は半ば転がるようにしてアイに向かって駆けていた。
いつまた魔王が暴れ出すか。
私がいたところで何の役にも立てないけれど、それでもただ遠くから黙って見ていることはできない。
そんな中、アイはそっと魔王に向かって進みだしていた。
そしていつもローズ様のお膝に頭を載せるように、黒竜の鼻先にこてんと頭をもたれかけたのだ。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、まじょさま。アイがなおしてあげる。だからいたいのいたいの、とんでいけ――」
まるで子を撫でる母のように、アイが優しくつぶやく。
――かと思った次の瞬間、辺りにまばゆい光がほとばしった。
「きゃっ!」
「うっ!」
突然あふれた光の洪水に、その場にいる誰もが顔を覆う。
一体何が起きたの……!?
手で光をさえぎながら、私は必死に何が起きたのかを見ようとした。
――辺りは光に包まれ、静まり返っていた。
先ほどまであった森も、地面も、人の姿もない。
ただただ真っ白な世界の中、黒竜と、黒竜にぴったりと寄り添うアイの姿だけが浮かび上がっている。
硬い鱗に頬を寄せるアイの顔は穏やかで、そして頬を寄せられた黒竜は――真っ赤な瞳から大きな涙をこぼしていた。
ぽろぽろ、ぽろぽろと。
音のしない静寂の世界で、大きな涙の粒だけが、音を立ててこぼれ落ちて行く。
「だいじょうぶだよ。もう、いたくないからね」
言いながら、とん……とん……とアイが黒竜を撫でる。
その動きに釣られるように、黒竜が、ゆっくりと目をつぶった。同時に大きな涙の粒がこぼれ落ち、次に目を開いた時には――血のように赤かった瞳は、澄んだ青空の色になっていた。
「だいじょうぶ……だいじょうぶ……」
とん……とん……とん……。
泣く子をあやすような、優しいリズム。
そのリズムとともに、少しずつ黒竜の鼻先が白くなってゆく。
とん……とん……とん……。
にじみ出た白は少しずつ、少しずつ体全体に広がった。
黒かった鼻先が、白に。
黒かった鱗が、白に。
黒かった脚が、白に。
そしてすべてが――白になっていく。
胸、腹、翼、尾。
――気が付けば、そこにいるのは黒竜ではなく、青い目をした真白の竜だった。
***
とん………………でもないところで更新を止めていましたねわたくし?(顔面蒼白)
というわけで皆さまあけましておめでとうございます!
今年はWEB投稿を頑張ります!
そして突然ですが、『5歳聖女』のコミカライズが連載開始いたしました!
詳細は活動報告にも書いたのですが、「読んでやるぜ!」って方はぜひそちらからどうぞ~~~!!!






