アメニ・ボソラド・ウズゲル(時々ボソッとデレる)
「しかし物凄い山道だな……本当にこの先に人間の集落があるのか、オーリン」
本格的に秋に入ったとはいえ、まだ厳しい日差しに目を細めながらイロハが訊ねた。オーリンは振り返らないままに答えた。
「ああ、ヴリコ南部は基本的に人間の集落が殆どだど聞いでらな。亜人種たちの集落があんのはまっとまっと北だずんだ」
「こんな山奥に人間の集落が本当にあるんですか? こんな山奥じゃ畑を作るのも容易じゃなさそうですけれど」
「だがらごそのマタギなんだびの」
レジーナの疑問に、オーリンは淀みなく答えた。
「ヴリコは国内有数の森林地帯――こんな山奥でば畑も田んぼもでぎねぇべ。だがら山の獣だに頼って生ぎるすかねぇんだ。マタギってそうのはよ、東と北の辺境の、厳すぃ自然を上手に利用して生きで来た人々なんだの――」
オーリンはそこで言葉を区切り、フフッ、と意味深な笑みを漏らした。
「そう言えばよ、ヴリコの人間族にはアーリャ人の血が混ざってる、って話、聞いたこどあるが?」
その問いに、は――? とレジーナとイロハはぽかんとしてしまった。
「先輩、アーリャ、って――?」
「アーリャはアーリャだびの。このオーヤシマ大陸の更に北、世界最北の大陸にある、あのアーリャ帝国のごどよ」
オーリンにそう言われて、レジーナはオーリンが何を言っているのかやっと理解した。
アーリャ帝国――それはこの世界に於ける北の最果ての国、世界でも珍しいエルフたちによって営まれている世界有数の大帝国で、そこに住まうエルフたちは火酒と呼ばれる強い酒とサウナ、殴り合いをこよなく愛すると伝えられている。
だが、レジーナたちが住む大陸であるオーヤシマ大陸とアーリャ帝国は、北の魔海と呼ばれ恐れられる大海・オーイズミ洋に隔てられており、ガイチと呼ばれる北の異大陸を間に挟んでもいて、国境を海上で接する隣国とはいえ、距離も相当離れている。
第一、現在もこの大陸と辺境の帝国であるアーリャとは人の往来や交易も盛んとはいえず、レジーナにとっては名前こそ知ってはいるが、数ある遠い異国のひとつでしかない。
このヴリコにアーリャ人の血が? 冗談だろう、と失笑しようとしたレジーナに、オーリンは「嘘でねぇど、レズーナ」と先回りの口を開いた。
「それが証拠に、ヴリコの人間にはよ、純粋なオーヤシマ人なのに、髪が銀髪だったり、耳が尖っていだり、たまにアーリャ人の特徴を持つ人が生まれだりするんだずおな。まぁ、先祖返りって奴だべな」
まるでおとぎ話のような話には違いなかったが、オーリンの口調はとても冗談を言っている口調ではなかった。
「だがらヴリコの人間にはアーリャ人に似て酒豪が多いし、美人も多いんだのぉ。ヴリコ美人というのは昔っがらこの国では有名な話だべ?」
「アーリャ人か――なるほど、あながち与太話というわけではないかもしれんな」
イロハがふと何かを考え込むような顔になった。
「私もかつては何度かアーリャ帝国の使節に謁見を許したことがあるが、まぁ地上にあれほど美しい種族はおるまいな。もし神が御使いを地上に降ろしたもうならば、きっとああいう姿にするに違いないと思えるほど――」
「イロハはエルフに会ったことあるのね? ねぇ、アーリャ人って、エルフってどんな人たちなの? 結構気位が高いって話を聞くんだけど……」
「まぁエルフであるからそう簡単に人間に心を許したりはせんよ。ただ心根まで気難しいということはない。何度か顔を合わせて仲良くなると、時々ボソッとエルフ語でデレたりする……ツンデレというやつであるな。それがまた可愛いところでもある」
意外なところから援護射撃が来たところを見ると、オーリンの語る話もまんざら御伽噺と言えなくもないのかもしれない。
殆ど王都では馴染みのないヴリコ大森林の地名だが、もしその名を王都で聞くことがあるとするならば、それはほとんどが「美人」についての話題である。
ヴリコ美人――非常に長命でかつ魔法の才に優れ、静寂と森と狩猟とをこよなく愛するとされるエルフ族は、千年の昔にはこの大陸の支配種たる地位を人間族に譲り、その殆どがアーリャやヴリコのような辺境へと移り住んだと聞く。
険阻な深山に阻まれた土地に隠れ住むが故に人間族との接触をほぼ持たない彼らの存在は、この大陸中で半ば伝説として謳われているのだった。
「コラ、ヴリコ名物、ハズモリハタハタ、オガでオガ・ヴリコ、アーソレソレ……」
ふと、なんだか景気のいいメロディが聞こえてきて、レジーナは顔を上げた。
このメロディは――? レジーナがオーリンを見ると、オーリンはなおも朗々と詠い続けた。
「ノスロ春慶、ヒヤマ納豆、オーダテ曲げわっぱ……」
なんだか不思議なリズムの曲である。この大陸で聴く音楽とは違い、なんだか聞いているだけで追唱したくなるような、景気のいいメロディだった。
「コラ、ヴリコの女コ、何しに綺麗だと、聞くだけ野暮だんす……」
歌詞が二番に入ったのか、同じリズムとメロディでオーリンは違う歌詞を歌い出した。
「オノノ=コマチの、生まれ在所をおめはん知らねのけ、ハイ、キタカサッサ……」
オノノ=コマチ? その単語に聞き覚えがあった。
歌い声が途切れるのを待って、レジーナは訊いてみた。
「先輩、今の歌……オノノ=コマチって、まさかヴリコの出身なんですか?」
「おお、そんだそんだ。今の歌はヴリコ音頭……ヴリコ名物を歌った歌での。オノノ=コマチはまさすぐこの辺り、ヴリコの南部が故郷だど、伝説ではそう言うな」
オノノ=コマチ――それはこの大陸であれば「美人」の代名詞ともなっている、とある歴史上の歌姫の名前であった。
その歌の素晴らしさだけでなく、ひと目それを見たものの魂を奪い去るという麗しい容姿の両方で歴史に名を残した彼女が、まさかこんな山奥の出身だったとは意外なことだと言えた。
「その姿の美しいごどは絵に描くごどもできず、その歌の妙なるごどは譜にするごども叶わず――コマチが一声歌えば、百日の大日照りにでも車軸を流すよんた雨が三日三晩降り続いだどいう。まぁ、オノノ=コマチにもエルフであるアーリャの血が流れでだんだべ。そうであればその伝説もまんざら嘘でねぇべと思えるべ?」
なるほど――六歌仙と称される彼女の人間離れした伝説には、意外なことに歴史的な裏付けがあったのかもしれない。
生まれながら魔法に秀で、圧倒的な自然との交感能力を持つというエルフならば、歌で雨乞いをすることなど造作もないことだったかもしれない。
エルフ、ヴリコ美人、か。子供の頃から憧れの存在だった御伽世界の住人に、もしかしたらこの旅の最中に会えるのかもしれない――。
そう考えて内心ワクワクしているレジーナの耳が、ウウ~……という唸り声を拾った。
「え、ワサオ――?」
下に視線を落とすと、ワサオが鼻面に皺を寄せて牙を向き、道の向こうに向かって唸り声を上げている。
この反応、かつて何度も目の当たりにした「危険なものが接近中」のサインであったが、その時と違ったのは、ワサオがしっかりと後ろ脚の中に尻尾を挟み込んでいる点だった。
「ど――どうしたのだワサオ? まさか、怯えておるのか?」
イロハもワサオの急変に目を瞠った。フェンリルであるワサオは基本的に勇猛果敢な性格で、多少気位は高いかもしれないが、魔物などに怯えた姿は見たことがない。
だがその時のワサオの表情は――まさに怯えていた。後ろ脚が小刻みに震え、威嚇の顔も何だか見えない威圧感に圧されたかのように、何だか覇気がない。
「先輩――」
「ああ、なんだびな。ワサオがここまで怯えでんのは見だごどねぇな――」
オーリンが山道の向こうを険しい顔で見つめた、その時だった。
ミシ、バキバキ……と森の木立が騒ぎ、大木が左右に薙ぎ倒され、鳥がけたたましい声を上げて飛び立ってゆく。
「まさか、例のクマですかね――?」
「怯えるな、レジーナ。どうあっても三対一だぞ? 魔物ならともかく、クマなど恐れるに――」
足らん、と、イロハがそう言いかけたときだった。
ぬうっ! とばかりに黒い影が樹上に伸び上がり、レジーナは仰天してそれを見上げた。
これは――一体なんだろう、獣――いや、魔物ではないのか。
まるで世の暗闇をすべて吸いきったが如く、黒く艶やかな毛に覆われた異形である。
見上げんばかりの大木に囲まれながら、なおその上に顔を出す滅茶苦茶な巨体も然ることながら、特徴的なのはその胸の中心に輝く、白い三日月型の模様だった。
「んな――!?」
オーリンが目を見開いた。
レジーナとイロハも、そのあまりに常識的ではない巨体に、声も出せずに固まる他なかった。
巨きい――それはそれはあまりに巨大な、獣の姿。
体長二十メートルにも達すると思われる、超特大の猛獣の姿だった。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読まへ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。
【VS】
ちなみに、北の魔海と恐れられるオーイズミ洋は物凄い荒海です。
常に「おぅおぅおぅ」と暴風が吹き荒れ、「ぼかぁぼかぁ」と大波が立っています。





