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シミデ・マルデ(凍えてしまうぞ)

「エロハよ、今はどのぐらいまで来たな?」

「そうだな……だいたい四合目という辺りだろうか」

「そうが。まだ全然(じぇんじぇん)来てねぇな」

「クリコは広大だ。そう簡単に越えられるなら苦労はせぬよ」

「なんぼでも今のうぢさ距離を稼ぎでな」


不可解も不可解な会話を、レジーナは最早無言で聞いていた。


四合目? そりゃ一体どこの話なのだ。

自分たちが今歩いているのは広大な平野に通された田舎道で、勾配など少しも有りはしない。

それなのに二人はいざ四合目だの何だのと、まるでとんでもない高山地帯を歩いているかのような口ぶりだ。

それに――昨日食事を終えた後、彼らはそこらの店で防寒着だの食糧だの、登山に必要と思われるものを大量に買い込んでもいた。

地元のこぢんまりとした店であるのに、そういった防寒着だの食糧だの、登山に必要な道具が揃っていたこともおかしいといえばおかしい。

まるでこの周辺にはとんでもない高山地帯がある、というよりも、その只中にその店があるとでも言うのか。

全くもって登山というような道ではないのに……そう思いつつ、レジーナはただただ黙々と二人の後を歩いていた。


「ねぇふたりとも、いい加減に教えて下さいよぉ」


レジーナは二人の背中に口をとがらせた。


「クリコ魔高原ってなんなんですか? こりゃ単なる田舎道ですよ。行けども行けども山なんかないじゃないですか」


オーリンとイロハが振り返った。


「それなのにこんな大荷物持たせられて全く……それなりに足も疲れるんだから教えて下さいよ。クリコって山が本当にこの先にあるんですか?」


その言葉に、オーリンとイロハが困ったように顔を見合わせた。

見合わせてから――イロハの方が先に口を開いた。


「うーん、説明してやりたいのは山々であるのだがな……ただひとつ、確かなことがある。この先にクリコ魔高原がある、というよりも、既にここがクリコ魔高原の只中なのだ。というよりも、じきにそうなる、というか――」

「はぁ?」

「どうせ我々がいくら言葉を尽くして教えたとしても、そなたにはその事実が信じられんだろう。我々だって半信半疑だ。誰しもがそうならなければそういうものだとわからない山なのだよ、クリコは」

「そ、そりゃどういう……」

「だから説明のしようがねぇって喋ってらべ。()だってなんて説明せばいいのがサッパリわからねぇんだはんでの。何せ、こんな奇妙な(えぱだた)ことが起ごんのはこの大陸で、いや、世界中でここだけだべし」

「はぁ――」


ふたりとも、レジーナをからかったり、嘘をついたりしている顔ではない。

本当に、なんと説明すればいいのかわからないらしい、なんだか情けないような表情だ。


クリコとは一体何なんだ? 

言葉では説明できないとはどういうことだ?

レジーナが思わず無言になった、その時だった。


ぶわぁ――と、広い野原に風が吹いた。

その途端、一体どこから湧いてきたものか、白い霧が遥か向こうからやってきて、あっという間に太陽光を遮り始めた。


それを見たイロハが、はっとしたような表情で叫んだ。


「いっ、いかん! 全員集合せよ! 決して離れるな! ワサオ、戻ってこい!」


え? え? と慌てているレジーナに、オーリンが「急げ!」と怒鳴り、レジーナはわけもわからずイロハに駆け寄った。

お互いの呼吸が聞こえるぐらいまでに近寄ると――白い霧が自分たちにも到達し、まるでミルクの底に沈んだように周囲が何も見えなくなった。


なんだろう、さっきまで気持ちのいい晴天だったのに、一体この霧は――?

レジーナが困惑していると、イロハが宙の一点を睨んだまま呻いた。


「来たな」

「ああ、そうらすぃの――」


二人は、短くそれだけ言った。


再び、風が吹いた。

霧とともにやってきた風が、今度はその白い霧を吹き飛ばすかのように吹き渡り、まるでカーテンを開けるように周囲の輪郭が戻ってきた。


否――戻ってきたのか?

レジーナは徐々に徐々に開けていく視界に、ありえないものを見た。




さっきまで見渡す限り広がっていた野原が――どこにもない。

代わりに、胴回りが自分の胴体の三倍はありそうな太い木々が視界を遮る、鬱蒼とした藪になっていた。

途端に、ぐぐぐ……と自分の体が平行を失った気がして、レジーナは驚いて足元を見た。

さっきまでの砂利混じりの道が消えていた。

代わりに――足元は拳大の石がゴロゴロ転がった、剥き出しの赤土になっている。




え? レジーナは声も出せずに目を見開いた。

慌ててキョロキョロと周囲を振り返っても――もう野原などどこにもない。

見えるものすべてが、奥深い山の只中のそれになっている。

あれだけ高かった空が近く感じられ、雲雀が甲高い声を上げて飛んでゆく。

突然現れた山嶺には、うっすら消え残る雪までもが見える。

ふと聞こえたノイズに耳を澄ましてみると――なんとセミの鳴き声だった。


しばらく、何が起こったかわからなかった。

いつの間にか誰かに転移魔法か何かを使われてどこかに放り出されたのか?

否、それではこのセミの鳴き声と、急にむわっと暑く感じる気温の変化は一体何だ?

レジーナはなにからなにまでさっぱりわからず、ただおろおろと周囲を見回すことしかできなかった。


霧が、完全に晴れた。

ハァ、とイロハが詰めていた息を吐き出した。


「レジーナ、理解したであろう? これがクリコ魔高原だ」


レジーナはゆっくりとイロハを見た。

イロハは鬱蒼とした木々を眺めながら説明した。




「クリコはな、世界に類例のない、()()()()()()()()()()()()()()

「は、はぁ――!?」

「平地に見えてもクリコ魔高原と名前がついているのは、ここが山だったり平地だったり、とにかくあり方が一定ではないからなのだ。色々理屈を考えるものもおるらしいが、何故こんなことが起こるかはいまだに解明されておらん。一説には、この山を司る女神は気まぐれで、常に自らの庭のお色直しをしているからだとも言うがな」




それはまた、随分メルヘンチックな伝説――。

イロハは腕を組んで、女神の壮大な気まぐれに呆れたかのように溜め息をついた。


「とにかく、この山で確かなものはなにひとつないのだ。それが起こるタイミングはもちろん、我々がいる場所、高度、天候、季節までもが、女神の気まぐれによって次々と変化する。そうなったらまともに歩いて越えることなど不可能なのだ。『田んぼの真ん中であってもクリコ魔高原』――ここらではそう戒められておる。さっきまで昼寝をしていた春の原っぱが気づいたら猛吹雪の山の頂上、なんてことが普通に起こりうるのだよ」


何をか言わんや……レジーナは開いた口が塞がらなかった。

そんな奇っ怪で壮大な現象が起こる場所がこの世に存在するなんて……少なくともレジーナは空想したことすらない。

「既に我々はクリコ魔高原の只中にいる」――昨日そう言ったイロハは何も嘘などついていなかったのだ。


「とりあえず、こういうごどだ。クリコがどういう山がわがったねろ?」


そうオーリンに言われ、レジーナは何度も頷いた。

こんな不思議な現象、確かにいくら言葉を積まれても、実際に目の当たりにしなければ信じられないに違いない。

この大荷物の理由にようやく得心がいったところで――オーリンがまた口を開いた。


「どうやらさっきまで秋口だったものが、夏ぐらいになったらすぃの。もぢろん、これは春になったり秋になったりもする。こいが冬になったら……」

「死にますよね……我々全員」


レジーナが呻くと、オーリンもゆっくりと頷いた。


「そいだげは間違いねぇな。それごそハッコーダ遭難事件の二の舞三の舞だ」


レジーナは再び頷いた。

これが猛吹雪になったら――それこそグンマーで体験したよりも悲惨な遭難になってしまう。


「よし、わがったならボヤボヤしてらんねぇど。これが登り良いうぢさ早く越えてしまうべし。今はまだ四合目ぐらいだ。急ぐべしよ」


その言葉をしおに、三人は黙々と登山を開始した。







クリコの山道はきつかった。

勾配のきつさや岩がゴロゴロの悪路であることもさることながら、背中に背負った荷物が軋んで肩が痛い。

おまけにさっきまでうららかな秋晴れだったものがいきなり夏になったせいで、猛烈に暑くなってきた。

夏の酷暑に身体がついていかず、さっきから滝のように汗が流れ、目に入るやら顎から滴り落ちるやらの大騒ぎ。

ぜーぜーという自分の呼吸音が、いつの間にかなんだか遠くに聞こえ始めた。


「レズーナ、エロハ、辛いべどもこらえるすかねぇ。この状態でお山が冬になんかなったら全員()みでまるど。頑張って(けっぱって)クリコを越えるんだ」


その激励にも、まともに応えることすら出来ない。

ただガクガクと頷くだけにして、レジーナは歯を食いしばって身体を岩の上に摺り上げた。


「エロハ、今どのあたりだべ?」

「まだまだ……半ばだろう。このまま山頂を越えられればよいのだがな……」


レジーナやオーリンはともかく、今までまともに山道など歩いたことはないのだろうイロハは殊更に辛かっただろう。

白い顔は今や赤く上気して汗まみれの有様で、とてもではないが今日一日で山越えなどできそうもない。


流石にオーリンもそのことに気がついたのか、眉間に皺を寄せて辺りを伺った。


「よし――少し(ぺっこ)休むべ。なんぼ強情張って(じょっぱって)参って(おたって)まればまいねべし。岩陰さ寄れ、日陰コになってるべ」


そう言われた途端、身体から一気に力が抜けた。

ふらふらと岩陰に身を寄せ、レジーナは半ばへたり込むように座り込んだ。


しばらく、手ぬぐいで顔を滅茶苦茶に拭った。

服がじっとりと汗に濡れ、肌に貼り付いて不快なことこの上なかった。

背中のザックから水筒を取り出し、ぐびぐびと音を立てて水を飲む。


ふと物欲しそうな視線を感じて傍らを見ると――ワサオが弱々しく尻尾を振ってレジーナを見ていた。

掌に水を汲んで飲ませてやると、ワサオは一生懸命に水を飲み始めた。


水を飲んだことで、少しだけ口を開く気力が戻ってきた。

無言で岩陰に身を寄せたオーリンとイロハに、レジーナは聞いた。


「この山が元の平地に戻るまでの期間って――どの程度なんですかね?」

「それだけはわからん。女神の気まぐれによる、としか……数ヶ月も山だったこともあるらしいし、平地であったこともあるらしい。いずれにせよ、ここが平地になるのを待ってはいられないのだ」


レジーナの浅知恵を見透かしたような声でイロハは説明した。

数ヶ月――まさかそんな長期間に渡って雪に閉じ込められたら……それは想像するだけで悲惨な末路だった。


「しかし、冬も酷い(しんでぇ)べども、夏ってのもなかなか疲れる(こい)もんだねや……」


オーリンが額の汗を散らしながら愚痴った。


「水の残りもあんまし多ぐはね。どっかで給水していげればいいんだどもや……」


オーリンがそう言って顔を上げた、その瞬間だった。

ふ――と、今まであれほど耳にうるさかった蝉の鳴き声がぴたりと止んだ。


はっ、と、全員が空を仰いだ。

ざわざわ……と森が揺れ、再び山の向こうから霧がやってきた。


それと同時に――ひやり、と、火照った身体が冷やされる感触が全身に走った。

まさか……と顔を見合わせ、三人と一匹は狼狽えて立ち上がった。


「ちょ、ちょちょちょ……! 先輩! これ寒さですよ! まさか……!」

「わがってるわがってるわがってる! なんたら運が悪いべ、冬だ! 冬になった!」

「どっ、どどど、どうしよう!? この汗だくで吹雪になったら……!」


全員凍死。その文字がはっきりと全員の頭に浮かんだ途端――足元がずぶずぶっと沈む感覚がして、一体どんな奇跡が起こっているものか、足元が見る間に深雪に埋もれ始めた。

ぞわっ――と、寒さとは違う冷気がレジーナの全身を冷やした。


「うわ、やんべぇ! しかもかなりの真冬だ! このままだど雪さ埋もれでまるど! どっかさ避難せ!」

「どっかってどこですか!? 一体なにを探せば……!」

「洞窟だ! 洞窟ば探へ! どんなくぼみでもいい、雪ばやりすごせ!」

「洞窟って、そんなものどこに……!」


レジーナが慌てる間にも、ゴォォォ……と凄まじい唸り声を上げて山が轟き始めた。向こうから吹き付けてくるもの――これは――雪だ。

本当に運が悪いことに、この気まぐれなクリコ魔高原は、どうやらかなりの猛吹雪へとお色直しを始めているらしい。


しばらく死にもの狂いで辺りを探すと――ふと、大岩の陰からカビ臭い臭いがしている事に気がついた。

慌てて大岩に貼り付いてみると、五人は横になれそうな広さの薄暗い洞穴が隙間から見えた。


「せっ、先輩! ここ!」

「どごだや!」

「ここですここ! この岩さえ退かせればなんとかなりそうです!」

「おお、確かに……! よしレズーナ、岩ば退かすど! 協力しろ(すけろ)!」

「行きますよ、せーのっ……!」


両手を大岩の縁にかけ、足を岩壁に蹴っ張り、レジーナとオーリンは渾身の力で大岩に組み付いた。

火事場の馬鹿力を期待して暫く唸ってみたものの――人間の身長の倍はある大岩はびくともしない。

どりゃー! うおりゃー! この野郎ー! などと掛け声を変えて挑んでみるが、残酷なまでに大岩はうんともすんとも言ってくれない。


「だ、ダメです先輩! こ、この岩、ダメです――!」


そう叫ぶ間にも、ガチガチ……と奥歯が鳴り始めた。

汗びっしょりの身体がまるで氷のように冷やされ、既にまともに思考がまとまらなくなってきた。

思わず両手で身体を抱き締めてみても、残虐なまでの寒さは少しも軽減されない。


「や、やばい……! どうすべ、どうせばいいんだべ……!」


オーリンが紫色になりかけている唇でそう喚いた、その時だった。

ぎゅっ、ぎゅっ……と深雪を踏み越えて来る音がかすかに聞こえ、レジーナは振り返った。


「ど――退け! 私が岩を退かす! そなたらは離れていろ!」


同年代のそれと比較してもかなり小柄なイロハは、既に半ば股下まで雪に埋もれていた。

美しい金髪は既に雪まみれになり、異様にぎらつく目だけが吹雪の中に光っているのを見て、はっ、とレジーナは考えた。

そうだ、イロハの【怪腕】スキルなら――!


「た、たたた、頼むでぁ! エロハ、お前()に命ば預げたど――!」


オーリンがろれつの回らない口で叫んだ。

イロハは深雪を苦労しながら大岩に歩み寄ると、短い手を精一杯伸ばして大岩に組み付いた。

否、イロハの小柄を考えると、それはイロハが岩に組み付いているというよりも、単にイロハが大岩に抱きついているだけのように見える。

それはこの非常時に、こいつは、我々は、一体何をふざけているんだというような光景であった。


「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬ……!」


しばらくして、イロハが両腕に力を込め始めた。

イロハの白い顔があっという間に紅潮する。

愛らしい顔を悪鬼のように歪ませ、イロハは必死そのものの表情で唸り声を上げる。


「おおおおお、ぬおおおおおおおおおおお……!」


イロハが歯を食いしばった途端だった。ガリッ! という音が発し、イロハの手の指が岩肌に食い込み、レジーナは目をひん剥いた。

それと同時に、ズリ、ズリ……と、大岩が湿った音を立て、イロハの三倍はあろうかという大岩が冗談のようにふわりと浮き上がった。




「ぐぬぬぬぬぬ……ぬがああああ!! うがあああああああああッッ!!!」




気合の怒声とともに、イロハは大岩を肩まで担ぎ上げた。

それはあまりに強烈な光景だった。ぎゃあああああ! とレジーナが悲鳴を上げると、イロハが深雪の中の足を踏ん張り、身体を大きく捻った。




「どぉぉぉぉりゃああああああああああッッ!!!」




イロハ渾身の雄叫びとともに、大岩が吹雪の空に投擲された。

まるで砲弾の如く五十メートルも宙を吹き飛んだ大岩は、どすん、バリバリ! という音ともに砕け、沈黙した。


「よ――よし! エロハ助かった! みんな洞窟の中さ入れァ!」




その大声とともに、三人と一匹はようやくかび臭い洞穴へと身を寄せることができた。




「たげおもしぇ」

「続きば気になる」

「まっとまっと読ましぇ」


そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。

まんつよろすぐお願いするす。

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『じょっぱれアオモリの星』第1巻、2022年12/28(水)、
角川スニーカー文庫様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[気になる点] セミはどこから来てどこへ行ったのか。 [一言] 歩きやすい平野のうちに距離を稼げばよかったと思います。
[気になる点] 吹雪から隠れるとこ探すシーンで急に五人パーティーになってる
[一言] 田んぼの世話してるひとはどうしてるんだろう 急に田んぼがなくなったら困るだろうに
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