ハカメイデ・キタデ(興奮してきたな)
これはとんでもないことになった――。
揃いも揃って強面揃いの《金鷲の軍勢》に囲まれた馬車を降りたレジーナは、目の前の光景に震えた。
広大なるベニーランドの中心、この大陸一の大都会の、そのまた中枢部。
城下をぐるりと一望できる小高い山――地元では『アヤメ咲く大山』と呼ばれているらしい風光明媚な丘陵地帯だ――その上に築かれた荘厳な宮殿は、レジーナが一度王都から望み見た王宮のそれよりも遥かに豪壮なものであった。
一体どれだけの財力をつぎ込めばこんな大要塞が創れるのか、と真剣に疑いたくなるほどの規模と堅牢さを兼ね備えた、圧倒的な城塞――。
それが国内有数の有力貴族であるズンダー大公家の本拠地にして居城・グランディ宮殿であった。
しかもあろうことか、自分はその真ん前に、阿呆のように口を開け、ぶるぶると震えながら立っている――。
まずその事実が信じられないし、自身たちが今回の騒動の黒幕ではないかと考えていた大公家に逆に呼び出された事態も信じ難いことだった。
思わず身を竦ませているレジーナの足元で、さすがのワサオも尻尾を股の間に仕舞い気味にし、不安そうにオーリンを見上げている。
「怯えることはない。あなた方は客人です。我がズンダー大公家はあなた方を歓迎しようとしているのです」
《金鷲の軍勢》に守られた、家中では身分の高そうな男が、特徴的な口ひげを指先で捻じりながらいやらしい笑みを寄越す。
このような場所に慣れていない風のレジーナたちを小馬鹿にしていることを隠そうともせず、男は目の中の嘲りの色を濃くした。
「やれやれ、当家の情報網に狂いはないはずですが――少々その情報の出処を疑いたくもなりますな。よもや映えあるドラゴンスレイルを成し遂げた方がこのようにお若く小柄であるとは。そして些か佇まいも……」
わかりますよね? というように、んふ、と男は嫌味に微笑んだ。
確かに、レジーナたちはあの秘境グンマーを越えてきた着の身着のままの格好で、お世辞にも身分ある人間に謁見するような格好ではない。
そのことを嘲笑われてレジーナが羞恥半分、戸惑い半分で俯くと、オーリンが硬い表情で一歩進み出た。
「俺たちの格好がそったに汚いって言うなら、帰るど」
オーリンのはっきりとした言葉に、レジーナは少し驚いてその背中を見つめた。
「何も俺たちは格好や見でくれ気にすながら冒険すてる訳でねぇでの。俺も別にお前らさ会いたいどが喋りたいどが、そういう希望はひとっつも無い。そっつの方がこさな汚い乞食さば会いでぐねぇつんなら仕方ないな。……それでは」
明確な苛立ちとともにそう吐き捨てて、オーリンはさっさと踵を返し、のしのしと帰ろうとする。
その堂々とした啖呵と振る舞いに流石の男も顔色を変え、「ちょ、ちょっと……!」と先回りしてオーリンを止めた。
「ご、ご気分を害されたのなら謝罪いたします。どうぞお進みください、お召し物もそのままで結構です!」
「結構、って何だえ?」
オーリンが言葉尻を捉えて片眉を上げると、男はあからさまに狼狽えた。
「あ、いえ――! ど、どうぞそのままお進みください!」
男は焦ったように言い直し、宮殿の奥を手で指した。
その様を文字通り睥睨し、オーリンはすたすたとだだっ広い入り口を入っていってしまう。
慌ててその背中に追いすがったレジーナは、人目を気にしながらそっとオーリンに耳打ちした。
「せ、先輩……よくあんなこと言えますね……! 確かに今のは私もムカつきましたけど……!」
「ふん、ツガルもんばナメ腐るんでねぇっつの。ツガルもんは誰でも強情者だはんでな。下げでぐね頭は下げねし喋りたいごとは喋るさ」
そうだよな? というように視線を落とした先で、ワサオも、ワウ! と同意するように吠えた。
この青年、朴訥なばかりの人間と思っていたけれど、意外にも度胸というか、意地っ張りなところがあるようだ。
今回はその意地っ張りに助けられたな、と思いつつ、レジーナは広すぎて身の置きどころが皆目わからない通路を進んだ。
まるで調度品や宝飾品の博物館の如き宮殿を、口ひげの男に先導されて黙々と歩く。
一体、我々は誰に、そして何の用があってこんな場所に呼び出されたのだろう……。
不安と疑問がないまぜになりながら歩きに歩いた末に、レジーナたちはとある一室に通された。
バタン、と扉が閉じられ、数人の兵士を残して人払いがなされた。
口ひげの男がくるりと振り返り、レジーナとオーリンを見た。
「ご足労ありがとうございます。さて、これからお二方には、とあるお方に謁見していただきます」
よろしいですね? と同意を求めるように男はレジーナとオーリンを交互に見た。
「謁見していただく方は、当家の執政である伯爵、そして軍備の一切を取り仕切る将軍閣下でございます。当主である大公殿下を補佐し、この広大なるズンダー領の政務一切を取り仕切っておられるお二方から直々の召喚……申し上げておきますが、これは大変な名誉です」
ちら、とレジーナはオーリンを見た。
オーリンは彫像のように微動だにせず、まっすぐに口ひげの男を見つめている。
「更に、これは私からの、ほんの好意でお話することですが……お二方からなにかあなた方に命令や依頼がありましたら、断らない方が身のためです。あの方々からの指示は何人たりとも拒絶することはできない。その気になれば日月さえ意のままに操る事ができる力を持った方々ですので……」
「随分勝手な言い分だなや。良いように使われろっつうごどが?」
オーリンが挑みかかるように言った。
そりゃあ、随分一方的な言い分だと、レジーナでも思う。
勝手に呼び出しておいて言うことを断るな、というなら、これは失礼を通り越して傲慢極まりない話だった。
だが、口ひげの男はオーリンの抗議を硬い表情で受け流した。
「ほんの好意からの一言、と申し上げたはずです。……まぁ、あのお二方を前にして、なお断りを申し上げる気概があれば、そうなさってみるのもよいでしょう」
青ざめたような顔の言葉に、流石のオーリンも少しぞっとしたような表情を浮かべたのがわかった。
却って不気味さを煽る一言を言い置いてから、口ひげの男は「申し上げることは以上です」と話を終わらせた。
「さて、いよいよ謁見に移ります。どうぞ気を引き締めて」
口ひげの男が、巨大な観音開きの扉に取り付き、扉を開いた。
途端に――ぞわっ、とレジーナの全身が総毛立った。
なんだ、一体、この広間には何がいるんだ――!?
途端に三、四度も気温が低下したように感じられ、ぶわあっと嫌な汗が毛穴から吹き出た。
クゥン、と怯えた声を発してワサオがオーリンの足元に縋り付く。
そのオーリンも、今まで一度も見たことのない表情でその異様な気配を受け止めている。
「執政、ならびに将軍閣下。客人をお連れしました」
口ひげの男の一言に――薄暗い大広間の中にいた複数の影が蠢いた気配があった。
いずれも恰幅のいい男であることは理解できたが――その表情や佇まいは窺い知ることが出来ない。
「通せ」
たった一言、野太い声が伏魔殿の奥底から響き渡った。
口ひげの男が形相だけで、入れ、と命令した。
それでも――なお足が進まないレジーナたちを見かねたかのように、口ひげの男が部屋の中に進み入る。
これは――何がなんでもこの部屋の中に入る他ないらしい。
覚悟を決めて、レジーナとオーリン、そしてワサオはゆっくりと、怯えながら室内に踏み入った。
「客人以外は出ていけ」
室内に入ってすぐ、先程とは違う男の声が大広間を揺らした。
口ひげの男が畏まり、逃げるように大広間を出てゆく。
広い闇の空間に、二人と一匹、そして蠢く影だけが残された。
「ほほう――想定よりずっと若いではないか。一体どんな武辺者がやってくるかと期待していたのだがな」
地の底から響き渡るようなテノールが、まるで舌なめずりをするかのように笑った。
「ドラゴンを打ち倒す屈強な戦士――個人的にも興味がある。その気になってもらえるなら一度手合わせでも願いたいと思っていたのだがな……」
「将軍、客人相手に失礼だぞ」
一心不乱に何かを咀嚼する音に混じり、別のたしなめる声が聞こえた。
「貴公は強者と見るとすぐに興奮する……悪い癖だぞ。彼らは我がズンダー大公家のために既にひと働きしてくれた恩人だ。傷つけることは許さぬ」
「冗談だ、冗談。しかし執政、貴公も私に劣らず彼らに興味があるのだろう? 声を聞いていればわかる」
その一言に、「ああ……」と応じた男が食事をする手を止め、こちらに向き直った。
それだけで、まるで蛇がこちらを睨み据えたかのような異様な殺気が肌をびりつかせる。
「無論だ。我々は強い者を愛し、強さを奉じる我が一族――ドラゴンさえ打ち倒す屈強な人間が我が領内に……いくら私でも気持ちが逸るさ――」
ニヤ、と、男がかけた色つき眼鏡の奥の瞳が、笑った。
「興奮してきたな」
こごまで読んでもらって本当に迷惑ですた。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「ちょっと何言ってるかわかんないですけど」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。





