それはまだ自覚がない頃の話
<買い物>
買い物へ出かけるのに何が悲しくてこんな裏路地を通らなけりゃならないのさ。
玄関先を綺麗に見せるためにはどの家庭も家の裏に物を片付けるはず。狭い場所にゴミ箱だの用具入れだのと障害物だらけ、路地と呼んだものの家と家の隙間で他の人を見たことがなかった。大雑把にしか見えない私の目だと障害物にちょくちょく引っかかり、腕や肘をぶつけちゃうわけ。そこに大荷物でも持っててみなさいよ。余計に疲れるっつの。
私一人なら普通の往来を選ぶんだけど、今日買うのが調味料みたいな重い物ばかりだったから本日は荷物持ちを連れてきてるの。それがよりによってユアンなのよね。こいつだけは絶対に普通の往来に出たがらない。
掌の痛みがちょっと限界になってきた。荷物を半分持ってるユアンを見上げる。
「重い」
「僕も重い」
水道から自由に水が出ないここでは水も手動で買い物だ。ユアンの荷物はほぼ水だ。家の前まで運んでくれる制度が普通に利用されてるけど私達は極貧。後は分かるだろう。
「ねえ、もっと持ってよ!」
「嫌だ。僕は重労働向きじゃないんだって言ってるだろ。半分ずつ持ってるんだから我慢しろ。むしろ僕の方が絶対重いから我慢しろ」
「身長体積が大きいユアンの方が私よりもっと持ってもいいでしょ! 痛い痛い、手が痛ーい!」
「ああ、もう!」
ユアンが私の荷物から大瓶を一つ取って自分のところに入れる。
「これでかなり軽くなっただろ! もう僕はキュウリ一本持たないからな」
そう言って歩き出した背中を立ち止まって少しの間見つめ、駆け足で追いかけて障害物が減った辺りで横に並んでユアンを見上げる。のっぺらぼうどころか白い仮面のついた顔なのに表情を見なくたって手に取るように感情の起伏が分かる。いい年して顔以外何も隠せてないんだから。
「ユアン」
「僕だって重いんだぞ」
「キュウリ一本持って」
強引に突き出した一本。ユアンがこっちを見下ろしてくる。それでしばらく見つめ合った後、根負けしたユアンが無言で私の手からひったくるようにキュウリを受け取った。
私はなんだかおかしくなって笑う。
「ユアン」
諦めたような聞こえよがしの溜め息。
「ああ、はいはい、次は何を持てっての? 女王様」
振り返ったユアンの仮面の下から口元に小さな甘い玉を押し付ける。
「飴一個持って」
唇の間に指先を押し込むと歯に当たった時のコロンという音を立てて飴玉の感触が消えた。ついでに自分の口へも一つ飴を放り込むと舌の上でジワリとレモンの酸味が広がった。
ふふー、完全に不意を突いてやったぞ。
「二つしか貰ってないからアーサーとジャックには秘密ね?」
ちょっと、してやったりって気持ちで笑ってユアンを見た瞬間、いきなりユアンが私の手元の荷物を奪い取った。そして体が揺らいだかと思ったら猛烈な勢いで走り出した!?
「はぁ、え、ちょ、何……!?」
入り組んだ裏路地に私の視力のことで、すぐにユアンの姿が見えなくなる。というか唖然として完全に見送ってしまった。
一度見失ったら見つけられっこない近眼の私は、手ブラになった指先を曲げ伸ばしながら謎の暴走男が消えた路地を眺めているしかなかったわけで。
「えー…………?」
一体なんなのさ、あの仮面は。
その後、何が気に食わなかったのか釈然としないまま帰ったところ、先に行ったはずのユアンの姿はなく、ユアンが荷物を全て持ち帰ったまま自分の家に立てこもってしばらく出てこなくなったせいで夕食の準備がおおいに遅れたという。
<にらめっこ>
これは、暇な大人達によるとてつもなくしょうもない日常の一コマである。ちなみにweb拍手に掲載していた小ネタなので小説ですらないが、保存場所に困ってここに掲載なのである。
にらめっことは道具の必要ない暇つぶしには最適な遊び。ルールは簡単、目を逸らしたり笑ったらアウト。ちなみに顔が見えないので仮面は解除とする。
(ロッカ対ユアン)
絶対に負けないと宣言するユアンに、ロッカが開始と同時に可愛く笑顔発動、ユアン3秒で顔を逸らし、ロッカ勝利。
(ロッカ対ジャック)
見つめ合い、ロッカは変な顔をするがまったく表情を変えないジャック。いたたまれなくなってロッカが目を逸らし、ジャック勝利。
(ロッカ対アーサー)
変な顔を全力でやるロッカに対してアーサーのやる変顔がどれもイケメン。イラっときてロッカがアーサーをどつく。ロッカ反則負け。
(ユアン対ジャック)
仮面を外しての見つめ合い。しばらくしてジャックが口元を押さえて気持ち悪くなってきたと棄権。ユアン勝利。
(ユアン対アーサー)
以下略で棄権。ユアン勝利。
(ジャック対アーサー)
見つめ合いの結果、アーサーが冷や汗をかきはじめて顔を背け、ジャック勝利。
@勝率は以下の通りになりました。
ロッカ「ユアンには勝った」
ジャック「ユアンに負けた」
アーサー「反則したロッカには勝ったな」
ユアン「激しく傷ついた…………」




