解像度が足りてない
デパートの化粧品売り場みたいな内装と匂いにつられて店内の棚に顔を近づけて見ていく。
「ご苦労だったカーペンター。それで次の仕事の話なんだが向こうでお茶でも飲みながら話そうじゃないか」
「い、いえ。依頼ならここで言ってもらえれば書留で承るんでお構いなく」
「そうつれないことを言うもんじゃない。贔屓にしてやろうというのに少しは営業というものを学んだ方がいいんじゃないか? ん?」
これ化粧水なのかなあ? 原材料なんなんだろう。こんな店があるなんて、商店街東口から何軒目だっけ?
「すみません! 付き添わせてる者がなにぶん子供なものでっ、そろそろ飽きて失礼をしてしまうかもしれませんし高価な物を壊してしまってもなんなので今日のところは」
「アーサー」
私は一番コストの良い化粧水を棚にさよならして腰を伸ばす。振り返ると女性客相手らしい小奇麗な背格好の男に腰を抱き寄せられているアーサーという一部の女の子達が好きそうな光景が目に入った。それに対して何も感じていない無邪気そうな笑みを心掛けて言い放った。
「僕おうちに帰ってます」
「え!? ちょっと、ロッカ待って」
「商談頑張ってください。では」
半泣きのアーサーの声を背後に私は店から颯爽と外に出る。
そろそろ昼間の明るさが弱まりつつある空を仰ぎ見た私は舌打ちする。
「誰が店で粗相するお子様かっつうの」
人をダシにしおってからに。そもそもいい年なんだからセクハラくらい毅然と打ち払えないのかねぇ。私なんて上司に『ロリコンのお見合い相手でも見繕ってやろうか?』なんて馬鹿笑いされた時には『あ、今のいただきです』ってボイスレコーダー見せて土下座させたもんよ。いや、これはちょっと違うか。じゃあ痴漢された時の例を推す? でも営業回りだし警察に届けて敬遠されても収入が痛いもんなぁ。外回りを別の誰かが請け負うのが一番手っ取り早いけど、私じゃ少年設定のせいで営業交渉として相手にされるか怪しいし。
「世話のかかる居候先」
店の扉にかかっている閉店の札をひっくり返して営業中にし、腕を組んで店の入り口付近の壁にもたれかかった。
まだ夕食作りには多少早い時間帯で商店街には買い物客が道を行きかってる。子供もまだ見かける。うちは夕食何にしようかな。家に何があったっけ。
「おい、てめえ何ガンつけてやがんだ!」
遠くにいっていた意識がふいに呼び戻されたと思えば鼻先に指を突きつけられていて寄り目になる。往路から正面に視線を戻せば一、二、三、六人のお子様が、いつの間に。
「無視すんなよ!」
「ごめんごめん、ボーッとしてたから別に何処をってわけでもなく眺めてたわ。目付きが悪くなるから一応気をつけてるんだけど、目が不自由で物をよく見ようと無意識に目を眇める癖があるんだよね。お婆ちゃんとかよくやらない? 睨んでたんじゃないよ」
目を細めてじっくり見ると微妙に焦点があったりするのよ。微妙に。
「ん、お前どっかで見たことあるな」
「あ……お前あの犯罪者の仲間じゃねえか!?」
「違うよ。ジャックに犯罪歴は無いから」
即答すればお子様達に沈黙がおりた。
「私が誤解されるような呼称は止めるように」
お子様共はそろって五歩後退る。そして一様に額を寄せ合うなり「あいつの仲間他にもいたよな」「ピンポイントで名前言ったりしたら自首同然じゃね?」「むしろ否定とみせかけた密告とか」ヒソヒソヒソヒソともっともらしく浅はかな見解を繰り出してきた。
「あんたらに顔がそれっぽいという理由で騒ぎたてられてる毎度お馴染みの被害者は私の知り合いに一人しかいないでしょうが。誰でも察するわ」
他に仮面の不審者なら一人いるけど、あいつ意外と通報されないのよね。
お子様の一人が再度一歩前に詰め寄ってきた。
「ここで何やってんだ。密売か!」
「怪物から剥ぎ取った革製品の納入と、仕入れ業者への営業、後は小遣い稼ぎの配達という健全なお仕事だよ。あんた達こそ日も落ちようかという時間帯に商店街へ何しに来たわけ?」
「お前に関係ねえだろ」
「あっそ。気になるけど教えてくれないんならいいや。バイバイ」
そっぽを向いてやると視界の端でお子様が顔を見合わせる。
「気になるのか?」
「凄いことなら知りたいなあ。けど教えたくないんでしょ。仲良くしてくれる気がないなら疲れるから別にいいや」
お子様達は毒を抜かれた様子で戸惑った後に、おずおずと「どうする?」などと話し出した。
そして何故か私は朽ちた寺の前にいる。もうどうして寺が地底にあるんだとは言うまい。
「度胸試しで根性みせるならお前を認めてやるということになった」
「根性と悪人に相対性があるとは思えないんだけど、まあお子様達にそこまで突っ込むまい」
「誰がお子様か」
どうも今日の予定は肝試しだったらしい。さっきの場所から三軒隣しか移動してないんだけど未整備の細い路地にうっそうと茂ってる木と草が見通しを悪くしてるせいで不気味な雰囲気を作り出している。絶対ヘビいる。
「別に参加するのはいいんだけど、こんなに暗い道だと目が見えないから歩けない。絶対転ける自信あるわ」
「はあ? 目が見えないって普通に歩けてるじゃんか」
「こんな風に言いたくないけど私は障害持ちなんだよ。色と形で物を判別してるんだけど夜だとそれすら怪しいから誰かに手を引いてもらってなんとかしてるのさ」
「どれくらい見えないんだ?」
地面にしゃがんで木の枝で人の姿を描く。「昼間なら全員こんな風に見える。顔の中身はまるで見えてない」
「えー? じゃあお前家にどうやって帰るんだよ」
「商店街の端にある雑貨屋からの道は暗記してるから風景のシルエットでなんとなくだよ。つまり暗くなり過ぎると帰れないから適度に遊んだら解散してよね」
「なんでお前が仕切ってんの!?」
引率の大人だからです。
「でも二人一組だとこいつ余っちゃうぜ?」
当初の予定と違って不満そうな声が上がり、お子様達に若干持て余される。
「仕方ねえ。テスラ、ネリ、ヘッツェは三人で進め。こいつとは俺が組む」
ランプに火をつけて進み出てきた少年に手首を鷲掴みにされる。
「でもエベリン、そいつあの男の仲間だぜ? 二人きりなんてヤバいんじゃないのか」
おーおー、目の前でよく聞くなあ。問われた少年エベリンは構わず私の手首を引っ張った。
「こんな細腕のめくらなんかに俺がやられるか! 泣いても叫んでも逃げないようにきっちり奥までエスコートしてやるよ」
勇敢な少年に寺の敷地へ引っ張り込まれるなり、なるほどこの寺肝試しには最適だわと感じた。空気もヒンヤリとしている。
「頑張れよー、ビビってんじゃねえぞー」
後ろから上がる挑発が実に微笑ましい。
歩きながら肝試し会場を観察する。
「小さい子もいたけど、ここ安全なの?」
変な連中の溜まり場になったりしてないでしょうね。
「昼間に俺ともう一人で探索してる。埃まみれで長らく誰も入った様子はなかった。せいぜいヘビがいるくらいだ」
「やっぱりいるのかヘビ」
馬鹿にしたように鼻で笑われる。
「なんだ、ヘビ如きが怖いのかよ」
「まあ毒蛇に噛まれることを考えると多少はね。仕事で藪に入るし、その辺のリスクマネージメントはアーサーに確認してるから過剰な心配はしてないよ。薬で治るなら怖くなーい」
聞きなれない言葉に「マネジ?」と考える仕草をしたけど、すぐに諦めて別の部分で話を続けてきた。
「ふん。そういえば王子とも一緒に暮らしてるんだったな」
「ぶふぉ」
咽せた。
思わず自由な手で膝を叩いて爆笑する。
「お、う、じ! アーサーって子供間のあだな王子なの!? 超ウケる!! 人が近寄ってきたら私の背中押して壁にしようとする三十一歳が王子って」
やだ、死んじゃう!
「ば、馬鹿! こんなとこで声落とせよ」
「だって年齢考えなよ、王子とかきっつ! ぶわあはははははははははは!!」
周囲を見回し警戒しながら嗜めるエベリン。私が姫とか呼ばれたら身体中掻き毟っちゃうわ。確かにあの顔は、うん、あれで性格が残念じゃなきゃ素直にときめけるのに。惜しい。
「あー、笑かされた。お腹痛い」
「こっちは笑わせようとしてねえんだよ。そもそもお前さあ」
「ロッカだよ。ミタライさんでもいいよ」
草を掻き分けながら進むと程なくして寺が垣間見える。
「どうしてあんな連中と住んでんだ。家は?」
「収入が少ないからだよ。最初は安宿で暮らしてたんだけど防犯面に不安があって出るはめになったから上司を頼ったと。まあ普通に生活出来る資金が出来ればその内引っ越すさ。実家の話なら家族みんな地面の下だから帰るとこ無いよ」
「っ!」
口を噤んで手がギュッと握り締められる。嘘はついてない。地面の下で多分それなりに元気してるはずだ。私が消えたことでしばらく気落ちはしてるかもしれないけど。
横を見れば墓石らしきものがチラホラ垣間見える。無縁仏か、私の行く末だなあ。
寺の前に辿り着くとエベリンがちょっとこっちに顔を向ける。
「友達、なってやってもいいぞ。けどお前、悪い奴とは縁切れよな」
「……それはどうも」
あらまあ将来女に騙されそうな素直で良い子だこと。どっかのツンデレに見習わせたいわ。
「でもあいつら私の新しい家族みたいなもんだから手を切るのは難しいかな」
「家族? あんな色物連中と?」
「そう、王子に魔王に仮面の、目に痛々しい連中かもしれないけど」
寺の境内に靴のまま踏み入り腐った木床が軋む音が響いてエベリンがビクリと肩を揺らす。会話が途切れ、エベリンが立ち止まっちゃった。さっきまでの威勢が削げてきたな。
「ちょいちょい、こっちは段差怖いんだから誘導ちゃんとしてよ? ランプ私が持つ?」
「お前、淡々とし過ぎだよ。色々と、色々とだ」
実はお姉さんホラースポット巡り大好きだから大学の時にサークル仲間で行きまくってんのよ。今更この程度でビビりますかいな。しかも目が悪い人間にのみ可能な裏技として怖くなったら眼鏡をはずせば解決という反則が存在したりもする。未装着の私はハッキリ言って音声とイメージ映像だけでお楽しみください状態。しかも最近は仕事で怪物を見過ぎてもう何を怖がっていいのか分からないという悲劇よ。
男の意地か、平静を装いながら階段を登るエベリン。建物の入口から薄暗い廊下に向けて腕を伸ばしてランプで先を照らす。横で喉を鳴らして唾を飲み込むのが聞こえたけど指摘はしないであげよう。
「行くぞ」
「はいよ」
ギシギシと音を立てながら中に進んでいく。なかなかの腐り具合だ。走って逃げたりすると踏み抜きかねない。後続の子達が走り回らなきゃいいけど。
口数がなくなり黙々と奥に行く。巨大な建物じゃないからすぐにゴールには辿り着きそうね。こういう小規模のホラースポットではやっぱり霊感少女が見たやら見てないやら騒ぎだしたりすると盛り上がるんだけど。
「なんだ!?」
「うおっと」
立ち止まったエベリンの背中にぶつかる。
「何か足元を触った!」
見えないと分かっていながら条件反射で床に目をやると、ん? 何かモヤモヤ揺れている気はする。
「手っ!?」
繋いだ手が離れて突き飛ばされる。
「手が大量に床からあああ!!」
エベリンは大きく反対に跳んだ。そりゃもう若さって良いわねと言いたくなるくらい軽やかに、そして着地では腐った床板を踏み抜く力強さで。
エベリンがランプごと床の下に消えた。視界的には真っ暗、白いモヤも何も見えない。ただ薄っすらと穴の方から漏れる光だけが目に映っている。
「ちょ、マジか!」
「いってええ!?」
下の方から聞こえるエベリンの声、意外に床下が深い。床に手をついて手探りで穴の縁まで移動した。手や腰に当たる冷たい感覚は確かにいくつもの冷え性の手に撫でられているような気がしなくもない。穴を覗き込むと軒下なんてものじゃなくて地下室が広がっていた。そんなに広いわけじゃなくてせいぜい八畳位。アーサーの家より広い。
「うわあああああああ!!」
エベリンがランプを床に落としたまま壁に体当たりをかまして全身でそのまま張り付き、私の下辺りに顔を向けて悲鳴を上げている。つまりたくさん手があるらしい真下だけど。
後ろから足音が複数近づいてくる。
「どうしたんだ!?」
振り返るとお子様達が二人追いついて駆け寄ってきた。でも途中で立ち止まって「ぎゃああああ!!」と悲鳴を上げて一人はへたり込んでしまう。
「なんだそれえええ!!」
駆け出しそうな立っている子の横に扉を見つけた。悲鳴を上げ続けているエベリンに視線を戻す。
「エベリン、そこは地下室だから階段から上がってこられる! よく見てみなさい、多分見たくないだろうけど、見たくない方に出口がある!」
「嘘だろ!? 無理だよ!! こいつらひしめき合ってる! もう終わりだ。無理だ、無理だ!!」
「落ち着きな!! 数々のゴーストスポットで遊んできた私が断言するけど、幽霊なんてちょっとヒンヤリしてる気がするだけだから。後は霊感少女の一言を肴に盛り上がってイチャコラしたカップルが恐怖を理由に添い寝するための」
「何言ってるのかよく分んねえし頭に入ってこねえよ! 死ぬのか!? 俺はここで死ぬのかだけ教えろ!」
「ぎゃあああああああ! エベリンがお化けに食べられたあああああ!!」
「マジでかあ! 俺食べられたのかああああ!!」
「ぎゃあああああ!!」
お子様達の阿鼻叫喚に耳を塞ぐ。
手で周りのモヤをかいでみる。当然すり抜けるだけだ。手には見えないし、そもそも普通の手だってよく見えないのにモヤが手の形に見えるはずがない。
「分かった。迎えに行くから待ってなさい」
床板を踏み抜かないように階段に向かう。空気が抜けるみたいな引きつった悲鳴を上げながら私を見る後続チームのランプ係りを強引に階段前に連れてきて両肩を強くつかんで言い聞かせる。
「階段を照らしといて。あんたの友達を助けに行くんだからね、逃げないでよ?」
がっくんがっくん頷く少年。
次は階段の下に向けて声を張り上げる。
「エベリーン、今から行くからそっちからもちゃんと照らしといてよ」
「こっち見たあああああ!!」
聞いてくれ。
大混乱してるお子様を救出すべくソッと足を運ぶ。踏み外すことなく途中で折れ曲がりながら下にはすぐ辿り着いた。両手で壁に触れながらすり足で歩く。何かをいくつか蹴っ飛ばしたり横に避けながら触っている壁がその内右に折れ曲がる。いや、あの部屋に行くには方角が違うじゃない。手を伸ばして確かめると道が三つに分かれていた。
嘘ぉ、どっち?
悲鳴に対して耳を澄ますとお子様達の悲鳴が合唱してるせいで方角がつかめない。気合いを込めて聞き取ろうと思ったら何か別の声が聞こえてくる気がする。
コッチ、ダ。
コッチニオイデ。
「……あのさ、エベリーン? どっちに行っていいか分からないから名前を呼んで! 迎えに行ってあげるから! ちゃんとここから出してあげるから私の名前を呼んで!」
コッチ。
「エベリン!! しっかりしな、威勢良く私を奥まで案内するって言ったの誰なのさ! ほら、私の名前は教えたでしょ? エベリン!!」
「ロッカ!! ロッカロッカロッカロッカロッカああああああ!!」
一際大きな声が真ん前から突き抜ける。正面を突きあたって左を見れば灯りが見えた。靄のかかる部屋に入れば壁際に逃げているエベリンがいる。割れた木床をぐしゃぐしゃ踏み潰してよろけながら少年の手をつかまえる。
「よしもうひと踏ん張り頑張んな。上に戻るよ」
「あんな所通れるかよ! 鉄の心臓かよ!! 止めろ、引っ張るな」
もはや涙声の少年は手を振りほどこうとする。その手を追いかけて捕まえて顔を近づけて頬に手を当てる。幽霊じゃなくて私の顔しか見えなくなるように。ソバカスのヤンチャそうな茶色の目が涙をボロボロ流しながら見つめ返してきた。
「帰りたかったら言うこと聞きな。家族も世界も失った私に今更怖い物なんて無い。このロッカさんを信じなさい。あれには何も出来ない!」
どれか分かんないけど。
「怖いなら目を瞑ってな。これは肝試しだ。男なら度胸を見せろ!!」
気が強いと感じたエベリンの目に意地の光が潤みながらも微かに戻る。手を引っ張っても今度は抵抗しなかった。それどころかしがみつくように肩口に顔を押し付けて、腰の肉なんか鷲掴みにされてるけど今だけ許す。
帰りには「マテ」とか「コッチニ」とか雑音がした気もするけど、商店街とアーサーの家までの距離を比べれば暗記と呼ぶのもおこがましい。階段まで来ると少年が照らす出口が見えてようやく上に辿り着く。
「エベリン!」
待機していた少年達が涙声で友達を抱き締める。詰めていた息を大きく吐き出して肩で息をするエベリンは無言だ。背後から風が吹き抜けてくる。
ア、ナ、オ、シ、ヤ……。
階段を振り返って暗闇を見下ろす。
周りが墓だから地下室に溜まりやすいんだろうなぁ……。
一息つく。
「それはさておき、よしよし、よく頑張ったよ」
エベリンの頭を撫でる。静かになった寺の中でエベリンの落とした涙の音が耳に入る。その直後、少年の一人が再度の悲鳴を上げた。
「ああああああ! 後ろから這い出して来たああ!? あああああああ!!」
「わあああああ!! 逃げろおおおお!!」
「ああああああああああああああああああああ!!」
手首をつかまれて脱兎のごとく寺の出口に向かって引っ張られる。
「ふ、うおっ!?」
壁だ置物だに体や腕をぶつけられて私は「ぐえ」と無残に呻くしか出来ない。パワフルな男の子、力加減無し!
寺の階段を一足飛びに飛び降りる集団。私は引っ張られて地面に叩き落とされる。
「ぐほぉ」
「ひい! 後ろ、後ろ!」
こいつら……。
「早く逃げるぞ!」
手をつかまれて引きずり上げられる。咳き込みながら後ろを振り返ると寺の真っ黒い入口が見えた。
「げほっ、げほっ、不審な影無し……」
「いやフワフワ飛んでるだろ!」
再び駆け出した目の前に残りのお子様達が団子になって歩いてくる。
「えー、そっちが先に行ってよ」
「こわーい」
「きゃははは」
呑気な声に必死の先方隊が通りを指して大声を張り上げる。
「逃げろおおおおおおおおお!!」
咳止まらん。胸が痛い、破裂したかも。
恐怖で体力が底無しになっているお子様達は町の端まで逃げてくれた。小さな公園の中で手をついて喘鳴を漏らす集団。私も最近はランニングなんてしてなかったもんだから息が上がってしまった。おまけに一番ボロッとしてる気がするし。
ひとまず息が収まると興奮して「なんだったんだ、あれ」「呪われた? 俺達呪われたの?」と混乱しながら何があったのか情報を交換し始める。そんな中で一人エベリンだけが顔を押えてしゃがみこんだまま動かなかった。私は地面に叩き付けられた恨みも込めつつ背中を叩く。
「どうしたの。まだ何か見えてんの?」
「……けない」
「ん?」
「情けない。俺あんな間抜けな泣き言」
おや、打ちひしがれている。
ポンポンと背中を叩いて慰めてみる。
「ちゃんとあのゴーストルームを突っ切ることが出来たんだから、まずは一つ男を上げたってことでいいんじゃないの?」
顔から両手がはずれて私に顔が向く。あんまり他の子には聞かれたくあるまいと顔を寄せてこっそり助言をしてやる。
「弱虫は大人になっても弱いままだし、いくつになっても頼りない男は頼りないままさ。強くなりたいって心意気が大事なんじゃない。さっき怖い目にあったんだから、今度はもっと冷静に対処出来るようになれるでしょ。そこで諦めたり逃げたりしなきゃ汚名はそそげるんだよ。これから男を上げていきな、エベリン。別にああいう危ない所に乗り込めっていうんじゃなくて、今度はあんたが誰かを助けられる男になることだね」
「……本当にロッカは鉄の心臓だな」
「場数を踏むとかくぐった修羅場って言うでしょ? 要は慣れだから慣れ」
鼻の頭を掻いてそっぽを向きながらエベリンは頬を染める。
「お前とつるんでれば何か神経が図太くなれそうな気がしてきたわ」
最初は敵意ばかりだった少年から信頼を勝ち得たのを感じた。危険と恐怖があったからこそ助け合って生まれる友情。
「あ、でも悪いけど私は仕事あるから滅多に遊んでやれないから。ただでさえ栄養失調なのにパワフルな子供に混じってエネルギー消費するとか無理だわ。強い男になれるよう応援しとくから、頑張るのはお子様同士でよろしくね」
さっきまで照れくさそうにしていた少年の顔が真顔になった。
翌日、緑黄色の色鮮やかなオカズが乗ったおすそ分けの皿を持って玄関にエベリンが立っていたという。
あ、友達が出来ました。




