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茶番はいいから仕事しろ

 テーブルを囲った三人の男はさも深刻そうに額を付き合わせていた。重々しい口が開かれる。

「あのハリセンをどうにかしたいと思う」

 あのってこの横に置いてる硬めの紙で折ったジャバラ扇のことか。

「いや、ハリセンを取り上げたとしてもロッカなら別の物を用意するだけじゃないか。そこで僕はあのすぐ手が出る腕を常時縛り上げておくことを提案する」

「いやいや無理に決まってるだろう。ジャックはどう思う」

「俺は別に、叩かれたこと四回位しかないし、ここ数ヶ月はまったくだし、困ってない」

 あっさり裏切るジャックにアーサーがテーブルを叩いて立ち上がる。

「なにい!? ユアンはともかく常識人の俺だって月に三度はハリセンの餌食になるというのに?」

「何故僕だけ叩かれて当然みたいな流れに」

 反対意見をジャックが繰り出す。

「ロッカ、ハリセンが無いと掌が痛くなりそうって言ってた。ハリセンどうにかしたら可哀想」

「ハリセンが無かったら素手でいくって意味か」

「だから縛るしかないと僕が」

 アーサーは立ったまま拳を握り、声を低めて良いことを語り始めた。

「いいか、根本的に人は言語によって対話すべきなんだ。人は叩いた痛みで己の所業を振り返」

 しかしジャックが気にせず声をかぶせる。

「外で歩いてたら二階の窓からアーサーに近づくな泥棒猫めって生ゴミをかぶせられた日のやりきれない気持ち、そんな色々を発散する儀式がどうとかロッカ言ってた」


 アーサーは軽やかに掌を返して床に跪くと、目の前で額を擦り付けて土下座した。

「いつも俺が美しいばかりにご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」

 私はカーテンで仕切って占拠している一角から上半身だけ出して寝転びながら、柔らかいお子様煎餅を齧りつつ息が跳ね返ってくる距離で雑誌を見ていた。そろそろ煎餅がなくなりそうだ。

「あのさ、そろそろファンの管理くらいやれるようになってもらいたいんだけど。アーサー、あんたもう三十一なんだっけ? いつまで私はあんな目にあわなきゃならないわけさ」

「は、ごもっともで」

 アーサーの土下座上を跨いだジャックが私の菓子受けの前に座って最後の煎餅を齧り出す。ポリポリ。


 そういうわけで今日も今日とてうだつの上がらない毎日の始まりだ。眼鏡の無い生活になってからもう七十五日が経つわけで、格言に則れば地上じゃ私が失踪したという噂がそろそろ飽きられる頃合いなんだよ。あれから分かったことと言えばここが地球のマントルを突き抜けた地底世界らしいってこと、ドロドロに溶けて帰り道を塞ぐ人外が存在してたってこと、私の周りにいる男共の社会不適合っぷりはそりゃもう根が深いってことくらいで、依然として私の環境は地に足がつかない異世界だ。

 それでも元の地表に帰ることをやや諦めた私は身の回りの物を少しずつそろえてこの地底の町に腰を下ろしつつある。少年設定は健在。仕事の実入りが少ないので私とジャックはいまだにアーサー宅に住みついている。六畳一間から一畳分を占拠してカーテンで区切った生活には案外慣れてしまったのだけれど、やや男臭くてむさ苦しいのだけは否めない。

「花瓶でも飾ろうかなあ。ねえ、花瓶って何処で売ってるの? 買い物行きたいんだけど」

「この狭い空間にいつまで居候するつもりなんだ」

 すかさずアーサーの止めて欲しそうな声が挟まるけど、天然ジャックがジッとユアンを見てポツリと呟く。

「仲間はずれ、可哀想」


 ガシャーンと物を落とす音が二方向から上がる。

「ジャアアアック!? 寝転がれる床面積三人でもギチギチなのに変なこと言い出すんじゃない! ほら案の定ユアンが手を震わせて仲間になりたそうにこちらを見ている! 落ち着いて!? そもそも別にこれ仲間はずれとかじゃないだろうが!」

「テーブルの上がまだ空いてる」

「え、何、そこまでして共同生活したいの? 大人なんだから各自独立しようよ!」

 私は巾着袋から硬貨を床に出して並べながら数える。

 仕事が少ない月は比例して給料が減る完全歩合制だから正直生活苦なんだよね。共同生活のおかげで節約出来てるとこあるし、家事もコツをつかんできたことだし、見えなくても呼べば手がある環境ってよく考えなくても好都合だ。

「ねえ、買い物行きたいから誰か連れてってってば」

 せっかくの少年設定だし多少図々しくても軽く貯金が出来る位までは素知らぬ顔をしていたい。




 多少は道順を暗記しているから記憶だけで出歩くことも出来るんだけど、買い物となると勝手が違う。眼鏡が無い状態で店に入った時それがなんの商品なのかすら分からないんだよ。慣れ親しんだ物なら多少はシルエットと色で判別出来るものの、雑貨なんて触ってみるまでまるで謎だ。見えても用途不明な物も多々あるけど。

 そういうわけで買い物にはまだまだ付き添いが必要な私なんだけど、仕事が無い日なんかはどいつもこいつも暇を持て余した引き篭もりばかりだからこれくらいなら気安く付き合ってくれる……わけがない。

「僕路地に隠れてるから早く済ませてきてよね」

「なんのための付き添いかとくと説明して欲しいか」

 頭からシーツを被って足元まで隠し仮面だけを出した男の背中を大通りに蹴り出してやったら周りから悲鳴が上がる。本人も上げてるけど。

「ちょっとお、何してくれるんだ!! こんな格好で大通りに出たら目立っちゃうじゃないか!?」

「自覚があって何よりだから馬鹿なマネは止めて変態レベルを今すぐ下げて」

 ユアンのアホみたいなシーツを全力で引っ張ると全力で抵抗される。

「繁華街なんて人のいっぱいいる所を僕が突っ切れるわけがないだろう!? 仕事でアーサーの家に集合する時だって人が出歩かない早朝に路地を走り抜けて近くで身を潜めているくらいなのに!!」

 最近は大体どこら辺の藪にいるか当てることが出来るので箒の柄で突き刺すんだけど、焦点が合わないからいつもギリギリ仕留められないのよ。ちっ、命中精度を上げるには心眼を身につけるより地道に眼鏡のレンズを探し求める方が現実的ってわけね。

 ちょっとした緩みからシーツがスルリと抜けてユアンは勢いよく路地の物陰に滑り込んだ。ヌルリと仮面だけが闇の中からこちらを覗く。不気味度割増しで周囲の空気がいたたまれないんだけど。カチ割りたいわー。

 どうあっても来ないつもりか。たまにはリハビリもかねて人間の生息域で日干しにでもしてやろうと企んでたのに。


 身を翻して何の店なのかも分からない商店街を歩き始める。一応私を置いて帰るわけにいかないからユアンも商店街からは離れないし、これ以上粘っても体力の消耗戦になるだけだから今日はここまで引きずり出せたってことで勘弁してやろうじゃない。

 私がこの地底世界でやっていく上で周りが社会不適合者ってのはどう考えても不利だ。玉の輿で左団扇ならいいけどそんな都合の良い展開があるわけないし、だったら矯正していくかという結論に達したわけで。


 次はもうちょっと手の込んだ策で罠を張っていこう。


 通り過ぎかけた店先の商品に手がかすって立ち止まる。石の感触と透明でキラキラした商品棚、宝石というか天然石ショップみたいなものかしら。

 最近の試作品伊達眼鏡はすっかりジャックのオモチャと化している。帽子と眼鏡でちょっとしたオシャレに目覚めたのか色々組み合わせて出かけているみたい。ユアンの仮面程じゃないにしろ眼鏡が根付いてないこの町じゃ不審な目で見られてるけど、反応としては本人曰く素顔よりはマシ、だそうな。そうか眼鏡が完成すると私はややユアン寄りの存在になるのかって少し憂鬱になった。

 それでも視力には変えられないから私はレンズ候補の素材磨きで日々を費やしている。ある程度の大きさに削りだすとこまではユアンがやってくれるけど全部に付き合ってらんないよってなもんで研磨指導を受けたわけさ。手に入れた物を片っ端から研磨して今のところ天然石コレクションが増えていってる状態。素材も研磨後の石も保管場所はユアン宅の一角を占拠してある。


 もうちょっと実像だの光の屈折だの理科に興味を持っておくべきだったよ。勉強したい頃に教科書は無しってね。目下のところは虫眼鏡として使える石を集めてノートにつけるくらいしか道が無い。だから試していない新たな素材をとにかく集めたいわけ。

「こういう店もあるんだ」

 色んな石が集まってるならレンズになりそうな石が見つかりそうなもんじゃない。宝石なのかな? だったら多分高くつくし値段が知りたい。

 大きさや重さ、色と手触りを確かめながら石を手にしてみる。

 眼鏡のレンズっぽい透明さの置物を持ち上げて目にかざす。見える景色はスリガラス越しで歪んだみたいだ。


「おい! クソガキ、てめえ」

 首根っこが急に引き上げられて手元のガラスが手から落ちる。

「うわっわ!!」

 割れても弁償出来ない!

 指先が人生最速の反射神経を発揮してガラスをつまんで反対の手ですくい上げる。今、ちょっと心臓止まったかと思ったわ!

 安心したと同時に首が締っている苦しさで片手が襟元に向かう。

「ちょっと、なんなわけ! 誰さ!!」

 足をばたつかせると乱暴に手が離されてよろつきながら後退して間合いをとる。振り返った所にはメタボリック気味な中年男が詰め寄ってきてて、こっちの二の腕を鷲掴みにしてがなり立ててきた。

「万引きしただろう! 商品を出せ、この野郎!!」

「あ?」

 目が見えずに商品を近づけて見てはいたが、持ち上げて戻しての動作の間に何か怪しまれるものがあったらしい。しかし見ていたのは小さな天然石などが並んだ棚ではなくガラス細工だ。

 手にしているガラス細工を棚に返す。

「別に盗むつもりで持ってたんじゃないよ。ほら、触ってごめんなさい」

「それじゃない! さっきからガキが店に入ってきて怪しいと思っていれば警察を呼んで豚箱に叩き込んでやる!」

「おいおい」

「隠しても無駄だ! 怪しい動きしやがって。服をひん剥いてやるぞ!!」

「……ちょ、そんなことしなくてもポケットも無い服にこんな貧相な体でガラス細工なんか隠せるかあ!」

 ざわつく周囲、その背後の物陰から白いシーツ仮面が飛び出してくる。

「きゃあああああ!」

 別の意味で騒ぎが大きくなった。店員も「ほわあ!?」と飛びすさって離れる。二の腕を握りしめられたせいで痛む箇所を撫でさする。

「何やってるんだい君は!」

 ユアンが焦って声を裏返す。

「知らないよ! 見えないから顔を棚に近づけて」

 屈んでた姿が怪しく見えたってことか!

 ああ、ただでさえ目が見えなくって苛立たしいのに、視力のせいでこんな疑惑をかけられるなんて。

 歯ぎしりをして店員に抗議する。

「紛らわしかったのは謝るって! でも私何も盗ってないからね!? 疑うなら無くなった商品を私が持ってるかどうか確かめてからにしてよ!」


「なんの騒ぎだ!」

 道の向こうから見慣れたお巡りの制服が走って来る。

「うわ、まずい! 警察が出てきたら僕らじゃ無条件で不利だよ! もう僕が金払って事を納めて逃げるしかない」

 ユアンがシーツを跳ね除けて財布から金を出そうとする。それを手の甲でパンと叩いて止めた。

「やってないのに貴重なお金払わなくていいよ」

 お巡りが三人現れたのを機に野次馬が輪をかけて距離を開ける。私はユアンに地面へ落ちたシーツを拾って押し付けた。

「うわ、なんだこの仮面!?」

「あ、例の変質者。騒ぎの原因はお前か!」

 やっぱり変質者として有名なのかこの仮面。ユアンに気をとられているお巡りに店員が飛びついて肩を揺する。

「ち、違います! その変な変な、えーっと、変な野郎はさっき急に飛び出してきやがって。そこのクソガキです! こいつ万引きをしやがって金も払わなきゃ物も隠しちまいやがって自分は盗ってないなんてシラ切りやがるんで!」

 ユアンが仮面の口元に手を当てて私の服の裾を引っ張る。

「ほらほら森で隠居生活ルート再びじゃないかっ」

 トラブルを前に思考回路が逃亡にぶっ飛ぶユアン。どこまで負け犬体質が染みついてるの。


「なんだとぉ? どこのどいつだ。へっへっへ、最近ストレスがたまってるからな、引っ立ててたーっぷり締め上げて……」

 顔を巡らせたお巡りに顎を突き上げて腰に手を当てとびっきりの笑顔で声をかけてあげる。

「証拠も無いのに片方の証言だけで私をどうするだって?」

 お巡りがそろって硬直した。

「今なんだか治安を守る人間が信じられないくらい不道徳な発言を漏らした気がしたね。あんた達あれかな? その学習能力の無さは脳みその代わりにミジンコが詰まってたりするの?」

 一歩大きく足を踏み出すとジリジリとそろって後退した。

「ろ、ろ、ろ、ロッカさん、こんなところで奇遇ですねぇ」

 声を震わせるお巡り。「ロッカさん、て!?」とユアンが驚愕して私を振り返るけど今構ってる暇ないからお巡りの方へ追撃を繰り出す。

「こんなに人目がある所でお巡りの仕事ぶりがいかに煩雑で道理を通していないかをとくと説明されたいらしいね。このドエム共が」

「めめめめめ、滅相もない」

「おいお前が事情聞いてこいよ。俺喋らないから!」

「冗談だろ!? 俺もうやだよ!」

 ユアンに低い声で「何、これ。君、仕事無い日に一体何やってるんだよ」と訊ねられたので「因縁つけられるたびにお巡りに物の道理と詰めの甘い組織体制について世間話を数時間体勢で少々」と答えた。いかに幼稚な捜査をしているかをメッタ刺しで指摘して大量の紙にマニュアル案を書き出し、反論してきたら用意してあるフリップを見せながら心が挫けるまで理詰めにしてやったのみよ。まあ他にも色々やったけど。

「君、本当に神経針金で出来てるよね」

「ユアン程じゃないし」

 その仮面をつけて外を歩ける神経は違う次元なんだろうけど。しかもあれだけ嫌がってたくせにこんなに目立つ場所に飛び込んできちゃって、神経が高ぶってる内は視線に麻痺して平気なのか知らないけど冷静になったらどうなることやら。

「何やってるんだよ、警察だろ! このガキが盗んだって言ってんだ。さっさと縄つけて指を切り落としてくんな!」

「怖っ! ここでの万引き刑罰指つめなの!?」

「一回一本で十本全部欠けたら鼻、耳、目の順番だよ」

 ユアンが知りたくない常識を披露してきた。

「冗談じゃないよ。紛らわしいことをしてるのは私だから疑われるところまでは仕方ないと諦めるけど、身の潔白を訴えてるのに問答無用で犯人扱いってのはないんじゃない? 私は目がほとんど見えてないんだ。物をよく見ようとしてただけで盗ってない。証拠も無いのに捕まえるなんておかしいじゃないか。捕まえないよねえ?」

 店員から滑るようにお巡りに視線を走らせる。

「あー、まあ。証拠が無いんじゃ」

 面倒なことに巻き込まれたと言わんばかりのお巡りの変わり身に店員がぶち切れる。

「不審な動きをしてたんだ! こいつは絶対にやったんだよ!!」

 太い腕が振り上げられて私の頬に勢いよく拳が振り抜かれて目の前に火花が散る。

「ロッカ!!」

 頭に血を登らせて顔を真っ赤にした店員が大興奮だ。腕を引っ張ってユアンが店員から私を逃がそうとする。


 盗った気がするで責められるなんて冗談じゃない。

「言い出したからには引っ込みがつかないんだろうけど、ここまでやるなら私も態度を改めるよ」

 少年設定だからって女の顔を殴ったな。しかも、理由が冤罪。証拠もないのにどいつもこいつもどたまにきた。

「私の万引きは証拠も無い冤罪だけど、これは立派な暴行の現行犯だよ。こっちにも非があると思って下手に出てれば調子に乗り過ぎたね」

 頬に手を当てて静かに警告した。それでも店員は悪びれなく言い放った。

「流血もしてない喧嘩程度で警察沙汰になるか! 一発殴らなきゃこっちは気がすまねえんだよ!!」

「まあ、えーっと、確かに一発殴った程度だと仲裁くらいで逮捕まではちょっと」

 お巡りが今度は店員の方に口添えをした。それに勝ち誇って店員が鼻で笑った。

「はん」

 この程度なら大丈夫だと踏んで人を殴るその性根にカチンと小さくゴングがなった。

 私は黙って俯く。

「ロッカ、もう切り上げて顔を冷やした方がいい」

 ユアンが引こうとした手から逃れてその手首を強く握り締める。私は地面に向けて口を開き軽く舌を出せば舌を伝ってぽたぽたと細い血の滝が流れ出した。

「うわ! ロッカ、君、血が!?」

 前を向けば口元が血まみれになる。

 口に溜めた血をもう一度地面に吐いて上目づかいにお巡りを見た。

「流血沙汰だと逮捕だって聞こえたけど二言はないよね」

 口元を手で拭って血で汚れた掌を見せる。

「流血してるけど?」

 お巡りが顔を見合わせて「ああ……はい。じゃあ、逮捕で」と言った。とことん悪いはずの私の目はしっかりと血の気が引く店員の顔色を識別した。




 人気の無い路地から帰路につく。

「君、そんななりでも女なんだから体張って喧嘩なんて売らないでよ。これで顔が歪んで腫れあがってみなよ、後悔しても顔は戻らないんだよ。それにしても女だと思ってなかったにしろここまでするなんて狂人か!」

 ユアンが一応女なのに、一応嫁入り前なのにとぶつくさ繰り返す。一応が余計だ。

「意外と心配してくれるんだ。……ま、そこまで酷い手応えはなかったし腫れたりはしないさ」

「そりゃ君はもう家族みた、じゃ、じゃなくて! そこまで血が出てるんだから冷やしてもしばらくは腫れるもんなんだよ! まったく神経が図太い上に楽天家だな、君は!」

「殴られた時はちゃんと歯を食いしばってたから口は切ってなーいの」

「そうは言ったって現にその血が」

 種明かしに私は口に指を入れてかっぴらく。

「あんまりムカつくから最近大量に出来てた口内炎を噛みちぎったら思った以上に血が出たわ」

「痛い痛い痛い! 何してんの!? 馬鹿じゃないの!?」

「余計目に噛み過ぎたのかしら、あははん。腹が立ってる時って神経麻痺してるのか思いっきりいっちゃったみたいなんだよね。人を呪わば穴二つってやつだろうけど報復出来たから後悔は無い」

「いよいよ汚れ技を使い始めたよ。いい加減にしないと女だって言っても本格的に信用してもらえなくなるぞ、君」

「私は一度も男だと名乗った覚えはない。ねえ血が止まらないんだけど」

「ああもう、そんなことするからでしょ。もう一度口開けなよ。うわぁ、本当に酷い口内炎群、これちょっと引くよ」

「栄養失調だから仕方ないさ。生理も止まってるから」

「後半の情報は僕の前では伏せてよ! それにしてもこれどこら辺がそんなに切れてるんだ? 縫う程じゃないといいけど光でもあてないとよく見えない」

「そんなのつけてるからでしょ、仮面はずしなさいよ」

 仮面を剥ぎ取れば顔面を押さえて反り返りながらユアンは切れる。

「ぎゃあああああ!! 君ね、気軽に仮面を奪ったりするの止めてくれないか!? ロッカだって顔面の皮を剥ぎ取られたら嫌だろ!?」

「そんな猟奇的な例え方されても」

「もうこのシーツの端でも口に含んで止血してなよ!! 多分大丈夫だよ!!」

「それ地面に落ちたやつじゃないさ!」

 無理やり口に突っ込んで来ようとする手を押し返して攻防と舌戦をしながらアーサーの家に帰る。


 翌日ユアンの好物を買ってきたことに特に意味は無い。

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