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全員転生していました。~貴女だけが何も知らない~  作者: 曙はるか


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第五話 義兄の場合

 王太子ピエールと婚約させるため、平民の娘の聖女を、養女としてこの伯爵家に迎え入れるという話を聞いた時は驚いた。

 王太子殿下に取り入るために、父たる伯爵は、それくらいしても構わないと言っていた。

 聖女とはいえ、平民の娘を、この由緒ある伯爵家に養女として迎え入れる。それも王太子殿下の歓心を買うために。

 そのことに虫唾が走る。

 伯爵家長男で、“光の聖女”シルフィの義理の兄となるセレウコスは、シルフィと出会う前、そんな風に父の伯爵とシルフィに対して、心の中では反感を抱いていた。


 そして、銀色の髪をした美しい少女シルフィが屋敷にやって来た時、セレウコスは表面上は礼儀正しく振る舞っていたが、彼女との接触を最低限に抑え、出来るだけ、その少女と関わり合いになろうとはしなかった。

 シルフィは聖女として教会で働くことに忙しく、セレウコスが避け続ければ、彼女と接点を持つことはない。

 同じ屋敷の中で暮らしながらも、二人は挨拶をすることもなく、時折、姿を見かけ、すれ違うくらいの状態であった。


 だが、セレウコスが熱を出して体調を崩した時、手を差し伸べてくれたのがシルフィだった。


 「お義兄様」と初めてその少女はセレウコスのことを呼び、おずおずとした様子で、セレウコスの身に触れ、“癒しの光”を使った。

 不思議な力をその御手で使う姿を見て、自分の身がその力によって癒されることを実感して、ようやくセレウコスは彼女が“本物”の聖女であることを知った。


 それからは、セレウコスは今までの態度が嘘であったかのように、シルフィに優しく声をかけ、彼女が少しも困ることのないように気を配るようになった。

 それはまさしく、掌を返すような態度を見せたのだ。


 シルフィはそんな義兄の態度の急変に最初は戸惑っていたが、自分に対して、今までの態度を詫び、それからは本当の兄のように優しく気を配ってくれる義兄に次第に心を許すようになる。

 王太子ピエールの元へ輿入れするまでの間、義兄とその義妹という関係で、二人はうまくいき始めていたのだ。

 そう、彼女が断罪されるまでは。






 シルフィが“偽聖女”であるという告発がされた話を聞いた時、セレウコスは耳を疑った。


「そんなはずがない」


 彼女は体調を崩した自分を癒すため、聖女の持つ力を使った。わが身でそれを経験したのであるからして、彼女が“光の聖女”であることは間違いない。

 しかし、義妹は教会へ行った時に捕えられ、そのまますぐに裁判にかけられ、刑が確定する。

 あれよあれよという間に、彼女から“光の聖女”の称号が取り上げられ、王宮の牢に引っ立てられる。


 セレウコスは、すぐに反論を申し立て、彼女が“光の聖女”で間違いないと主張した。

 その口を封じたのは、父たる伯爵だった。


「もう何も言うな、セレウコス」


 父は、まさに風見鶏のような人間だった。

 どちらに付いた方が、自分に利するのか、よく理解していた。

 今は、アリエル侯爵令嬢の侯爵家に逆らうことは分が悪い。

 何も反論せずに、流した方がいい。そうしていれば、悪いようにはならないはずだ。

 事実、黙り込んだ伯爵に対して、侯爵らは全てが済んだ後には、それ相応の補償をすると伝えた。

 伯爵家から聖女を、王太子の妃を送り出すというその利を失った損害を、十分償うにふさわしいものを。


 そしてそれに加えて。















 セレウコスがどんなに反論を申し立てても、もはやシルフィの処刑は止められず、彼女は斬首された。

 刑場に引きたてられたシルフィは、虚ろな瞳をしていた。希望も何もかも失った瞳。

 一切の抵抗も見せずに、銀の髪の聖女は、首切り職人の斧で、その首を落とされた。

 苦しんで、苦しんだ挙句にようやくその命を散らした。





 彼女が処刑された後、その話を聞いたセレウコスは吐き気を堪え切れず、彼は吐いてしまった。

 父たる伯爵は、侯爵たちの補償の話の他に、彼はシルフィが処刑される前に、自分の手で、彼女の純潔を散らすことを望んだという。


 まさか、そんな畜生のようなことを。

 そんな、非道なことを。

 娘として迎え入れた、本物の聖女に対して。

 そんなことをするなんて。

 あるはずがない。 


 あるはずがない。













 賊の手によるものと見せかけて、セレウコスは父を殺した。


 


 



 









 セレウコスは、自分が再びこの世に蘇った時、父親を殺し、義妹を救うことの出来なかった自分が、何故、もう一度人の身に生まれ変わることが出来たのだろうかと、信じられない思いだった。

 罪を犯した自分は、来世では、せいぜい虫や獣にでも生まれ変わるものだと思っていた。

 前世では、本当に、何もできない存在だった。

 父を止めることもできず、義妹を苦しめて、殺してしまった。

 何故、前世の忌まわしい記憶を抱えたまま、生まれ変わったのか分からない。

 次の生に、何の意味があるのか、理解できないまま、セレウコスは生まれ変わり、ただ日々を無為に過ごしてきた。


 けれど、学園で、生まれ変わった前世とまったく同じままの姿の義妹を見つけた時、ようやく何か理解できた気がした。

 過去の無残な記憶があることは、きっと、今世では彼女をそんな目に遭わさぬように、守れということなのだろう。

 セレウコスは、シルフィと同じ学園の、同じ学級に通う生徒であった。

 今度は彼女の学友として、彼女のそばにいられる。


 今度こそ、彼女を守り切ってみせる。

 そう、義兄の記憶を持つ少年は思っていた。




 



 そしてそんな一人の学友の思いなんぞ、生まれ変わったシルフィは欠片とも知らないまま、今日も学園に通い、笑顔を見せていた。

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