第四話 護衛騎士の場合
護衛騎士マルクスは、光の聖女として認定を受けたシルフィと初めて会った時のことを覚えている。
彼女は礼儀正しく、「よろしくお願いします」と言って銀色の頭を下げ、それから微笑みを浮かべた。
折れそうなほど細い、華奢な少女だった。
こんな華奢な少女が、“光の聖女”の仕事をこれから先、果たしていくことが出来るのだろうかと心配していた。しかし、彼女はその仕事を完璧にこなした。
いつも記憶に残っているのは、微笑んでいる彼女の姿ばかりだった。
彼女が怒った姿を見たことがない。
そう、断罪されるその時ですら、彼女は恨みや怒りといった負の感情を一切面には出さなかった。
ただ、今まで信じていた人々に裏切られた悲しみと、疲れがその面にはあった。
結果が分かりきっている裁判を終え、彼女は処刑される。
私が、なんとしても彼女を助けたいと奔走していたことを知っていた同僚の騎士達は、私が何かしでかさないように、刑場に向かわないように閉じ込めた。だから、私が彼女の元に駆けつけた時には、時すでに遅く、その頭と胴が離れた後のことだった。
王太子と二人、微笑み合っていた姿が忘れられない。
あれほど幸せそうな彼女だったのに。
なのに、今はもう、動くことすらない。
刑場からその遺体を持ち出し、きちんと埋めてやりたいという話を聞いた時、一も二もなく頷いた。
それをしようとしていたのは、彼女の両親と弟達だった。
刑場の、遺体が放り込まれている穴から、彼女の遺体を持ち出した。
月の隠れた暗い夜であったけれど、彼女のキラキラと輝く銀の髪が目印のように、その頭を見つけることもできた。ただ、暗闇であったので、死んだ時の、恐らく苦しみ抜いたであろう彼女の顔は見ていない。それを幸いだと思った。
記憶の中にある彼女は、苦しみに歪んだ顔よりも、あの幸せそうな微笑みを浮かべる彼女であって欲しかった。
そして土を被せる。
彼女の遺体の上に、バサリバサリと茶色い土を被せていく。
染み一つない美しい白の礼服の上に、銀製の丸いメダルの上に、無情にも土が覆いかぶさっていく。
「マルクス卿、貴方がわたしの護衛騎士を務めてくださるのですね」
初めて会った時の、礼儀正しい彼女の様子。
「これからどうぞよろしくお願いします」
よく通る優しい声。
差し出された白い右手。
自分の無力さに、絶望する。
ああ、どうして。どうして。どうして。
どうして彼女は死んでしまったんだ。
こんなことなら、決して口にしてはならないと思っていた、想いを口にすれば良かった。
一目会った時から、貴方に惹かれていた。
貴方のそばで、ずっと貴方を守り生きていきたい。
そう願っていた。
でも、貴方は王太子の婚約者で、聖女だ。
決して触れてはならない御方だった。
だから自分は、彼女を陰から見守り、彼女を密かに想い、生きていくことを誓っていた。
そう決めていたのに。
馬車がガタンと大きく揺れ、四十過ぎのその男は一瞬、目をしばたかせた。
白昼夢を見ていた。
時折、その男は夢のように、過去の出来事を思い出すことがあった。
彼は過去、“光の聖女”と呼ばれる美しい少女を守る騎士で、そして、その少女を守れなかった騎士だった。そのことを悔やんで悔やんで、その挙句に亡くなった。
悔いばかり残った前世だった。
だけど今は。
「お父様」
呼ぶ声がする。
馬車は、屋敷の前に停車した。
途端、屋敷の入口から、長い銀の髪を揺らして現れた愛しい娘シルフィ。
そう、前世で“光の聖女”と呼ばれていたシルフィは、彼の娘として転生した。
男は男爵の地位を持つ貴族で、そしてシルフィはその一人娘として誕生した。
男はシルフィを溺愛した。
今世のシルフィも、不思議な力を持っていた。
彼女が育てる植物は、みるみるうちに実を実らせ、傷ついた者達の傷を癒す力も持っていた。
それは“光の聖女”の御業だ。
だが、シルフィの父親に転生したその騎士の男は、シルフィを今世では、聖女にするつもりはなかった。
前世であのような無残な死を遂げることになったのは、シルフィが“光の聖女”であったからだ。
彼女が“光の聖女”でなければ、王太子の婚約者に祭り上げられることもなく、侯爵の罠にかけられることもなく、生きていることが出来たはずだ。
だから、シルフィの父親に転生した騎士の男は、彼女を普通の貴族の娘として育てることを決めていた。
そして、彼女が何らかの力を持つことを知る、屋敷の者達も、彼に対してはとても協力的だった。
屋敷から走り出て、父親を迎えたシルフィは、今日学園であったことを楽しそうに話し出す。
その微笑みは、前世の聖女シルフィと同じものだった。




