プロローグ ~前世~ 断罪の記録
刑場に、檻に入れられて運ばれる少女がいた。
長かった銀の髪はバッサリと切り落とされている。身には粗末なローブをまとい、かつて“光の聖女”としてきっちりとした礼服を身に付け、清廉とした美しさを見せていた様子は一切見られない。
彼女の空色の瞳はどこか虚ろであった。おそらく食事も満足に与えられていないのだろう。痩せ細った手に、重そうな枷が付けられている。
檻から出されると、押されるようにして、処刑台の階段を登らされる。
よろよろと登る彼女の背を、乱暴に押し、処刑人達は彼女の細い首を、断頭台に押さえつける。
彼女は一切、抵抗を見せなかった。
首切り職人が、斧を手に近寄る。
当時はまだギロチン台が普及していない時代であり、偽聖女として断罪されたシルフィは、首切り職人による手斧による斬首が行われた。シルフィを養女として迎え入れた伯爵家は、偽聖女と呼ばれたシルフィを庇うことなく、むしろ彼女を忌むべき者として扱った。よって、通常なら金を払い、腕の良い首切り職人を雇うところ、それも出来ず、結果的に死に際して、シルフィの首は一度で落ちず、彼女は大層苦しむことになった。
その酸鼻な状況を眺めることになった元婚約者のピエール王太子は、さしもの状況に顔色を青ざめさせ、新たに婚約者に据えられたアリエル侯爵令嬢も吐き気を堪えて口を押さえることになる。
処刑を見に来た民衆の中、ただ一人の少年が、シルフィが処刑されるその場面を見て、泣き叫んだ。彼は責めるように叫び声を上げた。
「どうして、どうして、どうして」
それはシルフィの弟だった。
「どうして、姉さまを殺したの? どうして、どうして、どうして」
その口は塞がれ、叫ぶ少年の身体は引きずるように連れていかれる。
「どうして、どうして、どうして」
その声が、ピエール王太子の耳にいつまでも残って離れなかった。
たとえ彼女が罪を犯したとしても、これほど無残な死を迎える必要はなかっただろう。
後に、ピエールの友人の、ルイモンド侯爵子息もそう言った。
こんなさらし者のようにして、首を斬り落として殺すことはなかっただろう。
たとえ、たとえ
彼女が罪を犯したとしても。
それから半年後、王家への呪詛をしていたと告発され、“光の聖女”の座から引きずり下ろされたシルフィに対して、その呪詛はなかったと告発者が告白した。
彼はシルフィの処刑を見た後、毎晩のように、繰り返し彼女が苦しみながら命を落とす場面を夢見たという。それは毎夜欠かさず夢の中で突き付けられ、彼は、金で雇われて告発をしたと懺悔した。
その頃には、まったく満足に眠れなくなっていたその告発者は、やせ衰え人相も変わりきっていた。
後は、全てが崩れるように明らかになった。
シルフィの罪とされたものが一つ一つ、そうではなかったことが明らかになる。
ついには、王太子の婚約者となったアリエル侯爵令嬢の父侯爵が、シルフィを陥れるために、告発者やその他の者達に賄賂として金を流していたことが明らかになる。
シルフィはまったく、何の罪も犯していなかった。
彼女の名誉を回復すべきと、刑場そばの、無縁仏ばかり放り込まれていた穴が掘り起こされたが、彼女のものらしき遺体を見つけることはできなかった。
告発者は病で苦しんで命を落とし、アリエル侯爵令嬢もまた、父侯爵と共に馬車の事故で命を落とす。シルフィの養父である伯爵も、賊に遭い、惨殺されたという。
そして元婚約者であったピエール王太子も、若くして命を落とすことになる。
これは、かつて無垢なる者を断罪し、首切り殺した者達が、再び命を授かりこの世に戻ってきた、転生の物語である。
不思議なことに、再び命を授かりし者達は、全員過去の前世の記憶を持っていた。
“光の聖女”を殺した記憶を。
ただ一人、“光の聖女”だけは、何一つ前世の記憶を持たず、何も知らぬ者としてこの世に蘇ってきたのだった。




