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11、姫君たち






 紅蓮のEAが動く度に、命が失われていく。


「うおおおお!」


 大盾を前面に押し出し、一人の神官騎士が突撃した。

 しかし次の瞬間、ミレナが振った右手の剣により盾ごと切断され、上半身は空中に舞い、下半身は膝をついて倒れ込む。


「くそがああ!」


 今度は三人の騎士が盾を構え、左右と前方から走って剣聖へと向かった。


「数の問題じゃないわ、アエリア神官騎士団」


 バルヴレヴォIS改が左右に揺れる。低い姿勢からの一閃が走り、三人の足を文字通り刈り取った。

 自分に向かって倒れこむ男たちを避け、少しだけ後ろに下がり次の攻撃を待つ。背面に回った魔法士たちが同時に炎の魔法を放った。

 だが剣聖は慌てることもなく背面に分厚い魔力障壁を張り、全ての魔法を防ぎ切る。

 魔法士たちは、炎が消え相手の姿が見え、何の変化もないことに驚いた。


「無傷だと!? ぐあ!」


 攻撃を放った魔法士たちに向かい、右手の剣を軽く振って魔力斬撃を飛ばした。五人いた隊列は四人が倒れ、大きな杖を持った男だけが生き残る。


「完全に孤立させたぞ!」

「囲め囲め!」


 周囲の騎士や魔法士たちが、自分たちを鼓舞するように声を張り上げた。しかし双剣を地面に向けたままの紅蓮のEAから、余裕が消える様子はない。


「数の優位を突け! 相手は一人だ。三人で駄目なら四人で、それで駄目なら倍で同時に攻撃を仕掛けよ! 魔法士隊、再び火炎の魔法だ!」


 前線指揮官と思われる紋章入りの鎧の神官騎士が、右手を挙げて指示を叫ぶ。

 そこへ剣聖が左手を振り上げ、魔力斬撃を放った。

 号令を出した男の右手と首が胴体から離れて、後ろへと倒れ込む。


「ひっ」

「た、隊長!」

「くそぉ! 囲め! いいから、魔法士隊、撃てえ!」


 陣形が完成し、孤立した剣聖を取り囲んで円になる。最前列を盾を持った騎士が、その背後に魔法士たちが並んでいる。

 ミレナはチラリと背面の方向を見た。

 弓を構えた遠距離砲撃型ボウレの方へと、敵の騎馬隊が辿り着きつつある。

 魔力砲撃に特化した鎧の中には、身体強化系の魔法刻印がほとんど刻まれていない。完全に魔力砲撃に特化したようなEAたちだ。ゆえに接近戦には異常に弱い。

 事実、真竜湾攻略戦においては、大した腕前ではないコンラートの高速艇によって十機以上倒されている。


「まあ、大丈夫かな」


 独り言を呟いてから、ミレナは双剣を持ち上げて構えた。

 彼女の言葉通り、戦場に動きが出る。

 砲撃特化部隊の少し前にある草の茂みから、違うEAたちが一斉に立ち上がった。

 それらは遠目には草木や土などの風景に紛れるような、変わった色合いに塗装されたボウレたちだった。

 どの機体も、先端に重しがついた鎖を持っている。軽く振り回してから、近づいてくる騎馬隊へと放り投げた。


「ぎゃ!」

「ぐっ! まさか傭兵みたいな手を!」

「こしゃくな!」


 金属の鎖で巻き付かれた騎馬隊が、次々と落馬していった。落ちたときに死んだ者もいる。

 そこへ分銅を投げたEAたちが走り出した。彼らは土と草に紛れ込むような塗装を施されたEAたちだった。

 片手に短い剣を持ち、倒れ込んだ騎馬隊たちに襲いかかる。首筋に刃を立て、鎖から逃れた。まるで手練れの斥候兵のような動きのEAたちだった。


 ――左軍から選抜したボウレ・スカウトも順調みたいね。


 今度は心の中で呟いてから、ミレナは周囲を見回した。


「そういうことね」


 彼女の周りに残された部隊はおよそ百人ほどだ。そして足元に転がっている死体は二百にも届かないぐらいである。

 この部隊を囮に残りの千人以上が逃げ出したとミレナは理解した。気づけば先頭にいた騎士団長らしき男の声も聞こえなくなっていた。


「まあ、いっか」


 ミレナが年頃の少女らしい声を漏らす。

 時間を稼ぐためか、周囲に残った部隊は攻撃を仕掛けてこない。ただひたすら耐えるために、防御のための障壁や土壁、大盾などを前面に押し出し、紅蓮のEAの攻撃を待ち構えていた。


「じゃあ、やろうか」


 紅蓮のEAは双剣を地面へと突き立ててから手を離す。


「な、なんだ?」

「何かを仕掛けてくるぞ、壁を厚くしろ!」


 魔法士達が魔法を次々と唱え、即席の砦でも作るような勢いでミレナを囲い始める。

 そんな警戒する彼らの中心にいる剣聖は、胸の前で軽く手を合わせて深呼吸をし、詠唱を始めた。


「七の門、剣と剣を幾星霜、撃ち断て打ち絶て逆夢の、宵に突き立ち、討ち発てよ!」


 詠唱の終わりと共に、ミレナの足元から、一筋の光の柱が空へと昇る。


「なんだ!? 聞いたことのない魔法だぞ!」

「何が起きている!」

「何でもいい、備えろ、耐えろ!」


 神官騎士団がそれぞれに声を掛け合う中、輝きは収束し、ミレナが合わせた両手の中に一本の刃が現れた。


「光破・第三聖剣召喚」


 陽炎が現実に変わるかのように現れたのは、EAの背丈をも超える巨大な刃だった。それは太陽の光を反射し、周囲に朝日のごとき眩しさをもたらした。


「あれは……輝く剣……? 伝説の武器でも召喚したというのか……?」


 一人の魔法士が信じられないと言った様子で呟いた。

 紅蓮の鎧の描かれた黄金の文様が、剣に呼応するように脈動し始める。その両手で巨大な剣を、横に構えた。


「さあ、魔素へと還れ、アエリア聖国」


 呟いてから、剣聖ミレナ・ビーノヴァーは剣を振り回した。

 同時に召喚された聖剣から、光の刃が伸びる。

 周囲を囲んだ百人ほどの軍勢の全てを両断した。

 そこに命が尽きた後、光の剣はガラスのように砕け、光ながら魔素へと還る。


「そんな……いち……げきで」


 かろうじて息のあった上半身だけの神官騎士が呟いた。

 彼が最後に見たのは、およそ三百近くの死体の中心に立ち、ゆっくりとした動作で双剣を腰に収める、紅蓮の剣聖の姿だった。













「先陣のアエリア聖国第三神官騎士団を、特務小隊の剣聖殿と第一遠距離砲撃部隊が止めました。予定通りです」


 帝国の陣地の奥深く、大きな天幕の中では三十人ほどの軍人たちが慌ただしく動いていた。

 その中心で報告を聞いているのは、元ボラーシェク基地司令官で現在は右軍指令本部長の、ローベルト・ブラジェイ中将だ。

 がっしりとした体格の彼は、机の上の地図とその上に広げられた駒を見下ろし、大きく頷く。


「敵の被害は?」

「報告では三百ほどかと」


 伝令の男の言葉に、ブラジェイ中将が眉間に皺を寄せる。


「少し多いな。残りの神官騎士団は?」

「後方に下がりながら隊列を整えています。向こうの騎士団長はなかなかに統率力に優れた男かと」

「咄嗟の判断とはいえ、三百を切り捨てたのは悪くない。大きく数を減らされたとはいえ、まだ数の差は覆せないほどだ。冒険者たちのEAも無傷だろう」


 平原の南西側であるメナリー山脈麓に本陣を取る帝国と、反対側から進攻してくる交易都市メナリーの連合軍。

 帝国側の戦力はEAが主体、メナリー側は他国の騎士団や傭兵たち、それに冒険者のEAがという形だった。


「では、次の局面だな」


 ブラジェイが頷くと、机を囲んでいた男が駒を動かす。


「はっ、予定通り進んでおります。剣聖殿のおかげで頭を抑えられました。後ろから進む集団の圧力に押され、大きく横に膨れあがるかと」

「ならば、そこをもう一度叩いて、ドラクボゥール河方面へと押し返す流れを作らねばな」


 彼らが至極真面目に軍議を進めているところに、天幕への来訪者が訪れる。

 派手なドレスを着た金髪の女性だ。


「皆様、ご機嫌はいかがですか?」


 突然の来訪者に戸惑う軍人たちに、女性は笑顔を振りまきながらブラジェイたちの元へと歩いてくる。その背後には五人の侍女を連れていた。

 それが誰かと気づいた男たちが、地面に膝をつこうとするが、先頭にいたドレスの女性が手で制止する。


「あ、姿勢はそのままで結構です」


 許可を得て、軍人たちは敬礼をし再び自分たちの仕事へと戻って行く。


「ハナ殿下、何故こちらに?」


 壮年の中将が不機嫌さを隠した無表情で問い掛けた。

 ハナ・リ・メノア皇女は、彼の言葉を聞いて、わざとらしい泣き真似を披露する。


「何故とおっしゃいましても中将閣下。飛行船を全部、シュタク大佐に取られましたので、帰る手段がなくなり、泣く泣く残った次第ですわ」

「帰りの馬車は手配されていたはずですが」

「せっかくですので、残りました」

「ここは戦場です」

「もう帝都に戻る方が危険でしょう? メナリーに依頼された冒険者たちが紛れ込んでいるかもしれないですし」


 全く悪びれた様子もなく、ハナが笑顔でブラジェイを見上げる。

 帝国の秘したる花と呼ばれた彼女が微笑めば、男女問わず見惚れ二つ返事でお願いを聞いてしまう。そんな風に嘯かれるほどの女性だ。

 だがブラジェイは片眉すら動かさず、周囲に向けて、


「一番豪華な天幕を立てろ。周囲から土埃が入らないように、布は厚めにしろ。周囲から覗かれないように気をつけろ」


 と命令を飛ばした。

 要するに邪魔をするな篭ってろという意味だったのだが、ハナは気にした様子もなく口元に手を当てて微笑む。


「いえ、邪魔をいたしませんので、ぜひ司令部の働きを見せていただきたいですわ」

「何故でしょうか? 殿下?」


 ブラジェイの質問に、ハナ・リ・メノアは、ほくそ笑むとしか表現できない顔を浮かべ、


「だって、今はここが一番面白そうなんですもの」


 と楽しそうに言い放ったのだった。













 遥か遠く離れたアエリア聖国の都。

 その中心部にある城内の離れには、雑草の末姫と呼ばれる王女が住んでいた。

 彼女の名前はサーラ・エイナル・ディ・アエリア。遊撃騎士団団長クリフが恋慕する十代後半の姫である。

 城での評判は良くなく、存在を無視されることも多いような一風変わった人物だ。

 しかし町では一番有名であり、庶民にとって親しみのある王族でもある。

 彼女は長い焦げ茶色の三つ編みを解き、くすんだ侍女服をベッドの近くの籠へと放り投げた。


「姫様、はしたないです!」

「誰も見てないし気にしてないわよ。それより体を拭くから、桶に湯を入れて持ってきて頂戴。炊き出しのときにいっぱい汗かいちゃったから、軽くさっぱりしたいの」

「まったく、貧しい民に施しなんかするからです」

「それぐらいしかすることないしね。ヒマよね、クリフがどっか行っちゃったし。アイツ何してんのよ」


 白いシーツの敷かれたベッドの上に体を投げ出し、大きなため息を漏らす。


「サーラ様、またクリフ様の文句言ってます」

「……だってしょうがないじゃないの。名前を貸しただけとはいえ、遊撃騎士団は一応、私の親衛隊なのよ? 側に居るのが普通ってもんじゃないの」

「素直にお寂しいとおっしゃれば、クリフ様も国元で大人しくしてたでしょうに」

「うっさいわね! アイツが珍しく真面目な顔で言うんだから、仕方ないでしょ!」

「惚れた弱みというヤツですか」

「惚れてない! ったく!」


 サーラは枕を侍女に向けて投げるが、あらぬ方向に飛んで壁に当たった。それを見た侍女はため息を吐きながら枕を広い、ベッドの上の姫に近づく。


「まったく、もう少しおしとやかになさいませ。クリフ様に嫌われますよ?」


 枕を渡しながら慈愛に満ちた表情で諭す。

 受け取った方は顔を隠すように枕を抱きしめた。


「嫌われたって良いし……」

「会えなくて寂しいって書いてありますよ。クリフ様のことです。今に大きな功績を立てて、姫様を迎えに来られますよ」

「だから待ってないっての」


 枕を抱いたまま、そっぽを向いてベッドに寝転がる。その様子を見た侍女が笑いながら、


「ホントに素直じゃないんですから」


 と呟いた。それから姫の脱ぎ捨てた侍女服を拾い上げ、部屋の外へと出て行く。

 誰もいなくなった空間で、サーラ姫は呟いた。


「何でも良いから、無事に帰ってきなさいよ、クリフ……」


 遠いメノア大陸で戦う男に、彼女の言葉は届かない。

 それでもサーラは、彼の無事を祈らずにはいられなかったのだった。

















明日の金曜日は更新を休みます。





毎日五千字だと話が進まなくて、作者本人がイライラしてきた、という理由ではありません。たぶん。



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