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9、静かなる








 それから五分後。ようやく落ち着いた二人はオレと一緒にテーブルを囲んでいた。

 オレとミレナが並んでスープをすくい、エディッタが反対側でばつの悪そうな苦笑いで茶を飲んでいる。もちろんミレナの方は仏頂面で、いかにも不機嫌という感じだ。


「そいや、ヴィルの素朴な疑問って何なのよ?」


 話題を変えるつもりか、オラーフ。まあ、さっき聞きたかったことだし丁度良い。


「ああ。魔素の話だ」

「魔素の話?」

「魔素は体内に取り込まれ魔力となり、死亡したり魔法を使うことで外に排出され、魔素へと還る。そうすると、取り込んだときより魔素の量が増える。これが魔素の増殖だろう?」


 自分の知ってるのは、そんなところだ。

 なおEAなどで使われる魔力や魔法の増幅は魔素の増幅ではない。よって排出される魔素の量は変わらないわけだ。


「魔素量増加の法則ね。取り込まれて保存できる魔力量の大きさに比例して、増幅される量も増える。称号持ちは体内に収められる魔力量が大きく、排出される魔素量も必然として大きくなるわけ」


 ミレナが持ってきてくれたスープがなくなり、オレは頬杖をついた。


「それでも、悪魔の石が吸い上げる量には叶わない。ゆえに魔素の希薄化が全世界で起きる。そうすると『悪魔』が現れる以前は、やはり魔素が増え続けていたのか?」

「一定の空間に存在できる魔素の量は決まってるわ。世界中の大気中の、魔素存在上限理論ね。一部の例外を除き、地上の大気中がその状態になれば、色々な現象が起きる」

「現象?」


 オレが問い掛けると、エディッタも頬杖をついて横を向いた。何か含みがあるようだ。


「私じゃこの理論は証明できなかったから、嘘かホントかもわかんないんだけど……」

「勿体ぶるなよ、早く言え」


 つい目を細めて強く言ってしまう。

 それが気に食わなかったのか、エディッタは面倒くさそうに大きなため息を吐いた。


「アエリア聖国の伝承って知ってる? 教典に載ってるヤツ」


 なぜそこで隣の大陸の国が出てくるのかわからず、つい腕を組んで考え込む。

 隣のミレナが丁度スープを食べ終わったのか、口元を綺麗な刺繍の入ったハンカチで吹いていた。こっちは興味があるのかないのかよくわからないな。

 エディッタも喋りそうにないので、オレは少し真剣に考える。眉間にできた傷に触れていると、少しだけ思い出した伝承があった。


「その亡骸を見たマーヤ・マァクは、ヘレア・ヒンメルの心を抱いて遥か遠きにある神の座に戻り、大地には人々とヘレア・ヒンメルに封じられていた魔物が残された。そんなのだったか。確か教典の最初の方にある言葉だ」

「よくご存じじゃないのよ」

「一応、敵国だからな。一通り調べるさ。それが魔素と何の関係がある?」

「かつて悪魔の石が現れるよりさらに数千年前。地上に溢れてしまった魔素は、空に昇った」

「『飛翔』のときに聞いたな。濃すぎる魔素を含んだ空気同士は反発すると」


 竜騎士たちをぶっ殺した十字架作戦は、飛行船で集めた魔素を撃ち出し、オレの乗った十字架からは濃い魔素を吐き出し続けることで、魔素同士の強力な反発を作り出して空を飛んだ。


「それが全世界で起きて、一つの現象が起きた。もういいでしょ。あのクソエルフに聞いても、なんでそうなるのかが、私にはさっぱりわかんなかったんだから」


 目の前にあったカップを持ち上げ、口をつける。その顔は少し苛立っているようだ。

 聖女としてのプライドはあんまりないようだが、どうも研究については多少、頑固になる性格のようだ。特にヴラシチミルにはライバル心を抱いてる節がある。

 しかし、なぁ。


「ミレナ、どう思う?」

「もちろん、私には関係ないことなので」

「だよな」


 剣聖様のはっきりした答えについ苦笑してしまう。


「エディッタさんも本当に拗ねているわけではないようですし」


 すまし顔で食後の茶を飲みながら、ミレナがさらっと言う。どうもさっきの意趣返しのようだ。


「ふーんだ。どうせあのクソエルフより劣る研究者ですよぅだ」

「可愛くねえから。何でもいいから答えを言え。行き遅れが拗ねるなバカが」

「ああ、もう! わかったわよ。言うわよ」


 やけっぱち気味のエディッタはなぜか姿勢を正すと、小さな咳払いをした。オレたちは黙って次の発言を待つ。


「かつて、月は一つだった」

「……はぁ?」


 真面目な顔で言われた言葉に、思わず変な声が漏れてしまう。

 オレの知っている限り、月は二つある。一つはマァヤ・マークそのもの、一つはヘレア・ヒンメルの心だとか。よくおとぎ話でも聞かされる話だ。

 ゆえに、かつて月が一つだったなんていうのは初めて聞く。

 ミレナと顔を見合わせて訝しげに小首を傾げていると、エディッタが小さく諦めたようなため息を漏らした。


「文句なら、あのクソエルフに言って。私には証明できなかったし、アイツも完全に理解してるわけじゃないみたいだし。まあ、要するに」

「要するに?」

「『悪魔』が訪れるより遥か昔、おそらくは神世の時代。増えすぎた魔素は自ら魔力体となり、空へ昇って月になった」


 エディッタが人差し指を真上に伸ばした。

 天幕の中だというのに、オレとミレナは二人して空を見上げてしまう。そこにあるのは、少し色あせた黄土色の布だけだ。

 そんな間抜けなオレたちの様子に構わず、エディッタ・オラーフは続ける。


「つまり二つ目の月、『ヘレア・ヒンメルの心』とは、過剰な量の魔素によって作られた魔力体である、ということよ」









 ■■■







「僕の設計図よりさらに進んでる……まさかリリアナが、ここまでEAを扱えるなんてね……」


 オトマル・アーデルハイトは、娘の持ち込んだ六本の剣を担いだレクターに触れていた。

 聖龍レナーテの鱗から作り上げられた装甲はそのままに、内部だけでなく外部にも多くの魔法刻印が刻まれている。

 帝国製EAなら考えられない設計思考だったが、大量の魔力を自在に放出できるリリアナならば問題なく扱える。

 いわば魔王専用機だった。


「『魔王』の能力(アビリティ)の一つ、『並列思考』のおかげ。もう一人の自分が頭の中にいて、色々と代わりにやってくれるし、二つの思考を同時に使えば色々とできるの」


 彼女たちがいるのは、交易都市メナリーの港湾地区にある倉庫街の一角だ。メナリーの宿屋に隠れ住んでいたオトマルを呼び出し、最終の確認をさせていた。

 そこには白銀のレクターだけでなく、白地に青線の入った鎧も置いてあった。


「……その、リリアナ。魔王というのは、本当なのかい?」


 オトマルは隣に立つ娘の顔色を探るように尋ねる


「何度も言ってるけど、ホントだよ、お父さん」

「その、勇者の称号は……?」

「たぶん消えたかな。勇者のときに使えた能力や技能の一部が使えなくなってる」

「……そうか……」


 抑揚のない声で告げる事実に、勇者の末裔であるオトマルは落胆を隠せない。しかし、それ以上に動揺もしていた。


「残念だったね。勇者の末裔から魔王が出るなんて」

「その……すまない、リリアナ」


 彼は何かについて具体的に謝罪したわけではない。ただ、謝ることで間を持たせようとしただけだった。


「いいよ、別に。で、お父さんはどうするの?」


 娘はそれを理解していたのか、特に気にすることなく質問で返す。


「アエリア聖国に誘われてるんだ……ブレスニークもなくなったし、ヤロミーラも賛成してる」

「ああ、お父さんの世話をしてたという未亡人さん」

「う、うん。そうだね」

「好きにしたら良いんじゃないかな。お父さんの人生だし、私ももう子供じゃないし」


 笑顔で放たれた突き放すような言葉にオトマルは何かを言おうとしたが、叱責をするような勇気も彼にはなかった。


「リ、リリアナはどうするんだい?」

「私? もちろんメナリーを守るために戦うよ」


 自分が覚えているよりも大人びた顔、前より伸びた金髪は輝きを増しており、久しぶりに見たときは親でありながら、息を飲んだ。


「も、もう始まるという話だけど、いいのかい?」

「大丈夫。どうせ最初は話にならないし。私が狙うのは、ヴィート・シュタクだけだしね」


 その顔が今は、黒い亀裂のような笑みを浮かべている。

 すでに勇者ではなく魔王だと、娘自身が教えてくれた。事実、父であるオトマルには、目の前のリリアナが得体の知れない何かにしか思えなかった。


「そういえば、お父さん?」


 そんな彼女が、昔と同じように後ろで手を組んで、下から覗き込む。


「な、なんだいリリアナ?」

「シャールカ・ブレスニークが、なぜか(・・・)、クリフ・オウンティネンと一緒に行動しているんだけど、どうしてなのか知らないかな?」


 目の前の父を見上げ、リリアナは小さく小首を傾げた。その動作だけは、彼女が幼い頃と代わっていなかった。

 だというのに彼は、背筋に寒いものが走るのを抑えきれずにいたのだった。












 交易都市メナリーの冒険者ギルドは、いつも騒然とした雰囲気をしている。

 しかし今日に限って言えば、人の数はかなり少ない。なぜなら冒険者の多くがこの都市を出て行ったからだ。

 いなくなった彼らの向かった先は二つ。

 一つはメナリーとは違う町。帝国との戦争という危険を感じての行動だ。

 もう一つは、帝国との戦場になるという、メナリー南西部の平原だ。

 他大陸から帝国を大幅に上回る軍勢が集まったそうだと、ギルドの職員達が噂している。冒険者の多くは、その勝ち馬に乗ろうとしてか、あるいは元からどこかの国に所属しており駆り出されたか。それぞれの事情を抱えて、戦場へと向かった。

 そんな閑散としたギルドの中で、長剣を担いだ一人の人間が、依頼が張り出される掲示板を見上げている。


「すでにまともな依頼はナシか。参ったな」


 そう呟いたのは、青い髪の少年だ。あまり高価には見えない革の鎧に外套を羽織っている。心底困った様子で、掲示されている紙を目を皿にして見ていた。

 そんな彼が気づかないうちに、ギルドの扉が開かれた。入って来たのは、金髪を肩口で切りそろえた、やせ気味の少女だ。

 彼女は少年の後ろ姿を見つけると、目を輝かせて走り出す。そのままの勢いでコンラートの背中に抱きついた。


「コンラートくーん」

「うわっ!? って、ソニャかよ」


 背中に乗った重さに驚いたコンラートだったが、相手が見知ったソニャだと知って呆れたような声を漏らす。


「こんなところにいたぁ。戦争行かなかったの?」

「EAはオトマルのおっさんに預けたままだ。修理するにも新触媒を使うからな……まだ直ってない」

「お金が間に合わなかったんだ。なっさけなー」


 コンラート・クハジークは、ばつの悪そうな顔でソニャを引き剥がす。

 ひとしきり笑われた後、コンラートはチラリと少女を見て、


「まだこんなところにいるってことは……お前は行かないのか?」


 と問い掛けた。


「まだ行かないよー。どうせ初戦はメナリー側が負けるだろうし」


 その言葉に、ギルドに残っていた職員たちがギョッとした顔へと変わった。だが少女は彼らに気付いた様子はなく、コンラートの周りでカラカラと笑っている。


「……どうするかな」

「お金なら貸すけど、もう間に合わないだろうしね」

「……ホントアホだな、オレは」

「だねだねー。魔王様についていけばお金ぐらい融通してくれただろうけどぉ」


 自嘲する少年に少女は容赦なく笑顔で同意する。彼女の言葉を聞いて、コンラートは大きな舌打ちをした。


「ついていけるかよ。聞けばアレだって、アイツを殺した間接的な原因だって言うじゃねえかよ」


 それはブレスニーク公爵領に着いた後に、テオドアの妹であるソニャから聞いた話だ。勇者やメンシークに問いただせば事実であるという。

 ならばコンラートが一緒にいる意味はない。少なくとも彼はそう思っている。


「それじゃ、私と行く?」


 かつて兄の友人だったという少年を、華奢な少女であるソニャが下から覗き込む。


「お前はシーカー・グロウがあるけど、オレにゃ何もねえぞ」

「ブレスニークから盗んだシーカーが一体あるから大丈夫だよ。貸してあげる」

「マジかよ!?」

「でも、私の言うこと聞いてねぇ?」


 ソニャが笑いながら人差し指を立てて、コンラートの唇を突く。

 その申し出は願ったり叶ったりだ。

 ソニャは友人テオドアの妹である。いくら魔弓の射手という称号持ちであっても、ヴィート・シュタクに一人で勝てるはずがない。


「……内容によるけど、わかったぜ」

「よろしぃ。では行こっか」

「どこに?」


 やせ細った少女が踵を返す。背中にある不釣り合いな弓の弦が震えた。


「もっちろん戦場。疲れたところを狙うのは、定石だもんね?」












 メナリー南西部にある平原は、雲一つない好天気だった。微風が背の低い草を撫でていく。

 そんな爽やかな陽気の元、連合軍と呼んでも差し支えのない一団の先頭を、アエリア聖国の神官騎士団たちが進む。彼らは揃いの白い鎧をまとってはいるが、EAではない。やや高価な金属で作り上げられた、硬いだけの鎧だった。


「アスキス団長、斥候からの報告です!」

「なんだ?」


 革鎧を着た身軽そうな男の声に、白い鎧を着た神経質そうな男が馬上から問い返す。


「い、EAが一体、こちらの進行方向に立ち塞がっています」

「一体?」


 怪訝な顔を浮かべるブレンダン・アスキスに対し、伝令の男が緊張した面持ちで、


「赤い鎧が一体だけです!」


 と大きな声で答える。

 どうやらそれが事実だとわかり、ブレンダンは鼻で笑った。


「どうせ罠だろう。斥候の数を前方に集めろ。周囲をくまなく探せ」

「は、はい!」


 伝令が駆け出すのを見送って、団長ブレンダンは前を見る。ゆっくりとした詠唱で遠見の魔法を唱えた。

 本来なら見えない距離にある場所を、眼前に映し出す魔法。それにより見えたのは、報告通り一体の紅蓮の鎧だった。


「あれが帝国のEAか。随分と派手な装いだ。金はかかってそうだ」


 彼の言葉に、周囲にいた同じく馬上の騎士たちが笑う。


「降伏の使者かもしれませんな」

「かもしれん。剣も抜かずに待ち構えているぞ。いや待て。隠れて先行していた冒険者たちが斬りかかっ……は?」


 ブレンダン・アスキスが間の抜けた声を上げる。

 同じように遠見の魔法を使っていた部下たちも、呆気に取られている。

 紅蓮の騎士は確かに動いた。しかし神官騎士団に見えたのは腰の双剣を抜き、一瞬で納めた姿だけだった。

 なのにその動作だけで、四人はいた軽装の冒険者たちの体が縦に両断されていた。


「……なん……だと?」


 横柄な態度のブレンダン・アスキスだが、その体は鍛え上げられており、団長として幾多の戦場を駆け回った男でもある。

 自身でも生粋の職業軍人としての面も持ち合わせた、決して地位だけの人間ではないという自負もあった。そうでなければ大剣豪クリフ・オウンティネンが目の敵にするはずがなかった。

 そんな神官騎士団長の目にさえ、紅蓮のEAの動きはほとんど見えなかった。抜かれたように見えた刃が、気付けば鞘に収められていた。



 彼らは運悪く知らなかった。

 それが帝国の頂点の一つ、紅蓮のEA『バルヴレヴォIS改・第三聖剣』であることを。そして鎧の中にいるのが、剣聖の称号を持つ女性ミレナ・ビーノヴァーであるということをだ。

 こうして都市メナリーを中心とした連合軍とメノア帝国の戦いの火蓋は、鋭すぎる剣閃により切って落とされたのだった。




















アエリア神官騎士団「メノア帝国の倒し方、知らないでしょ? オレらはもう知ってますよ」

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