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8、集う






 ■■■






 クリフ・オウンティネンは、リチャードを連れて、メナリーから少し外れた街道沿いをを歩いていた。海岸線から程近く、沖を見れば自国であるアエリア聖国の輸送船が、所狭しと停泊している。

 ここは彼らの本国であるアエリア聖国の野営地だ。

 一つの天幕を見つける。そこの上に大きなアエリア聖国の旗があった。司令官がいる場所の目印だ。


「失礼するぜ。遊撃騎士団団長のクリフ・オウンティネンだ」


 中では軍議が行われていたのか、白い鎧の神官騎士と革鎧の男が数人、机を囲んでいる。


「これはこれは、潜入任務ご苦労様だったな、クリフ・オウンティネン」


 代表と思われる白い神官騎士は、クリフよりだいぶ年上の四十代中頃の男だ。髪を短く刈り上げ、後ろ髪だけを伸ばした神経質そうな男だった。


「まさかアンタがいるとは思わなかったぜ、第三神官騎士団ブレンダン・アスキス。何の用だ?」

「何と言われても困るな、オウンティネン。もちろん国王陛下のご下命により、ここまで来たのだよ」


 二人の間に流れる空気は、友好的なものではなかった。むしろ同じ国の所属でありながら敵同士にも見えるぐらいで、周囲の人間たちが息を飲むほどだ。


「第五騎士団が五百人ほど来る予定だって聞いてたんだがな?」

「ああ、彼らでは心もとないだろうということでな、陛下が我々に行くよう変更されたのだ」

「どういうこった? まだ周辺の三カ国と戦ってるんだろ? オレがいない一年ちょっとの間に変わったのか?」

「ああ、いてもいなくてもわからん末席の王女陛下と雑用騎士団だ。知らなくても仕方ないか」

「てめえ、何が言いたい?」


 ケンカ腰のクリフに対し、白い鎧の騎士ブレンダンは余裕ぶった顔で笑う。


「すでに周辺三カ国との密約は成った。聖龍レナーテ殿を葬ったメノア帝国。この脅威に対抗すべくな」

「へえ……そりゃあメシの種がなくなっちまったな、ブレンダン・アスキス殿」

「どこの戦場にも顔出す残飯漁りの騎士団ほどではないよ、クリフ・オウンティネン殿?」

「ケッ。んで、この数の兵団か。千か? 千二百か?」

「千五百だ。第三騎士団のほぼ四分の三だよ」


 自信たっぷりな顔のブレンダンに、クリフは憎々しげな視線を向けた。


「そうかよ。オレたちが出た後にゃ、すでに準備始めてたってわけか」


 アエリア聖国の戦場からメナリーまでは、大陸半分と大洋一つ隔てたところにある。千五百の騎士団が移動するのには、かなりの時間がかかるはずだった。

 にも関わらず、すでにここまで辿り着いているということは、かなり前から準備していたと推測できた。


「最初は念のために、というのが本音だったがな。間に合って何よりだ。それでそちらの遊撃騎士団は何人来ているんだ?」

「ちっ、痛いところ突いて来やがる。千人中の百人だ。だが、全員が腕っこきだぜ。EAもある」

「ふん、あの鎧か」

「持ってねえのかよ」


 お互いがお互いに見下すような視線を向ける。普段からの仲の悪さを窺わせるようなやりとりが幾度も繰り返されていた。


「帝国の数は知れている。最大で見積もっても二千程度しかあのEAとやらはない。その全てをこちらに回すはずがなかろう」

「そんなんじゃ、やられちまうぜ?」

「こちらもかなりの魔法騎士を抱えているのでな。EAが上位の魔法剣士並みというなら負けるはずもなかろう。なに、正規騎士団の用兵を見せてやろうではないか」

「……ってことは、てめえらは、本当にあの会戦に参戦する気なんだな?」

「ほう? 貴公らは参戦せぬのか?」

「罠ってほどじゃねえだろうが、向こうも自信はあるだろうしな。慎重に行こうとは思っていたが」

「小汚い冒険者上がりだからな。まあ良い。ならばオウンティネン殿は指を咥えて見ていると良い」

「……ハッ、わかったよ。こっちも好きに動かせてもらう」


 クリフは踵を返し、天幕から出て行った。仲間である魔法士リチャードが彼を追う。


「どういうことだい、クリフ?」

「メナリーまで帝国を引き込んで、というわけにゃ行かなくなったってことだ」


 彼らは足早に進みながら、小声で会話を始める。周囲には多くの騎士が控えているからだ。


「彼らが戦功を立ててしまうからかい? 帝国有利だと思うんだが」

「おそらく他の国とも、オレたちの知らないところで歩調を合わせてるだろうよ。おそらく帝国を圧倒する数の連合軍が出来上がってるはずだ」

「……だとすると、まずいね。僕らが出て行かなかったとなれば」

「ああ。遊撃騎士団の主である、うちの王女様が責められる。周囲もここぞと叩きに来るだろうな」

「出るしかなくなったってことか……」


 二人して苦々しい表情で呟いた。

 クリフ・オンティネンは特級冒険者でありながら、アエリア聖国の末姫が創設した遊撃騎士団の団長だ。すでにいくつかの戦場では武功を上げており、今回のメノア大陸での潜入任務も騎士団に与えられた命令だった。


「そうだな。だが、うちに所属してる冒険者たちには、百人分とはいえEAがある。戦場を引っかき回して勝機を得るしかねえ」

「あの帝国相手に、第三騎士団や他国の騎士団より目立つ必要があるってことか」

「第三騎士団は魔法を使える騎士も多い。EA並みの奴らも多いだろうし、オレたちと違って正規の騎士として育てられた根っからの戦争屋だ。帝国に勝つこともあり得るからな」

「そんなことがあるかな? 帝国のEAは異常なほど強いと思うけど」

「問題は数だ。帝国のEAは数が少ない。全体で二千ほどだって噂だ。その半分近くが治安維持の左軍。今回来る右軍も五百足らずだろう。確かに強力だが、勝てない相手じゃない」

「……ということは、今回の戦いは第三騎士団の参戦で」

「勝てる相手に誰が一番首を取るか。そういう形に変わっちまってるのさ」


 彼らは野営地の外まで来て、木に結んであった馬に跨がる。すぐさま街道に戻り、交易都市メナリーを目指して併走を始めた。


「あの姫様はどうするんだい?」

「ブレスニークの姫様か。悪いが戦場までご足労願うかもな」

「またどうして? 危険じゃないか?」

「メナリーに残して、オレたちが留守中にこと(・・)を起こされるのが一番怖い。ただでさえ状況は良くねえ」

「……そうだね。仲間が暗殺されてるんだ」

「そういうことだ。人質はこちらが隠してる。いざとなれば、オレたち六人を相手に立ち回ったあの強さを、帝国相手に発揮してもらうさ」










 ■■■









 ハナが指定した会戦の日を翌日に控え、オレは天幕の中で一人、黒豆茶を飲んでいた。酒を飲むほど暇があるわけでもない。

 もう一度、地図を頭に入れておこうと思い、机の上に置かれた地図を見下ろした。

 メナリーから南西に進むと、メナリー山脈と呼ばれる高い山々が連なる場所が存在している。レナーテが邪竜と戦い、山を半分削り取ったという伝説の残る土地だ。その逸話に違わず、断崖絶壁の多い険しい山脈である。

 そのメナリー山脈と交易都市の中間地点に広がる大きな平野。そこが今回の戦いの舞台だ。

 地面は硬い土質であり、EAの行進に問題はない。

 所々にメナリー山脈と、大陸中央にあるルルム連峰から流れてきた川がある。その二つはいくつかの支流を伴って合流し、大きな水の流れとなって、東のカルス海に流れ込んでいた。これをドラクボゥール河と呼ぶ。

 我々が陣取っているのは、この大河よりかなりの西側であり、河を背負うのはメナリー側だ。もちろん、打ち破った後に進軍するとなれば、この大河を越える必要がある。

 なぜこんな平野での決戦を提案したかと言えば、お互いがよく知っている場所だからだ。

 こちらとしては、伏兵などを用いるのが難しく、EAという白兵戦力を十分に発揮できる。

 向こうとしては冒険者という平野での狩りをよく知っている人間たちが、冒険者用EAを用いることで、戦い方によっては有利に進めることも可能だ。

 こちらだけが有利な戦闘では、相手は乗ってこない。相手にとって有利に見せても罠だと疑われるだろう。

 ゆえに表面上だけでも互角に戦うようにならなければならない。


「大佐、お休みのところ申し訳ありません」


 天幕の入り口の外から、声が聞こえる。


「入って良いぞ」

「失礼します」


 顔を見せたのはミレナである。

 紅蓮の軍服は、いつも通り隙のない着こなしだ。赤い髪を編み込んでおり、凜とした表情の似合う顔は、自信のようなものが見えるようになってきた。


「どうした?」

「いえ、明日のことで一応、ご報告をと」

「明日?」

「斥候からの報告ですが、ドラクボゥール河付近に陣取った敵の数は、事前の索敵通りおよそ五千近く。うち冒険者用EA『シーカー』は四百程度とのことです」

「しかし五千か。帝国の倍以上だな。よくかき集めたもんだ」


 右軍の人員はそれほど多くはない。EAを中心に動いているせいだ。

 EA一機につき、補給や交代要員、指揮や兵站なども含めて三人が必要という基準で人間が用意されている。他にも輸送班や衛生兵、司令部などもある。

 今回はEA五百機なので、合計で二千人余りの人員だ。

 現在の右軍全体では、EA約千機を擁している。今回、この平野に来ているのはその半分だ。かなり思い切った割り振りだが、左軍もいるので治安に問題はない。


「メナリー陣営は冒険者と傭兵、それに義勇兵という体の各国の軍と、全て寄せ集めです。戦力としての体制は整っておらず、兵站などは各自用意しなければならないので、効率的には良くないはずです」

「つまり数は問題じゃないと言いたいわけか」

「私一人でも蹴散らすことができる程度かと」


 アイマスクを外し、机の上に置く。凝り固まった目元を解し、ベッドの上へと腰掛けた。


「まあ、そこまで張り切ることじゃないさ、ミレナ。それに想定外の戦力が現れないとは限らないし、他に仕事もあるしな」

「わかりました。それでその、大佐」


 それまでいかにも軍人然とした態度でいたミレナが、急に塩らしくなる。


「なんだ?」

「お、お食事は、お済みでしょうか?」

「ああ……そうだな、少し腹に入れるか。簡単なものを頼めるか?」

「は、はい! ではお持ちしますね!」

「頼む」


 ミレナが年頃の少女らしく、嬉しそうに弾んだ足取りで天幕から出て行った。

 靴を脱ぎ、ベッドに横になる。

 懐いてくれるのが大変ありがたいが、こんな男のどこが良いのかねえ。

 まあ、正直特務小隊は、他に行き場のない人間の集まりだ。ここにはいないラウティオラもエーステレンも、使い道はオレが指示してやるしかない。

 瞼を閉じ、ミレナが戻るのを待つかと思っていると、すぐに、


「大佐! 失礼します!」


 と赤い髪の軍人が戻ってきた……ように見せかけてるだけか。


「おいオラーフ、何をしている」


 ミレナの姿をしたエディッタが、不思議そうに呟く。


「あれ? 何でバレたの?」

「周囲の魔素が揺らいでるんだよ。見る人間がみればすぐわかる」

「ちぇ。そんなのアンタぐらいだってのよ。つまんない」


 つまらなそうな返事の後、目の前のミレナの姿が揺らぎ、茶色い髪に白衣を来たエディッタ・オラーフの姿が見える。


「それは変装の魔法か?」

「ラウティオラが、私が前に耳隠すのに使ってた魔法を改造して作り出したみたい」

「へえ……どうせ触ったらバレるんだろ?」

「よくわかったわね。他人の姿を貼り付けてるだけだしね」


 オレが寝るベッドに腰掛け、オラーフが肩を竦める。


「何しに来た?」

「暇なのよ。遊んでよ」


 エディッタが不満げにオレの横っ腹を突く。それを軽く手で撥ね除けると、何が楽しいのかニヤニヤと笑い始めた。


「ふざけんな。仕事ぐらいあるだろ?」

「もう明日には戦闘が始まるっていうのに、することが残ってるわけないじゃん」

「そりゃそうか。そういやお前、女神って見たことあるか?」

「女神? 夢の中ならマァヤ・マークを見たけど。アンタらしくないわね。どうしたのよ」

「いや、ハナがシャールカと会ったらしいんだけどな」

「あの銀髪のお嬢ちゃんと」

「生まれたときからオレに女神の加護があるように、祈ってるとか言ってたそうだ」

「アンタ、女神なんか信じてたっけ? 宗教的な意味で」

「いや全然」

「あの子が献身的に女神を崇めてる姿がピンと来ないわね」

「……ま、そうだな」

「ね、ところでさ、ヴィル」

「なんだ? おい、寄るな」


 意味ありげに笑いながら、エディッタがオレの胴の上を跨いで腰を落とす。


「アンタ、あの子と寝たの?」

「貴族と皇族だぞ。婚前交渉などあるわけがなかろう?」

「あ、そうだったわね」

「いいからどけ。バカが」

「久しぶりに聞いたわね、その口癖」


 意味ありげに笑う聖女様を何とか押し退けようと、オレがヤツの肩を掴んだ瞬間だった。


「大佐! お持ちしました! ……え?」


 ミレナが食事を持って帰ってきた。どうやらスープを手に入れてきたようだ。しかし、オレたち……正確に言えばオレの上に乗っかかったエディッタを見て、時間が止まったかのように硬直する。


「あ、あらミレナちゃん」


 エディッタが気まずそうに声をかけるが、ミレナは動作が固まったままだった。


「……おい、とりあえずどけ、オラーフ」


 オレがそう言った瞬間、ミレナが静かに動き出す。

 湯気の立つ胃袋に優しそうな山菜豊かなスープを、そっとテーブルの上に音もなく置いた。その食事を選んだ彼女の選択に、気遣いを感じられた。


「こほん」


 わざとらしい咳払いの後、ミレナはスッと左の細剣を右手で抜いた。


「え? ちょ、待って?」


 オラーフが青ざめた顔で困惑したような言葉を吐く。


「エディッタ・オラーフ女史」

「え、はい」


 次の瞬間、ミレナの放った鋭い突きがエディッタの眼前で止まる。正確に言えば、魔力障壁によってギリギリ止められていた。


「ちっ、外したか」

「あっぶなっ! 私じゃなきゃ死んでたっ!? 最近ヴィルに似てきてるわよ!?」


 何だろうな。

 称号持ちの技能豊かな遊びとでも言えば良いんだろうか……。

 あー、頭が痛い。

 今のオレの眼前では、剣聖と聖女による無駄な技能と能力のせめぎ合いが行われている。

 目にも止まらぬ一瞬の閃光のような剣捌きを、聖女の強力な防御魔法が弾いている。


「……素朴な疑問なんだが」

「何よ!? 今ちょっと忙しい!」


 オレの呟きに被さるように、刃が横からオラーフに襲いかかる。それを緑の光によって編まれた障壁が受け止める。


「わかっててからかうとか、ホントやめて! エディッタ・オラーフ!」

「ごめんごめん! ごめんってば!」


 世界最高速の剣に、世界最硬の障壁。すごく豪華な戦いがオレの上で行われている。

 なのに、もの凄くバカバカしいやり取りにしか思えなかった。














話進まなくて気持ち悪い。


インフルかと思ったらただの重い風邪だった。危ない。

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