6、帝国の花
「ヴィ……ート・シュタク大佐並びに右軍の方々、私、旅に出ようと思いますの」
義妹のこの言葉を聞いた瞬間、オレはすごく嫌そうな顔をしてしまった。
現在は右軍の三人の中将と七人の少将と共に、メナリー攻略のための軍議を開いているところだった。
その会議室に乱入してきたのは、三人の近衛騎士を連れたハナ・リ・メノアだ。
いつもどおりの整った優しげな顔つきは、皇室の秘したる花という姿勢を崩していない。そこだけは感心してやる。
しかし言い間違えそうになったのは、わざとだ。間違いない。
「一応聞いておきます。どこにでしょうか?」
「ひ・み・つ、です」
人差し指を立て可愛らしく告げるその顔を、真っ直ぐ右ストレートでぶん殴りたい。
「あ、暴力は駄目ですよ、シュタク大佐?」
こいつが部下ならぶん殴ってる自信がある。
ちらりと背後を見れば、地図の乗った机を囲む少将たちは呆気に取られていた。一方、元ボラーシェク総督のローベルト・ブラジェイを初めとする中将たちは、直立不動のまま無表情で黙っている。
「ということで飛行船を一つ、お貸し頂けませんか? 皆さん」
「飛行船をですか」
「できればカノーをです」
言い方と言葉使いだけが丁寧なだけの申し出に、中将たちがピクリと頬を引きつらせる。
飛行船カノーは母さんであるアネシュカ・アダミーク将軍の専用船だった。そしてあの人は、ハナのことが好きではなかった。ゆえに将軍専用の船を貸し出すというのが許せないのだろう。
だが相手は皇族である。無碍に断るわけにも行かない。
アイマスクをかけたままのオレとて、ただの大佐だ。表だって文句を言うわけにはいかない。中将たちはともかく少将たちに、示しがつかないからだ。
「できれば理由をお聞かせ願えないでしょうか? ハナ・リ・メノア殿下?」
「あの真っ赤な飛行船に、一度乗船したいと思ってましたの」
皇帝陛下の『オーガ』は今、ザハリアーシュが使うために改装中だ。ゆえにカノーを、ということか。
「ぶん……いえ、しかし現在はカノーも改装中ですが」
「あら? 先ほど確認させていただきましたが、カノーの船員たちは暇をもてましていたようですわ、大佐?」
「これは失礼。しかし宰相府のトーノではいけませんか?」
「大佐、これはカノーだから意味があると思うのですわ」
オレの元に近づいてきたハナが、人差し指を立てて得意げに説明をし始める。
「できれば詳細をお話しいただけませんでしょうか、殿下」
「わかりましたわ、大佐。アダミーク閣下を亡き者にした勇者と、その間接的原因を作った他大陸の特級冒険者たち、そしてブレスニークの生き残りシャールカ。それらに対して知らしめる必要があると存じ上げますわ」
「知らしめる? と、おっしゃられますと?」
「そう、堂々とした宣戦布告ですわ」
アイマスクの中で眉間に皺を寄せる。オレの後ろにいた将軍たちも同様に表情だろう。
「意味がわかりません。奇襲で良いではありませんか?」
「大佐、私は門外漢ですが、今回は我らに大義がある戦」
「殿下、我ら右軍は今まで、大義がない戦を仕掛けたことはございません」
「これは失礼いたしました。謝罪しますわ。どちらにしても改めて、全世界に対して知らしめる必要がございましょう。我ら帝国こそが正義であるのだと」
「……なるほど」
オレはチラリと背中越しにブラジェイ中将を見る。彼は黙って頷いた。好きにして良いという意味だろう。
「しかし先ほどの言い分では、ハナ殿下が自ら、メナリーに乗り込んで評議会に宣戦布告をされるという意味に聞こえるのですが」
「はい、大佐のおっしゃる通りですわ」
――ザハリアーシュ。こいつを繋ぐ縄を持ってこい。
心の中でこの場にいない皇太子に悪態を吐く。
皇女ハナはどうなろうと腹は痛まないが、飛行船は技術の粋を集めた兵器だ。奪われたり落とされたりするような危険を負うわけにはいかない。
ゆえに駄目だ、と口を開こうとしたが、その瞬間、違う案が思い浮かぶ。
いや、面白いな。そういうことか。
「わかりました、殿下。右軍からハナ殿下にお貸し致しましょう」
その返答に、背後の少将たちがどよめきの声を上げる。
だがハナは彼らの反応を気にせず、ポンと小さく手を叩いて、
「まあ、感謝いたしますわ、大佐。必ず無傷でお返し致します!」
と嬉しそうに微笑んだ。
「では、日程などをお決めになる必要があると思いますので、こちらの飛行船の準備が終わる日を後ほどお知らせいたします」
「かしこまりましたわ。では皆様がた、これで失礼いたします」
ハナが頭を下げると、長い金髪が流れるように落ちる。その文句の付けようのないお辞儀を見ると、シャールカを思い出してしまう。
わざとシャールカのお辞儀を真似てるな、腹黒め。
そうして微笑みを浮かべたままの皇女が会議室から出て行った。
会議に戻るため机の方を振り向くと、ブラジェイ中将が苦笑いを浮かべていた。
「良いのか? 大佐」
「構いません。あの性悪を失ったところで、我々の腹は痛みません。カノーはいつでも引き上げられるようにさせておけば良いでしょう。もちろん警戒も怠らずに。メナリー側もハナ相手に無茶はしないでしょう。する意味はないですから」
「人質に取られると厄介ではないか?」
「そのときはあっさりと死んでもらうだけです。その可能性がないから、余裕を見せてるんですよ、あの腹黒皇女は」
吐き捨てるオレに対し、ブラジェイ中将は顎髭を擦り考え込む。
「しかしな大佐。殿下の提案に利点はないぞ」
「ありますよ。先ほどまでの軍議に関係ある話です」
皆で囲んでいた、机の上に広げられた地図を指さす。
「今回の戦いは、対冒険者とシーカーと呼ばれる汎用EAです。町中を問答無用で制圧しても構いませんが、こちらにも被害がかなり出るでしょう。地の利は向こうにありますから」
「それで、どうやってこのメナリー近くの平原に誘い出すか、というのが今回の争点だったが、ハナ殿下が宣戦布告により引きずり出すと?」
「向こうは町に被害を出したくないはずです。あえて戦争開始の日程を決め、メナリー側にも準備をさせるつもりでしょう。戦力は我々が上なのです。戦いやすい平原に引っ張り出した方が良いに決まってる」
「ふむ。帝国の頂点である皇室の美姫に挑発させ、白兵戦での決戦をけしかける。相手は他大陸の国家の連合のようなものだ。帝国に対する姿勢も違いはあろう。しかし帝国の皇女一人に宣戦布告されては、外に出て戦いたい勢力を止めるより、準備をして足並みを揃えさせる方が良いか」
「だからオレが提案に乗ると信じて、わざわざ軍議中に来たんですよ。ついでにハナ殿下は、亡き陛下の弔いのために、単独で宣戦布告を済ませたという名声を得る。今まで遊んでたせいで、何の実績もありませんからね、あいつは」
大きなため息を零れてしまう。
オレがヴィレームであるという事情を知っている中将たちは、複雑な表情を浮かべている。知らない少将たちは訝しげに地図を見て考え込んでいるようだ。
「カノーもいずれ他の人間が乗るのです。あんな目立つ船が似合うのは、確かに皇族でもハナ殿下しかいない。非常に気に食わないですが、今は我慢をしましょう」
そうして、今後の方針は決まった。
今度のメナリー攻略戦の初戦は、見通しの良い平原での、EA同士の大規模白兵戦。
まあ、良いだろう。今はハナの提案に乗っておいてやる。
それに、もう一つの目的もあることだしな。
「大佐、お帰りなさい」
格納庫に帰ると、ミレナが敬礼をして迎えてくれる。
今は亡き将軍を思わせる紅蓮の軍服は、剣聖であるミレナのみが許されたものとなった。裾を縁取るように縫われた金糸の文様といい、彼女の凜とした姿によく似合う。
「ご苦労。古城での訓練の調子はどうだった?」
「エーステレンの聖黒竜は問題ありません」
「……またラウティオラか」
「ムラがありすぎるのです。やはり処分しましょう」
剣聖様は賢者が非常に気に食わないらしい。正直、オレも同様だが、役に立つのだから仕方ない。
「やれやれ」
相手にするのも面倒なんだがな。
エーステレンは真面目な性分なのか、任務というものには真摯に取り組む。
だが洗脳されたはずのラウティオラは、非常に気分屋だそうだ。伝聞になるのは、オレの前では猫を被っているからだ。
「そのラウティオラはどこ行った?」
「外で魔物を殴殺してます」
「ストレス発散のために確保したんじゃないぞ、あれらは」
格納庫から訓練場に入る出口を見れば、体長三ユル程度の熊型の魔物を殴り倒し、仰向けになった胸に乗って、頭を拳で打ち砕いたところだった。
何なんだろうな、あの思い切りの良さは。
「また冒険者に依頼を出さないとな……」
わざわざオレたちが狩ってくるほど暇ではない。
「大佐、お疲れ様です」
こちらに気づいたエーステレンが、聖黒竜から離れて駆け寄ってくる。
「聖黒竜のEAはどうだ?」
「彼もようやくEAになれ、気持ちよさそうに飛べるようになりました。轡と頭部装甲による長距離火炎放射も、二百ユルを超え威力も充分です」
「飛行速度は?」
「最高で四百ユミルを超えます。その場合は航続距離に難があるかもしれません」
「飛行船後部格納庫への着船を徹底して練習させておけ。それとは別に普通の艦船にも着艦できるようにな」
「承知しました」
「あと、あのバカ止めてこい」
「……承知しました」
エリシュカが格納庫の外へと駆け出していく。丁度今、ラウティオラが次の魔物を一撃で殴り殺したところだった。
「未だに納得できません」
隣に控えていたミレナが、苦虫を噛み潰した顔で呟く。
「オレもだ」
「それと大佐、お願いがございます」
「なんだ?」
「手合わせをお願いしたく……」
「剣聖と合わせるほど剣は上手くないと何度も言ってるが」
「あの……一度も勝てないんですが……」
シュンとした顔でミレナが頭を垂れた。
確かにディアブロで負けたことはないが、ミレナの強さも充分規格外だと思うがな……。
「やめておこう。それより腹が減った。昼メシでも行くか」
今となっては、直轄の部下で信用できるのは、この剣聖しかいない。
「もちろんお付き合いします」
「それと、作戦開始時期が決まりそうだ」
「ホントですか!?」
ミレナの顔が、パッと華やいだ顔に変わる。よっぽど待ち焦がれていたんだろう。
まあ、オレもだ。
ようやく戦争が始められる。経緯はどうあれ、楽しみで仕方ない。
オレにとって戦争とは復讐だ。奴らを皆殺しにする。
「一週間後、ハナがメナリーへと宣戦布告に向かう。それに合わせて陣地作成にかかる。場所は事前の案通り、メナリー南西部の平原だ」
「では、今回は」
「正々堂々と正面から白兵戦だ。メナリーとその背後にいる奴らを鏖殺してやるぞ」
思わず頬が緩むが、それを止めようもないし止める気もなかった。
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メナリー評議会が集まるのは、公館と呼ばれる四階立ての木造の建物の最上階だ。
そこには円卓のテーブルが中央に控えており、北側の切れ目には証言台とも演説台とも言える一段高い場所があった。
「さて、交易都市メナリーの皆さん、ご機嫌麗しゅう。改めまして、私の名前はハナ・リ・メノアと申します」
護衛すら許可されなかったというのに、純白のドレスのハナは堂々とした立ち回りで軽く頭を下げる。
その相手は円卓に座る名士や他国の使者などの、メナリーの意思決定機関である評議員たちだった。
彼らをぐるっと見回した後、ハナは意味ありげに壁際の傍聴席にまで視線を送る。そこにはリリアナにシャールカ、特級冒険者クリフなども控えていた。
「今回、私がメナリーまでお伺いいたしましたのは、もちろん戦争のためでございます」
評議員へと顔を戻した皇室の秘したる花は、男どころか女までも虜にする優しげな笑みを浮かべる。
「もちろん、我々があなた方メナリーに戦いを仕掛けるのは、明らかな敵であるからです」
物騒な物言いにも関わらず、笑顔は絶やさない。
「我々帝国はすでに存じております。あなた方の背後にアエリア大陸の国々が集まっているということを。我々帝国はすでに覚悟を済ませております。地上のいかなる国が来ようと邪魔をするなら必ずや殲滅すると。我々帝国はすでに準備を終わらせております。いかに戦力を整えようと、あなた方をすり潰して差し上げるために」
まるで庭園で小動物と戯れる少女のような顔で、皇女は言葉を続ける。
「我々はこれを皇帝陛下ならびに右軍大将閣下の弔い合戦と位置づけております。ゆえに、何を差し出そうが止まるつもりもありません。あなた方の全滅が侵攻の目的です。ですが、抗う機会は差し上げましょう。二週間後、このメナリーより南西に進んだ場所にある平原、そこに我が帝国右軍は兵の展開を完了いたします。もし、勇気があるなら挑んでいらっしゃってください。なければ、そうですね……」
少しだけ考えるように間を取った後、帝国の皇女は人差し指を桃色の唇に当てる。それから彼女は茶目っ気たっぷりに片目だけを閉じて、微笑した。
「お部屋に隠れて、その首が消し飛んで死ぬまで震えて待ってろクソ野郎ども、ですわ」
部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備は以下略




