5、策動のメナリー
メナリーの冒険者ギルドは有名な石工による石造りの建物だ。五人の綺麗どころが待つ受付は天井が高く、吹き抜けとなっている。
開きっぱなしの扉から、金髪の女性が入ってくる。背中にかかるほどの金髪を無造作に後ろでまとめ、高級な魔物の素材で作られた白い服をまとっていた。一応、腰に一振りの剣が吊るされてはいるが、どちらかといえば活動的な町娘という姿である。
「おお、勇者殿!」
「勇者ちゃんだ。運が良いな、今日は」
「可愛い……いや、美しい」
彼女が入ってくると、屈強な冒険者だけではなく、カウンターにいる受付嬢たちまでもが色めき立つ。
リリアナ・アーデルハイト。
ここ一年近くメナリーの冒険者ギルドで活躍した、元真竜国の勇者である。
「勇者殿、この間はスワンプバジリスクの支援、ありがとうございました」
「勇者ちゃん、こないだのゴブリンの巣の掃討、安くやってくれてありがとな」
あっという間に色々な人間に囲まれる。そのどれもを笑顔で一言二言返事をし、
「ごめんね、ちょっとギルド長に用事があって」
と抜け出して奥に向かう。
遠目で見ていた新人冒険者の少年が、その美しい容姿に見惚れていた。横にいた同じく新人冒険者の少女が、相棒の横腹を肘で突く。
「見過ぎ。綺麗な人なのはわかるけどさ」
「わ、悪い。でも、あの人誰なんだ? 勇者って言ってたけど」
「さあ……でも周りの騒ぎ方が半端じゃないわね……」
二人がヒソヒソと会話している間も、リリアナは親しげに受付嬢と会話を交わしている。
「なんだお前ら、知らねえのか、あの人を」
筋肉質なドワーフの男が少年たちに話しかけた。
「あ、ああ。有名人なのか?」
「真竜国からの避難民千人を養うために、メナリーで冒険者をやってる、真竜国の称号持ち様だよ。ドワーフのオレから見ても綺麗な人だよなぁ」
「千人って……正気かよ」
「まあ、今じゃある程度目処がついたので荒稼ぎは止めたようだけどな。塩漬けになってたような強力な魔物を次々と討伐してたんだぜ。メナリー山脈の黒猪を担いで帰ってきたときは、町が騒然としたもんだ」
「すげえ人なんだな……」
「それだけじゃなくて、親切でよぉ。困ってるヤツを見かけたら助けてくれるし、回復魔法かけてくれたり、誰も受けてくれないような安い依頼もこなしたりとな。最初は嫉妬するヤツも多かったが、今じゃメナリーの人気者だぜ」
「はぁ……」
少年と少女は、長い白髭を生やした老人と親しげに会話するリリアナを、憧れの目で見つめていた。
冒険者ギルドの奥にあるマスターの部屋で、リリアナは白髭の老人と向かい合っていた。
「こないだ会った学者さんは助かりました。ありがとうございます、ギルドマスター」
彼女が頭を下げると、いかにも好々爺という風体の老人が髭を撫でながら微笑む。
「リダリアから流れてきた政治体制の研究者じゃったか。しかし特級冒険者を始め、評議員全員に、他大陸からの使者と、色々と繋がりを作ったもんじゃの」
「他国の貴族の使者や御用商人なんかも会えたし、色々と成果は出て来ました。もっとも……」
そこまで真面目にお礼を言っていたリリアナが、困ったように目尻を下げる。
「ほほっ、求婚者が多すぎたのぅ、リリアナちゃん」
「うん……さすがに金銭的見返りの代わりに妾になれとか、息子の正妻とか、小国の妃候補とか色々あって困ったよ……その気はないのに……」
真剣だった表情を綻ばせ、心底疲れたと言わんばかりに深いため息を吐く。その様子を見てギルドマスターと呼ばれた老人が微笑んだ。
「人気者も困ったもんじゃの。それで、今日は、また誰かを紹介してもらいに来たのかね」
孫でも見るような親しみの込められた視線に、慌てたように手を振って否定する。
「あ、今日は違うの。情報を貰いに来たの」
「情報? ……ほう、耳ざといの。帝国の件か」
「うん。ブレスニークの次はこっちだと思って確認しに来たの。こないだ紹介して貰った大店の番頭さんに聞いて見たら、ギルド長の方が詳しいって言うから」
「ほほっ。最初からこっちに来れば良かったのじゃ。わしゃリリアナちゃんに隠し事はせんよ」
「あんまり頼りすぎるのも悪いかなって……ごめんねギルドマスター」
「構わん構わん。その謙虚さも美徳じゃ。今、評議会でも議題に上がっておる。帝国がこちらを攻めてくるんじゃないかとな」
目を細めて髭を撫でるが、その眼光は鋭く、並みの冒険者なら間違いなく怯んでしまうだろう。
「ブレスニークのお姫様は逃げてきたの?」
「その件じゃがの。何でもアエリアから来た冒険者が助け出したそうじゃ」
「へえ……特級のクリフ・オウンティネンさんのチームかな?」
リリアナがわずかに目を細めると、ギルドマスターが少し驚いたように目を見開く。
「鋭いの。その通りじゃ。何か知っておるのかの、リリアナちゃん」
「良い手を打ってきたね。シャールカ・ブレスニークは間違いなく帝国の意向を汲んで動いてると思う」
「ふむ……どういうことじゃ? スパイと言うことか? 第三皇子の元婚約者とは聞いていたが、婚約は破棄され、ブレスニークに奪還されたんじゃろ?」
「うん。指示を受けているかどうかはわからないけど、シャールカ・ブレスニークなら、会話をせずとも帝国の意向を汲む。それしか彼女に生きる道はないからね。だけどクリフさん……この場合はアエリア聖国って言った方が良いかな。あの国は逃げた聖騎士王家の姫を旗頭にしたい。だから抑えたんだと思う」
「どういう情報網じゃ……感心するわい。クリフがアエリア聖国の騎士団長の一人とは、言っておらんかったはずじゃぞ」
「アエリアの隣国の貴族の息子さんが教えてくれたよ。冒険者上がりの叩き上げの遊撃騎士団の長だって」
「それでアエリア聖国はどうするつもりじゃと思う?」
「たぶん、応援部隊が山ほど来るはず。アエリア聖国は周辺国と期間限定の秘密同盟を組んだと思うから」
「……儂すら知らん情報を。それはどこからじゃ?」
「アエリアの隣国と揉めてる国が、最近防衛戦力が厚くなったと言ってるらしいよ。そういう周辺国の周辺情報と、アエリア船籍の船の数に、商人たちの扱う商品の変わり方。そんなところかな」
「大したもんじゃ。立派になったもんじゃの」
「メナリーを追い出されたときの私じゃないからね」
冗談めかしてニヤリと笑うリリアナに、老人は自分の額をパンと叩いて豪快に笑う。
二年近く前に、帝国がEAレクター強奪事件を起こした後の話だ。帝国と事を構えたくなかったメナリー評議会は、真竜国の人間を都市から追い出したことがあった。
そういう経緯があったにも関わらず、戻って来た後はメナリーのために働いてくれたリリアナに、感じ入る人間も少なくない。
「それで、どうするんじゃ?」
「帝国は間違いなく攻めてくる。それを撃退するのに協力させて欲しい」
「……それは願ったり叶ったりじゃが、帝国は強いのじゃろ?」
「今回は本気で行くからね。私もEAを出すよ」
勇者であるというリリアナ・アーデルハイトの力は、ギルドマスターもよく知っている。伝説に近いような魔物すら単独で葬る実力者だ。しかもそれらを、強力な鎧型兵装に頼らず生身でやり遂げたのである。
それでもリリアナが、ヴィート・シュタクに負け続けたという情報を無視はできない。
老人は自分を真っ直ぐ見つめる女性を見つめ返す。
「覚悟はわかった。して、成功した見返りは何を求めるのじゃ?」
「そうだね……もうお金も一通り稼いだし、色々とあるけど、まずは」
リリアナ・アーデルハイトは考え込む素振りを見せた後、
「二つの大陸が交わる場所、メノア大陸有数の交易都市メナリー。その評議会の椅子を一つ、貰おうかな?」
と花のように微笑んだのであった。
特級冒険者クリフ・オウンティネンは、メナリーの隠れ家に戻ってきた。
「これからアンタにゃ、ここで暮らしてもらう。結構な家だろ?」
銀髪を緩い三つ編みにしたシャールカは、それに答えることなく二階建ての家の中に入っていく。
中は大広間から広がった多くの部屋があり、十人規模の家族でも住めそうなものだった。
「何かありゃニコラに言ってくれ」
クリフがそう言うと、ふっくらとした中年の女性神官がシャールカの側に歩み寄った。
「すまないけど、よろしくねえ、オヒメサン。部屋は一番奥さ」
ニコラと呼ばれた女性に付き添われ、シャールカは建物の奥にある廊下に消えていく。
銀髪の令嬢はあの後から、一切言葉を発していない。ただ冷たい表情で頷くだけだった。
それを緊張した様子で見送った後、他のメンバーは入り口の大広間のソファーに次々と腰掛けた。
「はぁ……いつ爆発するか不安だったよ……」
眼鏡をかけた二十歳前後の年若い魔法士が大きなため息を吐く。
「気にしすぎなんだよリチャード」
隣に座ったクリフが、仲間の肩を軽く叩いた。リチャードは叩かれた場所を抑えながら、
「気が向かないのもあるんだけどね、クリフ」
と呟く。
「お前だって大事なお姉さんのためなんだろ。やるしかねえさ」
「まあ、そりゃそうなんだけどさ」
彼らの間に、髪の短い女のエルフが割り込み、二人の肩を引き寄せる。
「もう、まだまだ仕事長いんだからさぁ」
「そうだけどな、ライニ。坊ちゃん育ちのリチャードには、気が重いところがあるんだよ」
「リチャードって魔法はすごいのに、繊細すぎ」
ライニと呼ばれた女エルフがカラカラと笑う。
「お、おでも気が向かない。だけんども、クリフに恩を返すためにやる」
反対側に腰掛けた大男が呟く。その両目はくっつかんばかりの寄っており、彼の種族がサイクロプスハーフという希少種であることを示していた。
「恩は気にすんなスキッチ。だけど仕事は仕事だ。悪いが協力してくれ」
「わかったで」
ゆっくりとした喋りのスキッチにクリフが笑いかける。
最後に飲み物を飲んでいた小柄な男が、親しみはあるがいやらしい笑みを向けた。
「クリフ団長こそ、今回成功して母国に戻りゃ、あのつんけんした末姫様と結婚できるかもしれねえんだろ?」
「言うなよリッジ。そうと決まったわけじゃねえし、この作戦だって先の長い話だ。弟が生きてりゃもっと楽だったんだが、今となっちゃ自力でどうにかできるんだからな。自分の手で掴んだ方が気持ちが良いだろ」
「十も下の嬢ちゃんにマジになっちゃって」
「うるせえ。アイツは良い女なんだよ。気は強いが、母親の位が低かったせいで強くなきゃならなかったんだ。でも優しい良い女さ。民を何とか助けようという気概もある」
「うわ、めっちゃ惚れ込んでるじゃん団長。気持ち悪っ」
「うっせえ。てめえは結婚式にゃ呼ばねえからな!」
クリフが冗談めかして怒ると、仲間たちもわいわいと思い思いのことを言い始める。
彼らは騎士団長であるクリフが、今回の特殊任務のために集めた特級冒険者ばかりのチームだ。しかし以前より交友のある人員だけを集めたおかげで、仲も良かった。
「アンタら、騒ぐのは良いけど、酒盛りなんて始めるんじゃないよ」
そこに最後の仲間である中年女性神官が戻ってきた。
「ニコラ、それぐらいは弁えてる。で、あのお姫さんの様子は?」
「そうだねえ。まあ人質取って動かしてるアタシらと会話したくないのは、当たり前さね」
「ま、良いさ。明日は忙しいからな。後で食事でも持ってやってくれ」
「あいよ、団長。でも、気をつけなよ」
「あん? 充分に気をつけてるつもりだが」
「あのとき、アタシら全員を相手に、一切引かなかった子だよ」
あのときというのは、真竜国で戦ったときの話だ。シャールカをブレスニークに連れ帰る任務で、EA同士で戦闘になった。
遊撃騎士団の長としてだけでなく、大剣豪という二つ名を持つ特級冒険者であるクリフ。そして気心の知れた仲間たち。
その六人を相手に、一歩も引かなかった。
「正直、化け物レベルだってのは理解してる。でも泣き所は抑えてるんだ」
「そっちもそうだけど、たぶんあの侍女を切り捨てるつもりだったよ」
「だろうな。母親の話を出す寸前、すげえ殺気を飛ばして来やがった。あの侍女はたぶん、公爵が送り込んだ監視役も兼ねてたんだろ。躊躇いもなさそうだ。やっぱりオトマル先生の話を信じて良かったぜ」
「わたしゃ、あの男は気に食わないけどねえ」
ふっくらとした女性神官が嫌そうな顔を浮かべると、クリフも苦笑いを返した。
「EAを作る秘密を知ってるだけで、役に立つんだ。今は下手に出ておいて損はねえ」
「交渉は団長がやりなさいよ」
「わーってる」
面倒くさそうに手を振るクリフに、女性神官ニコラが腰に手を当ててため息を吐く。
「でもさ、団長。あの勇者の母親って何でブレスニークなの?」
ライニと呼ばれた女エルフが、リチャードの膝の上からクリフに話しかける。
「そりゃオレも知らねえ。さすがにオトマル先生もそこまで口も割らなかったがな。でも身に余る魔法を使って、廃人になったような感じだったな。そうだろリチャード」
女エルフを膝に乗せたまま本を読もうとしていた眼鏡の男が、肩を竦める。
「言ったろ。専門家じゃないんだ。でもたぶん、強力な魔法を使ったせいだろうな。そういう魔法士を見たことがあるよ。死ぬ一歩手前だったんじゃないかな」
「強力な魔法ねえ。仮にも称号持ちなんだろ、あの『聖母』って」
「という話が本当なら、僕らには想像もつかないような魔法だろうね。あの帝国が使った『星降り』や『神罰の光』にも迫るぐらいの」
「まあ、気には止めとくぐらいで良いだろ。あの勇者の母親は人質以外の価値はねえんだからな」
「そうだね。深入りしている余裕はないし、本人から話を聞くのも難しそうだ」
残念そうに肩を竦めるリチャードに、話に飽きたライニが抱きついた。
「まあ、やることは打ち合わせ通りだよね。ならいいや」
その言葉を聞いたクリフは呆れたように、
「お前が聞いたんだろうが」
と苦笑しながら文句を零した。
さあこい!
今日は更新しないかもと言ったけど、嘘でした。
明日からしばらく大佐メインです




