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1、婚約破棄






 ■■■






 真竜諸島共和国で皇帝ユーリウスと将軍アネシュカが勇者に殺された事件から、一ヶ月後の話だった。

 帝国の陣地に残ったシャールカは、そのまま囚われることを選び、帝都まで連れて来られた。

 貴人用の牢に閉じ込められて過ごしていた彼女は、ずっと婚約者の顔を見たいと思ってうつむいていた。

 今の彼女は公爵令嬢でない。謀反人の娘だ。なので衣服も、囚われた貴人のために用いられる、飾り気のない白いドレスしか着ることができない。

 何もせずにぼんやりと過ごす日々がしばらく過ぎた頃、彼女の元に軍人たちが訪れる。

 彼らに部屋から出され、連れて行かれたのは、第三皇子が居室とする予定だった部屋だ。

 暗い部屋の中にいたのは、背もたれの高い木の椅子に腰掛けたヴィルだった。

 シャールカは思わず彼を抱きしめようと歩き出しそうになるが、軍人たちの持っていたロープに引っ張られて近づくことができなかった。

 座ったままのヴィレームが口を開こうとして、再び閉じたのが見えた。

 照明はなく、ヴィレームの背後にある大きな窓から、二つ月の光が差し込んでいるだけである。ゆえにシャールカにはヴィルの目元がよく見えない。

 彼は何かを噛み締めるように歯軋りを立てた後、今度は苦しそうに、


「シャールカ・ブレスニークよ」


 と、その名前を呼ぶ。

 一ヶ月ぶりのヴィルの声だった。


「……はい、ヴィレーム殿下」

「おおよそは聞いた。ただ、もう一度、お前が何をしたか、何が起きたのかを直接聞きたい」


 彼女はすでに右軍にほとんどを話していた。

 ヴィート・シュタクの正体である彼が、知らないわけがない話だ。それでも直接、話す義務がある。彼女はそう思っている。


「勇者をブレスニークに逃すため、私が船を手配しました」

「……勇者が東の港へ向かっていた件か。お前から陛下とアダミーク閣下に報告があったと、軍の記録官が証言をした。その後、配置換えをされたとも。それを行った理由はなんだ?」


 ヴィルが眉間を指でなぞる。


「貴方様と、勇者リリアナを戦わせないために」

「戦わせない理由は?」

「その戦いの後に、魔王が生まれると、聖騎士の予知で知りました」

「予知の内容を話せ」

「魔王と関係するのは二つ。ヴィレーム殿下が魔王となり、世界中の人間から命を狙われ非業の最期を迎えるというもの。もう一つは、真竜国にて白と黒の鎧が激突し、その果てに魔王が生まれるというもの」

「魔王誕生については、剣聖と聖女は、その神託を聞いたと言っているな。おそらく称号持ち全員が知っているだろう、リリアナが魔王であると」


 真竜国の決戦後、称号持ちたちは、魔王が出現したというマァヤ・マークからの神託を受けた。彼はそれを配下である二人の称号持ちから報告されていた。


「魔王が誕生すれば、称号持ちは協力し打倒する必要があります。称号持ちだけでなく、世界中が魔王を狙います」

「なぜだ?」

「魔王は勇者よりも強く、世界に混乱をもたらします」

「魔王の意思に関わらずか」

「わかりません。ですが伝承によれば、どの魔王も非業の最期を迎えております。世界中を敵に回した結果として」

「魔王が平和を望んでもか」

「聖龍レナーテを除けば、魔王は最も強き者です」

「そのレナーテを倒した我らの敵ではないな」

「……貴方自身が、魔王になるという予知があったのです」


 婚約者の言葉を聞き、第三皇子は再び目の間を右の人差し指で触れる。


「確かに、以前のオレに言っても、聞き届けはしないな」


 彼が自嘲する。自身が魔王となると言われても、鼻で笑うだけだっただろう。


「ドリガンの街で、貴方は復讐を諦めないと決められました。ならば、私はその伴侶として……邪魔はできません」

「魔王になるかもしれないから、復讐をやめろ。そんなことを言って聞くオレではない。よくわかっているじゃないか。むしろ魔王となってでも、復讐をすると言ったに違いない。もう一つ聞こう。今まで予知が外れたことは?」

「……ありませんでした。リリアナが魔王となったこと以外は」

「外れた理由は?」

「わかりません……」

「そうか」


 短く答えたヴィレーム・ヌラ・メノアが、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 頭の位置が背もたれより高い場所となり、二つ月の明かりが彼の顔をわずかに照らした。


「ヴィル……それは……」


 彼の眉間には、深い傷跡が残っていた。すでに古傷のように定着してしまっていた。


「……消えないんだよ、リリアナに切られた傷が。聖女の治癒魔法を持ってしても」


 それでさっきからずっと眉間を触っていたのだと、シャールカは知る。虚ろな足取りで彼に近づきそうになった彼女を、軍人たちが持つロープが押し止めた。

 目に涙が溢れ、零れそうになるのを、シャールカは押し止めようと瞼を閉じた。


「シャールカ・ブレスニーク。一つ、聞く」

「……は……い」

「聖騎士とはお前か?」


 確信を持った問い掛けに、ルカは頭を垂れる。その拍子に涙が一粒零れた。


「申し訳ございません……」

「言えないのか?」

「……申し上げることが、できないのです、これだけは」

「家の命令でか?」

「私自身の、意思です」


 彼女が何度も首を横に振る度に、銀髪が揺れる。

 それを見たヴィレームがふっと懐かしそうに笑った。


「お前は強くなったよなぁ。幼い頃はずっと誰かの後ろに隠れていた、引っ込み思案な女の子だったのになぁ」

「……それは……」


 ヴィルは、彼女から手が届きそうで届かない距離まで進み、見下ろす。


「シャールカ、跪け」

「はい……」


 言葉とは裏腹の優しい言い方に、彼女は両膝をついて頭を垂れた。長い銀髪が冷たい床に触れる。

 じっと、今から来る言葉を待った。

 月光差す部屋の中、ヴィルは懐からアイマスクと取り出す。

 それは母親のアネシュカがつけていたものと同じ系統のデザインであり、ヴィート・シュタクのときと同じように、目元を全て隠してしまう。


「ブレスニーク家は帝国に反旗を翻し、無許可でEAを製造、さらには冒険者を雇い勇者を匿った。その罪は重い」

「……何も異議は、ござい……ません」

「謀反人は家族もろとも死罪である。これは帝国の法だ。違えることはない。だが、お前には使い道がある。ゆえにまだ殺さない」

「ご恩情、誠にありがたく存じます」

「そして、オレの口から伝えなくてはならないことがある」

「はい」


 二人の間に訪れる沈黙は重い。

 男は言葉を口にするのを躊躇うように、唇を震わせ唾を飲み込む。

 女はただ頭を垂れて、その宣告を待った。

 窓の外に浮かぶ二つの月を、厚い雲が覆う。


「私、ヴィレーム・ヌラ・メノアとシャールカ・ブレスニークの婚約は今、ここに破棄された」


 こうして二人が家族となる道は閉ざされた。

 その後、シャールカ・ブレスニークは作戦の一環として東方ブレスニーク家を挑発する道具として使われ、狙い通りに奪還されることとなった。











 東方ブレスニーク公爵領の中心である公都。その外にある草原にある丘に訪れた夜。

 あの婚約破棄から十一ヶ月が経った。

 シャールカは、公都の中央で燃える公爵邸を、城壁の外から眺めている。

 そこは彼女の生家であり、家族と過ごした場所だ。


「お嬢様」

「レギナ、ご苦労様です。勇者たちの動きは?」


 彼女の背後に、音もなく侍女が現れる。砂色の髪をした、どこにでもいるような顔の女性だった。


「メナリー近くにある真竜国租界地で大人しくしています」

「ソニャは?」

「お嬢様がご命令された通り、魔物の討伐へ」

「わかりました。手配ご苦労様です」


 その会話の間も、彼女は一度たりとも遠くで燃える炎から目を離さなかった。


「……これで、よろしかったのですか?」

「ええ。これで良かったのです。いえ、もっと早く判断すべきでした」

「次はどうされるのですか?」

「メナリーへ亡命します。運良く生き残った私が、諸外国連合勢力の集まる今のメナリーへと行く」

「今回はどうされます?」

「ブレスニーク聖騎士王家の生き残りとして」

「かしこまりました」


 レギナが頭を下げる。二人は近くに停めてあった、簡素な屋根付きの馬車へと乗り込んだ。


「参りましょう」


 闇夜の中、燃える屋敷を背にし、旅立っていった。












 ■■■







 オレは珍しくヴィレーム・ヌラ・メノアとして登城していた。

 今日は、城から父さんの亡骸が運び出されて、皇室の霊廟へと運び込まれる日だ。このために、ブレスニーク襲撃からとんぼ返りをした。

 こんな過密スケジュールになったのは、どうしてもこの日までに一応のケリを付けておきたかったが、襲撃準備が整わなかったせいである。

 皇帝の遺体は、一年間は帝城内に安置される。そこで祖王アダルハイトの眠る霊廟を開けるための儀式が一年かかるためだ。そういうわけで、本日が出棺だ。

 手に持つ棺桶は重く、この中には先日まで腐敗防止のために香油に浸されていた父さんがいる。きっと豪奢な布に包まれていることだろう。

 皇太子ザハリアーシュと、その母であるカロリーナ殿が前方を担ぎ、オレが最後尾を担ぐ。他にも宰相やザハリアーシュの息子、それに妹のハナ・リ・メノアも参加していた。

 ザハリアーシュはまだしも、ハナと会うことは滅多にない。こいつがなかなか表に出てこないからだ。

 楽団の悲しげな音楽に見送られ、敬礼する軍人や頭を垂れる貴族の間を通り、大きなアーチを潜った。

 ここで皇帝専用の馬車へと棺桶を乗せ、オレたちも喪に服すときに使われる黒い馬車数台へと分かれて乗り込んだ。

 同席したのは、ハナとザハリアーシュだ。二人揃って向かい側の席に座った。

 特に会話もない。オレは窓のカーテンを指でずらして、外を覗き込む。

 帝都の大通りに店を連ねる豪商たちや、各町の取り纏め役などが並んで、皇帝の出棺を見送っていた。

 手を戻し、頬杖をついたとき、


「ヴィレームお兄様」


 と向き合った席のハナが声をかけてきた。


「なんだ、ハナ」


 長い金髪を後ろに長し、喪服である黒いドレスに身を包んでいる。

 妹とは言うが、実際は義妹で従姉妹である。父さんの弟夫婦が早世したため、皇室で引き取ったのだ。


「これから、どうなさるのです?」


 悲しげに目を伏せているハナだったが、その顔が気に食わない。兄妹が一同に揃うように手配したのも、こいつの仕業だろう。


「どう? 何の話だ?」

「ええ。シャールカとの婚約も破棄になり、皇帝陛下と将軍閣下は幼馴染みである勇者に殺されました。その上でヴィート・シュタク大佐はどうなさるのかと」


 義妹がところどころ同情するように涙声になりながら口にしたので、少し慌てたザハリアーシュが、


「ハナ、やめろ」


 と強い口調で命令をする。

 あまり会話をしてないので忘れていたが、ハナは腹黒だったな。

 オレが答えないでいると、隣のザハリアーシュに向けて、悲しげな顔を向けた。


「私たちにもお可哀想なヴィレーム兄様のお手伝いができないかと思っただけですの、ザハリアーシュお兄様」


 しゅんとした顔の演技に、腕を組んだザハリアーシュが大きなため息を零した。

 皇太子が困っているようなので、オレは仕方なく、


「アイツはメナリーだ」


 と教えてやる。


「メナリー? あら、またどうして?」

「ブレスニーク聖騎士王家が崩壊したので、都市国家メナリーの評議委員会に助けを求めている」

「ということになっていると?」


 そういう策略なんだろう? と尋ねてくる。


「何のことだかわからんな」

「では、次のお目当ては、アエリア大陸との玄関口であるメナリーですね? 何のためにですか?」


 先ほどの涙はとっくに止まっている。それどころか、おとぎ話をねだる子供のようにワクワクとした表情を浮かべていた。

 オレはチラリとザハリアーシュに視線を送る。

 すでにこの兄は知っているところだ。父さんや母さんのときと違い、いちいち許可を取るのが面倒ではあるが。

 オレが答えないと思ってか、ザハリアーシュが隣のハナを横目で見ながら、


「お前も知っておけ。帝国千年の計画の全容を」


 と重く低い声で語り始めるのだった。

















事実関係を整理しつつ、話を進めていきます。

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