21、魔王誕生
誰も勇者リリアナを放っておいてくれない。
ブレスニーク公爵家は皇帝や将軍、それにヴィート・シュタクを害さなければ、真竜国の避難民を受け入れないらしい。
すでに避難の列は、東の港への道の半ばまで進んでいるも関わらずだ。
手紙を読み、ヴィルに会うために、ここまで来たというのに、また勇者として動かされる。
彼女の周りでは、すでに戦闘が始まっていた。
コンラートや特級冒険者チームが、シャールカ率いるボウレⅡたちと激しい戦闘を繰り広げている。
勇者は戦いを挑んでくるEAたちを相手にしながら、もう終わりにして欲しいと願い続けていた。
「どうして……」
――もう嫌だよ、助けてよヴィル。
「オラ、行け勇者ちゃん!」
クリフと名乗った男が、発破を掛ける。
「行かせません! 行っては駄目です、リリアナさん!」
シャールカが怒りを込めて叫ぶ。
特級冒険者の短剣使いと斧使いが、彼女とリリアナの間を遮るように割り込んだ。
「全部とは言わねえよ、勇者ちゃん。皇帝とか将軍なんて無視しちまえ。ヴィート・シュタクだっけ。そいつだけを狙えば良いんだ」
仲間の中心でボウレを斬り飛ばしながら、勇者を説得し始める。
「聞いては駄目です! リリアナさん!」
「リージ、スキッチ、ご令嬢さんを黙らせろ」
「合点」
「まかせなー」
特級冒険者チームの二機が、周囲のボウレをなぎ倒し、シャールカに向けて魔力砲撃を放ち始める。
前衛の短剣と斧の二人を相手にしながらのシャールカが、咄嗟に障壁を張ってから距離を取ろうとした。
「ダメダメー読んでるよ」
そこに短剣を持ったEAが後ろへと回り込む。
「こちらもです」
後ろから突き出された攻撃を横に避けたシャールカは、EAの腕を取り、片手一本で投げ飛ばす。
「ふーん、なるほどな。盾を持ってるせいで、魔力砲撃がほとんど使えない機体か」
綺麗に着地した短剣のEAが感心したように呟いた。
「行け、勇者ちゃん! 真竜国の民を救うんだろ! 相手は魔王らしいじゃねえか。じゃあ、気にするな! それ以外を殺さなきゃいい!」
特級冒険者クリフの言葉の後に、勇者リリアナは走り出した。
別に彼の言葉を聞いたわけではなかった。
ただ、か弱き民を救うことだけは、彼女がしなくてはならないことだと自分に言い聞かせた。
「待ちなさい、リリアナさん!」
シャールカは、勇者が走った方向を追いかけようとする。しかしそこに冒険者チームの四人が立ち塞がった。
「おっと、行かせないぜぇ」
「……貴方たちは……」
白銀のレクターを追いかけなければ、予知が成就してしまう。
しかし、EAをまとった特級冒険者のチームワークは抜群であり、シャールカは抜け出す隙を見いだせない。
――ヴィル、駄目です、彼女と戦っては!
逸る心を抑えつつ、何とか抜けだそうと試みていた。
「さて、ご令嬢はオレたちと来てもらおうか」
「……なぜ、勇者を唆したのですか」
「あー。悪いな。オレはヨルマ・オウンティネンっていう死んだ剣聖の兄貴なんだわ」
「ヴィート・シュタクに恨みがあると?」
「いや、戦いで殺されたんだ。ヨルマだって恨みはなかろうさ。ただ、弟が勇者を放っておけないって言ってたからな。確かに見てそう思ったから、背中を押してやっただけさ」
「……余計な、ことを!」
「わりいな、令嬢さんよ。だが、成功すればアンタの実家も避難民を引き受ける」
「独立など成功するわけがありません」
「いや、するさ」
「なぜ断言できるのです」
「オレはな、他大陸の国に言われて国盗りに来た刺客なのさ。だから援助も資金もたっぷり。人員だって沢山いる」
クリフ・オウンティネンが楽しそうな調子で声を弾ませた。
シャールカは父親の顔を今すぐ殴りつけてやりたいと思っていた。そして、その横にいるであろう金髪の元皇太子もだ。
「じゃ、悪いけど、本気出すぜ、お嬢ちゃん! 悪いが、オレは称号を取る前の弟よりは強かったんだぜ!」
剣聖の兄が剣を構えて、気を吐いた。
シャールカが静かに盾を構える。確かに隙は少なく、周囲には彼をバックアップする仲間たちも揃っていた。
今すぐにでも、リリアナを追いかけて止めなければならない。
だというのに、自分の父が呼び込んだ特級冒険者のEAが、簡単に突破させてくれそうにない
――ヴィル!
シャールカは心の中で愛しい男の名前を呼びながら、戦闘を続けることしかできなかった。
リリアナは走る。
ただひたすらヴィート・シュタクを目指して。
首都を走り続けた。
――ヴィル。ヴィル……もうやだ。
心の中はずっと悲鳴を上げている。
誰もが彼女に使命を押しつける。それが正義だからと、勇者に期待を抱く。
彼女はそんなもの、一度たりとも欲しがったことはない。
しかしロマナやアーシャ、メンシークたち、それに首都から逃げ出した避難民を見捨てることなど、彼女にはできなかった。
「どいて!!」
道に立ち塞がる帝国兵たちを吹き飛ばしながら、彼女は走る。
ヴィート・シュタクがいるなら、神殿の方だ。レナーテと戦っていたはずなのだから。
――もう嫌だ。
子供の頃に戻りたい。ずっとヴィルの背中を追って歩いていたいと願う。
好きで真竜国まで来たわけじゃないのに、いつのまにか故郷になっていた。
いつのまにか押しつけられた勇者という称号。
みなが期待する正義を模した幻想が、彼女をずっと苦しめてきた。
勇者の自覚。勇者として。勇者なのだから。
本当の彼女はただ、真竜国の民が不幸な目に遭わなければ良いなと思っていた程度だった。にも関わらず、周囲が勇者を期待する。
立ち塞がる者を吹き飛ばし、進み続ける。
一刻も早く終わらせたい。ヴィート・シュタクを倒して、終わりにしよう。
息を荒げながら、聖龍レナーテの横たわる神殿の前に。彼女は辿り着く。
赤いEAに支えられた、その男の黒いEAが見えた。
■■■
「リリアナ……?」
目の前の光景が信じられなかった。
白銀のレクターが、坂道を上って神殿へと現れたのだ。
「うあああああ!!!」
「ちっ!」
オレは剣を抜いて、何とかそれを受け止める。
しかし魔力は枯渇寸前であり、全身に魔力を流す余裕がない。身体強化状態のレナーテに対抗するため、ほぼ全ての魔力を使い切ったせいだ。
鍔迫り合いの状態から、簡単に吹き飛ばされて背中から落ちた。
「もう嫌だ! こんなの嫌だよ!」
泣き叫びながら、再びリリアナがオレに向けて剣を振り下ろす。
「させない!」
ミレナが割り込もうとするが、アイツも魔力は枯渇に近い状態のはずだ。明らかに脚に力が入っていない。
「どいて!」
双剣を交差させて攻撃を受け止めようとしたが、リリアナの一撃で横に倒された。そのまま動かなくなる。
「なんで、どうして! どうして!」
白銀のレクターがこちらに走り出す。
「く、くそっ!」
残った魔力を振り絞り、何とか立ち上がろうとした。
だが、レナーテ戦で消耗しきっているせいか、立ち眩みまでしてきた。
「少佐を守れ!」
父さんが指示を飛ばす。母さんも魔法を使おうとしていた。しかし一人はEAのない生身であり、もう一人は大魔法の中心となったせいで、ほぼ全ての魔力を失っている。
周囲のボウレⅡたちがオレを守ろうと、リリアナに群がる。こういうときのために控えていた無傷の部隊だ。
だが、剣の一振りとともに発動した風の魔法で全員が吹き飛ばされた。
「くそっ! なぜ、ここまで戻って来た?」
勇者は避難民の最後尾について、東の港に向かっていたはずだ。よほどのことがなければ、戻ってくるはずがない。
そう思っていたから、ミレナも残しておくはずの魔力を使い果たしたのだ。
考えても仕方ない。
オレは空回る思考を止め、剣を杖のようにして、何とか起き上がろうとした。
「もう! 終わりにしてよおおおおお!!!」
リリアナの泣き声が、辺りに響いた。
ただの子供のような彼女の声を聞き、足の力が入らなくなる。
……そうか。
オレは自ら力を抜いてしまった。
泣きわめいていた幼い頃の彼女を幻視する。
まあ、ここまでずっと、リリアナを泣かせてきたんだしな。ずっと追い詰められてきたのも知ってるが、レナーテを追うオレは、それを見捨ててきたんだ。
ならばヴィート・シュタクとして死ぬのも仕方ない。
そんなことを思いつく。
ひょっとしたら、オレがレナーテを殺して気が晴れたように、リリアナもヴィート・シュタクを殺したら気が晴れるかもしれない。
どうにも、復讐を成し遂げた瞬間から、生きる力が抜け落ちたようだ。
「ごめんな、リリアナ」
EAの中から、幼馴染みに聞こえないほどの小さな声で、自己満足のために呟く。
人生の幕を下ろすかのように、オレは瞼を閉じた。
ああ。
ドゥシャン、イゴル、アレンカ、ブラニスラフ、リベェナ、オティーリエ。
どうやら、これがオレの復讐の終着点らしい。
今までずっと苦しめてきた分、リリアナが少しでも幸せになれば良いかなと、そんな偽善を抱いて、オレは死を覚悟した。
「ヴィル!」
父さんが呼んでいる。
「ヴィル!」
母さんが呼んでいる。
「え?」
リリアナの戸惑う声が聞こえた。
ゆっくりと目を開く。
オレのEAの上に、二つの体が落ちてきた。
ああ。そうだよな。
――この二人がオレを守らないわけがなかった。
母さんのバルヴレヴォISを切り裂いて、父さんを王錫ごと両断し、勇者リリアナがオレの前で立っていた。
「……ああ」
何だよこれは。
思考が遠ざかっていく。
ああ。
脳内が焼き付きそうだ。
どうみても助かることがない傷だと、判断してしまった。
思考が、止まる。
腹の辺りが、じくじくと、痛み始める。
驚くことに、リリアナの攻撃は、オレのバルヴレヴォの装甲までを切り裂いていた。
兜と胴の一部が割れ、マスクまで切断されていた。
二人に守ってもらわなければ、今の一撃で頭を切られていただろう。
両親が、生を捨てようとしたオレを守ったのだ。
EAの両腕で受け止めた二人の体の体温は、装甲越しでは感じ取れない。
ああ……。
失われていく。
大事だったものが、目の前で零れていった。
思考が闇に沈んでいく。
大人げなく仲むつまじい姿を見せる二人を思い出したのに、それも心の奥で泡立つ闇に飲み込まれていく。
心が、重い。
周囲に残る濃い魔素が、バルヴレヴォの装甲の切れ目からオレの体を蝕んでいく。
血を吐きそうになっていると気づいて、思考が戻って来た。
そうして、オレはようやく、今の思いを口にする。
「勇者リリアナよ、死ぬがいい」
それが今のオレの、嘘偽りのない感情だった。
■■■
黒い鎧は優しく二つの死体を寝かせた後、幽鬼のようにフラフラと歩き始めた。
上段から剣を振り下ろす。
それを軽々と受け止めた勇者もまた、思考が止まっていた。
その名前を聞くはずがなかった。
EAの向こうに隠れていた顔が、そうであるはずがなかった。
「ヴィ……ル?」
目の前の男は、ヴィート・シュタクであるはずだ。ずっと自分たちを苦しめてきた敵だったはずなのだ。
「死ね」
まるで魔力の込められていない黒いEAは、ほとんど重しにしかならない。
だが、そこに込められた殺気に反応し、リリアナは剣を振り下ろした。以前のような力強さはまるでなく、剣があたれば簡単によろめく。
「嘘……だよね?」
ようやく会えた。ずっと追ってきた背中に、ようやく会えたのにと。
「死ね」
ゆっくりとした剣が横に振られる。リリアナはその攻撃を軽く弾き返すが、切り返す刃を放つことができない。
「ヴィート・シュタクがヴィルだなんて、嘘……だよね?」
「死ねよ」
怨嗟の声が耳に届くが、それは思っていたヴィルの声ではない。何度も聞いたヴィート・シュタクの言葉だ。
「嘘だと言ってよ……」
「死ねよ、リリアナ」
ふらふらとブレる剣捌きを見るまでもなく、リリアナには相手が魔力を枯渇させていることがわかる。
「嘘だと……言ってよ!!!」
現実を振り払うかのように、勇者は力を込めて剣を振り上げた。
刃を弾き飛ばされた黒いEAがよろめく。
「ヴィル……嘘、でしょ」
何を思えば良いのかわからない。
すぐ近くにはレナーテが息絶えている。
帝国領土内でも荒野の町でも暴虐を振い、ブラハシュアでは数多の人間を殺してきた。
竜騎士部隊を全滅させ、真竜国の首都を星降りの魔法で崩壊させた。
最後には、聖龍レナーテすら葬った帝国右軍の中心人物の一人が、黒い鎧の男ヴィート・シュタクだ。
「嫌だよ……こんなの、嘘でしょ?」
「リリアナぁ!」
自分の顔が見られたのを気にした様子もなく、半壊した黒い鎧が剣を振ってきた。
それを剣で受け止めると、二人の顔が近づく。
「ヴィル……ヴィルが、やったの……?」
うわごとのように問い掛けたが、相手は、
「それがどうした!」
と叫ぶだけだ。
「ブラハシュアも、真竜国も、みんな殺したの……嘘……だよね?」
「うるせえよ、リリアナ! 死ねよ!」
男が力を込めるが、もはや魔力の欠片もなく、あれだけ手強かったEAの面影は感じられなかった。
「苦しかったんだよ? ねえヴィル? どうしていじめるの?」
「死ねよぉ!」
男は幼馴染みの顔を射殺さんばかりに睨み付ける。
「嘘だと言ってよ! ヴィル!」
勇者が力を込めると、黒い鎧は簡単に吹き飛んで、二つの死体の手前に倒れ込んだ。
それを追撃しようとすることもできず、リリアナもその場で膝をついた。
「……もう、やだよ!! 嫌だよぉおおお!!!」
空に向けて叫んだ後に、彼女は意識を失って前のめりに倒れた。
彼女の頭脳は、有り得ないほどのストレスから守るために、思考回路を暗闇へと落とした。
白銀の鎧と黒の鎧が倒れている。
勇者に押しつけられた幻想は、幼馴染み二人の悲劇として帰結した。
そして、勇者リリアナの夢の中へ、女神ヘレア・ヒンメルが舞い降りる。
『リリアナよ、その自らの正義すら裏切る働き、誠に魔王に相応しい』
「……誰?」
『かような悲劇、もう見たくはないであろう?』
「……もう、嫌だ。何もかもどうでも良いよ」
『そなたに正義を授けよう。魔素だ。魔素で星を満たせ』
「魔素?」
『称号持ちは、魔素を媒介として心を読み取り、未来を予測することさえ可能である。失われた魔素を再び増やし、この世を満たせ。全てを管理せよ魔王。さすれば全ての悲劇が防がれる』
「……そんなの」
『今、そなたに称号を授けよう。そなたは『魔王』。この世を支配する『魔素の王』である』
はい。『魔素の王』はリリアナでした。みんな知ってた。
次のエピローグで第四章終了です。




