19、復讐の終わり
「世界の安寧がどうした!!」
黒い鎧の男が剣を振って、龍の鼻先を切りつける。
その衝撃にレナーテが頭を仰け反らせた。
後方に回っていた剣聖は、その後頭部に双剣を突き刺し、そのまま魔力を込めて蹴りつけた。
龍の頭が地面へと平伏すように墜とされる。
「オラァ!」
横に回ったヴィート・シュタクが、巨大な顔の側面を殴りつけた。
あまりの威力にレナーテが横転し、腹を見せる。
仮面の男はリリアナ戦で見せたような全力で戦っていた。その部下である剣聖も同様だ。彼らはここを正念場と見据えたのだ。
未だ空中に舞っていたミレナが、双剣を振い、魔力斬撃を八本飛ばす。
その全てがレナーテの体に突き刺さり、大きな裂傷を作り出した。
「帝国侵略など、お前にとっては、目的の一つに過ぎなかったかもしれん! だが、我らは決して許さない。そこで失われた命の輝きに賭けて!」
龍の顎先に滑り込んだヴィート・シュタクが、下から抉るように拳を振った。
跳ね上げられたレナーテの上半身が、神殿の上に仰向けで倒れ込む。
崩れかけていた大理石の柱が完全に崩れて、巨体の上に倒れた。
――身体強化を施した龍の体が、押されるじゃと!?
言葉すら発することもできず、レナーテは驚愕の声を上げることすら許されなかった。
「寄越せ!」
黒い鎧が波打つかのように発光する。それはヴィート・シュタクが連続で魔力を全身に流し続けている証拠だった。
「寄越せ!!」
黒いEAが剥き出しになった龍の腹に飛び乗った。
そのまま剣を突き刺し、そのまま走り出す。
まるで蛇でも捌くかのごとく、長い体を切り裂いていった。
レナーテは浮遊のアビリティを使って飛び上がり、振り落とそうとする。
だが、神殿の上に立っていた『第三聖剣』が、再び虚空で剣を振った。十二本の光る三日月の魔力が、聖龍を地面へと押し留める。
第三皇子の聖剣という暗喩を込められたミレナもまた、全力で戦い続けていた。勇者が来ないと聞き、賢者もいないなら、力を抑える意味はない。
そうしているうちにヴィート・シュタクの剣は顎まで辿り着く。
「オレのうずきを消すために、お前の命を寄越せ、レナーテ!!」
最後には巨大な体の先端まで切り裂いた。最後には顎を蹴って後方に飛び、距離を取って着地する。
『この……ただのヒト風情が……』
何とか体を起こしたレナーテだが、大量に流した血のおかげで首をもたげることすらできなかった。地に平伏したような体勢のままだ。
「本音が出たか、レナーテ」
神殿前の広場の中央で、ヴィート・シュタクは剣を担いで、左手を伸ばす。そして手の平を上に向け、挑発するように手招きをした。
「ほら、オレはここだぞ、レナーテ。かかってこい!」
『ヴィ』
「早くかかってこい! レナーテ!」
『ヴィート・シュタクぅううううう!』
四本の足で地面を踏み砕きながら、その顎を前へ前へと伸ばして、黒い鎧に向かっていく。
その歩き方は、レナーテの蔑称であるトカゲそのものだった。
『う゛ぃーーーーと、しゅたくううううう』
地の底から響くような恨みを叫びながら、走り寄ってくる。
突然、そのバランスが崩れ、横に逸れていきそうになった。
ミレナが神殿の上から、魔力斬撃で巨竜の足を狙い澄ました結果だった。
それでもレナーテは、敵に届けとその首を伸ばす。
「無様だな、聖龍」
ヴィルは嘲るように呟いた。
襲いかかる巨大な牙を避け、すれ違い様に顔を切りつける。そして、残っていた右目を真っ直ぐに両断した。
両目を失ったレナーテの顔が黒い鎧の横に、地響きを上げて地面に倒れ込む。
砂埃が舞い上がり、風に巻き上げられていった。
剣を振った形のままのヴィート・シュタクは、沈黙したレナーテに向け、
「このクズトカゲが」
と憎々しげに呟いたのだった。
そしてレナーテは決意する。
周囲の土地を熔解させてでも、この黒い鎧の男と悪魔の石を葬り去ると。
自らの命を燃やしてでも、ここまで痛みを与え続ける憎き帝国を殺し尽くすと決めた。
――憎い。憎い。
悪魔の石以上に、ヴィート・シュタクという男が憎いと思った。
ただのヒトだ。魔力体が敗れたとはいえ、世界最強の聖龍が負けることがあろうはずもなかった。
――魔力がなければ命を燃やせ。世界の安寧などどうでも良い。ただ、自分の恨みを晴らすために、この人間たちを殺す。
両目を失ったレナーテは、暗闇の中でその魔法の準備を始めた。
かつて、メナリー山脈の半分を焼き尽くし、地形を変えた禁術を唱え始める。
古代の大国の三万人を一度に殺した伝承も残っている、超高熱を発する小さな星を生み出す魔法だ。
滅多なことでは使わぬと、龍自身が決めていたはずだった。
一度放てば、首都どころか、この真竜諸島の半分を海に沈め、世界の天候すら変える可能性をも秘めた大規模破壊魔法。
魔素の濃い土地である真竜諸島を破壊すれば、今後にも関わる。だが今は、考える意味もない。
それを放つのは、ただ己のため。
――ここまで自分を傷つけた相手が憎い。殺してやりたい。ああ。これが復讐をしたいという気持ちか。
確かにこれは心が燃える。滾る。自らの身すらも灰へと変えそうな感情だ。
ただ、今は周囲にいるはずの鎧たちを殺すために。
そう決意して、聖龍レナーテは暗闇の中で体を起こし、空へと咆吼を上げた。
もう間もなく魔力が燃える星を作り上げるために動き始める。
そのとき、レナーテは妙なことに気づいた。
あれだけ自分を傷つけ続けた者たちが、攻撃をしてこない。
迸るほどの魔力を見せつけているはずの体に、新たな痛みがやってこない。
そして、遠くから、ヴィート・シュタクの声が聞こえてくる。
「魔法も駄目、物理も駄目。そしてすでに死にかけだ。なら、使うのは伝説にあるような破壊の魔法だろう。しかし発動には時間がかかると踏んでいた。その上、目を失っては、その魔法を避けることすらできないだろう」
男は嘲笑うのではなく、ただ淡々と自分たちの計画を教えていく。
「我ら帝国が放つ神罰の光に焼かれて、死にくされ、聖龍レナーテ」
首都の中央にある大きな広場には、金属板が敷き詰めれていた。
それらには大きな魔法陣が刻まれ、その縁を囲むように、人柱を行使する帝国の新兵器が立てられている。その直径は二十ユルにも及ぶ大きさでありながら、内部には緻密な文様と文字で構成されていた。
周囲にはボウレたちが立ち、柱に触れて魔力を流し続けている。
古代の儀式のようにも見える光景の真ん中には、鎌を持った紅のEAが膝をついていた。魔法陣に魔力を込めつつ詠唱を続けている。
「将軍閣下、合図来ました!」
魔法陣の外から諜報部の男が叫んだ。
「では、撃つぞ。維持臨界点を超えろ!」
柱に触れるボウレたちが、込める魔力量を最大まで上げた。
アネシュカ・アダミークのEAが立ち上がり、陣の中央で鎌を回して、その中心を石突きで強く突く。
「魔女の知識、帝国の叡智、そして我らの怒りを見よ、聖龍レナーテ!」
複雑な文様が一斉に赤い光を放つ。
帝国の第三皇妃、妃将軍などと呼ばれる女性が叫ぶ。
「第十三式詠唱魔法陣術式、発動『天より降る神罰の光』」
声とともに、レナーテの立つ場所へ、空から雲をかき分けて光が降りてくる。
周囲を警戒していたボウレたちが、その荘厳な光景を見上げて、嘆息した。
まるで雲の切れ間から太陽の光が差すような、そんな美しさだった。
レナーテの体が、上空から降りてくる光に包まれていく。
それが体を焼く超高熱の魔法だと気づいたときには、すでに全身で受けた後だった。
聖龍はそれが、自らの命を消し去る威力を持った魔法だと知識で知っていた。
『天より降る神罰の光』。かつて帝国の祖の仲間が命を賭けて放った、星降りにも並ぶ禁術。
――ああ、アダルハイトよ……何故、お主は儂を嫌ったのか。
焼け焦げていく自らの匂いを感じ取りながら、レナーテの意識が光に溶けていったのだった。
首都を見下ろせる切り立った崖の上で、リリアナはその光を見た。
北の高台の上にある神殿のある広場に、一筋の陽光が地面に刺さっていた。
「……星降り並みの……魔力の流れ」
レクターの兜の中で遠見の魔法を使う。
眩い光の中心で、レナーテが空を見上げた姿のまま溶けていく。
「レナーテ様……」
拳を硬く握り、それを見届ける。
聖龍の体から、強い魔力の残滓を覚えた。
帝国は、レナーテにより強力な禁術が使われる可能性を、初めから考えていたのだろう。
だから、それを迎え撃つために同等の禁術を放った。
彼らはレナーテを攻略するために、万全の準備をしてきたのだと理解した。
「ははっ……」
無様だ、と自分を罵る。
聖龍の死にゆく様を、ただ見届けにきただけに終わった。
「もうやめにしよ……ヴィルに会って、それでおしまい」
最後に一度だけ顔を見れば、気が済むかもしれない。
そう思って白銀のレクターが崖の上から飛び降りる。
帝国と聖龍の戦争は、勝敗を決したのだ。
敗残の勇者は、帝国の陣地へと向かう。幼馴染みに会うために。
■■■
そこに残っているのは、体が半分ほどに千切れたレナーテだった。
ヤツの全長は今、二十ユルほどになっている。
空から収束した光を振らせる禁術『天より降る神罰の光』によって焼かれる最中に、何とか身をよじって逃げたようだ。
それでも下半身……と言って良いのか。とにかく長い体の尻尾側半分は溶けて地面に張り付いている。
『負けか……』
横倒しになったレナーテが、呻き声のような言葉を発した。
「おい、まだ生きてんのか」
呆れるばかりの耐久性だ。
これでもヤツの魔力を限界まで削り、残った力で最大の攻撃を放つ瞬間、その魔力を打ち消すほどの大魔法を放ったのだ。
さすがにこれ以上の手はないが、まだ埋葬術式のカートリッジは残っている。
『ああ、恨めしい……』
「うるせえ」
オレは下からバルヴレヴォの全力で蹴り上げ、レナーテを転がす。
変な体液を撒き散らして、龍の頭が転がった。
「ん?」
その弾みで、ヤツの体の切れ目から何か転がり出てくる。
同じように不審に思ったボウレⅡたちが近寄る。それはどうやら、体液塗れになった人間のようだ。しかも見たことがある。
「賢者かよ。しぶといな。まだ生きてるのか?」
「呼吸はあるようです。衰弱しているようですが。どうされますか?」
「どっか邪魔にならない場所に転がしておけ。アダミーク将軍に決めてもらう。見張っておいてくれ」
「はっ」
ボウレたちが粘つく体液塗れになった賢者を抱え、神殿広場の階段近くまで運んでいった。
「さてと」
哀れな龍は虫の息というヤツで、苦しそうな表情を浮かべていた。
「さあ、どうされたい? レナーテ陛下」
黒い鎧が死にかけの龍を見下ろす。
『……儂は……世の安寧を』
「却下だ」
そんな目的があろうと、知ったことはない。
『生きて……』
「却下だなぁ」
死んだみんなもきっとそう思っていただろう。
『魔素を……薄めては』
「それも却下だ」
それも知ったことではない。
こいつの望みの全ては今、命とともにオレたちによって断たれたのだ。
全て拒否してやると、最後に龍が小さく笑ったように見えた。
『ああ、本当にお前が恨めしい、ヴィート・シュタク。復讐してやりたいわ』
それを最後の言葉として、龍は命を失ったのだった。
ソー●ーレイ
ここでこの話を終わっておくのも手じゃないのかと悩む。




