18、バルヴレヴォ
「遠隔砲撃部隊、一斉砲撃。『我、埋葬にあたわず』、砲撃、放て!」
ヴィート・シュタクという男が矢継ぎ早に指示を出す。
山裾に吹き飛ばされたレナーテは、その声を聞きながら我を取り戻した。
『人間がここまで力を持とうとは……』
腹を見せた形で倒れていた体を起こし、全力で魔力障壁を張る。
目の前の半透明の壁によって、全ての攻撃が防がれた。
『……もはや、悪魔そのものと変わらぬ』
「撃ち続けろ、障壁を削れ! いかに大規模出力の障壁といえど、この数で撃ち続ければ消滅する!」
黒い鎧の男が、左手から魔力の塊を撃ち続けながら周囲に檄を飛ばす。
帝国兵たちは返事をしながらも、EAで同じように魔力砲撃を撃ち続けた。
聖龍レナーテは魔力障壁を張り、
『魔素がなければ、人も生物も滅ぶのじゃ! なぜわからん!』
苛立ちを咆吼に乗せて周囲に響かせると、空気と大地が震えた。
薄まる魔力障壁を解除すると同時に、頭の周囲に魔法陣を展開させた。
『対龍の火砲!』
人間など数十人単位で容易く葬る、超高熱の白い炎を飛ばす高等魔法を放った。
「柱部隊、障壁展開! カートリッジ係、障壁解除後、即座に交換!」
高密度の魔力の壁が白い炎を散らし、その存在が虚ろへと還っていく。柱のような兵器を持つEAが横を叩いた。横が外れ、棺桶のような箱が転がり落ちる。
外れた場所に、EAたちが新しい棺桶を押し込めた。
『そこが狙い所じゃ! 土龍破岩槍!』
レナーテの周囲にあった山の岩肌が浮かび上がり、空中で鋭い槍上の物質と化した。
「陛下! 王錫を!」
「任せよ」
左腕しかない男が杖を振うと、出来上がったはずの岩の槍がボロボロに崩れ落ち、地面へと落ちる。
「埋葬兵器! 放て!」
ヴィート・シュタクが再び右手を挙げて、すぐに降ろす。
タイミングを合わせ、柱の先から高威力の魔力砲が放たれた。
慌てて障壁を張ろうとするが間に合わず、四十ユルの龍は直撃した魔力の衝撃によって、右へ左へと体が揺れる。
「全機、交換」
号令に従い、再びカートリッジと呼ばれる棺桶が入れ替えられた。
EAたちは一矢乱れぬ動きで、黒い鎧の指示に従い続ける。皇帝ですら、タイミングを合わせて動いていた。
ヴィート・シュタクは胸を押さえる。
――昂ぶるな。まだ早い。殺してやりたい。だがオレたちは軍隊だ。
整然とした動きで、龍を追い詰めることが、今の最善と心がけ、荒ぶる気持ちを抑えて配下への指示に努める。
それでも堪えきれず、腹から喉へ昇る熱い塊のような怒りを、安堵のため息のように零した。
――もう届く。クソトカゲを殺すことができる。油断はしない。
帝国軍は準備も万全で、ここまでも皇帝の登場以外は予定通りだった。
「さあ諸君、殺すぞ、誰も殺したことのない聖龍レナーテを」
あくまで冷静に、ヴィート・シュタクは指示を出し続けるのだった。
世界の安寧を守るために努めよ。
幼い竜はマァヤ・マークから、 聖龍という称号とともに知恵を与えられた。
よほど年老いた竜しか、理性というものを持つことはできない。しかし聖龍の称号を得たレナーテは、まだ人間より小さな体躯の頃から、仲間たちを操る能力を持ち、絶大な力を得ることができた。
称号による加護とともに育ったレナーテは、世界の安寧というものを考えた。
マァヤ・マークの言葉を考え続け、得られた答えは、他の強い力を排除し頂点に君臨するという結論に達した。
かつて、世界を滅ぼそうとした邪龍は魔王の称号を持ち、世界の安寧を脅かそうとした。
ゆえに全力で戦い、地形を変えるほどの魔法によって葬った。
その次の危険は、魔法を極限まで進化させた文明の登場だった。彼らは聖龍を排除しようと三万の軍勢で挑んだ。それも膨大な魔力による魔法で滅ぼした。
世界の安寧を脅かす者には鉄槌を。
それを繰り返した。
全ては世界のため。世界の安寧を守るため。
そして、世界の安寧を守る聖龍レナーテの、存在理由のために。
それが称号を得て生物の頂点となった竜の誇りだった。
だというのに、今のレナーテは幾度も傷つけられ、血を流し続けていた。
さすがに悪魔の石に拘っても、敵の思う壺だと理解している。
ゆえにレナーテは、『聖龍』の特性である『浮遊』を発動させ、空中へと浮かんだ。
重力に従い、傷ついた体から鱗が剥げ落ち、血液が地面に零れていく。
――逃げるか?
ここは撤退し、また傷を癒やせば良い。
そして、レナーテは魔力を回復する手段がある。どこかで竜なり他の魔物なり人間なりを食らい、力を蓄えることができるのだ。
此度は相手が万全であった。ならば、次は相手が万全でないときを狙う。
そう考えて、神殿を見下ろしたときだった。
「逃げるのか? レナーテ」
悪魔の石を持つ皇帝が、小馬鹿にしたような顔で問い掛ける。声が届くようにわざわざ拡声の魔法を使っているようだった。
『……それがどうしたかの』
「いや、逃げてどっかで大量に魔物か人間を食って、魔力を蓄えるのだろうなと思っただけだ」
『それを防ぐ手段は、お主らにはあるまい。いかにお主の帝国が強力であろうと、世界の全てに手と足が届くわけではない』
「いや、構わんよ。だが、思うのだよ、レナーテ」
『なんじゃ』
「自分の力を蓄えるために、あらゆる生物を食らうお前の特性。それは、魔素を吸い上げる悪魔の石と変わらないのではないかと」
皇帝の嘲りを聞いた龍が、怒りに震える。
返す人間の言葉も思いつかず、聖龍は再び大きな咆吼を上げた。
「お前こそが世界の安寧を脅かす存在という。これはまさに笑い話だな」
『許さぬ、許さぬぞ!』
ようやく出せた人間の言葉は、短い単語だけだ。
龍が眼光を光らせて、悪魔の石を持つ男を睨む。
腹を抱えて笑う皇帝を守るように、黒い鎧が立った。
「陛下、予定外の登場の上、これ以上相手を刺激するのはおやめください」
「すまんすまん。だが、さっきの話を聞いていたら、ついな」
「まあ、お気持ちはわかりますが」
呆れたように答えながらも、黒い鎧の男は油断なく剣を構えた。
剣聖も同じように双剣を構えて、黒い鎧のさらに前に立つ。
レナーテが、その女を見た。
称号持ちは大きな魔力を持っている。食らえば、回復に役立つだろう。
『認めようぞ、帝国。お主らは、この聖龍レナーテの最大の敵であると』
レナーテの言葉を聞いた黒い鎧と皇帝が顔を見合わせる。
その後、前を向いたヴィート・シュタクが呆れたように、
「何を言ってんだ、今更。もうボロボロじゃねえか、お前は」
と小馬鹿にした。
彼の言葉に、帝国軍のあちらこちらから笑いが漏れる。
『……くふ』
「笑い声か」
『まずは魔力の回復をさせてもらおうかの』
四十ユルほどの体をくねらせながら、聖龍は山裾から神殿の前まで近づいてくる。
そして先ほどまで立っていた場所に戻ると、血の垂れた指を、中央の皇帝たちに向けた。
正確には、剣聖の乗るEAを指さしていた。
『転移じゃ』
レナーテは、まず剣聖を食らおうとした。
ドリガンの町の魔力体が用い、賢者と勇者をブラハシュア近くまで飛ばした能力を使った。
そして自分の顔の近くまで引き寄せ、一気に食らってやろうとした。
しかし、何も起こらない。
沈黙が周囲を包む。
黒い鎧が首を横に振りながら、
「バカが」
と呟く。
『なぜ動かぬ!』
「他者転移は魔素を介した技能だろう? ならば今、極端に魔素が薄いこの場で使えるはずがない」
ヴィート・シュタクの鎧が走り出した。
『そこまで魔素が薄いはずが……そうか、悪魔の石だけでなく、その柱か!』
「本来なら、石は他の人間が持ってくることになってたんだけどな! 予定が狂ったぜ!」
黒いEAがレナーテの頭に向けて飛び上がり、剣を振り下ろす。
右目が縦に切られ、痛みの咆吼を上げながらレナーテがたじろいだ。
「全機、やれ!」
何か不満げに呟く皇帝をよそに、残ってたEAたちが再び螺旋槍を持って高速でレナーテに突っ込み始める。
再び体を抉られ始め、聖龍レナーテは痛みに声を上げる暇も無く、右へ左へと体が揺れる。
『ぬおおおお!!』
地を這う人間たちの攻撃から逃れるべく、聖龍は再び空へと飛ぼうとした。
「障壁網、投射しろ!」
ヴィート・シュタクが叫ぶと同時に、帝国軍の持つ柱がレナーテの上で魔力障壁で展開した。
それは今までと違い、指定された領域全てを覆う壁ではなかった。蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸状のものだ。
飛ぼうとした聖龍は頭を壁に抑えられ、地面に押しつけられる。
「これなら長続きするんでな」
『儂が、なぜこの儂があああ!』
「無様だな。本当に無様だ。まだわからんのか、クソトカゲ」
『なぜじゃああ! 世界の安寧を守る聖龍じゃぞ!』
地上で身をよじらせながら、レナーテが何かに縋るような声を上げた。
その頭に黒いEAが飛び乗る。
そして剣を両手に持ち、振り上げた。
「オレたちはな、研究してきたんだよ、お前を。各地の伝承から、この間の魔力体の戦闘まで。お前が持つであろう、ありとあらゆる能力を類推し、その対策を十年前から、いや、始祖の時代から練ってきたんだ。だから、そろそろ死んどけ!」
聖龍の眉間へと振り下ろした。
魔力でできた網に抑えられ、飛んで逃げることすらできない。
分厚い鱗は高速回転する槍によって蹂躙されていた。
周囲に血を撒き散らし、逃げよう逃げようと体をよじる。
だが、それも叶わない。
世界の安寧を守るために存在する聖龍レナーテは今、一方的に嬲られていた。
ヨナーシュ・クハジークは行動に移せないでいた。
ブレスニークの次期当主であるクサヴェルに言われた交換条件は一つ。皇帝と将軍、そしてヴィート・シュタクの暗殺だ。
だが、彼にはレナーテの待つ神殿広場に向かう権利は与えられなかった。そこに向かったのは、精鋭中の精鋭揃いだ。
つまり多くのEAが後詰めとして首都や神殿周りに控えている状態である。
彼には戦術は何一つ教えられず、後方での荷物運びに従事するしかない。今は棺桶のような箱の運搬という地味な任務を続けていた。
さらに五人一組での行動を強いられ、残り四人は顔見知りですらない。EAからも降ろされたところから、すでに察知されていると感じていた。
歯痒く感じながらも、隙を覗い続ける。
狙うなら、レナーテとの戦いが終わった後だと思っていたが、右軍も諜報部もバカではない。
それでも彼は家族を救うために、考え続ける。
信頼してくれているザハリアーシュを裏切るのは心苦しいが、それでも家族の命には代えられない。
だから彼は細い希望の糸に縋り、ずっと機会を待ち続けるのだった。
「……しぶといな」
神殿のある広い高台の入り口側で、皇帝ユーリウスは不安げに呟いていた。
確かにレナーテに対し、帝国右軍は優位に戦闘を進めている。
しかしヴィート・シュタクも皇帝もわかっていた。
対龍兵器『我、埋葬にあたわず』のカートリッジ交換の時間を稼ぎつつ、何とか傷をつけれているいうものだ。
決定打は未だ撃てていない。巨大な体と頑丈な鱗を持つだけあって、致命傷を与えることができていないのだ。
あくまで余裕に見せているのは、レナーテに隙を見せないために過ぎない。
この場にいる全員が必死だ。
聖龍が大きく身をよじらせる度に、ボウレⅡたちは吹き飛ばされる。死人も多数出ていた。
帝国軍は巨大な体躯に接近戦を挑みつつ、次の手を撃つタイミングを計り続ける。
彼らがいくら聖龍の伝承を調べたと言っても、その全てを知りうることができたわけではない。
まだ見えていない底もあると推測している。
それの根拠は、レナーテの伝承にある、バカらしい破壊力を持つ魔法だ。
曰く、神世の時代、魔龍と争いメナリー山脈の半分を、一つの魔法で砕いた。
曰く、増長した古きアエリア大陸の国の軍勢三万人を、一息で焼き尽くした。
この十年の間、帝国の名のある魔法士たちと研究し続けても、未だ到達できない。それが、その大規模破壊魔法だ。
威力としては、星降りの禁術に勝るとも劣らないと推測できた。
チラリと眼下にある首都の方を見た。準備は終わったか。
ヴィート・シュタクも、もちろんわかっているだろう。
「なっ!?」
ボウレたちのの驚く声が聞こえる。
「こいつ! 急に!」
「なんだこれは!」
「網が限界だ!」
皇帝が戦闘へと視界を移せば、状況は次に移っていた。
聖龍が魔力障壁と似た網を破り、自由になったのだ。
EAたちは吹き飛ばされて、広場のあちらこちらに倒れている。
ヴィート・シュタクと剣聖ミレナほどではないが、この場に集まったボウレⅡの中の人間たちは、いずれも手練れ揃いだ。
それが吹き飛ばされるような事態が起きたということに、皇帝は再び杖を油断なく構える。
特務小隊の二人は空中で体勢を整えて、膝をつきながらも綺麗に着地する。
「全機、立てるヤツは砲撃! 埋葬兵器下がれ!」
黒いEAが指示を飛ばす。動けるEAたちが魔力砲撃を放つが、その全てが弾かれていた。
傷だらけの聖龍が、魔力を全身に走らせ始める。
「魔力の密度が尋常じゃない。そのくせ魔力の流れは単純。身体強化……か」
体全体が淡い緑色の光を発するような、膨大な魔力が内部から溢れ出している。だが、魔力の流れ自体は単純なものだ。
『人間ごときと同じ技を使うのは気が引けるがの。EAといったか。そちらと戦うのには、これが最善であると思い知った』
龍が長い尻尾を振り上げて、横に薙ぎ払う。
立ち上がろうとしていたボウレⅡが、粉々に砕け散った。
先ほどまでのように吹き飛ぶことすらなく、地面に落ちた甘菓子のごとく割れたのだ。
「魔法ではなく、その巨体を生かすか。全機、オレの後ろまで下がれ」
指示を出すと、生き残った帝国兵たちが仲間に肩を貸しながら撤退し始める。
「打ち消すか?」
皇帝が声をかけるが、ヴィート・シュタクは首を横に振った。
「あの身体強化の魔法の魔力全てを消せるか、試すのは怖いですね。それに陛下が危険すぎます」
「そうか。現場指揮官はお前だ。その判断を尊重する」
「では、やらせてもらいましょう」
黒いEAが剣を担いで、強力な魔力を放つ聖龍へと向かい歩き始めた。
『ほう、やはりお主が出てくるか。しかし、魔力体のときとは違うぞ。一噛みで砕いてくれるわ、ヴィート・シュタク!』
四つの足で地面へと立った聖龍が、首をもたげて黒い鎧を見下ろす。
「ミレナ」
彼が声をかけると、紅のEAが一歩前に出てきた。
「すまんが手伝ってくれ」
「ヴィル様、そのような気遣いは無用です。ただ一つ、ご命令を」
「わかった。アイツを殺す。行くぞ」
「ハッ!」
二人は並んで、聖龍レナーテに向け剣を構える。
エンチャッテッド・アーマー。帝国が生み出した、魔法を留め再起動することを可能とした鎧型の兵装。
並みの兵ですら熟練の魔法剣士ほどの力を発揮する、メノア大陸を席巻した超兵器だ。
そのEAにおける、現在の頂点たちが、レナーテの前に立っている。
一つは剣聖が操る、紅と黄金の鎧『バルヴレヴォIS改・第三聖剣』。
もう一つは僅かな魔力しか持たない、ヴレヴォという町で育った少年の成れの果てが中にいた。
病と表裏一体に得た、魔素と魔力を感じ取ることができる能力で、数多の強敵を葬り続けてきた、黒い鎧。
二体の『バルヴレヴォ』が、世界の安寧を守るという聖龍レナーテに挑む。
『砕け散るが良い、ヴィート・シュタクよ!』
長い体躯をバネのように弾ませ、全長四十ユルの生物が、黒いEAに飛びかかった。
その中にいた男は、小さく深呼吸をした後、全身に魔力を走らせる。
レナーテは強化された膂力でかみ砕こうと顎を開き、そして閉じようとした。単純かつ強烈な威力の攻撃だ。
しかし、それは成功しない。
『ぬぉ?』
自らの口で起きた不可思議な出来事に、レナーテは驚きの声を上げる。
上下の顎を閉じることができない。何か硬いつっかえ棒でも挟んだかのようだった。
「……ようやく接近戦に気づいてくれたか。ありがとよ、クソトカゲ」
ヴィート・シュタクが力を込めて、口が閉まるのを留めていた。
レナーテは何とか噛み砕こうと、上顎に力を込めるが、黒いEAが魔力を込め続けて押し返し始める。
「ここまでほとんど予定通りだ、バカが!」
彼が叫んだ瞬間、ミレナの双剣が、レナーテの左目に突き刺さったのだった。
接近戦は仕掛けとかないと。
リリアナ来ないと思っているので、全力です。




