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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
正義のような幻想
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17、在りし日の決意






 避難民の列の最後尾で、木にもたれ座るリリアナの手には、幼馴染みからの手紙があった。


「……この手紙……」


 彼女の友人であるロマナが、すぐ横に座って手紙を覗き込んでいる。書き殴られた文字を見て、震えていた。


「……ヴレヴォが襲われて、帝都に逃げたあとに書いたんだ……ヴィル……」


 手紙を持つリリアナの手も、同じように震えている。

 ヴィルはこのとき十歳ぐらいだ。

 なのに、力がなくてごめんと謝っていた。


「ごめん、ヴィル……何も知らなくて……」


 幼馴染みたちが死んだと知ったのは、あのドリガンの町の戦いの前だ。

 父親から知らされてた生存報告をずっと信じていた。他に情報入手の手段がなかったのもある。

 彼女が手紙を持ったまま打ちひしがれていると、アーシャが近くまでやってくる。


「リリアナ、このヴィルという人と最後に会ったのは、いつ?」

「ブラハシュアにいたとき……。ヤンさんと冒険者ギルドにいたときに偶然、再会して、でもヤンさんが、彼を殴っちゃって……」

「どうしたの?」

「ヴィルは気絶しちゃって……起こそうとしたけど……やっぱり、勇者である私が、帝国兵のヴィルと会ってるのは、駄目かなって……近くの人に預けたの」

「そう。リリアナ、次の手紙は読まないの?」

「アーシャちゃん?」

「この人、右軍? 左軍?」

「左軍だったはず。魔物退治してるって」

「わかった。読もう」


 アーシャが次の日付の手紙を手に取り、中身をリリアナに渡した。




 親愛なるリリアナ・アーデルハイトへ。

 手紙ありがとう。お前が無事だってわかってホッとしてる。




「手紙? リリアナ、返信したことあるの?」

「書いたけど、ヴィルから返ってきたことは知らなかったの。住所は教えられないから、帝国の東にある偽の住所に送られたものが、しばらく経ってから届くようになってたけど……たぶん、それもお父さんの嘘」

「リリアナのお父さんって、何でこんなことしたのかな」

「……たぶん、国のため」


 真竜国の味方の勇者として育てるためだというのは、今なら理解していた。

 幼馴染みが死んでいて、ヴィルが帝国の軍人になっていたならば、リリアナは帝国と戦うことなんてできないだろう。

 メナリーでレクターを作るために大陸を回ったときも、被害の多い土地を回るように仕組まれていた。

 そしてヴレヴォを通らなかった。育った町であるにも関わらずだ。

 その目で見て感じたものを大事にしろ、というレナーテの言葉を信じていた。

 結果、真竜国の勇者という存在を選ばされている。

 かといって今更、真竜国を捨てるなど彼女にはできそうもない。

 木にもたれかかるリリアナの頭を、アーシャの小さな手が撫でる。


「本で読んだ。そういう思考誘導をされて育つ称号持ちも少なくない」

「思考誘導……私も国に帰る前ぐらいから、そうかなって思ってた」

「リリアナの前で、レナーテ様が戦争に積極的だったことを明かしたときに、不思議に思ってた。事実、リリアナはもう引き返せないところまで来てた。それをレナーテ様もわかったんだろうと、私は思った。事実、リリアナは追い詰められていた」

「アーシャちゃん……ごめんね」

「コンラートの提案、私が乗ったのはそれが理由。リリアナを真竜国から離れさせる方が良いと思った」

「でも……故郷がああなったら……ううん。ヴレヴォも、真竜国も瓦礫になったんだ」

「なら、二つの故郷を焼かれた勇者は、どうする?」

「だから、魔王とだけ戦おうと思った……って言ったら怒る?」


 泣きそうな顔で座ったままのリリアナが、立っているアーシャの顔色を覗う。

 ユル氏族である彼女は、一ユルしかない小さな体だ。それでも今は、大きな存在に感じていた。

 旅の仲間の仲でも、木訥な喋り方をする小さなドワーフだけは、会ったときからずっと自分を気遣っていたのだと思い出す。


「リリアナ」

「うん……」

「手紙の続き」

「え、あ、うん」


 促されて彼女は再び手紙に目を落とす。





 戦争は泥沼化してる。

 この手紙の宛先は全然違う方向だから、今も無事だと信じている。

 オレは十二歳からの士官学校に入った。やっぱり力が欲しいから。

 ずっと考えてた。

 あのとき、彼らを守れなかった。だから少しでも戦える力が欲しい。

 今度、ヴレヴォ解放戦があるそうだ。学徒兵として、参加するつもりだ。

 ひょっとしたら、敵にも親切な兵隊がいて、誰かが生きてるかもしれない。淡い希望だとはわかってる。でも向こうだって、好きで戦争してるわけじゃないと思う。

 目の前で死んだのはわかってるんだけど、どうしても、誰かが生きてるかもしれないって思ってしまう。

 みんなのことが報告できなくて、手紙が短くなってしまった。

 また送る。

 ありがとう、それじゃあ、また。

 ヴィルより。





 

 隣に座っていたロマナが、震えるリリアナの肩を強く抱きかかえていた。


「で、でも、この人、すごい優しい人だよね」


 彼女の感想に、リリアナは小さく微笑んだ。

 その優しさが、勇者の心を締め付ける。

 ヴィルがヴレヴォ解放戦に参加し、焼け野原になった町を走り回って幼馴染みたちを探し回ったのは、簡単に想像がついた。

 ついこの間のリリアナとロマナも、星降りで砕かれた首都を周り、友人たちがいそうな場所を歩いたからだ。見つけることができたのは、亡骸ですらない。

 おそらく彼女たちであろう、という肉塊だ。


「……悲しいね。戦争」


 ロマナが呟いた言葉に、リリアナは首を横に振った。


「最初に仕掛けた真竜国の私たちには、それを言う資格はないよ」

「リリアナは、そういう結論を出したんだ。偉いね」

「ロマナは違うの?」


 目を伏したまま、リリアナが問い掛けると、ロマナが首を横に振った。


「……どうしても、レナーテ様が憎い」


 友人の重い言葉を聞いて、龍に育てられた勇者は何も言えなかった。


「本当なら止めることもできたはずなのに。騎士団だって積極的じゃなかったけど、ブラハシュアとヴラトニアに貿易を止められたら国が困窮するって思ってた。でもレナーテ様が竜騎士隊に許可を出さなきゃ、ここまでにならなかったかもしれない」


 それは、生き残った真竜国の民がレナーテへと向ける感情の一つだった。

 帝国を恨もうにも、かの国はやり返しているだけだ。それぐらいは世界共通の認識である。

 やり過ぎにもほどがあるという声がなくもないが、それでも自国の首脳部の失敗だという声が大きかった。手を出す相手を間違ったのだと。


「ごめんね、感情論だね。悪いのは帝国だもんね、ここまで酷いことしたのは」


 黄緑色の髪を揺らし、ロマナが作り笑顔で謝った。

 涙を溜めたリリアナは、首を横に振るしかできなかった。

 二人のやり取りを見ていたアーシャが、腕を組んで小首を傾げる。


「どうしたの、アーシャちゃん? お腹減った? 喉渇いた?」


 雰囲気を誤魔化すようにロマナが、わざとらしいぐらいの明るさを振りまく。


「このヴィルという人は、真竜国に来た右軍の中にいたりしないのかと」


 その言葉に、ロマナがハッと息を飲む。可能性は高いと感じたからだ。

 二人に見つめられた勇者は、胸に手を当てうつむき、


「……あると思う。でも、私にはどうにもできないよ。今はここにいる避難民を守らなきゃ……帝国だっていつ追いついてくるか……」


 と苦しそうに零す。


「良いの?」

「私は真竜国の勇者として、帝国に敵対したんだもん……ヴィルだって知ってる。それに左軍で魔物退治だって言ってたから、それを信じるしかないよ」


 頭を垂れたリリアナを、屈んだアーシャが下から覗き込む。


「レナーテ様が勝つと思う?」

「正直、わからない。レナーテ様が召喚した魔力体との戦いを見れば、帝国軍に分があると思う……でも、レナーテ様はまだ、最大の攻撃を放ってない」

「それはメナリー山脈の半分を砕いたという魔法?」

「うん。アエリア大陸の覇権国家の軍三万を一息で焼いたって伝承と同じ……」

「撃たないのは、レナーテ様にも危険があるから?」

「そう……だと思う。おそらくこの世で最も威力のある魔法の一つ。『星に願いを』(メテオ・ストライク)、『天より降る神罰の光(ディヴァイン・レイ)』……そんなのに並ぶ禁術の一つだと思うから、魔力の消耗も大きいし、今の消耗したレナーテ様なら命を賭けるぐらいの必要はあるかも……」

「そう。それが放たれたら、どうなる?」

「たぶん、首都一帯が高熱の火によって溶岩みたいに溶けると思う……」


 アーシャの顔を恐る恐る見上げながら、リリアナが言う。


「なら、撃つかも。帝国軍は巻き込まれてみんな死ぬ。ヴィルが来てたら、死ぬかも」


 容赦ない予想に、リリアナの目が涙で溢れそうになる。


「アーシャちゃん!」


 ロマナが慌てて大声で咎めるが、アーシャはリリアナを覗き込んだままだった。

 戦争とはそういうものだと、リリアナだってわかっている。

 けれど、自分の故郷の一つを滅ぼした帝国を守ることもできない。

 奇しくも二つの故郷を持ってしまい、その両方を奪われたリリアナ・アーデルハイト。

 彼女はどちらも恨めない。どちらを敵とすることもできなかった。

 だから、ヴィート・シュタクが魔王であったら良い、魔王であれと祈ったのだ。


「来てないことを祈るだけしかできないよ……」

「来てたら?」

「……わかんない……」

「リリアナ」


 アーシャの小さな両手が勇者の頬を挟み、顔を上げさせる。

 その大きな瞳が必死に涙を堪えていたが、端から少し零れ始めていた。


「もう一枚を読もう」

「……でも」

「最後の一枚に、ヴィルという人が何を思ったか、書いてあるかもしれない」


 小さなドワーフの木訥な喋り方の中に、どこか優しく諭すような響きがあった。

 リリアナは涙を拭って、最後の封筒を手に取った。


「読むよ」


 彼女は中身を開き、幼馴染みから言葉を、目に焼き付ける。








 見るべきではなかった。

 リリアナの友人であるロマナはそう思う。

 その手紙は静かに、怒りを発していた。

 勇者は何も言えず、呆然と手紙に目を落としたままだ。

 そこにメンシークたちが現れる。


「リリアナ殿、少し話が……リリアナ殿?」


 まるで彼らに気づいた様子のない勇者に、メンシークが心配した様子で近づこうとした。

 そこにアーシャが立ち塞がる。


「何?」

「う、うむ。リリアナ殿に話が」

「メンシーク」

「む?」

「まだリリアナに判断を任せるの?」


 眉間に皺を寄せたアーシャの言葉に、メンシークは少し驚いた後、自分の不甲斐なさに項垂れた。


「すまぬの、アーシャ殿。確かに儂だけで判断できることじゃった」

「報告なら聞くけど。リリアナには後でちゃんと伝える」

「とりあえず、彼らじゃ」

「さっきから気になってたけど、そのEA何?」


 アーシャがメンシークの後ろにいた鎧たちに尋ねる。

 それらが胴の前面部を開けて兜を上げ、姿を現した。


「特級冒険者ってヤツさ、お嬢ちゃん。ちょっとブレスニーク家に雇われてな」

「そう」


 興味なさそうにアーシャはコンラートへと視線を向ける。

 その様子に冒険者は仲間たちに肩を竦めて見せた。


「コンラート? 何しに来たの?」


 今度は青いEAから飛び降りた少年へと矛先が向く。


「あ、ああ。こいつらは何でも戦場まで家出に来たブレスニークの令嬢を連れに来たらしい。肖像画でしか顔を知らないらしくてな」


 どうやらアーシャが不機嫌らしいというのはわかったので、彼は何となく逆らわないでいようと決めた。小さな体躯に頼りない細い体だが、時々妙に迫力があると感じていた。


「コンラートは知ってる?」

「ああ。右軍EA開発局の特別顧問だったからな。何度も見たことがある。銀髪の綺麗な女だ」

「……コンラートも首都に戻る?」

「そのつもりだ。兄貴たちが何するかはわかんねえけどよ。皇帝の暗殺とか、あんまり好きじゃねえし、オレのせいでソレってのはどうもな」

「偽善者」

「何とでも言え。ところで勇者はどうした?」


 舌鋒鋭い言葉に苦笑いを浮かべつつも、コンラートはチラリと木にもたれかかったままの勇者に視線を送った。


「友人の手紙を見て、ああなった」

「なんだそりゃ」

「ヴレヴォの町で生き残った友人らしい」

「そんなヤツがいるのか? そりゃいるか。ヴレヴォに住んでたっていうしな」

「ヴィルというらしい。知ってる?」


 アーシャの言葉に、コンラートが眉間に皺を寄せた。


「ヴィル? ああん? ああ……ひょっとして、アレか? まさかな」

「アレ? 教えて」


 詰め寄ってくるアーシャの両肩をコンラートが押さえる。


「し、知ってる。たぶんな。ヴィレーム・ヌラ・メノア。第三皇子だ。皇子と知り合いだったのか、勇者は」


 その言葉に、アーシャが目を見開いた。周囲の人間も同様だ。


「第三皇子?」

「一応、貴族の間じゃ有名だ。一般のヤツじゃ知らねえかもしれん。オレも忘れかけてたぐらい、影の薄い皇子だ。ヴレヴォで生き残った、勇者と同じぐらいの歳って言ったら、そいつだろ。他にはいねえ。公然の秘密ってヤツだ。ヴィレームって名前ならヴィルって愛称もわかる」

「その皇子は今どこに?」


 さらに詰め寄ってくるアーシャに、コンラートはレクターまで追い込まれる。


「こ、心に傷を負って、表には出てこれないって話だぞ。こんなとこにゃいねえはずだ」

「……その皇子がヴィルだとしたら……戦場にいない」

「ああ……でも噂じゃ、ブレスニーク公爵家の令嬢の婚約者らしいぜ。ミレナがそんなこと言ってた……」


 コンラートが口にした瞬間、それまで呆けていたリリアナが急に立ち上がった。彼女はアーシャに詰め寄られたコンラートを見つめ、


「その令嬢の名前は?」


 と思い詰めた表情で尋ねる。


「あ、ああ。シャー……シャーロット? いや」

「……ルカ?」

「それだ。シャールカ・ブレスニークだ」


 やっと思い出された回答を聞いた瞬間、リリアナは手紙を持ったまま駆け出す。


「リリアナ、どこ行くの!?」


 ロマナが慌てて近づくと、彼女に手紙を押しつけるように渡し、


「ごめん行ってくる。手紙、よろしく」


 と告げて、レクターへと足を掛ける。中に飛び乗って胴を締めて兜を降ろした。


「り、リリアナ殿!? どこへ!?」

「首都」

「は?」

「ヴィルが、来てるかもしれない」


 それだけ告げて、白銀のレクターが来た道を走り出す。脚甲内に膨大な魔力を叩き込んで、跳ねるように森を越えていった。

 その速度に、若い冒険者が、


「はええ……あれが勇者かよ。すげえな」


 と感嘆の声を漏らした。


「何があったんじゃ、ロマナ?」


 困惑したままのメンシークが問い掛けると、リリアナの友人は受け取ったばかりの手紙を差し出した。

 老冒険者はそこに書いてある文字を読み始める。






 親愛なるリリアナ・アーデルハイトへ

 元気にしているか? オレは元気だ。

 ヴレヴォは駄目だったよ。誰も生きていなかった。

 殺してやりたい。

 そんなことを思うのは駄目だろうか。

 全てを投げ打って、こんな光景を生み出した奴らを殺してやりたい。

 戦争なんて駄目だ。悲しみを生むだけだと、帝都の偉い先生がオレに教えてくれた。

 やられたからやりかえす。そんな繰り返しが、より大きな悲しみを生むのだから、いつか誰かが許してあげなければならない。

 でも思ったんだ。

 やりかえしてくる奴らを全部殺せば、もう戦争は終わるんじゃないかってさ。

 やっぱり、この悲しみを奴らにも思い知らせてやりたい。

 胸が痛むよ。

 みんな、もう帰ってこない。町もなくなったよ。

 ごめんな、リリアナ。成人したら会いに行くって言ったけど、オレも忙しくなるから、そんな時間は取れない。

 こんなことをお前に言っては駄目だな。すまない。

 でも、どこかで会えるといいよな。

 そのときに、この胸の棘が全部抜けてたら、良いよな。

 ヴィルより。








 追伸。

 書き忘れてた。

 戦争を推し進めたヤツは、オレが絶対に殺しておいてやるから、任せておいてくれ。















リリアナを強制的に戦場まで送り込むアイテム『ヴィルからの手紙』

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