13、戦闘開始
首都から脱出してすでに二日が経っていた。
真竜国の山道は細く険しい。子供や老人も含めた千人の行列では、歩みはひどく遅い。
また何らかのトラブルが起きるたびに歩みが止まる。荷を積んだ馬車が故障したり、誰かが足を挫いたりなどだ。
さらに日が落ち暗くなった後は動けなくなる。
「竜以外の強力な魔物がいないのは、真竜国の良いところだね」
リリアナが焚き火の前で呟く。
たまに出る野犬やイノシシ程度なら、簡単に処理できていた。その一部は晩飯の彩りになっている。
「竜はレナーテ様に従う。真竜国では竜は人を襲わないと聞いた」
「ま、おかげで魔物討伐は冒険者か村の衛士たちに任せっきりだったんだけどね」
同じように焚き火を囲んでいるのは、アーシャとロマナだ。
現在、彼女たちは東に向かう避難民の最後尾にいた。
黄緑色の髪を揺らし、友人であるロマナが背中側から覗き込む。
「リリアナ、さっきから見てるその箱、結局、何なの?」
「あ……うん。大事な物だから、持って来ちゃった」
「ずっと持ってるってことは、食べ物じゃないっぽいけど。箱に何か入ってるの?」
「大事な……友達からの手紙なの。まだ見てないけど」
「友達……誰? 私の知ってる人?」
「ううん。ヴレヴォの……」
「あ、そっか……ごめん」
気まずそうに首を引っ込めるロマナが、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「ううん。私も見る勇気がなくて」
彼女も少し笑みを浮かべて首を横に振る。
アーシャは小さな両手で持ったカップを口につける。細い喉を慣らした後、
「見ておいた方が良いと思う」
と独り言のように呟いた。
「……そうかな。そういえば、アーシャちゃん、レナーテ様とユル氏族の盟約って何だったの?」
「称号持ちと協力し、世界の安寧に努めよ。だからリリアナと行動してる」
「そっか……」
「見ないの?」
誤魔化したはずの話題に、アーシャが強引に戻してきた。
「でも……」
彼女の呟くような言葉に、リリアナは箱の表面をそっと撫でるだけだ。
「戦えなくなる?」
「もう、戦いはないから……後は逃げるだけ」
「なら、見た方が良い。自分が正しかったのか、間違ってたのか。少なくとも、自分を納得させなきゃ駄目だと思う」
「アーシャちゃん」
「私は自分で納得して行動してる。ユル氏族の盟約とはいえ、レナーテ様のためだけでは従えない。今はリリアナがいたから行動してる」
木訥な喋りで語るアーシャの気持ちを、リリアナは嬉しく思った。
そこにロマナがアーシャへと抱きついて、
「私も! 私もリリアナと友達だから!」
と元気良く言う。
その体温を暖かく感じて、リリアナは目を閉じた。
「ありがと……二人とも」
真竜国を出てからメナリーに辿り着き、そこからはずっと逃避行の日々だった。
やっと国まで辿り着いても、帝国により亡国の危機を迎え、また逃げるように国を出ようとしている。
自分がもっと上手くやれたら、こんなことにならなかったのかもしれない。
本当なら首都でレナーテとともに帝国を迎え撃つか、首を差し出す必要があったのかもしれない。
だけど、民を守るためと首都を出た。
「読まないの?」
アーシャがいつのまにかすぐ近くまで近寄っていた。結局、手紙そのものにも興味があったようだ。
「……うん。開けてみる」
小さな箱の蓋を外し、中身を取り出す。
全部で五通の手紙だ。一番古そうな物を手に取った。
「ね、差出人ってどんな人?」
ロマナが興味深そうに尋ねる。
「優しい人。とっても。小さいころ、私の手をずっと引いて歩いてくれて、お父さんよりも一緒にいてくれたの」
「男?」
「うん」
「ほー、へぇ?」
「な、何?」
「男の子が苦手なリリアナだったから、意外だなって」
「今でもそんなに得意じゃないよ。でも、ヴィルは特別」
リリアナは封筒から手紙を取り出し、震える手で開いた。
上質な紙だなと、アーシャは眉間に皺を寄せた。紙だけじゃなく封筒もだった。
「親愛なるリリアナ・アーデルハイトへ。急に引っ越しなんて運がなかったな」
最初の文章だけで、まだヴレヴォの町が焼かれる前のものだと理解できた。
リリアナは安心して、手紙を読み進めようとした。
「字、綺麗だねー。結構、育ちの良い子なのかな」
「わかんない……けど、貴族なんかじゃなくて普通の家に住んでたよ」
「そうなんだ。親が厳しい人なのかも」
「……あんまり記憶にないなぁ。何度か見たことあるはずだけど、まだ小さかったし」
「それより続き続き」
「うん」
――親愛なるリリアナ・アーデルハイトへ。
急に引っ越しなんて、運がなかったな。
こっちはみんな元気だ。
ただ、ドゥシャンがお前が泣いてないか心配してたぞ。
オティーリエは、オヤツを取り合うリリアナがいなくなって寂しそうだ。このままじゃ太りそうなので、気をつけさせないと。
リベェナは相変わらず服屋に入り浸ってるけど、お前が着れる大きさの服を見て、ため息吐いてたりしてた。
アレンカは妹がいなくなったみたいに落ち込んでる。お前のこと大好きだったからな。イゴルは最近、好きな子ができたみたいでソワソワしてる。だけどあいつ、無口だからなぁ。撫でる頭がなくなって、手持ちぶさたみたいだ。
ブラニスラフは相変わらずだ。何でも面白がって笑う。けど、アイツは前に増して明るくなった。おかげでお前がいなくなったことを忘れられるときもある。
というわけで、みんな元気だ。
手紙なんて初めて書くから、こんなので良いんだろうか。
オレはもちろん元気にしてる。
けど、たまに後ろを振り向いたりするのは、お前のせいだな。
落ち着いたら、お父さんにでも教えて貰って手紙を送ってくれ。
それじゃあ、また。
ヴィルより。
「……良い子たちだったんだね」
リリアナの肩に顎を置いたロマナが呟く。
「うん……みんな仲良しでね。私が一番年下だったんだけどね。ヴィル以外みんな……死んじゃったんだね……」
ポツリと涙を零すリリアナを、ロマナが後ろからそっと抱きしめた。
覗き込んでいたアーシャも、何も喋らずにリリアナにそっと寄り添った。
二人の暖かさを感じながら、リリアナは心の中で名前を呼ぶ。
――ヴィル。ごめんね。やっと読めたよ、お手紙。
彼女は父親から、幼馴染みは全員生きていると聞いていた。
ヴレヴォという町を滅ぼすのに、自国が荷担したのは知っていた。それでも遠い国の出来事で現実感がなく、きっとまた会えるのだろうと思っていた。
恨むには、真竜国に長く生き過ぎた。
セラフィーナの事情も知っている。十二歳のときに言った言葉を利用され、そのまま祭り上げられた。そのまま苦しみ行き続けた。
だからリリアナはただ、民を守りたいという気持ちだけを頼りに、ドリガンの町で勇者を名乗ったはずだった。
まだ肌寒い真竜国の山道。
彼女たちの終着点は、まだ遠い。
■■■
真竜国の首都の一つ手前にあった町は、すでに平地へと変わっている。家屋は完全に打ち壊され、右軍の野営地となっていた。
野営地から北に延びる道の幅は、二十ユルほどだ。行軍するにも余裕がある。
そこから真竜国首都までの距離は、EAの行軍なら半日もかからない距離だった。
朝日が昇り始め、右手側の高い山から日差しが差し始める時間に、レナーテ側からの攻撃が始まった。
「おう、多いな」
さすがのオレですら、少し呆れていた。
バルヴレヴォから、望遠の魔法を使い上空を眺める。北の空を埋め尽くすほどの竜の群れが姿を見せていた。
聖色竜と呼ばれる大型の竜も飛んでいるし、腕と皮膜が融合した小型の飛竜種も多く見えていた。
視界を降ろせば、砂埃が高く舞っている。野営地に向かう道を、走竜の群れが走っているのだろう。地響きのような音も聞こえてきている。
数える気にはならないが、陸空合わせて千匹はいるかもしれない。
「まずは手下を出してきたか。クソトカゲらしい様子見だな」
思わず呆れた声が出てしまう。
「隊長、どうされますか?」
すぐ後ろにいたボウレⅡのヨナーシュ・クハジークが問い掛けてくる。
「数はともかく、予想通りだ。指示に従うさ」
肩を竦めながら、先頭から後ろへ下がる。
『遠距離砲撃部隊、野営地内所定位置に着け。『柱』『棺桶』の部隊も定位置に』
後方の作戦司令部、その中心の指令車から号令が聞こえてきた。
野営地内で横一列に並び始めたのは、左腕に魔力砲撃強化の弓を持った遠距離砲撃型ボウレⅡだった。
『敵空中戦力砲撃開始線を突破後、すぐに斉射開始しろ』
五十機ほどの砲撃強化型EAたちが、土を盛り上げて作られた高台の上に並ぶ、砲撃に特化した魔法刻印を持つ機体の射程に、魔物が及ぶべくもない。
交代用の砲撃型も、高台の下に待機していたので、準備は万全だ。
「密集してくれて、ありがたいことだ」
剣を肩に乗せたまま、苦笑してしまう。
オレたち近接部隊は、野営地の最前列である北の道へと出る。
「哀れだな知性すら失ったトカゲは」
帝国のEAによる魔物討伐というのは、基本的に魔力砲撃で終わる
チラリと周囲を見渡した。
北に向けて縦に二十機ずつで並ぶ部隊と、野営地内に横一列で並んだ遠距離砲撃部隊。十字状へと組み替えられた隊列が完成した。
かなり密集している形だが、今のところ攻撃可能範囲は圧倒的にこっちが上だ。このままなら、近づかれる前に終わるだろう。
全部隊をグルっと見回して確認する。
すぐ後ろの隊列のどこかに、ミレナが控えているはずだ。
そして全ての十字架の形をしたEA部隊のところどころには、二ユルほどの柱を担いでいる機体がいる。その柱が、今回の新兵器だ。
「今のところ、問題なしか」
対人となると、相手も防ぐ手段を使ってきたり避けたりするのだが、魔物は砲撃を感知して避けることも少ない。
そのため、竜騎士の乗らない竜など相手にならない。
『空中戦力に向け、斉射開始!』
司令部の号令とともに、遠距離砲撃型ボウレⅡの魔力砲撃が始まる。その射程は一ユミルほどだ。
光る魔力の弾が空中を飛び、空を飛ぶ竜たちを墜としていく。
それでもなかなか数が減っていかない。
「ふむ……」
このタイミングで、賢者が出てくるかと思っていた。
ヤツの放つ遠距離射程の強力な魔法なら、こちらの長距離砲撃よりも遥かに強力だ。
それから部隊を守るために、側に控えているというのに。
『地上砲撃部隊、前進』
再び指令が走り、先ほどとは違うボウレⅡの部隊がオレたちを通り越して、整列を始める。
北へ延びる道の先に、走竜の群れの先端が見えた。
定石としては側面からも狙ってくるはずだが、手駒がないのか? 周囲は森に囲まれているせいで、確かに走竜では攻め込みづらいかもしれん。
考え事をしている間にも、ボウレⅡたちの魔力砲撃が走竜たちに放たれる。
足をもがれ、首を貫かれても奴らは恐れることを知らないのか、仲間の死体を乗り越えてくる。
道の横にある森を駆け抜ける個体はいないようだ。
ならば、川を遡る魚の群れのような走竜たちを、適切に葬ってやらなければ。
「考えすぎてやられる、というのは避けたい。接近戦部隊も手伝おう」
周囲を警戒する意味で動体探索を使っていたボウレたちが、左手を伸ばし走竜たちに魔力砲撃を放ち始めた。
波のように向かってくる走竜たちは、簡単に掃射しきれない。
死体の山は増えるが、少々の傷では倒れないのも厄介だ。
『撃ち続けろ。いつか全滅する。世界中の竜を殺すつもりでやれ』
作戦司令部からの指令が大ざっぱだが、わかりやすいものに変わった。
今はともかく、これを撃ち続けるしかない。
部隊の中央で仁王立ちしていたオレの元へ、EAを来ていない兵士が走ってくる。諜報部の人員が広域で索敵を行っているので、その報告だろう。
「少佐」
「ご苦労。それで何か代わりがあったのか?」
「我々が占拠した港が、亀のような竜五匹に襲われています」
息を飲む。
港の基地にはまだ留守番の兵士たちがいるからだ。飛行船も停泊したままのはずである。
わかっていた攻撃で防備もしてあるとはいえ、あの亀の水流砲撃は強力だったから、少し心配になる。
シャールカや父さんたちはすでに港を離れ、こちらに向かう途中だと思うから、大丈夫のはずだ。
「わかった。他の動きはないか?」
野営地を囲む、周囲の森を見渡す。
「ありません。前方の走竜と前方上空の竜のみです」
「報告ご苦労」
「失礼します」
諜報部の男が走り去り、オレは再び前方を見据える。
北に延びる道は、相変わらず走竜に埋め尽くされたままだ。
「全く、知能のない相手は厄介だな。恐れさせることができん」
だが、まあ。
「負けることはないな」
『前方、側面砲撃部隊、起動開始』
道の両側面を囲む森の間で、EAたちが立ち上がる。
走りやすく整えられた道を、真っ直ぐ向かってくるだけの大軍だ。
掃射するなら、砲撃する部隊の面を増やせば良い。
森の中に隠されていたEAたちが、攻撃に参加し始めた。
多少の木々があろうとも、魔力砲撃なら問題はない。隠れていた部隊は、森を薙ぎ払いながら、走竜の軍団へ向けて撃ち続けた。
元々、竜が攻めてくるのを想定していた野営地だ。
前方砲撃部隊との砲撃と拮抗していた走竜の波が、押し戻されるように死体が加速度的に増えていく。
『とにかく撃て、撃ち続けろ』
号令に従い、EA全機が、とにかく全力で魔力砲撃を放ち続ける。
所詮はトカゲの集まりだ。
空も同じで、十字隊列の横に並んだ遠距離砲撃用ボウレⅡの斉射で、どんどん数を減らしていく。
「ふむ」
こういう場合で側面もないなら、後方か。
「もしくは上だろ」
オレは空を見上げる。黒い影が見えた。
こちらの隊列に真ん中に向かって降下してきている。
「真上! 手の空いてるヤツは上空に砲撃だ!」
一匹の大きな竜が、高さ十数ユル程度まで近づいてきた。
近接部隊が上空に向けて魔力砲撃を放つ。降下してきた竜は、光る魔力の塊に嬲られるように体を削り取られて、地面に落下し息絶えた。
「砲撃部隊は前面に集中しろ。近接部隊は次の指示があるまで、真上の警戒だ」
今の竜に続くように、次々と上空から落下してきている。
オレがクソトカゲの魔力体と戦ったときの意趣返しか。
遥か高空から、次々と黒い大きな影が降下してきていた。限界高度から重力に従い、砲撃部隊の破壊を狙ってきたようだ。
絶命し巨体を降らせてくる竜を、近接部隊のボウレたちが盾と魔力障壁を用いて受け止め、横に排除し始める。
落ちてきた竜を避けきれず数機のEAがやられたようだが、混乱はない。
全て想定内だ。
『第三遠距離魔力砲撃部隊、真上だ。近接部隊は墜とされた竜を排除しろ』
現在、前面と前面上方、そして直上から、多種多様な竜たちが襲いかかってきていた。
まだ、オレたち帝国と聖龍レナーテの最終戦は始まったばかりだ。
こんなところで損害を負うわけにもいかない。慎重に排除していく。
「さあ、これから楽しくなってくるぞ」
バルヴレヴォの中で舌なめずりをする。
そこへ、空気を振るわせて、
『悪魔の国、メノア帝国よ』
と低い声が響いてきた。
一ユミルほど前方の上空、空飛ぶ竜たちを押し退けるように、そいつは現れた。
「お早いお出ましだな、クソトカゲ」
四十ユルほどの長い体躯の化け物が、空中に制止していた。
ここから距離は一ユミルほどだ。だが、その巨体は肉眼でも確認できる。
『わざわざ、ここまでご苦労じゃったな』
「……意外と元気だな」
その姿を見て、不思議に思う。
隕石の直撃を何度か食らい、体は負傷していたはずなんだが……。
『では、こちらも掃討を始めようかの』
余裕ぶった言い回しのクソトカゲが、大口を開いた。
そこに淡い魔力の光が集まるのが見える。
『龍光十六閃』
ヤツが膨大な魔力の流れとともに、光と熱の魔法を使う。
空気を焼いて、こちらの野営地全隊を包むような、大規模威力の破壊魔法が放たれた。




