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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
正義のような幻想
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11、化け物

今更ですが、この小説には残酷な表現があります。







 セラフィーナ・ラウティオラは今、目の前の竜を心底憎いと思っていた。

 自分の失敗が、目の前の竜により仕組まれていたなど、到底許せることではない。


「ヴレヴォの民を皆殺しにするために、竜騎士たちに連合軍を先導させたと……」

『そうなるのう』

「貴方が……貴方がそんなことをしなければ!」

『世界のためじゃよ、セラフィーナ。今まで『世界の安寧を脅かす者』とまで呼ばれたのは、千年前に降りたった悪魔のみ。あのような存在が再び生まれては、今度こそ世が滅ぶやもしれん』

「なら、貴方が直接行けば、帝国は」

『帝国には勇者アダルハイトと仲間のエルフが仕込んだ、多くの防衛機構がある。全く、あの者らには困ったものじゃ』


 聖龍の言葉を聞きながら、賢者は爪が食い込むほどに拳を握り込んでいた。

 それとは逆に、頭は直接冷水を浴びたかのように冷え切っている。

 怒りが度を超えてしまったのだと、賢者は自分自身で理解していた。


「リリアナは? あの子もヴレヴォの生まれでしょう?」

『それは儂も悩んでおる。儂の見立てではの、あの子は最強の勇者になり得る。帝国の始祖アダルハイトにも勝ろう』

「つまり、体の良いコマと」

『手元に置いて様子を見るか、その場で噛み殺すか悩んだものじゃ。しかし、殺すのは諦めた』

「……諦めた?」

『理由は、あの娘の母にある。父であるオトマルに聞いたのじゃ』


 それなりに付き合いの長いセラフィーナですら、リリアナの口から母親の話を聞いたことがない。行方不明であるオトマルからも同様だった。


「あの子の母親が何の関係が?」

『あの子の母は……これは口にすべきことではない。では、用事を済ませておくかの』


 言葉を途中で止め、龍が体を起こした。

 賢者は冷めた頭で考えた。

 どうやってこの龍を殺すか。

 傷ついたとはいえ、未だ最強の存在。帝国に敗れたとはいえ、魔力体ですらあの強さだ。まともに挑むのは、良い手段ではない。

 堪えるのか。ここは一度引くべきだ。

 しかし、この事実を知ってまで? 全ての敗北の原因は、この魔物のせいだ。

 今、この手で殺してやりたい。


『さてセラフィーナ。そろそろ役に立って貰わねばな』

「役に立つ?」


 その話を聞いた自分が、この魔物のために働くとでも思っているのだろうか。

 賢者が冷めた目で、大きく傷ついた竜を見上げる。


『龍の体の傷は、生半可な治癒魔法では治らぬ。それこそ聖女エディッタほどの魔力を使わねばならぬ。儂も今は大量の魔力を失っておる。じゃが、悪魔の石は近くにある。この機会を逃すのは惜しい』

「私は治癒魔法が使えない特性ですが?」

『帝国は、儂があのメテオストライクで魔力を大量に失ったと思っておる。逆に罠にはめてやる絶好の『チャンス』というヤツじゃ』


 この竜は魔物が元となっているだけあって、人と思考の仕方が全く違う。世界の安寧を守るという称号『聖龍』を持つだけの魔物だ。

 今までは勝手に『聖龍』という生き物だと思っていた彼女は、考えることすらしなかった。

 称号を持つ。つまり、賢者たちが持っているような特性を持つということだ。


『では、役に立ってもらおう。儂の特性(アビリティ)『捕食による魔力吸収』によってな』


 魔力捕食という特性の名前を聞いて、理解した。

 このタイミングで、自分だけがここに呼び出された(・・・・・・)理由は、こういう意味だったのだ。

 人間は世界の一部であっても、全てではない。

 その中の一匹を食うことで世界が救えるなら、大した犠牲ではない。

 その一匹が、『賢者』という称号を持つ、膨大な魔力の持ち主だとしても関係はない。いや、その保有魔力から言って、適任かもしれない。


「たかが魔物ごときが偉そうに!!!」


 悪態を吐きながら、全力で魔力を走らせる。

 巨大な竜の顎が、賢者セラフィーナ・ラウティオラを襲ったのだった。











「レナーテ様」


 一人の女性のエルフが、神殿の一室に足を踏み入れる。


『巫女長か』


 聖龍レナーテが片目を開けて返事をした。


「リリアナが訪ねてきておりますが」

『すまぬが、今は通すな。ここは血で汚れておる』


「わかりました。ところで、セラフィーナは?」

『今は別の役割を申しつけておる』


 何の感情も声に乗せずに竜が答える。


「わかりました。では失礼いたします」


 巫女長がレナーテの居室より立ち去っていく。

 竜が再び目を閉じ、辺りには沈黙が訪れたのだった。








「レナーテ様はお休みされています」


 神殿の入り口で、勇者は巫女からの返答を聞いた。


「……そう、ですか。騎士団は……」


 その質問に、巫女は首を横に振った。


「わかりました。失礼します」

「リリアナ」

「はい?」

「レナーテ様を信じなさい」

「……はい」


 巫女の言葉に短く返答し、リリアナは踵を返した。

 周囲には冒険者のような男たちがたむろしている。彼らは美しい乙女であるリリアナを見て、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「勇者」


 青い髪の少年が名前を呼びながら、小走りで近づいてくる。

 その称号を聞いて、周囲にいた男たちはギョッとしていた。


「コンラート君。どうしたの?」

「ちょっと話がある。ジイサンと賢者も呼んでくれ」


 彼が要請すると、ロマナが手を上げ、


「私が行ってくるよ」


 と駆け出した。


「お願い、ロマナ」


 手を振って駆けていく友人を見送り、リリアナはコンラートの方へ向き直る。

 そこに、周囲にいた男たちが訝しげな顔で近づいてきた。


「おい嬢ちゃん、アンタが勇者ってホントかよ?」


 一番ガラの悪そうな男が近づいてくる。


「貴方たちは?」

「オレたちゃスホルテンさんに雇われたもんだけどよ……こんなちっこいのが」

「ごめん。貴方たちに構ってる暇は」

「あー、すまねえな。邪魔する気はねえんだ。ちょっと気になっただけでよ」


 思ったよりあっさりと引き下がる男たちの後ろから、


「どうされたんです?」


 と商人風の男が声を掛けた。


「スホルテンの旦那、いや、何でもねえよ。んじゃ、嬢ちゃんまたな」


 ガラの悪そうな男たちは、ぞろぞろとまた元の場所に戻って行った。


「すみませんね、勇者殿。今時、真竜国に来てくれるようなのは、ああいうのしかいないんですよ」

「スホルテンさんが雇った傭兵?」

「そうですね。民衆が暴動を起こしそうになっていたんでね、私が派遣したんですよ」

「そう……」

「騎士団の方は入ったきり戻ってきませんしね」


 髪を撫でつけた中年の男が、ヤレヤレと肩を竦める。

 勇者はそっと目を伏せた。

 リリアナは、目の前の男が真竜諸島共和国の議員であることを知っていた。

 そして、あの海底隧道と騙された場所で、宝石の原石を掘っていた商人でもある。


「ありがとう、スホルテンさん」

「いえいえ。私も商売がありますので、これで」


 商人が頭を下げて去って行く。

 すぐに視線をコンラートへ戻し、


「ごめん、話は?」


 と聞き直した。


「ああ、爺さんが来てから詳しく話すけど、オレのところに兄貴からの使いが来た」

「お兄さん? って、あの戦場にいた」

「どうもブレスニークっていう東方の貴族につく気らしい。そんで、そいつらの雇った船が東の港にいるそうだ」

「そう。それで?」

「あと、一つ。帝国の進軍が開始される日がわかった。三日後だ。たぶん、首都には四日後に着くだろうな」

「……四日」


 四日後には真竜国の首都が襲われる。


「そんで賢者に一つ提案しようと思ってたんだが」


 少し困ったようにコンラートが目を逸らす。


「提案?」


 勇者が尋ねると、今度は作業を終えた小さなドワーフが近寄ってきた。

 彼女は言いあぐねるコンラートを見てため息を吐くと、勇者に向き直る。


「リリアナ、首都から逃げよう」

「逃げる……? ってアーシャちゃん?」

「防衛機構もない壁もないボロボロの首都で立て籠もるなんて、無理。助けも来ないし、来ても帝国には勝てない」

「でもレナーテ様は?」

「置いていく」

「……そんな」

「どのみち、レナーテ様の戦いに民がいても邪魔。人質に取られるかもしれない。だから、民衆を連れて東の港に逃げるべき。先導は勇者。道中には魔物がいる可能性もある」


 アーシャの合理的な判断を聞いても、リリアナは素直に頷けないでいた。


「……どのみちセラさんに聞いてから判断しよ」


 そう言って返答を保留する。

 しばらくしてロマナが、老冒険者メンシークを連れて戻る。

 だが、賢者はいつまで待っても、その姿を現さなかった。













 眼鏡を掛けた軍服の男は、帝国南方の町の入り口でその家族を捕まえていた。


「クハジーク子爵、どこに行かれるのですか? 貴方には帝国に対する背任行為の疑いがかかっているというのに、困ったもんですねぇ」


 右軍の階級章をつけた軍人が、演技めいた動作で首を横に振る。


「ど、どこに行こうと勝手ではないか!」


 中年の小柄な男が狼狽えながら怒鳴り声を上げた。

 後ろにある質素な馬車からは、同じぐらいの年齢の女性や、使用人らしき若い女中などが顔を出していた。

 その周囲には革の鎧の上にマントを羽織った、冒険者風の男たちが護衛として控えている。


「このまま、ここに留まるのも良し。出て行かれるなら、明確な裏切り者として処断しなければなりません」


 軍人の後ろの門の外からEAが二機、姿を現した。


「む、息子が裏切ったとはいえ、儂は知らぬ。そう何度も言ったぞ!」

「貴方が裏切ろうが関係ありませんよ。息子さんの育て方を間違えたことを悔いてください」

「こ、コンラートがどうなろうと、儂は!」


 子爵が口角泡を飛ばしながら弁明するが、眼鏡の軍人が額に手を当てて、小さくため息を零した。


「コンラート殿ではありませんよ、ヨナーシュ殿です」

「は?」

「知らないとでも思ったんですかねぇ? ベドナーシュ中尉、頼みます」


 彼が呆れたように声をかけると、後ろのEAの一体が前に出る。


「ったく、姉御たちは今頃真竜国で楽しそうなことしてんのに、何でアタシたちはこんな南方で憲兵の真似事してるんだ……」


 中から聞こえる女性の声は、本当に面倒くさそうに聞こえていた。

 剣を構えたボウレⅡがクハジーク子爵に近づいていく。


「で、洗いざらい吐く? 許して貰えるかもよ?」

「は、吐く! い、命だけは! せめて、家族の命だけは!」

「ったく。困ったもんだ」


 ベドナーシュと呼ばれた女性が、剣を振り下ろし、馬車に繋がれた馬の首を切断する。

 返す刃で隣にいた護衛の冒険者を両断した。


「ひいぃぃ!」


 馬車にいた貴族の女性が、惨劇に卒倒して倒れる。女中が慌てて支えて事なきを得た。


「ビビんなよ、貴族様。んで、どうする?」

「吐く! 全部吐くから、許してくれ!」

「わかった……ったく」

「ご苦労様です、ベドナーシュ中尉」


 眼鏡の男が薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる。


「勘弁して欲しいぜアレク」

「オレク。オレクサンドルだと何度言ったら」

「細けぇこたぁ良いんだよ。坊ちゃん……シュタク少佐たちもそろそろ、進軍開始の頃だろ? あーあ、いいなぁ。アタシもあっち行きたかったなぁ」

「その坊ちゃんたちが安心して、為すことを為すための後方警戒ですよ。少し後方過ぎますがね」

「くっそぉ」

「さ、これの身柄は他のメンツに任せて、私たちはまた移動です」

「ええー。またかよ」

「文句言わないで下さい。閣下の御為です」

「くっそ。後で絶対に文句言ってやる」

「逆に折檻される姿が目に浮かびますよ、ベドナーシュ中尉」


 EAをまとった女性と眼鏡の男が会話をしながら門の外へと出ていく。


「あーあ、坊ちゃんも姉御も、今頃、楽しい思いしてんだろうなぁ、アレク」


 彼らは古くからのアネシュカの部下であり、ブラハシュア掃討戦にも参加した二名だった。

 今は後方でブレスニーク関連の警戒に当たる重要な任務を任されていた。


「オレクサンドルです。ま、将軍や少佐たちが、楽しく過ごせていることを祈りましょう」


 二人は遥か北西にある真竜諸島で行われている戦争に、それぞれの思いを馳せるのだった。











 帝国東部にあるブレスニーク公爵家の令嬢シャールカ・ブレスニーク。

 彼女が軍の資材とともに真竜諸島に辿り着いたのは、ヴィルが起きた翌々日だった。


「飛行船トーノの皆さん、乗せていただいて、ありがとうございました」


 連れていたメイドとともに礼儀正しくお辞儀をすると、船員たちが楽しそうに手を振る。

 見目麗しい銀髪の令嬢との空の旅など、なかなか経験できるものではなかったからだろう。

 ただし今のルカは、軍服を着ていた。彼女としては、場に相応しい格好を選んだつもりだった。

 彼女は周囲を見回す。

 飛行船の発着場として整えられた広場では、慌ただしく人と荷車が行き来し、その荷車にいたってはEAが引っ張っていた。人だけでなく馬も足りていないようだった。

 そんな光景の中、すぐに目的のものを見つけた。黒い十字架を前方に装着した飛行船ルドグヴィンストが視界に映っている。

 ちょうどその格納庫の近くで、銀髪に仮面の男が赤髪の女軍人と何やら会話をしていた。

 妙に親しげに見えるその光景に、シャールカはわずかに眉間に皺を寄せた。


「行きます」


 連れのメイドに宣言のように告げ、シャールカが軍人の格好に見合った歩幅で歩き出した。


「ヴィート・シュタク少佐、お久しぶりです」

「は?」


 声をかけられた方は、振り返ると同時に、口を大きく開けて驚いていた。


「少佐、倒れられたとお聞きしましたが……少佐?」

「あ、ああ。これは失礼、ブレスニーク特別顧問。体は大丈夫だ、問題ない。顧問こそ、その格好はどうした?」


 ヴィート・シュタクが戸惑いながら尋ねると、シャールカはミレナを一瞥する。

 それから小さく咳払いをし、口を開いた。


「今回の制圧作戦に参戦するために参りました」


 その言葉を聞いた特務小隊の二人は、沈黙して顔を見合わせた後、


『はぁ!?』


 と大きな驚きの声を、同時に上げたのだった。












婚約者「来ちゃった


ベドナーシュ中尉と眼鏡の男は二章で、ブラハシュア再制圧作戦に参加していた右軍の人間です。

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