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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
正義のような幻想
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8、目覚めと反省、そして再始動






 瞼が重い。

 意識は覚醒しているのに、目を開くことができない。


「それでヴラシチミル、ヴィルはやはり、魔素過敏症が悪化しているのか?」


 母さんの声だ。不機嫌そうな感じがする。


「いいえぇ、変わってないはずですよぉ。ただまぁ、真竜諸島は魔素が濃い地とはいえ、動きが鈍るほどではないはずですぅ」


 こっちはヴラシチミル・ペトルーか。


「しかし、ここまで悪くなることはなかったはずだ。ましてや戦闘中に意識を失うなど」

「同行していた隊の報告ではぁ、勇者との戦闘中にぃ、突然動きが悪くなったそうでぇ」

「ならば勇者の仕業か? バルヴレヴォの装甲にダメージなどない。ならば考えられるのは、魔素過敏症の症状だ」

「バルヴレヴォ自身が、ほとんどの魔素を遮断する作りのはずなんですがねぇ。遮断も完全にぃ、というわけではないですからねぇ。そもそも少佐はEAを着ながら魔素や魔力の動きを察知できるほどですぅ。ま、対策はしましょ」

「どんなものだ?」

「黒十字に使った魔素吸排出装置、あれを付けましょうかねぇ。EA内に入ってきた魔素を外に排出する機構を作りましょうかぁ」

「頼む。時間はかかるか?」

「まぁ、ぼちぼちですねぇ。時間食うのが痛手ですぅ」

「仕方あるまい。ヴィルのための真竜諸島攻略だ」

「オーケーオーケー。わかりましたですよぉ」


 どちらかの足音が遠ざかっていった。

 優しい手がオレの頭に触れた。

 それが心地よくて、再び意識が落ちて行く。










 ようやく目を覚ます。

 上半身だけを起こした。窓の外は灰色だ。時間は昼過ぎというところか。

 少し遠くに海が見えるが、風が強く波は荒れていた。春を迎える前の凪の一週間が終わったのだろう。

 部屋の中を見回して場所を把握する。どうやら元町長の屋敷のベッドに寝かされていたらしい。


「お目覚め?」


 すぐ横の椅子には、こちらを睨むエディッタ・オラーフがいた。


「何でお前がいる、オラーフ」


 今のオレは、カツラもアイマスクも身につけていない。

 ヴィート・シュタクがヴィルであることを知らないという建前の、研究員エディッタがここにいるのはおかしい。


「そりゃ仕方ないでしょ? 将軍閣下に直々にお願いされたんだし」

「お前がオレの正体を知っているという話は、一切してないはずなんだが」

「色々とあったのよ、アンタが寝てる間に……」


 エディッタがやれやれとため息を吐き、肩を竦める。長い耳も項垂れていた。

 まあ将軍と皇帝だしな。何らかの情報を持っているのかもしれん。


「後で詳しくは聞く。ところで、どれくらい寝てた?」

「一日ちょっと」

「そんなにか……」


 思わず片手で頭を抱えてしまう。

 戦闘中に気絶するという失態を犯した。その後の経緯はわからないが、無事に戻って来られたらしい。


「ミレナに負担をかけたか……」


 つまりそういうことだろう。ヨナーシュが役に立ったとは思えないしな。

 勇者のEAは損傷させていたとはいえ、彼女一人では大変だったと思う。


「そうね。驚くわよ、アンタ」


 なのにエディッタは、悪戯の結果を待つ子供のように、含み笑いをしていた。


「……なんだ? 何かあったのか?」

「それは後のお楽しみ。で、気分は?」

「あ、ああ。悪くない。喉が渇いたな。あと腹が減った」

「とりあえずコレ」


 エディッタが水差しから木製のカップに水を注ぎ、オレに差し出した。

 それを一気に飲み干して、小さくため息を吐く。

 サイドテーブルに置いてある銀髪のカツラとアイマスクを見る。


「魔素過敏症か。厄介だな……しかし、あのリリアナの攻撃は何だ……?」

「攻撃? 勇者がなんか変な攻撃してきたの?」

「わからん……ただ、魔素がEAの隙間から大量に入り込んできたのは間違いない。オレ自身も感じた」


 魔素を操り、オレに幼いリリアナの姿を見せてきた。

 ……なぜだ。なぜ、そんなものを見せた。

 オレがヴィルだとバレている? そんなことはあるまい。

 生身の姿を見せたこともなく、アイマスクの効果によって、相手には違う声に聞こえているはずだ。その上、EA内の声は拡声の魔法がかかり、通常とは少し変わる。偽装は完璧のはずだ。

 相手に何かを思い出させる精神魔法の亜種か? 

 それとも使用者の内心を相手に見せる情報伝達系の魔法か技能なのだろうか。


「その辺はペトルーが対策するってさ。で、どうすんの、アンタ」


 エディッタがベッドに座り、腕を組んでオレの顔を横目で睨む。


「どう?」

「ミレナちゃんの話じゃ、勇者は強くなってる。アンタみたいに魔素を感じ取ることができるようになってるらしいわ」

「それは戦っていてわかった。だが、負ける要素は」

「負けたでしょ、ヴィル」


 エディッタの言葉に呆れたような顔で、事実を突きつけてくる。


「……予想外の攻撃だった。本当なら、すでにリリアナは動けなくなっていたはずだ」

「へー。ほー。そこまでは覚悟したのかー」


 そっぽを向きながら答えると、エディッタは意外そうな声を上げた。


「邪魔するならな。悪いが、真竜国を倒した後にお前の手を借りるぞ」

「手足もぎ取って口を塞ぎ、それで国を滅ぼしてリリアナが幸せになるとでも思ってるのかね、この男は」


 すぐ近くに座ったエディッタが、人差し指でオレの頬を突く。


「……なら、どうしろと言うんだ。アイツは勇者だぞ」

「いっそ、バラしたら?」

「バラして何の意味がある」


 喉の渇きが収まりきれなかったので、カップを差し出す。エディッタがため息を吐いてから、水差しから注いだ。


「怖いだけでしょ」

「怖い? オレが?」

「真竜国を滅ぼしたのが、幼馴染みのヴィルである。それを知られることで、リリアナの拠り所はなくなる」

「オレが? 拠り所?」

「違うの?」

「……友人ぐらい他にいるだろう」


 カップの中の小さな水面を見つめる。

 そこには黒い髪と黒い目の男が映っていた。

 少し疲れた目をしているのは、寝過ぎたせいか。


「あの子の友人って言うなら、たぶん、権力者の娘とかでしょうよ。それにヴィル、アンタ、星落としをしたでしょ。かなり死んでるわよ」

「そうだな。それが目的だったからな」


 今までで一番大きなため息を吐き、エディッタが腰をわずかに上げた。


「ヴィル」


 そのままベッドに座ってオレの頬を両手で挟んだ。


「何だ?」

「その調子じゃレナーテにすら負けるわよ。いい加減、思考の外に追いやるのをやめなさい」

「だから、何の話だ?」

「リリアナ・アーデルハイトが十年を真竜国で過ごした、ということを」


 そんなのは知っている。

 しかし、あいつは結局、どちらも選べないからオレを魔王とか言い出した。オレの勝手な想像だが、間違っているとも思わない。


「ヴィレーム・ヌラ・メノア。あなたは復讐をしている。それはリリアナに復讐されるということ。その覚悟がないから、負けた。違う?」


 返す言葉がない。

 負けた。

 オレは勇者に、負けたのだ。

 過程はどうあれ、気を失って戦闘続行不可能な状態に追い込まれた。

 言い訳のしようもない。


「だが、次はない。ヴラシチミルが対策するなら、あの手は通用しない。リリアナを行動不能にして仕舞いだ」


 この回答を聞いたエディッタが、オレの瞳を真っ直ぐに見つめてくる。心の中でも覗き込もうとしているようだ。

 だがすぐに手を離して、ベッドから立ち上がる。


「そ。あの子が大事なら、せいぜいバレないように慰めるのね」


 少し苛立っているのか、吐き捨てるように言い放った。


「もっと早く決断していればな」

「アンタって男はホント……。ま、いいか。あと剣聖様にお礼を言うのを忘れないようにね」

「は? 剣聖?」

「そうよ。剣聖ミレナ・ビーノヴァーにね」


 エディッタ・オラーフが部屋の中から去って行く。

 剣聖? ミレナが?

 どういうことだ……。

 起きたばかりのよく回らない頭に、とんでもない事実が降ってきたのだった。









「あの、似合いませんか……?」


 目の前に立つミレナが、少し恥ずかしそうにしていた。

 彼女は今、新しい赤の軍服に身を包んでいた。

 キラキラとした黄金の刺繍の入った、豪華な個人用軍服だ。中には白いシャツとスカートを着ているせいか、レクターのようにも見える配色だった。

 何でも帝国右軍が、特殊な力を持つ彼女に対して、急遽用意したそうだ。


「ああ、良く似合ってる」


 それ以外に答えようがない。実際、似合っているとは思う。


「良かった、ヴィル様、ありがとうございます!」


 まだ恥ずかしそうだが、嬉しそうに笑う赤毛の副長。

 どうやらオレがヴィルであるということを知ってしまったそうだ。

 その知った経路は不明。エディッタにどう聞いても喋らん。クソが。


「しかし、お前が剣聖とはなぁ。エディッタに黙っていろとは言われなかったのか?」


 ふと思いついた疑問を問い掛けると、ミレナが済まなそうに下を向いた。


「……申し訳ありません。勇者たちが調子に乗っているので、つい名乗ってしまい……称号持ちはこっちにもいるんだぞと思ったら……」


 その答えに少し呆気に取られた後、自然と笑みが漏れ、喉を鳴らして笑ってしまう。

 オレがいじめられてて、ついカッとなったのか。


「あ、あの?」

「いや、笑ってすまない。お前らしいな、ミレナ。だが、助けてくれてありがとう」

「は、はい!」


 戦場での名乗りを上げてしまい、右軍の人間にも知られることになってしまった。

 どうせ漏れるならと、右軍として新しい旗頭の一つにするつもりだろう。

 お前達が正義というわけじゃないという、世間への宣伝にもなるか。

 今、帝国が真竜諸島共和国の次に見据えているのは、他大陸の国々である。そこに付け入る隙を与えるつもりはない。

 この最終局面において、他国が介入してくるという可能性も、ないわけじゃない。

 だが、一つだけ気になることがある。


「謎の聖女様の認定ねぇ」


 そういうことになってる。この胡散臭さが半端ない。


「はい……私としても、あの人がそうだというのが、驚きなんですが」

「想像してたのと違うか?」

「正直……」

「オレもだ」


 まあ、おかげでアイツが聖女だと疑うヤツはいないだろう。

 できるならオレも認めたくない。

 ちなみに本人曰く聖女は、必ずしも真竜国に味方する存在ではないとのことだ。それはレナーテと称号持ちも知っているそうだ。しかもレナーテ神殿とも仲が悪いらしい。

 というより元々、称号持ちはどこかの国の味方ではない。人間を守る存在だ。今の在り方の方が間違っている。

 ゆえに他人の称号を認めたぐらいは、問題ではないそうだ。


「EAはバルヴレヴォISの改良型を渡す予定になっている」

「え、ホントですか?」

「名前は変わるがな。もうオレが使うことはないから丁度良かった。軽量型でお前にも扱い易いだろう」

「ありがとうございます!」

「刻印もレクターに習った、魔力許容上限の大きな物に変わる予定だ。少し時間がかかるので、それまではレクターを使ってくれ……しかしな、お前、剣聖になってまで、オレの下で良いのか?」


 謎なのは、ミレナがシュタク特務小隊の副隊長を続けるというところだった。

 剣聖様たっての希望らしい。


「そこは軍としての筋を通させてください。私は、その……」

「おう?」

「えっと、しゅ、シュタク……少佐の、副隊長で、いたいので……」


 その赤面した顔を見ると、何か少女の告白を見ているようで、こっちが恥ずかしくなってくるんですが。


「そ、そうか」


 楽な任務なんてなかったと思うが、やる気があるのは結構だ。


「わかった。ではこれからもよろしく頼む、ミレナ・ビーノヴァー大尉(・・)


 右手を差し出して握手を求める。

 彼女は少し驚いた後、しっかりとした手つきで握り返し、


「これからもよろしくお願いします、隊長!」


 と元気良く答えてくれたのだった。













あんまり反省しなかったヴィル。

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