4、覚悟
『帝国ができたのは約千年前のことじゃ。儂の二千五百年に渡る生においても長き時間よ。そしてメノア帝国、いや勇者アダルハイトが帝国を作ったのは、一つの宝石を守るため』
初めて聞く事実に、勇者や老冒険者は戸惑う。
そんな中、小さなドワーフのアーシャだけがハッとして目を見開く。
「……星の外より降りし、魔素を食らう悪魔の降臨」
その言葉に、龍は残った片目を細める。
『そうじゃ、ユル氏族の娘よ。儂は勇者アダルハイトとともに、あの強力な謎の生命体と戦った。当時の称号持ちも全て参戦し、メノア大陸どころか世界中を巻き込む混乱となった』
「ユル氏族の伝承に残ってる。魔素を吸い尽くす悪魔。当時の魔王ですら食い破ったという」
『うむ。魔王ですら敗れ、魔族は衰退した。あの悪魔は言葉もなく、ただ魔素だけを吸い尽くすだけの物体。それを儂とアダルハイトで協力して倒した。いや、倒したつもりじゃった』
「つもり?」
アーシャが小首を傾げる。
『世界中に散らばった隕鉄という悪魔の体。そして最後に残った、光輝くヒトの手の平ほどの宝石があった。この宝石が悪魔の特性、つまり魔素を食らうという能力を、僅かながら残しておった』
「それが、魔素希薄化の要因? でもおかしい。魔素は魔力の源。帝国も魔力の恩恵には預かっている」
『帝国の始祖アダルハイトは、魔素を恨んでおった。儂に理由を教えんかったが。そして戦闘で傷ついた儂が数十年の眠りについている間に、宝石を錫杖に取り付け、それを王錫とし国を作った。それがメノア中央王国、つまりメノア帝国の始まりじゃ』
龍の語る長き伝承に、全員が戸惑いの顔を浮かべる。
「その宝石を破壊するために、レナーテ様は竜騎士の派遣をお決めになられたのですか」
代表して尋ねたのは年長者のメンシークだ。彼は苦い表情を隠せないでいた。
『合っておるよ、最後の王よ。この世は魔素の恩恵に預かっておる。人間がその身を超えた力を持つのもな』
「宝石を野放しにしている限りは、魔素が減り続けると」
『やがて大きな混乱が来るじゃろうな。今は人間の力も衰えておる。この先に魔素が完全になくなれば、その身にある力のみで生きていかねばならぬ』
「……身体強化の魔法すらままならない」
『あらゆる物の力が衰えていくが、人類の技術の進歩はそれに追いつかぬ。ゆえに悪魔の残した宝石は破壊せねばならぬ』
聖龍がため息のような言葉を吐いた。
最後は、勇者が戸惑いながら口を開く。
「レナーテ様、それは」
『すまぬが、今日はここまでじゃ。儂も少しでも傷ついた体を癒やさねばならぬ』
だが勇者の問いを、レナーテは遮ってしまった。
「……わかりました。申し訳ありません」
『リリアナよ、こちらへ』
「はい」
深く傷ついた龍の顔へと、リリアナが近づいて寄り添う。
優しくリリアナがその鼻先へと触れ、頬を寄せる。
神世の生物に対し、このように触れることができるのは、勇者リリアナだけだ。
余人には近づくことさえ許されない聖龍だが、リリアナだけは自ら側に招く。
美しい乙女と大きな龍という光景は、まるで神話のようでもあった。
レナーテはその大きな口を閉じたまま、
『リリアナ、すまぬのぅ』
とリリアナにだけ、許しを求めた。
幼い頃から神殿で育った彼女にとっては、身近な存在だ。他の仲間よりも付き合いは長い。
レナーテもまた、普段から勇者にだけは特別な優しさを見せていた。
「ううん……」
『やはり、何としても帝国へ戻すべきだったのやもしれぬ。あの幼い頃に』
「直後に戦争が始まったから……仕方ないよ。それに私が帝国に居れば、レナーテ様を討つためにここに来たかもしれないし」
瞳を閉じて首を横に振り、リリアナが否定する。
だが同時に、彼女は真逆のことも思い浮かべていた。
もしヴレヴォが襲われたとき、自分がいれば守れたかもしれない。
実際はそんなことはないだろうとも理解している。
それでも、彼女はそう思い始めていた。そうすれば、少しだけ悲劇を減らすことができたはずだったのに、と。
『このようなことになるとは、儂も思わなんだ。魔素は薄まり、儂の持つ特性もほとんどが役立たずになっておる』
「それは仕方ないことだよ。それよりレナーテ様。一つだけ聞かせて」
『何じゃ?』
訝しげな声の龍に対し、リリアナは顔を離して、
「ヴィート・シュタクは魔王なの?」
と尋ねた。
『……あの者が魔王か』
レナーテは、帝国西へ魔力で作られた分身を飛ばしたときのことを思い出す。
最後は帝国の技術力により敗れたが、それでも途中は一人で渡り合った男だった。
「うん。あの人は、私という『勇者』より強い。レクターという鎧を身につけても、まだ遠い」
『強さで言えば、あの鎧込みなら確かに称号持ちと同等以上じゃろう。何せ儂の魔力体と戦える男じゃ』
どこか自嘲するような含みの言葉だった。
だが、そんなレナーテの思いを断ち切るように、
「じゃあ彼は、魔王、だよね」
と念押しのような言葉を吐く。
その感情が抜け落ちたような言葉に、後ろで控えていた賢者たちは目を見開き、あるいは怪訝な面持ちを浮かべる。
『……儂からそれを言わせて、何とするのじゃ、勇者よ』
聖龍レナーテが、その称号を強調する。
勇者リリアナは龍から離れ、その目を見据える。
それから無表情な顔で、
「いえ、レナーテ様の保証が欲しいのです」
と伝えた。
黙り込む龍に対し、彼女は言葉を続ける。
「例えこの国が滅びても彼と戦う。その理由と、旗印のために」
リリアナの言葉を聞いて、老冒険者メンシークはその決意に気づいた。
これが、彼女の復讐の始まりなのだと。
レナーテ神殿を出た勇者たちが見たのは、ちょうどレナーテ神殿まで避難してきた民だった。
何やらレナーテ神殿の女神官たちと揉めている。
「ですから、このレナーテ神殿には、許可無き者は入れません!」
「そんなこと言ってる場合か! オレたちは家どころか金も食料も何もねえんだぞ!」
「こちらも食料などほとんど備蓄はありません!」
「嘘つけ! 普段から良い物食ってんだろ! どうせお前も良いところの娘だろ!」
男たちと巫女と呼ばれる女たちは、一触即発の空気だった。
何もできることはない勇者たちは、集団の横を足早に立ち去ろうとする。
「これはこれは、勇者殿ではありませんか。その節はどうも」
一人の男が笑みを浮かべたまま問い掛けてくる。
「スホルテンさん……」
「その節はどうも」
商人風の中年の男は、共和国議員のスホルテンであった。
コンラートが海底隧道の入り口と伝えた場所で、この男は鉱山の発掘を行っていた。
帝国との繋がりなどは証明できないが、前々から黒い噂のある男であるのは間違いなかった。
老冒険者メンシークが、その疑惑の男に、
「お主はどうしてここに?」
と厳しい視線を向ける。
「なに、議員は半分が死んでしまいましたし、首都はあの有様です。私は首都にいなくて助かりましたけどね」
「そうじゃな、運良くな」
「ははっ、これは手厳しい」
「それで、何用じゃ」
「いえいえ、たまたま見かけて声をかけただけですよ」
「ここにいる理由じゃ」
「あー。僅かながら、蓄えていた食料がありましてね。それを神殿に届けに来ただけですよ」
「……何が狙いじゃ」
「いいえ、本当に他意はございません。それにお代はレナーテ神殿の巫女様方にでもいただきますので」
「こんなときにまで商売か」
「商人ですのでね。それでは」
男が軽く頭を下げて、立ち去っていく。
「気になるが、今はそういう場合でもないかの……」
メンシークが呟くと、セラフィーナも、
「そうね。行きましょう」
と硬い表情で頷いた。
彼女が歩き出すと、ずっと黙っていたアーシャもついていく。
リリアナだけは、食料に群がる民衆を一瞥し、それから小走りで動き出した。
――帝国は降伏すら許さない。少なくとも、私やセラさん、レナーテ様が死なない限りは止まらない。
「セラさん、行こう」
「ええ。他の町の衛兵が持ち帰った情報では、帝国軍があの港から、この首都まですでに進軍し始めてる。その先頭にいるのは、黒い鎧だそうよ」
「わかった。じゃあ、迎え撃とう」
「そうね。私とリリアナで仕留める」
最後の戦いを決意した彼女たちが、レナーテ神殿から首都へと続く道へと向かう。
そこからは、真竜諸島共和国の首都がよく見えた。
「おーい、やっと出てきたのかよ」
道を降りる彼女たちに声をかけてきたのは、元帝国兵のコンラート・クハジークだ。
そして勇者と賢者の顔を見比べた後、
「行くんだろ。オレも行くぜ」
と声をかける。
「良いのね? コンラート」
「良いさ。アイツはまたやった。許せることじゃねえよ」
そう呟いて、彼は首都を見下ろす。
数百年を刻んだ歴史ある都市は、巨大な穴だらけになっていた。
「わかったわ。あなたのレクターも大事な戦力だから、頼りにさせてもらうから」
「任せろ」
セラフィーナの言葉にコンラートが胸を張る。
勇者が残りの仲間の方を振り向いた。
「メンシークさんとアーシャちゃんは残って」
勇者の言葉に、二人は首を横に振った。
「私も行く」
「儂もじゃ」
「駄目だよ、二人には少しでも首都と神殿の復興に当たって欲しい。特に修理する特性を持つユル氏族の力は、復興の方に回すべきだよ」
真っ直ぐ見つめる勇者が、否定を許さない口調で告げた。
小さな体躯のアーシャは不満げに黙り込んだ。
「アーシャ殿はわかるが、儂は」
「駄目だよ、議員さんたちも半分しかいなくなった。メンシークさんという指導者が、この真竜諸島共和国に必要だと思う」
「……リリアナ殿。儂に、放り投げた責任を果たせと」
「肩書きで縛るつもりはないけど、メンシークさんがやりたいことは多分、こっちじゃないよね?」
勇者の問い掛けに、メンシークは苦渋の表情を浮かべた。
何も返さない彼に背中を向け、勇者と賢者は歩き出す。そこに青いレクターが続いた。
「リリアナ」
白い少女アーシャが、小さな背中に声をかけた。
「行ってくるね、アーシャちゃん」
「戻ってきて」
「うん。きっとね」
肩越しに笑いかけてから、勇者たちは再び歩き出す。
「さあ、行こう、セラさん、コンラート君」
「ええ」
「わかったぜ」
彼女たちの視界に、二体の鎧があった。
帝国が開発した、エンチャッテッド・アーマーという兵器を模して作られたものだ。それらには、判決を下す者を意味する『レクター』という名が付けられていた。
白銀のレクターに触れながら、彼女は呟く。
「これは魔王退治だよ。勇者の仕事だ」
そう言いながら、あの黒い鎧を思い浮かべるのだった。
漆黒の影が剣を振り回すたびに、相手の首が舞い、死体が増えていく。
「ハーハッハッハッ! 死ね、死ね! 無様に死ぬが良い、真竜国!」
ヴィート・シュタクが見つけたのは、共和国の騎士団だった。
港町からしばらく進んだ宿場町を守る十二人ほどの一団だ。
彼は有無を言わさず襲いかかり、その騎士団を一人で葬ってしまった。
「ミレナ殿」
汎用機であるボウレⅡを来たヨナーシュが、隣の白地に赤線のレクターへ、恐る恐る尋ねた。
「なんでしょうか? ヨナーシュ殿」
「いつもこう、なんでしょうか?」
「こう、とは?」
「隊長自ら、せ、先頭に立って」
「シュタク少佐ですから」
「しかし、危険なのでは……司令官としては後方に下がって指揮を」
「シュタク少佐ですから」
「は、はぁ」
にべもないミレナの答えに、新参のヨナーシュは生返事を返した。
新たに特務小隊に合流したヨナーシュ・クハジークは、目の前の宿場町で起こる戦いに、戦慄を覚える。
速くて重い。
ザハリアーシュはおろか、他の軍人たちまでもが口を揃えて逆らうなというわけだ。
しかし、彼としては、この男についていかねばならない。
弟であるコンラートを殺すために。
厄介なことになったものだ。
――恨むぞ、コンラート!
一族の助命のためとはいえ、こんな凶暴な男の配下に着かねばならない。ヨナーシュは内心で盛大に愚痴を放っていた。
「では、この宿場町で休むとするか。誰か後方部隊まで伝令を出してくれ」
血まみれになった小さな宿場町の真ん中で、ヴィート・シュタクが指示を出す。
「わかりました」
「ああ、急がなくて良い。五機で行け」
「はっ」
命令に従い、五機のボウレが宿場町から、元の道へと戻っていく。
しかし離れていくEAに対して、ヴィート・シュタクが、
「横に飛べ!」
と叫んだ。
次の瞬間、五機のボウレがいた場所に爆発が起きる。
「次はこっちか! ミレナ! ヨナーシュ! こっちに来い!」
「はっ!」
「は、はい!」
彼女たちが黒いEAに近づき、三方を睨むように陣取る。
「何者かがいるぞ、諸君、周囲を警戒しろ!」
その指示と同時に、数機が動体探索の魔法を使う。
しかし反応があると示した者はいない。
「……ちっ、逃げたか。いや」
ヴィート・シュタクはEAの腰の後ろにあるナイフを取り出した。
「そこだろう!? なあ、賢者!」
宿場町の外に向けて、ナイフが飛んでいく。
木々の合間に突き刺さり、太い幹に穴が開いた。
「……ヴィート・シュタク」
出てきたのは、青い髪にくたびれたローブを身にまとったセラフィーナ・ラウティオラだった。
「ご苦労なことだな、こんなところまで出張ってくるとは」
「あなたさえいなければ」
セラフィーナは、ギリっと音が聞こえるほど歯を食いしばり、杖を握り込む。
だが男は怒りに震える賢者に対し、嘲笑うように、
「首都は守らなくて良いのか?」
と問い掛けた。
「お、お前が!」
賢者が杖を振るう。
無詠唱で放たれた魔力の砲弾が、黒いEAに向かって飛んだ。
しかしヴィート・シュタクは左手で掬い上げるような動作とともに、魔力障壁を作り上げる。
「ああ、そうだな、すまない。首都は滅んだんだよな。星降りで滅ぶなんて……」
「……お前」
「実に良いざまだなぁ、セラフィーナ・ラウティオラ。ハーハッハッハッ!」
「お前えぇ!」
賢者が詠唱を始める。
憎しみと悔しさで、美しい顔が醜く歪んでいた。
美しき青髪の賢者と呼ばれた女性とは思えぬ、悪鬼のような形相であった。
「良いな、その顔が見たかった!」
次々と撃ち出される火線の魔法を障壁と装甲で弾きながら、滑り込むように賢者に近づいた。
「させるか!」
そこへ割り込むEAがいた。
剣と剣がぶつかり、お互いが力任せに押そうとする。
「コンラートか」
「てめえ、隊長! また弱え奴らを殺したな!」
「助かったぞコンラート」
「あ?」
「お前が偽の情報で、真竜国の人間を踊らせてくれたおかげで、非常に簡単に進んだ。勇者も鉱山に行ってくれたおかげで、オレの一撃を邪魔できなかったしな」
「……くそがぁ!」
青いレクターが魔力を走らせ、全力で黒い鎧を押し返そうとする。しかし、僅かたりとも動く気配はなかった。
その二人の戦いに向けて、駆け寄る影がある。
「コンラート!」
一機のボウレⅡが、剣を振りかぶってレクターへと振り下ろした。
青い鎧は慌てて後ろに飛び、賢者に並ぶ。
「誰だてめえ」
「私だ。ヨナーシュだよ、コンラート」
「兄貴!?」
クハジーク子爵家の問題を一瞥した後、黒い鎧の男は再び賢者の方へ向き直る。
「邪魔が入ったようだが、これで終わりだ、セラフィーナ・ラウティオラ!」
「ヴィート・シュタクぅぅ!!」
そこへ、白銀の輝きが煌めいた。
「それは読んでたよ、勇者殿!」
余裕を持った声で黒い鎧が奇襲を剣で受け止め、そこから力任せに振り抜いて返した。
「そうだと思った、ヴィート・シュタク」
振り抜かれた黒い鎧の力に逆らわず、勇者は後方へ舞い、賢者の前に降り立った。
「さて、そろい踏みでどうした?」
剣を肩に担ぎ、ヴィート・シュタクが余裕ぶった声で笑いかける。
「ヴィート・シュタク。あなたとの因縁もここで終わりにしよう」
「ほう?」
「これは勇者の仕事だよ」
「勇者の仕事とは魔王を倒すことだと、昔話で習ったがね」
「だから、勇者の仕事なの」
「ん? 何を言っている?」
怪訝な声で問い返す帝国の復讐者へ、勇者リリアナが切っ先を向けた。
「あなたを魔王と認定する。だから勇者に倒されて、ヴィート・シュタク」




