3、永い夢を
夢を見ていた。
オレが子供の頃、今は無くなったヴレヴォの古い町並みの中で、小さなリリアナの手を引っ張って歩いている。
彼女は転んでしまい、大したケガはなかったのだが、お気に入りの服を汚して、泣いてしまったのだ。
汚れはほとんどはたき落としたというのに、まだ泣き止まない。
――ほら、いい加減に泣き止もうぜ。
――でも、でも。
――みんながいたぞ。ほら、前向いてな、リリアナ。
――せ、せっかく、ヴィルのおよめさんになるのに。
そうだ。
確か、そういう祭りだったのだ。
男女の子供たちが一組になって、手を繋いで歩く。
教会で花を受け取って、男の子が女の子の髪に挿してあげる。
子供達の健やかな成長と、種族の繁栄を祈るヒトの祭だ。
そのためにリリアナは、おめかしをしてきたのだ。それが汚れて大泣きしたというわけである。
――大丈夫だ、リリアナ。
――ヴィ、ヴィル?
――きっと、おまえは……。
目を覚ました。
夢を見たような気がする。
よく思い出せない。
体を起こし、小さくため息を零した。
まあいい。大した意味もない夢だったのだろう。
しかし妙に気分が悪い。格納庫で寝たからだろうか。
「あら、ヴィル。起きたの?」
「何でいるんだ、おまえは」
思わず大きなため息が出た。
白衣を羽織ったエディッタが、オレにカップを差し出す。
「いや、ちょっとね。気になって」
「何がだ?」
「真竜諸島は魔素が濃いのよ。だから体調悪くないかと思って」
「また、えらく優しいことだな」
湯気の立つ飲み物を受け取って、口に含む。黒豆茶か。
喉に流し込んでいると、寒い場所で寝て固まっていた体が解れていく気がした。
「そりゃそうでしょ。アンタは私の剣なんだし」
「まだ生きてたのか、その話は」
「当たり前でしょう。ヤンは死んだ。でも、私の復讐は終わらないのよ」
「あー、そうですか。とりあえず悪いところはない。昨日のような気だるさはないな」
立ち上がって、格納庫から歩いて出る。
ふと見れば、反対側にある赤いレクターの側で、ミレナが毛布にくるまって寝ていた。
「何であいつまでここにいるんだ?」
「知らないわよ。でも、艦橋で寝てたはずだけど」
「ダリボルの船長席が加齢臭で臭かったか」
「かもしれないわ」
「とうとう孫が生まれるそうだぞ、あの男は」
「日頃は夜遊びばっかりのお爺ちゃんか」
「笑えるな。だが、そこがアイツらしい」
二人して声を押し殺して笑う。
「さて、今日はどんな仕事があるのやら。」
首を慣らして歩き出す。
外は寒い。バルヴレヴォISにかけていたコートを羽織って歩き出す。
真竜諸島は、大半が山と森に囲まれた土地だ。数少ない町を潰しながらいけば、すぐに首都まで行ける。
逆に言えば、飛行船で移動するのには向かない土地だ。
山裾を走る風は空中でのバランスを崩し、着陸する広い土地も少ない。
付け加えるなら、相手の兵の数は少ない。その上であの大規模破壊魔法だ。兵も減っているだろう。
ならば、敵の軍はいわゆる伏兵戦術で来ると思われる。
しかしこちらには、エディッタの開発した動体探索の魔法があるのだ。
「負ける要素がないが、油断はしない」
気を引き締める。
これが最後だ。
リリアナも救い出さねばならない。
「そうね。まだ賢者が生きてる。あと勇者も。そして」
「レナーテか。まあ弱っているだろうがな。嬲り殺しにしてやる」
それでも、口元に笑みが浮かぶのを抑えることができないでいた。
港には帝国の輸送船が次々と着船し始めている。順番待ちの船が沖で停泊しているぐらい数が多い。
港町には、荷下ろしする人間がごった返していた。EAもボウレが多数駆り出されている。
「もし、その容姿、シュタク少佐とお見受けいたします」
到着する軍需品一覧の書類に目を通していると、声をかけられて振り返る。
そこには、空色の髪の男が立っていた。切れ長の目に長い髪を後ろで結んだ、生真面目そうな男だ。
服装は軍服だが、階級章の位置から言って、左軍の所属のようだ。
「そちらさんは?」
「失礼。私の名前はヨナーシュ。ヨナーシュ・クハジーク大尉と申します」
クハジークか。コンラートと同じ性だな。
「ああ。あの裏切り者の縁者かな」
「はい。クハジーク子爵家三男であり、コンラートは愚弟であります」
「それで?」
思わず冷めた声が出る。
「まずはこちらを」
懐から手紙を取り出し、オレに差し出してきた。しっかりとした封蝋をされている。そこにある刻印は、オレにも馴染みのある皇族の物だ。
「ん……ザハリアーシュ……皇太子からか」
危うく呼び捨てにするところだった。
すでに皇太子位はエリクからザハリアーシュに移っている。
取り出したナイフで開封し、中身を確認した。
「助命の嘆願ね。ああ、クハジーク家は南方に領地を持っていたな。寄親はザハリアーシュ殿下の母親の生家か」
中身は、コンラートの裏切りによって連座で処分されるクハジーク家全員の命を助けろというものだった。
「は、その通りであります」
しかし、オレ宛か。よっぽど父さん母さんの逆鱗に触れるのが怖いらしいな。
それでオレに言ってきたか。アイツはオレがヴィレームであることを知らないはずだったから、上司であるシュタク少佐にか。
「ふむ。私はアネシュカ・アダミーク閣下にお伝えするぐらいしかできないが?」
「いえ、もしお許しいただけるなら、私に弟コンラートを討たせていただけないかと思いまして」
「だがまあ、もう少し大人しくしていれば、ザハリアーシュ殿下が皇太子位についた祝いで、恩赦が出るのでは?」
自分で言ってて何だが、そういう可能性もある、というぐらいだ。あくまでアネシュカ・アダミーク閣下が許せば、恩赦も出るという話だろう。
「それでは確実ではありません。しかもコンラートの罪は反逆罪。恩赦があってもなお、連座で処刑される確率もかなり高い」
「なので汚名を返上するために、クハジーク家から人を出してきたか」
「おっしゃる通りです」
生真面目なヤツは二人もいらんのだがな。
「わかった。話は通しておく。だができるのはそれだけだ。期待せずに待っていてくれ」
「ありがとうございます」
敬礼をビシッと決める。その性格が出るような決まり具合だ。
「では、失礼します」
踵を返し、ヨナーシュ・クハジークが立ち去っていく。
まあ、いいか。
役に立つならそれに越したことはないし、オレの心配することじゃないな。
「ヨナーシュ・クハジークか」
「はい。ご存じですか?」
オレにザハリアーシュからの手紙を返しながら、母さんは面倒くさそうに欠伸をした。
今は元町長の屋敷の応接室で、母さんと向かい合っている。今後の打ち合わせの一つとして、ヨナーシュ・クハジークの話題を出した。
「クハジーク家の麒麟児だそうだ。三代剣聖流免許皆伝の腕前で、頭脳明晰。少々、頭が硬いところがあるが、ザハリアーシュの懐刀だったはずだ」
「はぁ。なるほど。クハジーク家を処刑されるのが、よっぽどきつかったのかな」
オレが苦笑を漏らすと、将軍閣下は口元を緩めた。
「だろうな。クハジーク家だけなら、そうでもないが、ザハリアーシュは脳みそまで筋肉で出来ているようなバカだ。ああいう頭脳派は手放しがたかったのだろう」
「まあ、アイツはエリクの後塵を拝してたわけで、陣容は薄いか。かといって、エリク派からの鞍替えをそのまま信用するような、アホウでもないと」
「第二皇妃のカロリーナ殿からか。まあ、私はあの御仁を嫌いではないから、どちらでも良いんだが」
ザハリアーシュの母親は、南方で有名な武姫だったそうだ。浅黒い肌と砂色の髪を振り乱し、剣を振り回して魔物を討伐していたと聞いている。
体格もザハリアーシュの母親だけあって、女性にしては大柄だが、健康的な美とでも言えばいいのだろうか。皇妃になるだけあって、整った外見をしている。
「では、どうされますか、ヨナーシュ殿を」
「お前が使え。この際だ。シュタク特務小隊も人が足らんことだし、ザハリアーシュに借しでも作っておくが良い。ハナなんぞにしゃしゃり出てこられても困るからな」
ハナは、ハナ・リ・メノアという名の第三皇位継承権を持つ姫だ。
珍しくオレより年下の姫だが、表にはほとんど出てこない。花と詩作が趣味の、深窓の令嬢だ。
「わかりました。せいぜい、こき使ってやりますよ」
「ヨナーシュ以外には、シュタク特務小隊に補充はないが、落ち着いたら中佐に昇進だ」
「やりすぎでは?」
二十歳そこらの男が中佐とは。前の騎士団体制なら、中隊長ぐらいだ。
「竜騎士を平らげた男に、何の褒賞もなしではな。どうせ終われば軍を抜けるのだろう? なら、年金が上がるぐらいに思っておけ」
「まあ、そんなもんか。わかったよ、母さん」
「気をつけろよ。相手は追い詰められている。その分、必死だ」
姿勢を正し、心配げな表情でオレの目を見る。
だが、今更だろう。
「何を言ってんだ。充分に気をつけて、細心の注意を払ってぶっ殺して、レナーテの元まで辿り着いてやるよ」
オレが言えるのはそれだけだ。
「ヨナーシュ、遅れているぞ」
「すみません!」
オレはヨナーシュ大尉を連れ、港町から首都を目指す道のりを歩く。
いわゆる露払いの任務だ。
「久しぶりのバルヴレヴォなんだ。誰か出てこいよ」
今回のEAは、すでにいつもの黒い重装EAに戻っている。速度特化の刻印なのにボウレⅡよりちょっと速いぐらいの刻印仕様機である。
引き連れているのは、ミレナ、ヨナーシュと、借り物の五小隊。合計十八機だ。
その中の最後尾がヨナーシュである。
「少佐、右軍はいつもこんな速度で?」
「そうだ」
左軍所属で右軍出向中のヨナーシュの質問に、オレは端的に答えた。
なぜか周囲にいた他小隊のEAたちが首を振っている。
……違ったか?
まあいい。
「少佐、反応ありです」
ミレナが教えてくれると、周囲のEAたちが一斉に警戒を始めた。
動体探索の魔法に何か引っかかったのが、動物じゃなければいいが。
そんな益体もないことを考えていると、放物線を描いて矢が飛んできた。
剣で払い、飛んできた方向を見る。
そこには、揃いの革鎧を着込んだ弓兵たちがいる。
全員が声を上げながら、こちらに向けて矢を放っていた。
「さあ、やっとお出ましだ!」
脚甲内の魔法刻印に力を入れ、走り出す。
一瞬で追いついて、一振りで一人を殺していく。
血しぶきが飛び散り、飛ばされた臓物が木々に貼り付いていく。
「バカが。その程度でこのヴィート・シュタクに勝てると思うなよ!」
楽しい楽しい真竜国内蹂躙戦だ。
ああ、胸が高鳴る。
みんな、見てるか。
さあ、全てを平らげてやる。
■■■
『よく帰った、リリアナ、セラフィーナ、メンシーク。そしてようこそ、ユル氏族の娘よ』
半壊し夜空の仰げる神殿の中央、そこに聖龍レナーテは巨体を寝かしていた。
長い体躯から伸びていた強靱な四肢は一つ失われ、体のあちこちから鱗は剥げ落ち、大きく肉の抉れている部分もある。その理知的な二つの目も、今は一つしかない。
「レナーテ様……」
勇者、賢者、老冒険者メンシーク、原初のドワーフであるアーシャ。その四人が膝をつき、聖龍に頭を垂れていた。
『してやられたわ、帝国め。あのような手で禁術のメテオストライクを再現するとはの』
どこか愉快げに言う聖龍の声だったが、床には乾いた血痕が大量に残っている。
「申し訳……ございません……」
苦しそうに声を漏らしたのは、賢者セラフィーナ・ラウティオラだった。
『何を謝る、セラフィーナ』
「私が不甲斐ないばかりに……レナーテ様にまでそのような傷を」
『儂の判断が間違うておっただけよ。帝国に手を出すには時期が遅すぎたようじゃ』
「遅すぎた?」
『帝国といえど人の国。攻めれば多くの人間が死ぬ。そう躊躇しておった』
聖龍の言葉に、リリアナが怪訝な顔を浮かべる。
「レナーテ様は、機会さえあれば帝国を攻めるつもりだったのですか?」
『そうじゃ』
断定の言葉に、勇者の瞳が戸惑いに揺れた。
「……な、なんで?」
『簡単じゃよ、勇者リリアナ』
聖龍レナーテが残る一つの目を閉じて、頭を床に寝かせた。
戸惑うリリアナをよそに、古き龍は、
『セラフィーナよ、帝国の目的を知っておるか?』
と賢者に問い掛ける。
「皇帝の目的……ですか。その、北西の三カ国を滅ぼすことではないでしょうか?」
『それは今代の皇帝の個人的な目的じゃ。いわば千年前より続く帝国建国よりの目的よ』
「申し訳ございません。過分にして聞いたことがございません」
『そうか。これは秘中の秘。しかと聞け。儂が帝国を攻めることに同意した理由もそれにある』
「と申しますと……」
セラの言葉に、聖龍が残った右目だけを開ける。
『帝国という国の目的は、一つの宝玉を守ること。その宝玉は一つの特性を持っておる』
「特性ですか?」
『それはすなわち、魔素の吸収』
レナーテの告げる事実に、全員が訝しげな顔になった。
しかし龍は構わず言葉を続ける。
『そう。帝国の目的は、魔素をこの世から無くすことじゃ』
先端に輝く宝石を備えた王錫がある。
それを左手に持ち、皇帝ユーリウスは真竜国の空を見上げていた。
「始祖アダルハイトよ。貴方様の目的はようやく叶いましょうぞ」
彼がいるのは、占領した港町の元町長屋敷のバルコニーだ。
その横に、一人の男が現れる。白衣を着た枯れ木のようなエルフだった。
「おやおやぁ、皇帝陛下ともあろうお方がセンチですねぇ」
「茶化すな、ヴラシチミル」
「そりゃあ、すみませんねえ。ついねえ」
ヘラヘラと笑うエルフの男は、帝国随一の頭脳を持つ男だ。
付与魔法や錬金術だけでなく、鍛冶などにも詳しい帝国右軍EA開発局主任研究者である。
「そなたにしても同じだろう?」
エルフの男がグラスを差し出すと、皇帝は王錫を服のベルトに差し、空いた左手で受け取った。
「そうですなぁ。ようやくレナーテの首を取れるとは。あの無自覚な世界の守護者ぶった魔物を消し去ることができるなんてねぇ。長生きはしてみるものですねえ」
「千二百歳を超えるそなたにしたら、念願とも言うべきか」
「ええまあ。勇者アダルハイトとの約束、ようやく見えてきましたよ」
眼鏡を外し、エルフの男が皇帝ユーリウスの隣に並ぶ。そしてグラスを二人で合わせて音を立てた。
普段の凶器じみたギョロ目をスッと細め、小さく皮肉げに笑う。
「さあ我が友、メノア帝国よ。魔素の希薄化はここに極まる」
皇帝は何も言わずに笑い酒を飲む。
ヴラシチミルもまた酒を飲み、それからグラスを天に掲げた。
そして楽しそうに口角を釣り上げ、
「魔素に支配された、このディストピアからの解放が叶う。さあ人類よ、新たな時代へ!」
と楽しげに杯を捧げたのだった。
ぼちぼち色々と世界の秘密?が明らかにしていきます




