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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
正義のような幻想
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2、病





 星降りの翌日、オレはようやく右軍の元へと戻って来た。

 真竜国の南にある港はすでに、帝国によって制圧されている。

 EAを身につけたまま、その港町を進んだ。

 十字架を担いだ黒いEAを見て、色々な人間が敬礼をして見送ってくれた。

 しばらく歩き、目的の地点まで辿り着く。飛行船の発着場として平地にされた(・・・)場所だ。


「よう、戻ったぞ」

「ヴィート……やけに戻るのが遅かったじゃないの」


 飛行船ルドグヴィンストを見上げていたオラーフがオレに気づいて、歩いて近寄ってくる。


「こいつが重くてな」


 担いでいた十字架を地面へと投げ捨てた。


「壊れた?」

「完全にな」

「ちっ、くたばったか」

「役に立ったんだ。まあいいだろ?」

「まあいいわ。どうせもう何の反応もなかったんだし、レナーテ神殿壊すのに役立ったんだから、こいつの役目はこれで終わりとしましょう」

「なら良かった。それだけが心配だったんだよな」


 バルヴレヴォISの前面部を開き、中から出た。


「……アンタ、その血は?」


 オレの体の惨状(・・)を見て、エディッタが息を飲む。

 口元から胸の半ばまでが、乾いた血によって汚れていたからだろう。


「わからんのだ、オレも。メテオストライクを放った後、しばらくしてから血を吐いてしまってな」

「平然と言うけど、結構な血の量よ……。ちょっと屈んで」


 妙なことを言うが、こいつの知識は確かだ。オレ自身も体調不良のまま戦いたくないので、言われた通りに腰を落とす。


「こうか?」

「目を見るわよ」


 エディッタがオレのアイマスクへと手を伸ばす。

 周囲から見えないように少しだけずらして、オレの目をジッと観察した。


「アンタ……」

「何だ?」


 ため息を吐いて、すぐに手を離した。


「……アンタ、やけに攻撃を避けると思ったら、魔素過敏症ね」

「ん? 何だそれは?」

「千年前は、生まれた瞬間に死に至る病だったそうよ。魔素が薄くなった今じゃ、死ぬ人はいないけど」

「そんな病気があったのか。魔素の多い場所にいると、体調不良を起こすとか?」

「ええ。目に浮かんだ波打つ魔力の文様がその証拠。悪いときしか出ないらしいし、アンタ、マスクしてるから全然わからなかったわ」


 呆れるように腰に手を当てため息を吐く。

 ふむ。確かに覚えがあるな。


「……確かに、レナーテの魔力体と戦った後も似たような症状になったな」


 エディッタがハンカチでオレの口元の血を拭う。すでに乾いているせいか、パリパリと地面へと落ちていった。


「おそらくEAの中が安全ってだけで、本来はそんな人間が魔素の動きが活発な戦場に出てくるものじゃないわよ」

「確かに。ただまあ今までも問題がなかったんだ。大丈夫だろ」


 思わず笑いが溢れる。


「……ま、そうね。ヴラシチミルにでも確認してみるわ。帝都に戻るのはだいぶ後になるけど」

「大丈夫だ。あそこにいる」


 オレが海の方向を顎で示す。そこには青いバルーンの飛行船が浮かんでいた。


「あの飛行船は……」

「皇帝陛下の専用船『オーガ』だ。あれにバルヴレヴォが乗っている」











 飛行船から下りてきた皇帝陛下が軽く左手を上げる。


「陛下!」


 母さんが先頭で跪く。

 他の全員が同じように、地面へと膝をついた。

 周囲には、青い飛行船『オーガ』が、黒のルドグヴィンストと赤のカノーに並んでいた。


「皆、ご苦労だった。長きの年月を経て、ようやく真竜国へと辿り着けた。これもそなたら、右軍の努力の賜だ。私は失った右腕の代わりに諸君らのような臣下を持てて、幸せだ」

「……勿体なき、お言葉でございます、皇帝陛下」

「さあ立ってくれ、アネシュカ」

「はっ……」

「アネシュカ、こちらへ」


 立ち上がった母さんが、怪訝な様子で近づく。

 すると父さんは残った左腕でいきなり母さんの腰を抱き、自分に引き寄せた。


「へ、陛下!?」


 母さんは驚いてなすがままだ。


「やったぞアネシュカ! やったぞ皆の者! やったぞヴレヴォの民たち、そして犠牲者たちよ!」


 子供のようにはしゃぐ父さんに、母さんが表情を崩して優しげに笑った。それからそっと父さんに寄り添う。


「ほら! 立て、みんな立て! ここが真竜諸島だ! ははははっ、バカどもめ! ザマぁ見るが良い! 何が聖龍だ! 何が称号持ちだ! あーはっはっはっ」


 皇帝陛下が大口を開けて楽しそうに笑う。

 ほとんどの人間が呆気に取られている。

 そこでオレは他の人間を差し置いて立ち上がり、皇帝陛下に近づいた。


「おお、ヴィート・シュタクよ! 此度のメテオストライク作戦、ご苦労であったな!」

「はい、陛下、奴らに一発食らわせてやりましたよ!」

「はははっ、飛行船から見ておった。実にご苦労であったな!」


 母さんの腰を抱いたまま、オレに対して嬉しそうな笑みを浮かべる父さん。

 オレは後ろの人間たちに、手で合図をした。

 赤い軍服の将軍直下部隊が最初に立ち上がり、両手を挙げる。


「やりましたよ、陛下!」

「やってやりました! やってやったんだ、オレたちは!」

「真竜国め、ざまぁ見ろってんだ!」


 彼らはいつもは皇帝や将軍の側に控え、仏頂面をしている近衛部隊だ。

 そんな人間たちが破顔して喜ぶ。

 それもそうだ。彼らは戦争初期からの生き残りであり、北西三カ国連合に散々、辛酸を舐めさせられた人間たちばかりだ。

 ゆえに信頼も厚く忠誠心も高い人間ばかりだった。

 彼らに続いて残りの軍人たちも恐る恐る立ち上がり、隣と顔を見合わせた後に両手を挙げたり拳を握ったりして、喜びの声を上げ始める。


「やった、やったんだな、オレたち!」

「そうだ、食らわしてやったんだ! オレたちは!」

「帝国万歳!」


 それはやがて、帝国と皇帝を称える唱和へと変わっていった。


「皇帝陛下万歳!」

「メノア帝国万歳!」

「妃将軍閣下万歳!」

「右軍に栄光あれー!」

「万歳! ばんざーい!」


 集まった軍人たちが熱狂に包まれていく。

 今までずっと超えられなかった真竜湾を渡ったどころか、奴らの都にも強烈な打撃を加えた。

 すでに国と国の勝敗は決していた。

 残りは聖龍レナーテと賢者ラウティオラ、そして真竜国の為政者たちだ。

 その戦いに向けての怪気炎を上げるかのように、万歳の斉唱はいつまでも終わることがなかった。










「さて、ご苦労だったな、ヴィル」


 父さんのための仮の宿として用意されたのは、この港町の長が住んでいた建物だ。

 質素な石造りの建物だったが、豪奢を好まない皇帝には相応しいかもしれない。


「いえ、まだ終わっていませんが」


 二人して応接用のソファーに向かい合い、酒を飲みながら笑い合う。


「当たり前だ。あくまで竜騎士と都に対しての話だけだ。しかし、奴らも面食らったであろうな」

「竜騎士たちの驚いた顔は面白いものでしたよ。何せ、今まで自分たちが空では一番だと思っていたわけですからね」

「ははっ、これからは帝国が空を制圧するだろうな。新型飛行船も開発中だ。竜さえいなければ、我々の天下だろう」

「まあ、海は北タラリスの艦隊をあっさりと沈めましたしね」

「話を聞いたときは驚いたがな。いずれ、奴らにも鉄槌を下さねばな」


 父さんが左手でグラスを流し込む。

 かなりの上機嫌だ。


「今日はやけに飲んでますね、父さん」

「当たり前だ。お前もスカしてるんじゃない、ヴィル」

「いや、スカしてるのはアンタでしょーが」

「そんな父親が大好きなんだろう?」


 何が愉快なのかわからんが、大口を開けて大笑いをし始める。

 やれやれ、困ったもんだ。

 オレたちが何やかんや騒いでいると、ドアが開いて母さんが入ってくる。


「なんだ、まだいたのかヴィル」

「いちゃ悪いかよ。ってか、息子の前でそういう格好、やめてくれるか?」

「これからは夫婦の時間だからな」


 母さんは軍用のコートを羽織ってはいるものの、その下はかなり着崩している。いつもはぴったりと締めている胸元も、大きく開いていた。


「アネシュカ、こっちだこっち」


 父さんが呼ぶと、母さんは仕方なさそうに笑いながら、右隣に座る。

 家族だけのときは、そこが母さんの定位置だ。


「ヴィルよ」

「ん?」

「お前はいつも軍にいるよな?」


 父さんが真剣な眼差しでオレを見つめる。


「何だよ急に。当たり前の話だろ」

「オレはな、いつも帝城で仕事をこなしているんだ」

「当たり前の話だろ……皇帝が不在にしてどうすんだ」

「だからな、アネシュカとくっつくことなんて、滅多にできないんだ」

「あ、オレに邪魔だって言いたいわけね? あーはいはい」


 オレはグラスに残った酒を一気に飲み干すと、ソファーから立ち上がる。


「はっはっはっ、悔しければお前もさっさと愛する人間と一緒になるが良い」

「うるせっ。じゃあな、あんまり深酒するなよ父さん。母さん、よろしくな」


 オレは近くに置いてあったカツラを掴んでかぶり、アイマスクを身につける。


「ヴィル」


 ドアノブを掴んだところで、父さんが声をかけてきた。


「なんだよ?」

「お前は良い息子だ。ありがとうな」

「オレがやりたいことだったからな。じゃあな、おやすみ」


 ドアを開いて外に出る。

 締める直前に見えたのは、こちらを見つめる両親の、優しげな眼差しだった。

 シャールカ、何してんのかな。










 外はすっかり暗くなっているが、一応は敵地で厳戒態勢のため、至るところで篝火が焚かれていた。

 そんな明るい夜道を通り、自分の飛行船へと戻ってくる。


「少佐、おかえりなさいませ」


 格納庫側から船内に戻ったオレを迎えたのは、長い赤髪を解いて背中に垂らしたミレナだった。


「どうした、こんな時間に?」

「私はその、眠れなかったので」

「そうか。まあ急ごしらえの宿舎だからな」


 飛行船内の至るところで、船員たちがザコ寝しているはずだ。

 誰しもが疲れているのだろう。いつもやかましい船員たちの声は一つも聞こえてこない。


「少佐はどちらに?」

「皇帝陛下と将軍閣下の元にな」

「ご報告ですか」

「そのようなものだ」


 酒盛りしてたとは言えん。


「少佐はこれからお休みに?」

「いや、気持ちが高ぶって眠れる気がしない」


 ようやく真竜国へと来たのだ。

 眠れるわけがない。

 格納庫の隅に置いてあった毛布を羽織り、オレは壁にもたれかかって腰を下ろす。


「ここでは寒いのでは……」

「いや、奴らの住処を視界に収めたい気分なんだ」


 視界に映るのは、真竜諸島の風景だ。恋い焦がれたと言っても良い場所だった。

 そんなオレの横から、ミレナは立ち去ろうとせずにいた。

 しばらく二人とも黙っていた。

 数分ほど経ったぐらいだろうか。彼女が口を開く。


「……少佐は、その」

「ミレナ」

「は、はい!」

「さっさと寝ろ。明日からまた、忙しいぞ」


 明日からはこの港町を帝国の拠点に作り替えるために、色々な作業をしなければならない。

 EAを使う人間だって、遊んでいるわけにはいかないのだ。


「……わかりました」


 ミレナがゆっくりと背中を向け、トボトボと歩き出す。

 エディッタとミレナだけは女性ということで、艦橋で寝ることになっている。

 副隊長はともかく開発局員の方は、隊員と間違いを起こしそうだからな。

 エディッタはオレをヴィルと知っているので気が楽ではあるが、あまり自由にさせすぎるのもな。


「え?」


 立ち去ろうとしていたミレナが、何故か驚いたような声を上げる。


「どうした?」

「い、いえ、何でもありません!」


 慌てて否定し、頭を下げてからミレナが艦橋に続く通路へと走って行った。


「何だ? ……まあ、いいか」


 その様子を怪訝に思いながらも、オレは再び真竜国のレナーテ神殿がある方を向いた。

 視界は暗がりであり、神殿は山の向こうだ。ここから見えることはない。

 それでも復讐の最後を締めくくる場所を睨んでいたかった。

 ああ、みんな、ようやく終わるよ。

 ドゥシャン、イゴル、アレンカ、ブラニスラフ、リベェナ、オティーリエ。これで最後だよ。

 レナーテよ、賢者よ、真竜国に残る罪人たちよ。

 その首、このヴィート・シュタクが頂く。

 待っていろよ。









 ■■■




 周囲が闇に落ちた中、やせ細ったギョロ目のエルフが上機嫌に鼻歌を歌っていた。

 彼がいるのは、皇帝専用飛行船の格納庫でEAバルヴレヴォの前だ。

 手には装甲を磨くようの布を持っている。

 周囲には誰もいない。乗組員は最低限を艦橋に残し、他は全て皇帝のいる屋敷へと出向いていた。


「またキミにはご活躍して貰わないとねぇ」


 バルヴォレヴォと呼ばれる黒い鎧を、ヴラシチミル・ペトルーが磨き上げていく。


「やっと見つけたわよ、クソエルフ」


 声をかけられたヴラシチミル・ペトルーが振り向いた。

 そこには茶色い髪を乱した白衣の女研究者が、顔に怒りを浮かべ肩を怒らせている。


「おやおやぁ、上司に向かって何ですか、オラーフさん」

「アンタ、どういうことよ」


 近づいてきたエディッタが、勢い良く両手で相手の襟を掴み上げる。


「どういうことぉ? 何がですかぁ?」

「ヴィルのことよ!」

「んー? わかりませんねぇ?」


 ヘラヘラと笑うエルフの研究者に対し、エディッタはますます力を入れて締め上げる。


「戦場に出せるような軽さじゃないでしょうが! あの魔素過敏症は!」

「あー、その件ですかぁ」

「魔力が少ない割に異常に強いと思ったわ!」

「ちょちょ、ちょっとぉ、じゃすたもーめんつ、待った待ったぁ、苦しい、本気で苦しいですぅ、これじゃ喋れませんよぉ」


 ヴラシチミルがエディッタの手を軽く叩いた。


「ちっ」


 突き放すように落とすと、ヴラシチミルが喉を擦りながら、


「あー、苦しかった。でも、EAの中じゃ大丈夫でしょぉ」


 と何事もなかったように言う。


「アンタ、よくあの魔素の波の上を飛ばさせたわね。一歩間違えば死んでたわよ!」

「いやいや、あれはねぇ、十字架の方が周囲の魔素を吸い上げる上、バルヴレヴォISの方の密閉度を上げてるんですよねぇ。何せ空飛ぶんですからねぇ」

「はぁ? そんなの言い訳になってないわよ! 何で、アイツを戦わせているのか、と聞いてんのよ!」


 再び食ってかかる勢いのエディッタに対し、ヴラシチミルは肩を竦めて苦笑する。


「症状を告げて、黙って引っ込んでいるような男だと思います?」


 その言葉に、エディッタは言葉を失って黙り込む。


「……そ、そりゃそうだけど!」

「こっちだって気をつけてますよぉ。完璧とは言いませんが、ほとんど問題なかったはずですぅ」

「アイツの皇帝(オヤジ)将軍(オフクロ)は知ってんの?」

「もっちろん。でもまあ現代は、魔素はかなり希薄化してるわけですし、普通に生きるぐらいは問題ありませんよぉ。むしろEAの方が安全なぐらいです」

「EAの方が安全……そりゃ、そうかもしれないけど」

「EAの一側面として、対称号持ちという部分が役に立ってますしね」


 ヴラシチミルは再びバルヴレヴォを布で磨き始める。そこに光沢が蘇り、彼の顔が黒い装甲に映る。


「よく考えてみたら……剣聖が簡単にやられたってのは、そういうわけ」

「そうですよぉ。魔素を媒介とする特性や魔法は、希薄化されていて効果が薄まっている。そこにEAは、ほとんどの魔素を遮断する。このバルヴレヴォシリーズは、その効果も強い。彼がEAに乗っている方がまだ安全というわけですよ。おわかりですか?」


 磨き上げられた装甲の反射越しにエディッタへ笑いかける。


「……ちっ、わかったわよ。でも、今は私の武器なんだから、無駄な損傷はさせないわよ」

「そのために皇帝陛下もこちらに来られたんですからねぇ」

「そういうこと。実はどいつもこいつも過保護ってことね」


 エディッタ・オラーフが踵を返し、怒りを隠さずに飛行船の格納庫から出て行く。


「そりゃアナタもでしょうよ、聖女様」


 その背中を見送るヴラシチミルが、呆れたように笑ったのも、無理のない話であった。

















魔素過敏症=ニュー◯イプ

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