1、崩壊の始まり
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空気を弾き、轟音が空から降ってくる。
分厚い雲が落ちてくる隕石に貫かれた。
音の波が建物を揺らし、人の鼓膜を振るわせる。
真竜国の人間が空を見上げた。
数多の星が、自分たちの立つ場所に向けて落ちてきている。
この世の終わりのような光景だった。
「おお……ヘレア・ヒンメルよ……」
信心深い人間は我先にと跪いて、祈りを捧げる。
いくつもの巨大な岩が空気を押し破り、地面へと近づいていった。
未だ遥か上空にあるというのに、余波だけで家屋が揺れ屋根が飛び人が倒れる。
「見て! レナーテ様よ!」
一人の中年女性が北の山の方を指さした。
そこには巨大な竜が空中を舞い、首都と神殿の間に浮遊している。
「何が起きていると……言うの……」
首都より離れた場所に、一発の隕石が落下した。
地面にぶつかったそれは、わずか一ユルほどだった。それでも周囲の高い木々をなぎ倒し、すり鉢状の穴を作っていた。
聖龍レナーテが、空に向けて口を開く。
集められる魔素が光を放ち、魔力へと変換され、魔法へと変わった。
咆吼のように放たれた赤い光の線が、空を薙ぎ払う。聖龍自身ですら焼き尽くしそうな太さだ。それらが落ちてくる隕石を薙ぎ払っていった。
しかし、小さな隕石が破壊されても、大きな星は削れるだけで終わった。それほどまでに硬い物質だった。
魔法での迎撃を諦めた聖龍レナーテが、自らを中心に巨大な半円の魔力障壁を張った。首都と神殿を守り切るような、神世の生物にしかできない偉大な技だった。
その薄く青い障壁に、空気を裂いて降る隕石が衝突する。
一撃、一撃とぶつかるたびに、障壁が淡い光を漏らしながら揺れている。ぶつかった隕石は、元から存在しなかったかのように緑色の発光現象を残して消えていった。
「さ、さすがレナーテ様じゃ……」
「レナーテさま、がんばってー」
「レナーテ様、ありがたやありがたや……」
首都の人間たちが、その神秘的な光景に見取れていた。
だが、空から絶え間なく巨岩の降下は、まだ続いている。
五発までは、障壁が揺れるだけで済んだ。
ただ次の一つで障壁がひび割れた。
「魔力障壁が!」
「レナーテ様!」
人々が悲鳴を上げる。
聖龍が再び魔力障壁を張ろうとした。
だが貫いた隕石は、首都の西の端に轟音を立てて激突した。
地表と建物を、海の波のように捲り上げながら、衝撃派が周囲の人間たちを吹き飛ばしていく。
子供も、大人も、男も、女も、ヒトもエルフもドワーフも、その他の希少人種も、一切の区別なく、砕いていった。
レナーテが張り直した魔力障壁も、再び隕石の激突によってガラスのように砕け散った。
今度は隕石が首都の中央にある、大きな商店街に直撃した。
近くにいた冒険者は、光に包まれるようにして、この世から消える。
時間を追うごとに被害が広がっていった。
それでも聖龍と呼ばれる長命の生き物が、魔力障壁を何度も張り直した。
いくら神代の生物レナーテといえど、首都全部を覆う障壁を何度も砕かれては、魔力が追いつかない。
結果として力は枯渇した。
光輝く障壁を貫いた隕石が、幾度となく首都を直撃し、神殿の周りを穴だらけに変え、地表を破壊していった。
悲鳴を上げて逃げ惑う真竜国の人間たち。その一切合切を吹き飛ばしていく星降りの余波。
聖龍も隕石の直撃を食らって、力なく神殿の近くに落ちて行く。
そこへ、一番大きな隕石が降り注いだ。
轟音を立て、周囲の山が岩となって舞い上がる。
その様子は、この世の終わりにも似ていた。
その光景を見下ろすヴィート・シュタクは、ただ笑っていた。
「ああ、無様だな、レナーテ。自らに従う民すら守れず、岩ごときに押しつぶされ、国は崩壊していく」
未だに降り注いでいる、魔力で編まれた隕石群。
国を守ろうとして打ち倒された、巨大な龍。
星は地を砕いていく。
舞い上がった人と建物の欠片に、浮かび上がっていく地の砂が真竜国首都の上空を灰色に覆っていく。
このメテオストライクこそが、真竜諸島共和国崩壊への最初にして最大の一撃であり、ヴィレーム・ヌラ・メノアによる報復の一つであった。
首都に辿り着いた勇者リリアナが見たのは、地獄絵図だった。
時間は夜だが、妙に明るい。
あちこちから緑色の光る粒子が舞い、首都を明るく照らしている。
「くっ」
リリアナは照らされた光景に、思わず口を塞ぐ。
その優しい輝きとは対照的に、首都のあちらこちらには肉片が飛び散り、永い時間を刻んできた建物は瓦礫と化している。
賑わっていたはずの店は、そこに痕跡すら見いだせず、井戸は破壊され、ありとあらゆるものが押しつぶされていた。
隕石が落ちたと思われる中心地からは、魔力が魔素に還るときの緑色の発光現象が起きている。
それが首都を包む光る粒子の正体だった。
「これ……まさか……レナーテ様が呼び出されたときの……魔力体召喚?」
見覚えるがある光景だった。
ということは、この星降りは、誰かが引き起こした大規模破壊工作だったということだ。
そして、その誰かというのは、帝国しかいない。
近くの瓦礫の下に、子供の手が見えた。
慌てて駆け寄ったリリアナが、建物だった石片をどける。
しかしそこにあったのは、ただの子供の腕だけだった。
おそらく、隕石によって吹き飛ばされた子供の体から、腕が千切れて飛ばされたのだろう。
「……あ、ああ……」
細い手を抱きしめて、膝をつく。
脳に血が回らない。
彼女なりに頑張ってきたつもりだった。
遠い大陸の東の果てから、北西の真竜国まで戻って来た。
色々な人を犠牲にして、帰ってきたのだ。
そしてようやく戻った第二の故郷は、十分間の間に瓦礫の山となった。
帝国ほどではないが、長い歴史を誇っていた真竜諸島の都市だった。
そんなものは今、ここに失われたのだ。
「何をしてきたんだろう……」
ヴィート・シュタクには勝てなかった。
アネシュカ・アダミークにも負けた。
コンラートの友人を裏切らせようとして、守るつもりだったのに目の前で殺された。
このことはまだコンラートにも言えていない。
――ヴィル。ヴィル。
どうしたら良いの。
何も考えられなくて、彼女の思考が幼い頃に戻っていく。
幸せだったのは、帝国にあった平和な町で過ごした日々だ。
そして気づいた。
目の前の光景はかつてのヴレヴォだったということに。
自分が見ることさえなかった、北西三カ国に蹂躙された町の姿が、きっとこういうものだったのだろうと感じた。
「あああぁ…………」
もう嫌だ。
沢山だ。
私はどうしたら良い。
何も守れず、ヴレヴォの仇にと、真竜国を破壊された。
「もう……やだ」
崩れ落ちる。
色々なものがこぼれ落ちた。
父は未だ行方不明だ。殺されたか帝国に捕まえられたのだと思っている。
人類の守護としての勇者の役割をねじ曲げ、帝国と敵対した。
真竜国を守るために旅したはずが、ブラハシュアでは多くの人間が殺された。
「リリアナ……」
目の前には、コンラートのEAに支えられたセラフィーナが立っていた。
「セラさん……」
「……あの星降りは」
「疑似召喚魔法……だよ。落ちた岩は全て魔素に還っていってる」
「じゃあ」
「そう……誰かが魔法を使ったせい。たぶん、帝国の仕業……」
「そんな……」
セラフィーナは全身から力が抜けて、コンラートの肩から滑り落ち、地面へとへたり込んだ。
EAから出てきたコンラートも、悔しそうに歯軋りをしている。
真竜国の首都のあらゆる場所に落ちた、魔力で作られた隕石。
それらが、淡く緑に発光しながら魔素へと還っていく。
その幻想的な光景の中で、勇者はただ膝を屈しているしかできなかった。
「エリシュカ・ファン・エーステレンだっけ……さて、これどうするかな」
帝国が占領した港で、エディッタは困ったように地面を見つめていた。
そこに寝かされているのは、ずぶ濡れの女性だった。濡れた茶色の髪が張り付く顔は、中性的な顔つきをしている。
胸は隆起しており、呼吸はしていた。
「瀕死の海竜が拾い上げたのね。大した忠誠心だこと」
帝国が占領した港では、すでに制圧が完了していた。元より竜騎士の他は、常人の騎士団しかいない。
EAを擁する帝国右軍に勝てるわけがなかった。
今も、石で作られた町のあちこちから悲鳴と煙が上がっていた。
「久しぶりの真竜諸島か」
エディッタとしては、称号の認定をレナーテにしてもらうために来たことがある。
ブラハシュアの王都で娼婦をして金を貯め、周囲を見返すために、聖女として認めてもらうためだった。
結果として、真竜諸島共和国とレナーテ神殿、そして称号というものに失望して終わるだけだった。
それでもエディッタとしては、軍服の上に白衣を羽織った姿で帰ってくるとは、思いも寄らなかったが。
「ふふっ、レナーテ神殿の巫女長とか、まだ生きてるのかしらね、あのクソエルフ」
半端な長さの耳を動かして、彼女は北にある山へと視線を動かした。
「おや、まさかエディッタさん?」
「ん?」
声をかけられて振り向くと、そこには髪を撫でつけた中年の男が立っていた。
「あら、スホルテン氏じゃないの」
「なぜあなたが帝国に? というかハーフエルフだったのですか」
細くも太くもない、ごく普通の四十代の商人だ。
「そうよ。今は私は軍所属の研究者なの」
エディッタが耳の上へと零れた髪をかき上げる。
「ははぁ。しかしあなたが真竜国に来たとき以来ですねえ。何をしに来たかは知りませんが」
「アンタこそ、今何してるのよ」
「実は共和国議員でして。いわゆる内通者というヤツです」
「へぇ。それで? 真竜国議員が何の用よ?」
彼女は興味なさそうに問い掛けながら踵を返した。
「表向きは帝国との交渉役にね、一応。私は帝国で商売をしたこともありますし」
「ふーん。ああ、ところで」
足を止め、肩越しにスホルテンを見て、口を亀裂のように歪める。
「良い話があるんだけど?」
彼女が思い浮かべていたのは、レナーテ神殿の巫女たちだった。
帝国東方にあるブレスニーク公爵領。
自分の屋敷に滞在しているシャールカは、屋敷の中の一部屋に入る。そこは彼女の自室ではなかった。
ドアを開けると、ほっそりとした金髪の少女がベッドの上で身を起こしていた。
「ソニャ? 起きてても大丈夫なのですか?」
銀髪の令嬢が近づくと、ソニャと呼ばれた少女はゆっくりと振り向く。
「シャールカ姉様……。おにいちゃんは?」
「テオドアがどうかしましたか? 彼はまた戦地ですよ」
いつもどおりの無表情さの中に、どこか親愛の情が込められている。
「ううん、なんでもない……」
少女がふるふると首を横に振るう。
彼女の名前は、ソニャ・シンドレル。東方貴族シンドレルの令嬢であり、病気の療養のためにブレスニーク侯爵家で面倒を見ていた。
そしてシャールカにとっては従姉妹に当たる、テオドア・シンドレルの妹であった。
「ソニャ? お薬は飲みましたか?」
サイドボードにあるのは水差しとグラス、そして開封されていない薬包だった。
「たぶん、もう必要ないかも……」
「ソニャ? 必要ないとは……そんなことはないでしょう? 一朝一夕で治る病では」
言い聞かせるシャールカに対し、金髪の少女が体の向きを変えて、ベッドの横に足をつけて降りる。
やせ細った手足が、寝間着の間からも見て取れた。
「ほら、見て、シャールカ姉様」
ソニャが片足で立ち、クルクルとその場で横に回転する。一度、二度、三度と回り続けて、最後はピタリと止まった。
体力の落ちた少女では絶対にできない動きだ。
「随分と調子が良いようですが……」
眉間に皺を寄せたシャールカが困惑した声で言う。
「病気が治ったわけじゃないけど、体は丈夫になったみたい」
「ソニャ?」
戸惑うシャールカの前で、彼女は後ろに飛び上がり空中で回転してベッドの上に音もなく降り立った。
「お姉ちゃん……私、マァヤ・マーク様の夢を見たの」
「え?」
「弓を教えてくれる人を探して欲しいの、お姉ちゃん」
少女が楽しそうに、本当に嬉しそうに笑う。
「称号を得ました。魔弓の射手という称号を」
ソニャさんは顔見せ程度です。




