18、空を
黒い十字架を背負う。
大人でも余裕で入る大きさの、金属性のオブジェだ。
横棒側には、すり鉢状の魔素噴出口が上向きに付いている。
「エディッタ」
「大丈夫。ちゃんと魔素波は安定してる」
「わかった」
「いけるの? 失敗しないでよ、カッコ悪い」
「大丈夫だ。波乗りは得意らしい」
十字架を肩に担いだまま、飛行船カノーの格納庫の端に立つ。
こちらに向かってくる四騎の竜騎士が、斜め下に見えた。
バカどもが。
海底隧道? そんな面倒なものを掘るわけがない。費用を考えろ。
作戦名地に潜り根を食らう蛇? そんな内容がわかる名前をつけるわけがないだろう。
コンラートを見逃した?
オレがそんな甘い人間だと思うなよ。あのバカから、偽の作戦内容を教えさせるためだ。咄嗟の判断だといえ、懸念事項が解決できたんだ。感謝はしてやるぞ、クソガキ。
つまり、どれもこれも全部、嘘だ。
軍の内部にすら偽の情報を流して、慎重を期した作戦だった。
今回の狙いは最初から、竜騎士なんだよ、バカめ。
こいつらを確実に葬るための作戦だ。
ああ、本当に良い具合だ。
「じゃあ、行ってくる」
飛行船の後ろから、空中へと躍り出た。
オティーリエ。オレより少し年上だった幼馴染みだ。
彼女はヴレヴォの町が襲われたとき、宿屋の親父に抱えられたオレを逃がそうと、竜騎士の前に両手を広げた。
腰も抜けていた。まだほんの少女なのだから、当たり前だ。
でもな、リリアナ。
アイツは。
お前と甘いお菓子を取り合ってた、食いしん坊だったオティーリエはな。
竜騎士の操る竜に食われて死んだんだよ。
大人に抱えられて逃げるオレの方に行かすまいとして、泣きながら失禁しながら、それでもオレを守ろうとして、竜に食われて死んだんだよ。
だからな、リリアナ。
「今度はオレが食らってやるよ、竜騎士ども」
十字架を波乗り板に見立てるように、足を乗せる。
浮遊の魔法が膨大に魔力を食うのは、浮くための魔素すら自分の魔力から捻出しなければならないからだ。
それを解決するために、ルドグヴィンストの前面には、ユル氏族のゴーレムから取られたマナドライブが多数、設置されている。
これでずっと、周囲から魔素を集め前方に撃ち続けていた。魔素を撃つ技術は、エディッタの動体探索魔法と同じ系統だ。
今じゃうっすらと光るぐらい高濃度になっている。それこそ光る帯状の魔素の大波みたいにだ。
そしてオレの乗る十字架は、内部機構のおかげで、魔素を大量に噴出することができる。
結果として大量の魔素と魔素の反発が、擬似的な浮遊、いや『飛翔魔法』を可能にした。
竜騎士が同じ高度に見える。
「調子に乗りやがって、トカゲ乗りごときが」
そしてオレは、魔素の波に乗る。
■■■
「飛んだ!? バカな!!!」
竜騎士アッケルマンが驚く。
彼は四騎の編隊の真ん中を飛んでいた。
見えていたのは、EAが上空の飛行船から落ちてきた様子だった。
「来るぞ! 回避しろ!」
黒い鎧は、寝かせた黒い十字の物体に乗り、空中を滑るように自由に飛翔していた。
「逃がすか、バカが!」
ヴィート・シュタクが叫ぶ。
竜騎士すら超える速さだった。
まるで海の上で大きな波に乗るかのように、十字架の後方から視認できるほどの魔素を噴出しつつ、空を舞う。
「まず一匹!」
すれ違い様、先頭の聖緑竜が首を断ち切られ、ほぼ同時に竜騎士の上半身を上下に分断した。
「旋回! 旋回しろ! あれを落とせ!」
信じられない出来事に驚きながらも、アッケルマンは残りの竜騎士に指示を出す。
相手は後方に通り過ぎて行った。
少しでも早く首を回し、何としても撃墜しなければならない。
「遅いぞ、トカゲども!」
聖黄竜が回るよりも速く、ヴィート・シュタクは高速で旋回していた。まるで透明な筒の中を走っているかのように、上下逆さまになる。
そしてEAが持つ剣を竜の頭に突き立て、そのまま走らせて竜騎士ごと真っ二つにした。
「なん……何だと言うのだ!」
歴戦の竜騎士アッケルマンにも、眼前の事態がまるで理解できない。
空は竜騎士の独壇場だったはずだ。
飛行船などという物体も、所詮は空に浮かぶだけの鈍重な物体だ。竜騎士の操る竜に勝てるわけがない。
「だというのに!」
竜すら超えるスピードに、聖青竜の騎士が追いすがろうとする。
だが、全く追いつけない。
魔素の波の上を滑るように走り、ヴィート・シュタクの黒いEAが遠ざかっていく。
そして十字架の先端を返し、左手で魔力砲撃を撃ちながら、再び近寄ってきた。
聖青竜の騎士が離脱しようと、上に昇ろうとした。
「お見通しだ、バカが」
ヴィート・シュタクが嘲笑う。
まるで何かに跳ねるかのように、十字架の先端を傾け、斜め上へと空中でさらに飛び上がる。
上と下ですれ違う聖青竜と黒いEA。
腹を剣で裂かれ、竜騎士は股下から貫かれて絶命し、海面に落ちて行く。
「なんだ、なんだというのだ! わ、我々は! 真竜国の!」
最後の一人になった竜騎士隊副隊長は、何かに縋るように叫んだ。
後方へ高速で通り過ぎて行った敵へと振り向くため、手綱を引っ張って、竜の首を曲げようとした。
「時代は終わったんだよ」
何故か耳元で聞こえた言葉。
彼の相棒であった赤く大きな竜は横っ腹から首までを切り裂かれていた。
だが、何とか飛んでいる。
しかしそれを嬲るように、再び高速で飛翔する黒いEAが通り過ぎた。
今度は翼が根元から切断された。
バランスが崩れ、アッケルマンは投げ出される。
「わ、我ら、真竜国の竜騎士が」
竜騎士の男が墜ちながら、何かを掴むかのように手を伸ばす。
それを見下ろすのは、ヴィート・シュタク。
「バカが」
海面に落ちて行くアッケルマンに向け、左手の魔力砲撃を放った。
「れ、レナーテ様ぁ!」
光に包まれ、真竜諸島共和国の最大戦力、竜騎士隊の副隊長は吹き飛んだ。
空に伸びる魔素の帯で止まっていた黒いEAが、土台になっていた十字架を軽く蹴る。
止まっていた魔素の波が噴出され初め、彼は真竜国本土を目指して飛んでいった。
「……バカな」
最後の竜騎士となったエリシュカ・ファン・エーステレンは、呆然としたまま空を見上げていた。
飛行船から落ちてきたヴィート・シュタクの黒いEA。
それが十字架に乗り、まるで波の上を滑る船のように飛翔して、四騎の竜騎士をあっという間に葬ったのだ。
「エリシュカ! 撤退よ!」
「何が……」
「エリシュカ!」
セラフィーナが彼女の頬を叩く。
「あ、ああ」
「ヴィート・シュタクが真竜諸島に向けて飛んでいったわ!」
「……わ、わかった!」
震える手で海竜の手綱を握り、口元を戦慄かせながらも何とか操る。
沈んだ北タラリスの船の合間を縫って、巨大な亀が真竜国へ戻っていった。
エリシュカは何かを口にしようとした。
だが、唇が震えて喉から嗚咽のような何かが出るだけだった。
「……ヴィート・シュタク」
セラフィーナですら、かろうじて口から出せたのは、怨敵の名前だけだった。
浮遊の魔法は失われかけている。膨大な魔力を消費するそれは、もはや使い手は賢者と勇者しかいない。
それを帝国は力技で再現した。
「おそらく、黒い飛行船から大量に噴出されていた魔素、それとあの十字架から吐き出されていた魔素。反発すら起こるほどの大規模出力で、推進力と浮力を得た……」
セラフィーナは甲羅の上で考え込む。
「賢者!」
呼ぶ声がして振り向けば、コンラートが小型高速戦闘艇で追いかけてきていた。
「コンラート。戻るわよ、真竜国へ」
「わかった!」
コンラートが海竜の甲羅のベルトに捕まった。
「エリシュカ!」
賢者がそれに気づいて声を上げる。
「え?」
竜騎士が間の抜けた驚きを上げる。
その攻撃は、長距離から放たれた魔力砲撃だった。
「まだ残ってやがったのか!」
遠くを見れば、再び現れた長距離砲撃型ボウレが見えていた。コンラートが倒した後に、また出撃してきたと気づく。
セラフィーナが魔力障壁を張った。
だが次々と撃たれる強力な攻撃が、彼女の青い障壁を削っていった。
張り直しても間に合わない速度で撃ち続けられる。
やがて薄くなった障壁を、魔力砲撃が貫いた。
「きゃっ!」
セラが悲鳴を上げる。
海竜が貫かれた。
大きな叫び声を上げながら、巨大生物が何とか逃れようと海面の足をばたつかせる。
その間にも、次々と甲羅が貫かれていった。
海竜が横に揺れた。
上にいたセラフィーナとエリシュカが海に投げ出される。
「ちっ」
コンラートが二人を拾おうとした。
だが、セラフィーナだけが間に合った。何とか浮遊の魔法を発動したおかげだ。
もう一人の竜騎士エリシュカ・ファン・エーステレンは、そのまま海に沈んでいく。
「くそっ!」
コンラートはもう片方の手を伸ばそうとした。
だが、届かなかった。
「チクショー……ちっくしょー!」
一瞬だけ迷った後、セラフィーナだけを抱え、コンラートは真竜諸島に向かい、最後の魔力を使う。
高速艇が長距離砲撃の合間を縫いながら走って行った。
「エリシュカ! エリシュカー!」
賢者が仲間の名を叫ぶ。
だが、もう届かない。
真竜諸島共和国の誇る竜騎士隊は今、帝国の攻撃の前に全滅したのだった。
戦闘が終わり、帝国艦隊は海上で可能な限りの救出を終わらせた。
北タラリス艦隊のドワーフたちは、数人だけが捕虜にされ、後は死体となって海中に沈んでいった。
アネシュカは戦場の処理を行うため、飛行船カノーからEA輸送船に降りてきていた。
「やっと目障りなトカゲどもがいなくなったか」
潮風に長い黒髪を靡かせ、アネシュカ・アダミークが大きなため息を吐く。
「……空を飛ぶなんて」
「驚いたか?」
「シュタク少佐に何も、聞いておりませんでした……」
彼女はそれがショックだった。
確かに上官が南方の海で、板で波に乗っていた。それと似たような動きで、十字架に乗ってEAが空を飛翔していた。
「極秘中の極秘事項だったからな。万が一にでもバレてしまえば、全てが台無しだ。軍隊とはそういうものだ」
「……そう、ですか」
「ビーノヴァー中尉」
「はい」
「気に入らなければ、除隊届けを出しても良いぞ」
「……え?」
「シュタク特務小隊は一度再編成される。だが、あの男は真竜国を滅ぼせば、除隊するだろう」
「ど、どうしてでしょうか?」
「それだけが目的の男だからな。だからまあ、ここから先も無理についていけとは言わんよ、私は」
アネシュカ・アダミークは凝った肩を解すように右腕を回す。
「し、しかし私は」
「いつか、貴公は私の本当の息子に会うだろう」
「え? ヴィ、ヴィレーム殿下にですか?」
彼女は二度、その名前の男に会っている。顔を覚えるのは伯爵令嬢としての基礎技能で、さすがにしっかりと記憶に残っていた。
「ヴィル。そういう愛称で呼ばれている。そのときはまあ……旧知の仲間のように迎えてやってくれ。命令じゃないぞ、お願いだ」
アネシュカはそれだけ言って、輸送船の船首へと向かって行く。
置いて行かれたミレナの顔を、潮風が叩いた。
「……シュタク少佐」
友人一人が死に、もう一人は帝国を去った。
このまま軍にいれば、ミレナはコンラートと戦うことになるかもしれない。
将軍閣下自らの除隊勧告だ。誰も文句は言わないだろう。
だが、それが正しいのか、彼女にもわからない。
「私は……どうしたら……」
赤い髪を几帳面に結い上げた、生真面目な若き女軍人の問い掛けに、瓦礫の浮かぶ海は、何も答えてくれなかった。
幻想詩篇シュタクセブン
明日のエピローグでとりあえず三章終了です
そこで少しお休みいただきます。四章のクオリティアップ作業に入ります




