17、作戦開始
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「竜騎士隊! コンラートを援護だ!」
エリシュカが手を振りながら号令を上げる。
砲撃を回避することに集中していた竜騎士達が、命令に従い急降下を始める。
高度を下げ、コンラートのEAが進む先に集まるEAたちに向け、竜の口から火炎の弾を何度も放った。
「私たちも前進するぞ、セラ」
「わかったわ。ここが正念場ね」
魔力障壁を張った海竜が前進し始める。
「だがセラ、ヴィート・シュタクはどこだ?」
「……私も今、それを考えていたところ」
「飛行船は、向こうに見えるが……ちょっと遠いな」
「今回は高みの見物? あり得るかしら?」
「そうであって欲しいという願望はある。しかし、あの男のことだ」
「ええ。絶対に何か仕掛けてくる」
黒い鎧の男、ヴィート・シュタク。
ここまで何度も彼女たちを追い詰めてきた強敵だ。
未だ姿を見せない。
「でも、このまま進むしかないのが、辛いところね、エリシュカ」
「そうだな」
背後で沈んでいく北タラリス艦隊を見る。乗組員たちは現在、這々の体で離脱中だ。
これ以上の攻撃を重ねられれば、さらに死者が増える。
元々、向こうから勝手に協力を申し出てきたことだった。
かといって、しっかりと壁となり役にも立ってくれたのも間違いない。
「行きましょう」
「そうだな。行こう」
コンラート・クハジークという元帝国兵が、強力な長距離砲撃部隊を落としに向かっている。竜騎士たちもその援護へと向かっていた。
「……ん?」
その竜騎士たちの筆頭が、海竜の甲羅の上で疑問の声を上げた。
「どうしたの?」
「いや、飛行船の配置が動いている気がする」
「そうね……赤い方が高度を上げて後方に下がってるわね、いよいよヴィート・シュタクが降りてくるのかしら」
「いくら何でも、飛行船から飛び降りるなんてことはないだろう。EAに軽量化の魔法が掛かっているとはいえ、落ちればそのまま沈むぞ」
「そうよね……でも何かしら。違和感を覚える」
「どうした?」
「何か、上空に魔素が集まっているような」
「魔素が?」
「私にそういう特性がないから、何となくでしかないんだけど、魔力から魔素へ変わるときの還元光が見える気がして」
「そうか? 私の目にはわからんが」
「気のせい……かしら」
「これだけ魔力砲撃がいくつも飛び交い、セラも大魔法を撃ったんだ。そういうこともあるかもしれん」
「そうよね……気にしすぎても駄目か。行きましょう。ヴィート・シュタクが現れるならきっと、この先の場面よ」
「ああ」
エリシュカが手綱を叩く。
海竜が甲高い叫び声を上げ、速度を上げて前進し始めた。
「どけよ!」
コンラートが魔力砲撃を放ち、前方を塞ぐボウレ部隊を進行方向からどけようとする。
「させるか、裏切り者め!」
帝国兵たちは高速戦闘艇の足を止め、障壁を張り、魔力砲撃を放ってコンラートを葬ろうとしていた。
「コンラート君!」
上空から低い声が聞こえる。
竜騎士のアッケルマンが、自分の竜である聖赤竜を操り、炎でボウレたちを薙ぎ払った。
「助かったぜ、竜騎士のオッサン!」
「キミの覚悟、見せてもらったぞ! 我々が道を切り開く!」
「わかった!」
四騎の竜たちが海面すれすれを羽ばたき、コンラートの向かう先へ竜の火炎を放った。
水蒸気が起き、水柱がいくつも立つ。
数百ユルほど先の長距離射撃型ボウレたちも、ただ待ち構えるだけではない。
その自慢の弓を持って、竜騎士たちを落とそうとする。
一発がかすり、緑色の竜の翼を傷つける。速度が落ちた。
だが海面まで落ちず、何とか態勢を建て直し、高度を上げた。
「隊長! コンラート殿! 構わず先を!」
そのまま力の限り何度も竜が炎の塊を放つ。
EAの障壁を破り、海面を荒らして、コンラートのレクターが進む先を作った。
「見えたぜ!」
コンラートが十五騎の長距離砲撃型ボウレを視界に捕らえる。
「させるか!」
そこへ再び六機のボウレたちが割り込んでくる。左手の魔力砲撃をレクターへ向けて撃ちながら、その足を止めにかかった。
「くそっ」
相手の連係攻撃に、真っ直ぐ進むことを諦め、左へ曲がりながら帝国軍の攻撃を避ける。
「逃がすか! なにっ!?」
コンラートを追おうとしたボウレ部隊の戦闘艇が足を止める。彼らを阻むように大きな水柱がいくつも立った。
「いけ、コンラート!」
エリシュカの応援が聞こえる。
見れば、海竜がその口から水流砲を放ち、ボウレたちに向けて攻撃を仕掛けていた。
「助かるぜ、姉ちゃんたち!」
コンラートは右へと船首を変え、ボウレたちを迂回するようにし、砲撃部隊を目指す。
その砲撃部隊の隊長が、必死に叫んだ。
「賢者だ、あの亀を落とせ!」
巨大な亀のような海竜が、魔力障壁を張り進んでくる。野放しにすれば、先ほどのような大魔法で艦船をやられてしまう。
長距離砲撃型ボウレたちは、必然とセラフィーナ・ラウティオラに狙いを絞り始めた。
これで道は開いた。
コンラートは脚部装甲内の刻印に魔力を与え、EA用小型高速戦闘艇を加速させる。海中にある回転翼がうなりを上げた。
あと少しだ。
そしてコンラートは列になった目標のボウレたちを捕らえる。
弓を構え、賢者や竜騎士たちを近づかせまいとしていた。
その横はがら空きだ。
護衛についていたボウレたちもコンラートに襲いかかろうとするが、味方が近すぎて魔力砲撃を迂闊に放てない。不安定な海面に波を立てすぎれば、賢者たちを狙う砲撃型EAたちがバランスを崩して倒れる可能性がある。
「取ったぜ、帝国!」
「くそっ」
横に構えた大剣で、一機を海上から叩き落とした。
無駄に殺す気はないが、海中に沈んだ後にどうなるかまでは考えない。
そしてEAたちが取り付く前にどんどん加速して、弓を持ったボウレたちを落としていった。
「しばらく大陸に引っ込んでろ! 帝国!」
敵の砲撃部隊を壊滅させ、コンラート・クハジークは威勢良い叫び声で、勝ち名乗りをを上げた。
その頃、勇者リリアナとユル氏族のアーシャ、そして老冒険者メンシークは何とか目的地へと辿り着いていた。
そこは真竜諸島の南西の端にある大きな島だ。メノア大陸側から突き出た半島が肉眼でも見える場所だ。
「あれかの」
「みたいだね」
彼女たちが視界に捕らえたのは、島の一番端にある山裾に張られたいくつも天幕だ。
「一気に行くよ」
リリアナが先頭に立ち、木々を切り倒しながら、走り続ける。
「一気に行く、掴まってメンシーク」
「わ、わかりましたぞ、アーシャ殿」
黄金のゴーレムが四つん這いになり、その上にアーシャとメンシークが掴まった。リリアナに遅れないように、作られた道を猛スピードで走っていく。
すぐに現場へと辿り着いた。
大きな穴が山裾に掘られ、中から筋骨隆々の男たちが土を運び出している。
「ここの責任者は誰!?」
リリアナが大声で叫ぶと、労働者たちが集まってきた。
「えっと、そちらさんはどなた様で?」
「私は勇者リリアナ。ここの責任者を出して欲しい」
「こ、こんなちっこいのが勇者様? バカいっちゃいけねえ」
「良いから出して!」
焦るリリアナが剣を抜き、男の首筋に当てる。
「ひっ」
どよめきが起こる中、穴の近くの天幕から、高価そうなローブを羽織った男が歩いてくる。
「これはこれは、本当に勇者様ではありませんか。お戻りになられたのですな」
眼鏡をかけた線の細い中年の男だった。にやけた顔つきにリリアナは不快感を隠さない。
「スホルテンさん、ここが帝国軍によって掘られた海底隧道だってのはわかってるの。中を改めさせてもらうね」
「ほう? これは面白いことをおっしゃりますな、勇者殿。この共和国議員のスホルテンが帝国と密通していると?」
「その証拠はこの穴の先を見ればわかるから。道を開けて」
「ふむ……困りましたな。ここは珍しい宝石が出るということで、試掘中の場所なのですが」
「いいから、中に入らせて」
「わかりましたわかりました。その代わり、何もなければ、帰って下さいよ?」
スホルテンという男が先導し、山裾の穴の中へ歩き出す。
追いついたメンシークとアーシャが周囲を警戒しながら、スホルテンの背後を歩く。
「……随分と立派な坑道じゃの、スホルテン。照明もしっかりとしておる」
「メンシーク殿、これは一体、何なのですかな。私は勇者殿に大変な侮辱を受けているのですがね」
旧知の仲であった二人が会話をかわす。
「それはすぐにわかることじゃ。もし万が一、帝国との密通の証拠があれば、お主はただではすまんぞ」
「それはこっちのセリフですよ、メンシーク殿。いくら何でも酷すぎる。私はこう見えても、メノア大陸以外との交易を始めるため、真竜国の特産品を作ろうとしている最中なんですがね」
余裕のあるスホルテンの態度を疑問にを思いながら、メンシークは後ろからついていく。
大きな地下の道で、彼らは何人かの労働者とすれ違う。
何も知らないのか、誰もが剣を構えて先頭を歩く可憐な女性を見て、ギョッとしていた。
「ああ、気にしないでいいよ。作業を続けて」
スホルテンが労働者に対し気さくに声をかける。
「……何を企んでいる、スホルテン」
「何も企んじゃあいませんよ、メンシーク殿。そろそろ着きますよ」
困ったように笑う議員に、メンシークは嫌な予感を覚えた。
帝国の発令した作戦『地に潜り根を食らう蛇』。海上と地底からの二面作戦。
その名の通り、帝国は真竜国の政治的主導者の一人である議員に接触し、内部から国を食らおうという話のはずだ。
コンラートが知る情報では、この坑道が大陸側と繋がる海底隧道の入り口であり、ここを通って帝国が侵入してくるはずだ。
それを埋めれば、侵攻は防げる。
これで間違いはないはずだ。
だというのに、メンシークは嫌な予感が脳裏から離れなかった。
「さあ、つきましたよ」
どこか上機嫌のスホルテン議員だった。
そこは岩肌が剥き出しになった、坑道の突き当たりだ。
「……ここが」
リリアナが岩に触れ、その感触を確かめる。
「そう、ここが今、原石を掘っている採掘場ですよ」
「嘘言わないで。他に道があるんでしょ?」
「いいえ、ありませんよ。一本道です。それぐらいは確認しながら歩いたでしょう?」
「それは……じゃ、じゃあ、どういうこと……?」
メンシークが腕を組んで考え込む。
コンラートが嘘をついたとは、考えにくい。
確かに帝国軍人ではあったが、裏表のない性格の少年にしか見えなかった。
そして目の前で友人を殺され、帝国から離脱したはずだ。その一連の流れをリリアナが見ており、いくらなんでも演技というには、手が込みすぎている。
「ここに、隠されてるとか?」
リリアナが剣の柄で岩肌を叩く。
その横にアーシャが来て、小さな手でぺたぺたと触れた。
そして困ったように、
「ここは行き止まり。間違いない」
と断言した。
「ど、どういうこと? アーシャちゃん?」
リリアナが動揺し始める。
メンシークが何かに気づいて、大きく目を見開いた。
「なんということじゃ……悪魔か、あの男は、ヴィート・シュタクは!」
「え? え!?」
「まさか、まさか!」
「何?」
「直属の部下であるコンラート殿にすら、本当の作戦を明かしておらんかった、ということじゃ!」
老冒険者の叫びに、リリアナが大きな目をさらに見開く。
「そんな! じゃあ、ここは!」
「本当にただの採掘場じゃ! 我々を……我々を謀るための囮だったんじゃ」
リリアナがへたり込む。
帝国の二面作戦。
それを信じて、海上の作戦を賢者たちに任せたはずだった。
「じゃあ、私たちは騙されて、戦場から引き離すために……」
アーシャ・ユルが小さく頷く。
「帝国は狡猾。作戦が全てただの前振り。たぶん、狙いは」
彼女が区切った言葉に、メンシークが正解を付け加える。
「竜騎士……真竜国の最高戦力の全滅が……狙いだったんじゃ」
勇者たちは戦慄した。
自分たちの戦術戦略を遥かに超える、帝国の軍事に。
「竜騎士部隊! 残るはあの目障りな飛行船だ! 我々以外に空を飛ぶ者はいらぬ!」
真竜諸島共和国が誇る竜を操る騎士の部隊。
その筆頭であるエリシュカ・ファン・エーステレンは、海竜の甲羅の上から、上空に向けて叫んだ。
黒い飛行船は、船首を反転させ、船尾側をこちらに見せていた。
「とうとう、尻尾を巻いて逃げ出すか、帝国!」
その号令を受けて、真竜国に残る四機の竜騎士たちが腕を上げた。
「了解! 二隻とも海に落として底に沈めてやる!」
「さあ、行け! 黒い方から落としてやれ!」
そして四人の竜騎士たちが編隊を組み、二機の飛行船へ向かい飛び始めた。
賢者がハッとした顔で気づく。
――赤い飛行船の方は高度を維持したまま、動きを見せていない。その下で黒い飛行船だけが船尾を見せて逃げだそうとしている? いや、動いていない……。
「待って! エリシュカ!」
「な、何だセラ!?」
「やっぱり変よ! それに魔素の濃度が濃すぎる! うっすらと視認できるぐらいよ!」
「だからどうした!?」
「あそこよ! 見て!」
彼女が指さす方向に、エリシュカも視界を動かす。
黒い飛行船の後部にある大きな扉が開いていた。
「あそこからEAを海にでも落とすつもりか? それでは沈むだけだぞ……?」
二人が疑問に思うのも無理はない。
しかし竜騎士たちは全員が、最後の攻撃とばかりに飛行船を追って飛び出していった。
「どのみち、空で竜騎士に敵う者などいない。叩きつぶしてやる!」
エリシュカは自分の中にある不安をかき消すかのように、大声で叫んだのだった。
今までどういう戦況になろうとも席を立たずにいた女傑、アネシュカ・アダミーク。
「よぉし、竜騎士が集まってきたか!」
四騎の竜騎士が飛行船を追って飛んできたところで初めて、船長席から立ち上がった。
「飛行船カノーは、そのまま高度を上げて待機!」
紅の飛行船カノーの下には、姉妹船であるルドグヴィンストが見える。
船首こそ反転させてはいるものの、速度を上げる様子がない。
このままでは、あの黒い飛行船はすぐに竜騎士に落とされてしまうだろう。
ミレナはそう思った。
事実、竜騎士たちは近い場所にいるルドグヴィンストを狙っているようだ。
なのに、速度を上げる様子はない。未だ姿を見せないヴィート・シュタクが乗っている。危険なのではないかと感じた。
「あ、あの、将軍閣下?」
戸惑う赤髪の中尉に対し、アネシュカが黙らせるように手の平を突きつけた。
「ミレナ・ビーノヴァー中尉、一つ謝らなければならないことがある」
「え?」
「真竜国に潜入工作員を潜らせ、海底隧道を掘る二面作戦。そんなものはな、嘘だ」
「え、え?」
「極秘に進めていた作戦があり、万が一にでも漏れるわけにもいかなかった。ブレスニークの手下という内通者もいたことだしな」
「ど、どういうことでしょうか?」
「ヴィート・シュタクが提案した本当の作戦が今から見られるぞ」
帝国右軍大将、アネシュカ・アダミークが前方に右手を伸ばした。
「メノア帝国全軍に告げる! 暗号『星に願いを』を送る。作戦発動だ!」
砲撃部隊を倒したコンラートは、上空で妙な動きを見せる飛行船を見上げた。
赤い飛行船はそのままだが、見慣れたルドグヴィンストは船尾を見せており、開きっぱなしの格納庫が見える。
「……隊長の、バルヴレヴォIS……か?」
何やら大きなものを担いでいるのが見える。
「へっ、今更、そこから落ちて何するってんだ……。これ以上、ニーズヘッグ作戦に先がないのは知ってるんだ」
コンラートは自分が帝国軍人であり、エリートであると思っていた。
だが、帝国にとってはただの一人の少尉に過ぎない。
ゆえに、作戦の全容を全く知り得ていなかった。
『メノア帝国全軍に告げる! 暗号『星に願いを』を送る。作戦発動だ!』
アネシュカ・アダミークが、拡声の魔法で全軍に号令を送る。
――そんなもの知らねえぞ!?
コンラート・クハジークは背中に寒いものが走るのを感じる。
絶対にこれで終わらない。ヴィート・シュタクがそんなものであろうはずがない。
彼は、自分が今からとてつもないものを見る。
そんな予感を感じてしまっていた。
その男は姿を表す。
「やっと出番か」
飛行船カノーの後部格納庫で、黒い軽装のEAを身に纏い、人間を磔にしても余るサイズの十字架を肩に担いでいた。
その後ろには軍服に白衣を羽織った聖女エディッタ・オラーフが立っている。
「真竜国が目の前よ、嬉しい?」
「嬉しいさ」
「そ。じゃあ、やりましょう、ヴィル。私たちの作戦を」
「ああ、これが終わりの始まりだってのを、奴らに教え込んでやる」
ヴィート・シュタク。
仮面の男が、黒い鎧の中で獰猛な獣のように笑った。
主役は遅れてやってくる




